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第1章 幕引きは唐突に
心に在る魔剣
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玲士朗達の魂は、この世為らざる悪意に鷲掴みにされてしまう。頭の中はフッと明晰になり、眼を背けたくなる未来が現実かと見紛う臨場感で網膜に映し出される。
少年達は最初の一太刀で致命傷を受け、苦悶と激痛にのた打ち回っていた。その後も容赦なく身体は切り刻まれ、嘲笑と断末魔の叫びが繰り返される。腕をもがれ、足を千切られ、骨を砕き臓物を引き出される。人間だった形を完膚なきまでに破壊され、肉塊と化した自らの身体を、切り取られた首から無感情に眺めながら息絶えてしまう。
少女達は両腕両足を切り裂かれ、身動きできぬまま身体も心も蹂躙される。やがて泣き叫ぶ涙も喉も涸れて、その意思も屈服し、心が壊れる。泥と汚濁にまみれ、身体も痩せ細り、傷口を蛆が這い回るおぞましさすら感じなくなっても尚、責め苦は続き、体内を刃物で串刺しにされるような激痛が、死ぬまで失神と覚醒をもたらし続ける。
それはゴブリン達の物語である。だがいずれ玲士郎達の物語ともなる。凄惨な末路を垣間見て、玲士朗達は強烈な吐き気と恐怖に喘ぎ、得も言われぬ絶望に愕然とした。
(死にたくない)
不条理な死への恐怖が世界との断絶感を際立たせる。そして世界と個人の境界を明確にする。玲士朗達は、自分達を切り捨てることに無頓着で、無関心な世界を認識して、懸命に訴えかけていた。
(死にたくない)
だが世界は、彼らにとって救いのない凄惨な未来を刻一刻と書き進めていく。玲士朗達は否定し、泣き叫び、怨嗟の声を上げ、訴え続けた。あたかも、物語の登場人物が、自らの運命の変更を書き手に迫るように。
(――生き残る。たとえ、何を犠牲にしても)
原初の感情が理性を凌駕する。それは、人類悠久の歴史の中で硬直し、大脳旧皮質上に楔のように打ち立てられた最古の闘争本能だった。
心臓の鼓動が極限まで早まって、沸騰した血液が身体中を駆け巡り、闘争本能に支配された魂の内なる声が全身に余すところなく行き渡る。人間性と社会性の頸木を取り払い、彼らの肉体も精神も、ただ魂の命令を忠実に実行するためだけの機構と化す。
途端、紅く輝く粒子が高校生達の身体から横溢し、周囲の空間の一部が陽炎のように歪む。凝集した粒子が九本の異なる形状の刀剣を形成し、大気から浮き出る様に顕現して、高校生達を取り囲んだ。
それは、刀剣というにはあまりにも機械的な意匠だった。漆黒と濃灰色に染め上げられた無機質で飾り気のない拵え。刀身もまた漆黒だが、血溝がまるで血管のように深紅に色づき、月華を妖しく照り返している。
その威容は芸術美とは無縁だが、機能美の権化だった。人類が古より、敵を屠り、殺傷する目的で生み出した“武器”の、愚直なまでの追求が結実した姿だった。
宙空に浮遊する刀剣は、地獄の底から響くような重低音の唸りを上げるとともに大気を振動させて不可視の防壁を形成し、ゴブリン達の攻撃を遮った。耳を聾する轟音とともに、追突面から雷のような火花が迸り、襲いかかったゴブリン達を返り討ちにする。吹き荒れる颶風は周囲のゴブリン達を圧倒的な威力で押し戻した。
ゴブリン達が初めて見せる戦慄と、彼らを委縮せしめる九本の尋常為らざる魔剣を、メーネは驚愕と戸惑いを顕に見つめるより他になかった。
だがそれは玲士朗達も同様である。突如として現れた得体の知れない刀剣と、ゴブリン達の進撃を挫いた何らかの力の発露を目の当たりにして、全く状況を理解できない玲士朗達は茫然とする事しか出来なかった。
間もなく九本の刀剣はその形を維持できずに四散して大気中に溶解していく。
圧倒的な数と士気で優勢だったゴブリン達も、勝敗を決するはずだった攻撃を二度も阻止され、流石に獲物をいたぶる余裕がなくなっていた。膠着した戦局を打破すべく、一際、大柄なゴブリンが牙を剥き、地面に座り込む柚希とメーネ目掛けて巨大な石斧を振りかざした。柚希はメーネを庇い、覆い被さる。
玲士朗は考えるより先に動き出していた。誰も死なせまいと、自身を奮い立たせるための咆哮を上げながら、柚希とメーネの前に躍り出る。自らの身体から発せられた紅い粒子の力強い眩耀に恐怖も目を眩ませてしまったのか、最前まで震えるだけで自由にならなかった四肢が嘘のように躍動する。
玲士朗の闘志は、鞘に納められた刀を再び顕現させる。日本刀の意匠に近いそれは、鞘の表面に部品同士が結合した溝が刻み込まれており、機械的な印象を強く誇示している。
持ち主を待つように浮遊する刀を、玲士朗は躊躇うことなく掴み取った。刀の柄に手をかけ、研ぎ澄まされた漆黒の刀身が抜き放たれる。刀身は機械的な鞘や柄とは対照的に、流麗にして大気すら斬り裂かんばかりの澄み切った冴えを見せていた。
――先ほどまで恐怖に慄いていた脆弱な人間が、武器を持ったからといってどれほどのものか。歴戦の経験と、何人もの戦士を力で捻じ伏せてきた膂力を誇る大柄のゴブリンにとって、素人による付け焼刃の剣闘など恐れるに足りなかった。
如何な業物であろうと、圧し折り、叩き潰し、人間ともども粉砕してみせる。振り上げられた石斧は、自信と気迫を起爆剤として容赦ない加速度を伴い、玲士郎の頭上から襲い掛かる。
「玲士朗っ!」
柚希の叫びは、干戈を交える轟音に掻き消される。凄まじい衝撃とともに、大柄のゴブリンの石斧は玲士朗が左手に携えた鞘によって受け止められていた。
誰もが予想だにしなかった光景。とりわけ、大柄のゴブリンは自身の眼を疑うと同時に錯乱していた。
――純粋な腕力が為せる芸当ではない。鞘が持つ特異な防御力でもない。人間やエルフが用いるという魔術的な神秘の補助を受けている気配も感じられない。
ただ分かるのは、理不尽な暴力に対する怒り、命を守るための本能的衝動、望まぬ未来を撥ね退ける拒絶の意思。その感情の奔流が石斧の破壊力を邀撃する絶大な力となっているばかりでなく、相対するゴブリンの精神にまで襲いかかってくる。
ゴブリンは、これまで感じたことのない鬼気と気迫に当惑し、打ちひしがれていた。人間が放つ意思と感情の何と猛々しく、雄々しく、凄まじいことか。純真無垢の力、魂そのものに重くのしかかる厚み、あらゆるものを飲み込みかねない底知れぬ深み。これが、霊長の八種族の中で肉体的に最弱とされる人間が、その弱さを補うために手に入れた強さなのか、と。
石斧を携える右腕を弾き飛ばされ、大柄なゴブリンはよろめいた。崩したバランスを立て直す暇も与えず、玲士朗は鞘を投げ捨てて刀の柄を両手で持ち替え、渾身の力を込めて逆袈裟に薙ぎ払う。致命傷を避けようと突き出された右腕は、一閃とともに切断され、血飛沫を上げながら石斧もろとも地面に墜落する。
大柄のゴブリンは激痛に絶叫しながら後退した。その間隙を埋めるように鉈を構えたゴブリンが横合いから飛び出し、玲士朗目掛けて距離を詰める。玲士朗は初めて振るった刀の感触に動転し、反応が遅れていた。
その危機を認めるや否や、颯磨は駆け出していた。
速く、もっと速くと願う颯磨に応えるように、彼の肉体は疾駆し、一瞬の内に敵に肉薄した。躊躇いなく放たれた右拳は、ゴブリンの顔面目掛けて一直線に打ち込まれる。
その拳打は、高校生の細腕からは想像もつかない豪速と強烈な膂力で以て襲いかかり、鈍い音とともに無防備なゴブリンを吹き飛ばした。
颯磨は慣れない身体の感覚に意識が追い付かず、勢い余って地面に倒れ込む。玲士朗は刀を放り出して颯磨に駆け寄った。
仲間を二人も行動不能にされたゴブリン達の固執は根深く、玲士朗と颯磨を執拗に攻め続けようとしていた。
ゴブリン達にしてみれば、恐らくはこの二人が目下最大の脅威だと判断したに違いない。排除してしまえば、他の少年少女の生殺与奪は思いのまま、自分達の勝利は揺るぎないものとなるのは必定。故に戦力を集中させて、この二人を確実に仕留めなければならないのだ、と。
主戦場から少し離れた場所に陣取り、弩を構えるゴブリンが玲士朗目掛けて矢を射出する。矢の軌道は正確に玲士朗の脳天を捉えていた。
メーネは身体を起こして柚希のもとから走り、玲士朗の前面に光の防壁を展開する。防壁は矢の襲撃を間一髪で阻止したが、無理な体勢で走り込んだために、勢い余って地面に膝をついてしまう。防壁はまたも消え去り、ゴブリンは好機を逃すまいと再び矢筒に手を掛ける。
不幸なことに、ゴブリン達は思い違いをしていた。否、自分達よりも圧倒的な潜在能力を有する人間があと七人も存在するという、彼らにとって最悪の事態を予見する想像力に欠けていた。
「涼風! 梢を頼む。俺が――」
「私がやるわ!」
拳大の石塊を右手に携えた詩音が鷹介達の前で仁王立ちになる。
「調子に乗るなゴブリン!」
大きく振りかぶって投げられた石塊は、驚異的な速度で虚空を斬り裂く。威力と軌跡を落とすことなく、二射目を構えていたゴブリンの腹部を抉り、短い悲鳴とともにゴブリンは吹き飛ばされて地面に倒れ込む。
鷹介と涼風は、友人の放った強烈な一投を呆然と眺め、思わず呟く。
「ナイスピッチング……」
自身の力の奔流に耐え切れずに痙攣する右手を見て、詩音は驚愕していた。
「嘘――私、なんて剛速球投げちゃってるのよ」
だが感傷に浸る暇は与えられない。詩音達の後方では二人のゴブリンが悟志と美兎に迫り、斧を横薙ぎに振るわんとしていた。悟志は恐怖に慄きながらも、悲鳴を上げて怯える美兎を必死に庇う。
これを察知した鷹介が、颯磨の猛然たる初動をなぞる様に突進し、二人のゴブリンの懐に入り込む。迅速にゴブリンの顎へ強力な拳撃を加え、次いでもう一人のゴブリンに痛烈な横蹴りを食らわせる。
颯磨のそれよりもさらに仮借ない威力は申し分ないダメージを与え、二人のゴブリンは糸の切れた絡繰り人形のように地面に体躯を投げ出して卒倒した。
「二人とも大丈夫か⁉」
応答もままならないほどに怯える悟志と美兎の肩に手をかけ、鷹介は安堵の表情を見せたかと思うと、拳に残る殴打の感触に顔を顰めながら独語する。
「……嫌なもんなんだな、誰かを殴るってのは」
集団の半数以上が戦闘不能に陥り、ゴブリン達は既に戦意を喪失していた。最前まで圧倒的な人数と力の差に恐れ慄いていた人間達が、追い詰められ、牙を剥き、想像を絶する戦闘力を発揮した事実は、彼らの本能的な恐怖心を励起するに十分だった。
もはや追い詰める者と追い詰められる者の立場は逆転していた。ゴブリン達は蜘蛛の子を散らすように、闇に沈む森の中へ一目散に逃げ去っていった。
少年達は最初の一太刀で致命傷を受け、苦悶と激痛にのた打ち回っていた。その後も容赦なく身体は切り刻まれ、嘲笑と断末魔の叫びが繰り返される。腕をもがれ、足を千切られ、骨を砕き臓物を引き出される。人間だった形を完膚なきまでに破壊され、肉塊と化した自らの身体を、切り取られた首から無感情に眺めながら息絶えてしまう。
少女達は両腕両足を切り裂かれ、身動きできぬまま身体も心も蹂躙される。やがて泣き叫ぶ涙も喉も涸れて、その意思も屈服し、心が壊れる。泥と汚濁にまみれ、身体も痩せ細り、傷口を蛆が這い回るおぞましさすら感じなくなっても尚、責め苦は続き、体内を刃物で串刺しにされるような激痛が、死ぬまで失神と覚醒をもたらし続ける。
それはゴブリン達の物語である。だがいずれ玲士郎達の物語ともなる。凄惨な末路を垣間見て、玲士朗達は強烈な吐き気と恐怖に喘ぎ、得も言われぬ絶望に愕然とした。
(死にたくない)
不条理な死への恐怖が世界との断絶感を際立たせる。そして世界と個人の境界を明確にする。玲士朗達は、自分達を切り捨てることに無頓着で、無関心な世界を認識して、懸命に訴えかけていた。
(死にたくない)
だが世界は、彼らにとって救いのない凄惨な未来を刻一刻と書き進めていく。玲士朗達は否定し、泣き叫び、怨嗟の声を上げ、訴え続けた。あたかも、物語の登場人物が、自らの運命の変更を書き手に迫るように。
(――生き残る。たとえ、何を犠牲にしても)
原初の感情が理性を凌駕する。それは、人類悠久の歴史の中で硬直し、大脳旧皮質上に楔のように打ち立てられた最古の闘争本能だった。
心臓の鼓動が極限まで早まって、沸騰した血液が身体中を駆け巡り、闘争本能に支配された魂の内なる声が全身に余すところなく行き渡る。人間性と社会性の頸木を取り払い、彼らの肉体も精神も、ただ魂の命令を忠実に実行するためだけの機構と化す。
途端、紅く輝く粒子が高校生達の身体から横溢し、周囲の空間の一部が陽炎のように歪む。凝集した粒子が九本の異なる形状の刀剣を形成し、大気から浮き出る様に顕現して、高校生達を取り囲んだ。
それは、刀剣というにはあまりにも機械的な意匠だった。漆黒と濃灰色に染め上げられた無機質で飾り気のない拵え。刀身もまた漆黒だが、血溝がまるで血管のように深紅に色づき、月華を妖しく照り返している。
その威容は芸術美とは無縁だが、機能美の権化だった。人類が古より、敵を屠り、殺傷する目的で生み出した“武器”の、愚直なまでの追求が結実した姿だった。
宙空に浮遊する刀剣は、地獄の底から響くような重低音の唸りを上げるとともに大気を振動させて不可視の防壁を形成し、ゴブリン達の攻撃を遮った。耳を聾する轟音とともに、追突面から雷のような火花が迸り、襲いかかったゴブリン達を返り討ちにする。吹き荒れる颶風は周囲のゴブリン達を圧倒的な威力で押し戻した。
ゴブリン達が初めて見せる戦慄と、彼らを委縮せしめる九本の尋常為らざる魔剣を、メーネは驚愕と戸惑いを顕に見つめるより他になかった。
だがそれは玲士朗達も同様である。突如として現れた得体の知れない刀剣と、ゴブリン達の進撃を挫いた何らかの力の発露を目の当たりにして、全く状況を理解できない玲士朗達は茫然とする事しか出来なかった。
間もなく九本の刀剣はその形を維持できずに四散して大気中に溶解していく。
圧倒的な数と士気で優勢だったゴブリン達も、勝敗を決するはずだった攻撃を二度も阻止され、流石に獲物をいたぶる余裕がなくなっていた。膠着した戦局を打破すべく、一際、大柄なゴブリンが牙を剥き、地面に座り込む柚希とメーネ目掛けて巨大な石斧を振りかざした。柚希はメーネを庇い、覆い被さる。
玲士朗は考えるより先に動き出していた。誰も死なせまいと、自身を奮い立たせるための咆哮を上げながら、柚希とメーネの前に躍り出る。自らの身体から発せられた紅い粒子の力強い眩耀に恐怖も目を眩ませてしまったのか、最前まで震えるだけで自由にならなかった四肢が嘘のように躍動する。
玲士朗の闘志は、鞘に納められた刀を再び顕現させる。日本刀の意匠に近いそれは、鞘の表面に部品同士が結合した溝が刻み込まれており、機械的な印象を強く誇示している。
持ち主を待つように浮遊する刀を、玲士朗は躊躇うことなく掴み取った。刀の柄に手をかけ、研ぎ澄まされた漆黒の刀身が抜き放たれる。刀身は機械的な鞘や柄とは対照的に、流麗にして大気すら斬り裂かんばかりの澄み切った冴えを見せていた。
――先ほどまで恐怖に慄いていた脆弱な人間が、武器を持ったからといってどれほどのものか。歴戦の経験と、何人もの戦士を力で捻じ伏せてきた膂力を誇る大柄のゴブリンにとって、素人による付け焼刃の剣闘など恐れるに足りなかった。
如何な業物であろうと、圧し折り、叩き潰し、人間ともども粉砕してみせる。振り上げられた石斧は、自信と気迫を起爆剤として容赦ない加速度を伴い、玲士郎の頭上から襲い掛かる。
「玲士朗っ!」
柚希の叫びは、干戈を交える轟音に掻き消される。凄まじい衝撃とともに、大柄のゴブリンの石斧は玲士朗が左手に携えた鞘によって受け止められていた。
誰もが予想だにしなかった光景。とりわけ、大柄のゴブリンは自身の眼を疑うと同時に錯乱していた。
――純粋な腕力が為せる芸当ではない。鞘が持つ特異な防御力でもない。人間やエルフが用いるという魔術的な神秘の補助を受けている気配も感じられない。
ただ分かるのは、理不尽な暴力に対する怒り、命を守るための本能的衝動、望まぬ未来を撥ね退ける拒絶の意思。その感情の奔流が石斧の破壊力を邀撃する絶大な力となっているばかりでなく、相対するゴブリンの精神にまで襲いかかってくる。
ゴブリンは、これまで感じたことのない鬼気と気迫に当惑し、打ちひしがれていた。人間が放つ意思と感情の何と猛々しく、雄々しく、凄まじいことか。純真無垢の力、魂そのものに重くのしかかる厚み、あらゆるものを飲み込みかねない底知れぬ深み。これが、霊長の八種族の中で肉体的に最弱とされる人間が、その弱さを補うために手に入れた強さなのか、と。
石斧を携える右腕を弾き飛ばされ、大柄なゴブリンはよろめいた。崩したバランスを立て直す暇も与えず、玲士朗は鞘を投げ捨てて刀の柄を両手で持ち替え、渾身の力を込めて逆袈裟に薙ぎ払う。致命傷を避けようと突き出された右腕は、一閃とともに切断され、血飛沫を上げながら石斧もろとも地面に墜落する。
大柄のゴブリンは激痛に絶叫しながら後退した。その間隙を埋めるように鉈を構えたゴブリンが横合いから飛び出し、玲士朗目掛けて距離を詰める。玲士朗は初めて振るった刀の感触に動転し、反応が遅れていた。
その危機を認めるや否や、颯磨は駆け出していた。
速く、もっと速くと願う颯磨に応えるように、彼の肉体は疾駆し、一瞬の内に敵に肉薄した。躊躇いなく放たれた右拳は、ゴブリンの顔面目掛けて一直線に打ち込まれる。
その拳打は、高校生の細腕からは想像もつかない豪速と強烈な膂力で以て襲いかかり、鈍い音とともに無防備なゴブリンを吹き飛ばした。
颯磨は慣れない身体の感覚に意識が追い付かず、勢い余って地面に倒れ込む。玲士朗は刀を放り出して颯磨に駆け寄った。
仲間を二人も行動不能にされたゴブリン達の固執は根深く、玲士朗と颯磨を執拗に攻め続けようとしていた。
ゴブリン達にしてみれば、恐らくはこの二人が目下最大の脅威だと判断したに違いない。排除してしまえば、他の少年少女の生殺与奪は思いのまま、自分達の勝利は揺るぎないものとなるのは必定。故に戦力を集中させて、この二人を確実に仕留めなければならないのだ、と。
主戦場から少し離れた場所に陣取り、弩を構えるゴブリンが玲士朗目掛けて矢を射出する。矢の軌道は正確に玲士朗の脳天を捉えていた。
メーネは身体を起こして柚希のもとから走り、玲士朗の前面に光の防壁を展開する。防壁は矢の襲撃を間一髪で阻止したが、無理な体勢で走り込んだために、勢い余って地面に膝をついてしまう。防壁はまたも消え去り、ゴブリンは好機を逃すまいと再び矢筒に手を掛ける。
不幸なことに、ゴブリン達は思い違いをしていた。否、自分達よりも圧倒的な潜在能力を有する人間があと七人も存在するという、彼らにとって最悪の事態を予見する想像力に欠けていた。
「涼風! 梢を頼む。俺が――」
「私がやるわ!」
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「調子に乗るなゴブリン!」
大きく振りかぶって投げられた石塊は、驚異的な速度で虚空を斬り裂く。威力と軌跡を落とすことなく、二射目を構えていたゴブリンの腹部を抉り、短い悲鳴とともにゴブリンは吹き飛ばされて地面に倒れ込む。
鷹介と涼風は、友人の放った強烈な一投を呆然と眺め、思わず呟く。
「ナイスピッチング……」
自身の力の奔流に耐え切れずに痙攣する右手を見て、詩音は驚愕していた。
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だが感傷に浸る暇は与えられない。詩音達の後方では二人のゴブリンが悟志と美兎に迫り、斧を横薙ぎに振るわんとしていた。悟志は恐怖に慄きながらも、悲鳴を上げて怯える美兎を必死に庇う。
これを察知した鷹介が、颯磨の猛然たる初動をなぞる様に突進し、二人のゴブリンの懐に入り込む。迅速にゴブリンの顎へ強力な拳撃を加え、次いでもう一人のゴブリンに痛烈な横蹴りを食らわせる。
颯磨のそれよりもさらに仮借ない威力は申し分ないダメージを与え、二人のゴブリンは糸の切れた絡繰り人形のように地面に体躯を投げ出して卒倒した。
「二人とも大丈夫か⁉」
応答もままならないほどに怯える悟志と美兎の肩に手をかけ、鷹介は安堵の表情を見せたかと思うと、拳に残る殴打の感触に顔を顰めながら独語する。
「……嫌なもんなんだな、誰かを殴るってのは」
集団の半数以上が戦闘不能に陥り、ゴブリン達は既に戦意を喪失していた。最前まで圧倒的な人数と力の差に恐れ慄いていた人間達が、追い詰められ、牙を剥き、想像を絶する戦闘力を発揮した事実は、彼らの本能的な恐怖心を励起するに十分だった。
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