53 / 70
第4章 さよなら、平穏
恐怖に、負ける
しおりを挟む
「ゴブリンだ! ゴブリンが襲ってくるぞ!」
錯乱した村人達が逃げ惑う中、シエラは村の出入り口を遠望して驚愕した。
「防壁が……突破されてる!?」
視界の先の家々から火の手が上がり、砂塵と黒煙に淀む様を見て、ロザリーも驚愕の色を隠せなかった。
「ゴブリンの奴ら、一体何をしたのよ!」
「とにかく村の皆さんを湖側へ避難させないと」
颯磨は気配を探るように忙しなく周囲に目を配りながらいう。
「美兎と悟志はシエラ達を手伝って。俺は涼風を探す」
言下、颯磨は村の入り口に向かって走り始める。その後ろ姿を美兎は心配そうに見送っていた。
「ミトさんはフィリネさんのもとへお願いします! 逃げ遅れた人達は集会所まで誘導してください!」
「う、うん!」
美兎がその場を離れようとしたとき、近くにいるはずのもう一人の幼馴染がいないことに気づき、不安気に辺りを見回した。
「……あれ? 悟志君?」
戦闘の気配を感じ取った悟志は、独り集会所に逃げ戻っていた。顔面蒼白となって震え上がり、ドアに背を預けてへたり込む。
「ごめん……ごめん、みんな」
両手で顔を覆い、うわ言のように幼馴染達に詫び続ける姿は哀れとしか言い様がなかった。先の戦いで彼が負った心的外傷――マリスティアに惨殺された騎士クルトの死相が指の隙間から見え隠れする。拒絶するように眼を瞑っても気配は一向に消えず、むしろ這いよって来るかのような不気味な幻覚に怯え、惨たらしい死に顔が蘇る度に強烈な吐き気に襲われる。
(好きな子すら、置いて逃げるなんて……)
嘔吐く悟志は己の臆病さと脆弱さを恥じて悔し涙を流す。嗚咽を噛み殺し、自らの腕に爪を突き立てるほどの激しい自己嫌悪は、やがてテルマテルそのものへの怨恨の様相すら帯び始める。
――誰かと争うなんて考えられない。命のやり取りなんて以ての外だ。理由もない。目的もない。そんな自分が何故、誰かのために戦わないといけないのか。自分達だけが平和で、平穏に暮らして何が悪いのか。
村人達の悲鳴が間近に聞こえる緊迫した現実から逃避して、悟志は自らとテルマテルに対する恨み言を積み上げ続ける。ふと、悟志の虚ろな瞳が首から下げられていた一眼レフカメラを視界に入れると、思いがけない肉親の声が彼の意識に響き渡る。
『悟志。母さんを助けられなくて、ごめんな』
悟志は息を呑んだ。妻を亡くし、傷心の末に子どもを置いて家を出て行った父親の姿が眼に浮かぶ。
『お前は、僕のようにはなるな』
力ない語調で言い残し、肩を落とした背中が遠ざかっていく。まるで形見のように手渡されたカメラを握りしめながら、悟志はその後ろ姿を茫然と見送っていた。引き留めようと手を伸ばし、遂にできなかった後悔が彼の意識を再び現実の不条理へ連れ戻す。
悟志は徐にジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出す。マリスティアとの戦闘でも肌身離さず持ち歩いていたために、ところどころ折れ曲がった竹馬ナインの集合写真。彼にとって大切な仲間達と好意を寄せる女の子の笑顔を見つめながら、苦し気に声を絞り出す。
「……父さん、何で――」
呟きは、戦場と化したアミューネ村の喧騒に掻き消された。
錯乱した村人達が逃げ惑う中、シエラは村の出入り口を遠望して驚愕した。
「防壁が……突破されてる!?」
視界の先の家々から火の手が上がり、砂塵と黒煙に淀む様を見て、ロザリーも驚愕の色を隠せなかった。
「ゴブリンの奴ら、一体何をしたのよ!」
「とにかく村の皆さんを湖側へ避難させないと」
颯磨は気配を探るように忙しなく周囲に目を配りながらいう。
「美兎と悟志はシエラ達を手伝って。俺は涼風を探す」
言下、颯磨は村の入り口に向かって走り始める。その後ろ姿を美兎は心配そうに見送っていた。
「ミトさんはフィリネさんのもとへお願いします! 逃げ遅れた人達は集会所まで誘導してください!」
「う、うん!」
美兎がその場を離れようとしたとき、近くにいるはずのもう一人の幼馴染がいないことに気づき、不安気に辺りを見回した。
「……あれ? 悟志君?」
戦闘の気配を感じ取った悟志は、独り集会所に逃げ戻っていた。顔面蒼白となって震え上がり、ドアに背を預けてへたり込む。
「ごめん……ごめん、みんな」
両手で顔を覆い、うわ言のように幼馴染達に詫び続ける姿は哀れとしか言い様がなかった。先の戦いで彼が負った心的外傷――マリスティアに惨殺された騎士クルトの死相が指の隙間から見え隠れする。拒絶するように眼を瞑っても気配は一向に消えず、むしろ這いよって来るかのような不気味な幻覚に怯え、惨たらしい死に顔が蘇る度に強烈な吐き気に襲われる。
(好きな子すら、置いて逃げるなんて……)
嘔吐く悟志は己の臆病さと脆弱さを恥じて悔し涙を流す。嗚咽を噛み殺し、自らの腕に爪を突き立てるほどの激しい自己嫌悪は、やがてテルマテルそのものへの怨恨の様相すら帯び始める。
――誰かと争うなんて考えられない。命のやり取りなんて以ての外だ。理由もない。目的もない。そんな自分が何故、誰かのために戦わないといけないのか。自分達だけが平和で、平穏に暮らして何が悪いのか。
村人達の悲鳴が間近に聞こえる緊迫した現実から逃避して、悟志は自らとテルマテルに対する恨み言を積み上げ続ける。ふと、悟志の虚ろな瞳が首から下げられていた一眼レフカメラを視界に入れると、思いがけない肉親の声が彼の意識に響き渡る。
『悟志。母さんを助けられなくて、ごめんな』
悟志は息を呑んだ。妻を亡くし、傷心の末に子どもを置いて家を出て行った父親の姿が眼に浮かぶ。
『お前は、僕のようにはなるな』
力ない語調で言い残し、肩を落とした背中が遠ざかっていく。まるで形見のように手渡されたカメラを握りしめながら、悟志はその後ろ姿を茫然と見送っていた。引き留めようと手を伸ばし、遂にできなかった後悔が彼の意識を再び現実の不条理へ連れ戻す。
悟志は徐にジャケットの内ポケットから一枚の写真を取り出す。マリスティアとの戦闘でも肌身離さず持ち歩いていたために、ところどころ折れ曲がった竹馬ナインの集合写真。彼にとって大切な仲間達と好意を寄せる女の子の笑顔を見つめながら、苦し気に声を絞り出す。
「……父さん、何で――」
呟きは、戦場と化したアミューネ村の喧騒に掻き消された。
0
あなたにおすすめの小説
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる