そして彼らは伝説へ―異世界転移英雄譚―

長月十六夜

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第4章 さよなら、平穏

自分との戦い

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「た、戦えって言うんですか? 僕が……僕が剣臣だから」

 バーチュは悟志を一瞥した。彼の金茶色の眼に映ったのは、戦場の殺伐さと血臭に心を傷つけられ、人の醜悪さと恐ろしさを目の当たりにして、感情の委縮に苦しむ少年の姿だった。具現鋳造と人並外れた力を目の当たりにして、伝説の剣臣の再来に内心昂揚したバーチュだったが、その正体が気弱な少年で、戦いに怯える哀れな姿を見せたことに若干の失望を感じていた。

「使命と願望と才能が一致することは稀だ。だが君は、剣臣という使命と具現鋳造という才能の二つを有している。君が望むと望まないとにかかわらず、テルマテルの全ての人々は救世主の剣としての役割を望むだろう。その期待を無碍にするつもりか?」

「そんなの、勝手すぎですよ。僕は、戦いたくないのに……殺すのも、殺されるのも、殺される人を見ることも僕の日常には無かった! まっぴらなんだそんなもの!」

 溜め込み続けた不満を一気に吐き出すように、悟志は声を荒げた。騎士クルトの死相が脳裏にちらつき、吐き気を飲み込みながら苦悶の表情を見せる。

「分かってますよ! 僕の国の平和も、戦争で三百万人以上の人間が死んだ事実の上に成り立っている! ただ譲られた平和を無感動に享受していたなんて、考えもしなかった。でも、いざ自分が見ず知らずの人々の平和のために犠牲にならなければならない立場にあると思うと、受け入れられないんです。どうしようもなく怖いんです!」

 感情の昂ぶりを抑え切れない悟志を、バーチュは冷静な眼差しで見つめていた。

「では何故、君はここにいる? 何故、全てを放り出さない?」

 悟志は返答に窮した。一度は逃げ出そうとした後ろめたさから、彼を戦場へ突き動かした衝動を吐露することに罪悪感すら感じていたのだ。激昂は急激に鎮静化した。

「……友達を置いて、逃げることは……できないから」

 それは本心だった。臆病で非力で、武器を持つことすら厭う自分には友人達を守ることも助けることも出来ないかもしれない。それでも共に在りたいと望むこの気持ちだけは、確かに悟志の願望だった。

 戦うことへの恐怖を抱きながら、悟志の手にしっかりと握られていた鎚剣を見て思うところがあったバーチュは、詰問するかのような険しい目つきを和らげた。

「……誰かを思う気持ちが、自らを変えていく、か」

 彼にしか聞こえない呟きのあと、バーチュは悟志を真正面から見据える。

「君の剣は敵ではなく、怯懦な自己を打ち払うためにあるようだ。それで良い。戦いとはすべからく自分との戦いだ。恐怖、痛苦、悲憤……無慈悲で残酷なこの世界と対峙して目の当たりにする自分の弱さに打ち克て。ひいてはそれが、大切なものを守ることにも繋がる」

「自分に、打ち克つ……」

「それが君の、剣臣としての戦いになるだろう。君は既に選択している。傷つけ合う愚かさを忘れずに武器を取るという、険しくも勇敢な道だ。
 ――失敬、名乗るのが遅れてしまった。私は信僕騎士団ルクサディア管区騎士正のウルリッヒ・バーチュと申す。名を訊いても良いか、剣臣殿」

「……か、上条……悟志です」

「カミジョウサトシ。老婆心ながら忠告いたそう。世界の犠牲になるなどと考えないことだ。守りたいもののために、その力を揮えばいい。自らの弱さを知る君は、きっと、多くの者を慈しむことができるだろうからな」

 穏やかだったバーチュの表情が再び剣呑さを帯びる。その視線の先、ゴブリン達の屍が点々と並ぶ死の回廊をゆっくりと進む何者かがいた。

 悟志は注意深くその人物を検分した。濃灰色の肌と朱い瞳はゴブリンの特徴だったが、背丈は大分高く、細身だがしなやかな筋肉に覆われた逞しい体つきの青年で、人間に近い容姿だった。

 これまでのゴブリンとは明らかに異質な存在を前にして、バーチュは全身に静かな緊張感を走らせていた。信仰圏に侵略するゴブリン達は隊長を頭目とする百人程度の小集団単位で活動しており、隊長格のゴブリンは風貌だけでなく、身に纏う闘気や威圧感において決定的な違いを有している。また、戦闘能力の高さにおいても傑出しており、信僕騎士団の精鋭達がこれまで何人も犠牲になっていた。そのことを知るバーチュは、金茶色の瞳に怒気を漲らせて、目の前の青年を睥睨した。

「貴様が隊長だな? 私は信僕騎士団のウルリッヒ・バーチュだ。信仰会の聖法に基づき、この悪行の罪を鳴らす。贖罪の意志あるならば投降せよ、さもなければ信僕騎士団の名と職責においてここで貴様を断罪する」 

 威嚇の響きを帯びた最後通牒に返答はない。青年はバーチュに視線すら向けず、相変わらずゆったりとした足取りで、絶命する同胞の亡骸を呆と見て回っていた。

「問答無用、か。警告はしたぞ」
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