異世界産業革命。

みゆみゆ

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はじめての転生

第1帖。美末は貧乳メガネっ子。(神成悠太郎、異世界に召還さる)。

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 その女の子は、ズバリ言って好みだった。

 地味目な子、という第一印象を抱く。
 小ぶりな顔に目立たぬ目鼻。ショートカットの黒髪にフレームの細い眼鏡。窓辺で読書をしているのが相応しい。そんな薄幸の女の子。
 決して美人ではない。だが守ってあげたくなるような、むしろ守らなきゃいけないと思わせる雰囲気があった。これがすえとの出会いだった。

 そんな好みの子と同じふとんで寝ていたと気付けば誰だって驚くし、跳ね起きる。
 神成かみしげゆうろうもそうだった。ふと目が覚めたらいい匂いがして、横を向いたらズバリ好みの女の子……美末が寝ていた。驚かないはずがない。跳ね起きないはずがない。

「うあああああ!? ぼ、僕なんか粗相を……? ご、ごめんなさい!」

 とりあえずふとんを飛び出し、土下座する悠太郎。
 何かしでかした記憶も勇気もないけれど、開口一番ともかく謝る悠太郎だった。

 美末はそんな悠太郎を見、目を文字通り丸くする。それからノタノタゆっくり、ふとんから出る。このとき美末が制服姿だったことを悠太郎は覚えている。悠太郎と同じ高校の服装だったからである。
 
 ――少なくともクラスメイトじゃないな。
 
 そういうふうに思ったのだった。
 目の前で、美末は正座をした。
 スカートがしわにならないよう気を使っている。太ももあたりでスカートを伸ばす仕草がどうにもエロいと悠太郎は思う。ガン見していたら、美末は「何このキモゴミ」と言いたげな冷たい目で悠太郎を見ている。慌てて視線をそらす悠太郎。

 悠太郎のキモい行動はともかく、それから美末は、三つ指を揃えて悠太郎にお辞儀をするのだった。

「みすえと申します。ふつつか者ですが、どうぞよろしく」

 ショートカットの前髪が頭の動きに合わせて揺れる。お辞儀といい、言葉遣いといい、育ちの良さがにじみ出ている。
 これを以て悠太郎はますますもって美末に好意を持った。

「あ、はい……。僕神成です。神成悠太郎です。よろしくお願いします」

 対して悠太郎は「へへへ」と言わんばかりの適当なあいさつ。それもやむを得ないことだった。理由はすぐ知る。

 美末はうなずき言う。

「ゆーたろー。知っています」
「えっ。僕のこと知ってるの?」
「はい。学校内でも随一の非モテ男子ですから。もちろん知っています」
「は、え……」

 当惑する。事実をズバリ言われたから悠太郎は戸惑う。かつ好みの子にそういうこと言われてちょっとショック。

 しかし実際、悠太郎ときたらキモいの一言に尽きる。ボサボサの髪の毛。フケがちょいちょい乗った制服。分厚いビン底メガネ。油取り紙が目を背ける油顔。自称ぽっちゃり事実デブの軍オタ。
 非モテ要素が「これでもか」と言わんばかりに凝縮された存在。キモくないはずがない。
 こんな容姿の男子が休み時間に分厚い変な本を読んでいればそりゃあ話題にもなる。悪い意味で。しかもタイトルもオタっぽい。戦闘機がどうの戦艦がどうの戦車がどうの戦術がどうの中世の拷問がどうのと、趣味が悪い。こんな者がニヤつきながら読書をしていれば気色悪いと思わぬわけがない。

 悠太郎だってジャンルが偏っていることくらい分かっている。容姿がヤバいのくらい分かっている。しかし好きなことは止められない。

 悠太郎がこれまで女の子と話した回数は数えるほどしかない。片手があれが充分すぎて事足りる。あわれなるかな軍オタ。好きな子が隣の席になっても会話一つ出来ないデブ。それが悠太郎だった。

 美末が言った。

「わたしは末まで美しい」
「はい?」
「そう書いて〝みすえ〟と読みます。わたしの名前。美末」

 悠太郎の頭の中に「美末」という文字が浮かぶ。

「あ、そう書くんだ」
「はい」
「……」
「……」

 互いに無言。

 だが悠太郎は満足感に満ちあふれていた。この世に生をけて十七年。女の子とこれほど長く、これほど濃度の高い会話をしたことがなかった。
 
 ――なんだ、僕も意外と話せるぞ、女の子と。

 悠太郎は自信を高めたのだった。たかが一言話しただけで満足感あふれる。まったくもって惨めな男子高校生であった。それが悠太郎である。
 そうはいってもこれまで女の子と話すシミュレーションを幾度となくしてきた悠太郎である。
 曲がり角でパンをくわえた子とぶつかったらどう謝るか。空から女の子が落ちて来たらどう受け止めるか。授業中に闖入者があったらどう撃退するか。異世界に転生したらどう振る舞うか。家に帰ったら血のつながらない妹が出来ていたら兄としてどう接すべきか。あるいは学年一の美少女と諸事情で付き合うことになったら? 同級生と突然同居することになったら? 隣家の幼なじみが毎朝起こしてくれることになったら?
 あらゆるシチュエーションに取り組んで来た悠太郎であった。さっそくその成果が出たと感慨深く思い、自分のしてきたことは正しいと確信するに至った。これも哀れなるかな、キモい。

 美末の表情は少ない。無感動そのものだった。機嫌が悪くてムスッとしているのではない。単に無口なだけであるが、あたかも取ってつけたかのようであった。
 色白の肌に表情は薄い。だが黙っているだけでも、悠太郎にはどこか品があるように感ぜられた。

「……」
「……」

 しばらく無言が続く。
 さすがに沈黙に堪え兼ねたのか、女性経験豊富な悠太郎は話題を作るのだった。

「えーと、美末さん」
「美末でいいですよ」
「美末、……さん」
「美末です」

 語気を強める美末。

「は、はい! じゃあ……美末」

 簡単に屈する悠太郎。この時点で二人の間に揺るがせられない上下関係が出来てしまった。

「なんですか。ゆーたろー」と美末は聞く。
「ここはどこ?」と、悠太郎は疑問をぶつける。

 周囲を見回す。

 およそ見慣れた風景ではなかった。おそろしく白い世界だった。まるで濃い霧が立ちこめているように視界が利かない。まさしく一寸先さえ見えぬ濃霧の世界。
 五里霧中とも称すべき、暗澹たる白色の中に二人はいた。それだけならまだしも、数分前まで悠太郎と美末は、ふとんを共にする同衾どうきん状態にあったのだ。まったくもって状況がつかめない。

 ここがどこなのか。なぜいるのか。

「あれを見て」

 美末が指差す。その先では霧がスクリーン状に切り取られていた。大型テレビか映画館でも出現したのかと悠太郎は思った。

 スクリーンにはのどかな田舎町が映っていた。そして人間たち。

 ――外国の田舎町?

 悠太郎はそう見て取る。

 スクリーンに映じる人物は日本人ではない。青い目、金髪。あるいはブロンド。格好も古臭い。まるで中世ヨーロッパを題材にした映画のようだった。
 風景が転じて、原野が映る。
 のどかな景色は一変。それは戦場だった。騎士だの従士だの、中世の知識がある悠太郎にはそれと分かる。あるいは知識がなかったとしても、そうと分かるくらい典型的な騎士たちがそこに映っている。

 甲冑を身にまとった男たちが馬にまたがり隊列を組んでいる。1人や2人ではない。悠太郎のクラスの同級生36名よりも断然多い。
 銀色にキラキラ光る鎧兜の軍勢が一列に並び、今まさに突撃の命令を待つばかりだった。それに随伴する弓兵、歩兵の姿もある。全員が外国人だった。

「これ映画?」
「……」

 美末は何とも言わなかった。声が小さかったせいかなと悠太郎は焦る。
 美末は何も言わず、ただ横目でチラリと悠太郎を見た。黙ってスクリーンを眺めていなさい。そう言っている気がした。
 悠太郎がスクリーンに目を戻す。
 どうもおかしい。映画のエキストラたちにしてはみんな汚らしい。だいたい映画は脚色されるものだ。剣や甲冑や弓などの兵器は小道具職人が作るものだし、靴や上着にしても、それっぽく見えるような作り物のはずだ。
 が、彼らのそれは違う。
 たぶん映画監督が凝り性なのだろう。兵器は本物みたいだし、靴も上着もみんな個性がある。それに顔も実に凝っている。髪の毛はボサボサ。目が片方ない者もいる。歯はガタガタであばたの目立つ者もいた。

 最近の映画はここまで来たか。
 悠太郎は感心した。あとで美末にタイトルを聞かねばなるまい。ネットで調べれば俳優や評価から監督のこだわりまで出てくるし、早速レンタルする手もある。中世にも詳しい悠太郎が興味を持つほど、スクリーン内の人々は本物っぽかった。

 すると美末が言った。

「これ、現実ですよ」
「……はい?」
「異世界の合戦です。今からこの世界にゆーたろーを転生させます」
「え? ど、どういう?」
「大丈夫。わたしも一緒です」
「ちょ、ちょ、待って」
「?」
「何を言っている。現実? 異世界? 転生って」
「おかしいですか」
「それはゲームだの小説だのそんな中での話だ痛たたたたたた! ほっぺた引っ張らないで!」
「痛い?」
「痛い!」
「つまりここは現実なの。そしてあそこも現実なんです。分かりますか」

 美末はスクリーンを指差した。
 悠太郎は引っ張られたほっぺたをさする。ほっぺたは確かに痛かった。今、鏡を見れば赤く腫れているだろう。そしてちょっと興奮する悠太郎。女の子に触られた。否、触ってくれた。それもいじわるされた。嬉しくないはずがない。

 にやにやしていたら美末が言う。

「ゆーたろー」と美末は懇願するような目を向ける。「ゆーたろーは今ほとんど死んでいるんです」
「へっ」
「思い出さない? 雨の日。傘。自動車。ゆーたろーは妄想に夢中で自動車に気付かなかった。傘が死角を作っていたのもあるけれども。そして……」

 ――ああ!

 パッ、と。
 あたかも夏の夜の空に突如咲く大輪の花火のごとく、悠太郎の頭の中に思い浮かぶ光景。
 そうだ。あの日、僕は。
 帰宅部だから早々に帰ろうとした。下校時間を知らせるチャイムと同時に下駄箱へ向かった。
 下駄箱あたりでイチャつくカップルに殺意を覚えながら傘をさし下校した。いっそ異世界で女の子と一緒の楽しい人生をやり直せたら。そんな妄想をし、最後には世界の支配者になったあたりで、自動車のクラクションとパッシングするライトが思い浮かび……。

「そうだ、そうだ」
「思い出した?」
「うん。それで僕は気付くとここにいた。その。ふとんの中に」
「そう。だからゆーたろーはこれから異世界に行くの」
「……」
「?」と美末は首をひねった。
「はははっ」と、突然、悠太郎が笑い出したからだった。
「何を笑うんですか」
 
 美末はちょっとだけムクれたように見えた。
 悠太郎はおかしさをこらえて尋ねる。

「異世界に転生するのかい僕が。今から」
「そう」
「そしてその世界を支配するのか」
「それはゆーたろー次第。何もせずにわたしと暮らしてもいいんですよ。でも」と美末は一言置いて、告げる。「もしゆーたろーがやるなら、わたしもやる」
「一緒に世界を支配しようってのか」
「そうなるようにします。ゆーたろーがそうするつもりなら」

 ここにいたって悠太郎の心に隙が生じた。ズバリ言って好みの女の子。そして悠太郎じぶんと一緒にいてくれると明言。しかもそれは悠太郎が望むならという条件付き。
 今までまったくモテず、バレンタインデーはお母さんからチョコレートをもらうのが恒例だった非モテ男子高校生に、美末のセリフはズキュンとくる。
 だから悠太郎は答えた。

「よっしゃ、行こう」

 ニヤけ顔と共に。

「ゆーたろー」
「うん?」
「顔がニヤけてキモいです」
「くっ……」

 さらにニヤつく悠太郎。てっきり感謝の言葉でもくれるのかと思っていたらさにあらず。
 でも嬉しい悠太郎だった。多少のM気質があるから、このレベルの暴言なぞ悠太郎にとって暴言に値しない。むしろご褒美である。もっと言ってほしいくらいだ。
 でもさすがに懇願するほどではない。何しろ非モテであるから異性との接し方が分からない。ただ愛想笑いを浮かべるのみで、ごめんと悠太郎は取りあえず謝る。

「どうして謝るの」
「え、いや、不快な思いをさせたかと」

 美末はそこで驚愕すべき行動に出た。

「え、ちょ!」

 悠太郎に抱きついたのだった。
 はいそこまで! カットカット! ここでもう悠太郎は美末のことがスッカリ好きになった。惚れ切った。当たり前だ。柔らかな体付き。控え目な2つのおっぱいの感触。制服を通して伝わるぬくもり。そして香るいい匂い。
 非モテ男子高校生にとって、女の子と目が合えば「あいつ俺のこと好きだな」であり、手を握られたら「告白された」も同然であり、抱きつかれたら「一生一緒にいよう」と結婚さえはばからない。
 
「全然」と美末は言った。

 甘い香り。柔らかな感触。触れてはいけないと思いつつも思い切りむしゃぶりつきたいという猛烈な葛藤の狭間で悠太郎はどうにか理性を保ち、美末に答える。

「うん、行こう」

 そこで悠太郎の意識はわずかに暗転する。







 ドサリ。

いてー! モロ背中打った!」

 悠太郎はもだえた。
 背中からモロに地面に落とされたのだった。地面をごろごろのたうち回る。

「おおお」
「召還は無事成功のようですな」
「さすが姫様」
「しかし奇妙な髪の色ですな。黒とは不吉な」
「敵にとって不吉なのでしょう。従って我々には吉兆だ」
「なるほど。これまた妙な服ですな。異界の服ですかな」

 なんだか周りが騒がしかった。
 見上げる。
 驚く。
 悠太郎を、何人もの屈強な男たちが取り囲んでいる。西洋人たちだった。ゴッツイ。めっちゃゴッツイ。銀色の甲冑を着ていても感じるモリモリ筋肉。髭。とにかくイカつい甲冑西洋人たちだった。日本人に和服が合うように、西洋人に甲冑がこれほど似合うとは。そんなことに悠太郎は感心した。

 そして焦げ臭い。

「? 熱ちちちっちっち!」

 制服のすそが燃えていた。

「な、なんでこんなところにロウソクが!」

 火のついたロウソクがあっちこっちにあった。さすがのM気質もいきなり服を燃やされては興奮できない。むしろ慌てる。

「ああ待って! 今消すから!」

 ひとりの少女が悠太郎にかけ寄るのだった。

 自分が羽織っていた戦場仕立ドレスを脱ぎ、少女は、悠太郎の身の上からバッタバッタ打ち付け、どうにか火を消すのだった。
 美末ではなかった。
 声が違うし、第一、顔がまるで違う。となるとこの人は……悠太郎は言う。

「登場人物第2号だね」と。
「は?」と眉根を寄せる女の子。

 とまれ、悠太郎はお礼を述べる。

「ありがとう」
「どういたしまして、勇者様」
「勇者様? 僕が?」と悠太郎は少女を仰ぎ見ながら問う。「君の名は」
「あたし? 名乗る程のものではないけどこの王国の姫、名をシャーリーと申しますわ。以後お見知り置きを」

 少女は軽く頬笑みいらえた。お人形さんのような、という表現はまさしくこの少女のためにあると悠太郎は感じ取った。
 白い素肌。金色の髪の毛はサラサラと笹の葉のごとく風に流れ、そして驚嘆すべしその巨乳。おっぱいの膨らみに合わせて甲冑にも曲線を描いてあるではないか。こんな甲冑があったとは西洋厨の悠太郎は知らない。
 間近で見ると肌のきめ細やかな具合がよく目に付いた。

「おのれ、シャーリーに色目を使いおってからに!」
「痛ー! 何すんだこのジジイ!」

 シャーリー姫に見とれていたら、どこからか現れたジジイが悠太郎を叩いた。

「止めてよパパ!」とシャーリーが止めに入った。
「はーい♪ パパやめるよ♪」
 
 突然、猫なで声になってジジイは手を止める。周囲の西洋甲冑人たちが苦笑している。見慣れた光景であるらしく、あたかも「またしょうがないなこのジイサンは」とでも言いたげな感じ。

 悠太郎はジジイを見る。

「へ? パパ? 姫様のパパ……ひょっとして王様? この王国の?」

 ジジイはうなずく。
 よく見れば白髪まじりのヒゲなんか生やしちゃって、いかにも王っぽい貫禄がある。

「いかにもワシは王じゃ。この王国のな。それにしても勇者殿よ」

 いかにも王という風格のジジイは、悠太郎をそう呼んだ。

 ――なんとなくそんな気はした。

 ここはテントの中であった。地面には絨毯が布かれ、よく分からない模様の魔方陣をロウソクがぐるり。それを取り囲む人たち。さっき背中を打ったとき彼らは言っていた。召還、と。

 だいたい自分の状況がつかめてきた悠太郎。
 美末の言う通り転生したのだった。それも姫が召還するという形をとって。
 もしかすると魔法が当たり前の世界なのかも知れない。そして異世界の住人たちはみんな西洋人で甲冑を着込んでいる点、地球でいう中世くらいの時代にあたるのだろう。

 王はやっぱり甲冑に身を包んだ中年である。蓄えられたヒゲ。年齢を示すシワが顔にあり、それが貫禄を与えていた。
 王は言うのだった。

「よくぞ来られた勇者殿。さっそくであるが力を借りたい」
「ちょ、ちょっと」
「む? 何を遠慮する。そうじゃ、改めて紹介を致そうか。ワシはこの国の王。そちらがワシの自慢の娘、シャーリーじゃ。その隣が近衛隊隊長の」
「そ、そうじゃなくて」
「む? 違うのか? そうか。おい紋章官。地図を持て。……うん、よし。さあ勇者。これがワシらの〝世界〟じゃ」

 紋章官と呼ばれた男が脇に抱えた地図をテーブルの上に広げる。西洋に詳しいと自称する悠太郎は地図に見入る。

「なんだこりゃ。ヨーロッパじゃないか」

 それが悠太郎の口から出た第1のセリフだった。

 パッと見て地球のヨーロッパと見まごう地形。それをやや不正確にするとこんな感じの地図になる。

 現実と同じく、まず地中海がある。地中海に突き出す地形は現実のイタリアに相当する場所で、なかつくにミッドランドとルビが振られている。

なかつくにミッドランド?」
「そうです」と紋章官は答える。「教会の総本山があります。世界の中心ですからなかつくにミッドランドと呼ばれるのです」

 なるほど、まるっきり地球と似ている。
 ただ、これほど国境が面白いのは悠太郎はこれまで見たことがない。
 国の数は全部で十三ある。
 紋章官が世界の中心と呼んだなかつくにミッドランド。それを中心に時計でいう1時から12時に呼応して、12個の国。

 そのうち10時に位置する国のみ斜線が引かれており街道や地形が詳しく記載されていた。つまりこの王の治める国はここだなと悠太郎は思った。そして「世界」に対して率直な感想を抱く。

「まるで時計だなあ」
「む? と……何?」
「いえ。王様。この斜線の部分が王様の国ってワケか」
「いかにもその通りじゃ。我が王国の名を〝十国とをのくに〟と申す」
「なんと分かりやすい」

 悠太郎は笑ってしまう。
 たいていの異世界ものは都合良く出来ているが、ここまでとは。地図を見ればちゃんと「十国とをのくに」とルビまで振ってあるのが読み取れる。なるほど。文字を一から勉強する手間が省かれているのだ。
 ご都合主義万歳!
 そして悠太郎は日本語しか喋れないはずなのに、西洋人風体の者たちの会話が分かる。これもご都合主義万歳! あるいは転生するというのは、そういうことかもしれない。

 それにしても10時方向にあるから十国とをのくにとは。
 悠太郎はまた地図を眺める。仮になかつくにミッドランドをイタリアと見立てれば、十国とをのくにとかいうこの王国は10時の方角にあるヨーロッパの国家……スペインだのポルトガルだの、大西洋に面する国の位置に相当する。ここは異世界だからあくまでたとえだが。

 ――なるほど。地形を覚える努力も少なくて済むんだな。

 それに国名を13個も覚える必要もない。これは便利だった。何度でも言う。ご都合主義万歳!

「さすが勇者殿じゃ。こんな追い詰められた状況を笑うておる」
「追い詰められた?」
「む? おぬし、ワシの話を聞いておらんかったのか? この十国とをのくにの迎えておる危機を!」
「あ、すみません。あまり聞いていなかった」
「む! 無礼な! 勇者殿と言えども王への無礼は」
「やめてよパパ! あたしが召還した勇者様なんだから!」
「はーい♪ パパ止めるよ♪」

 何このジジイ。親バカにも程がある。その身のあまりの変わりように周囲の甲冑西洋人たちも苦笑いしている。
 ほほえましい光景だった。どうやらこの王様、子煩悩おやばかなだけでいい王様みたい。笑顔の絶えない職場なわけだな、いい意味で。

「それじゃ勇者様。パパに代わってあたしが説明致します」

 シャーリー姫である。

「あたしの王国は、あたしのお母様が継がれた国なの。お母様しか子がなかったからね。そしてパパと結婚してあたしが生まれた」
「なるほど。よくある話だ」
「うん。でもお母様は亡くなられてしまったの」
「そうだったのか」

 すすり泣きがした。周囲の甲冑西洋人たちは涙ぐんでいるのだった。

 ――本当にいい王妃様だったんだなあ。

 家来たちには心から慕われていたのだ。そうでなければこれほど泣かれることはない。
 しんみりした雰囲気に包まれるテント内……かと思いきやそうでもない。

「おーいおいおいおい」

 うるさかった。一人だけ大泣きしているジジイがいる。もちろん王様だった。それだけ王様ジジイは王妃様のことが好きだったのだ。本当に。
 そして今はその面影を遺すシャーリー姫を溺愛している模様。なるほど、と悠太郎はうなずく。この王国の構成と、皆の抱く感情が分かった。
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