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国家改造前夜
第32帖。美末とお風呂に入ろうー星見の篇ー(美末は一言、スケベという)。
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美末が腕を抱いて来る。華奢であると改めて思う。なのに柔らかい箇所は柔らかい。なぜか分からない。女の子とはそういうものらしい。
悠太郎は動かない。否、動けない。
現実、選択肢がなければ非モテは動けないのだった。バレンタインデーも毎年期待しつつ、結局スルーするイベントだし、帰り際の下駄箱に何もないのも毎年のこと。
ところがゲーム内での悠太郎は違う。経験豊富。イベントも余さず見ることが出来る。
なぜか。重大な箇所では常に複数選択肢が「ピコン」と立つからだった。
――くそ! 選択肢出ろよ!
悠太郎はわけの分からぬ怒りを抱く。
自称・女性経験豊富は今まったくもって意味がない。「全米が感動!」くらい大言壮語も甚だしい。悠太郎は困る。ひたすら困る。何をすれば良いのだろう。
「えーとその」と、悠太郎は切り出す。
「はい」
「しゃ、さ、散歩でもしようか」
「はい、」
美末の表情にやや変化がある。うなずいたとき、口の端がちょっと上がったように悠太郎には見えた。すなわち笑ったように思えた。
無表情に近い中にも表情があることは薄々気付いてきた悠太郎である。しかし今回は違う。ハッキリと、笑っているように見えた。
そうすると自分の選択は正しかったことになる。悠太郎は思う。2人っきりになるべく選んだ答え。どうにか正答を選べたみたいで、悠太郎は気分が良くなる。またもや異性経験を積んでしまったな、と意気揚々。
笑顔もキモい非モテ男子は嬉しそうに玄関へ向かうのだった。
家を出る。
闇夜である。月は山脈の向こうに隠れんとしている。人工の光源が一切合財ないので、月は大きく明るく見える。
――月が大きく見える?
ということは、やっぱりここは過去の地球ではない。悠太郎は確信する。月は年々、地球から遠ざかっている。中世の月は今よりも大きかったはずである。
日本でいえば、平安貴族の見ていた月は平成人の見る月よりも大きかった。どうでも良いことはよく知っている悠太郎である。
寒風が吹く。
寒い。今は冬の入りばな。これからさらに寒くなるだろう。エアコンのある現代なら「暖房オン」でどうとでもなる。コタツのスイッチを入れれば、猫のように丸まれる。
――中世の人たちってどうやって暖を取ってたんだ?
薪を燃やしていたのだろうとは思う。それが石炭に変わるのはいつだろう。薪よりも効率良く燃える。それに温度も高い。
少佐に連絡を入れて、石炭の安定供給はいつ可能か聞くべきかな。悠太郎は身を縮こませながら思う。民衆に暖かく燃える石炭を配布する。人々は冬の間、燃える炎を見つめながら、勇者ここにありと気付くはずだ。
小さなことかも知れないが、知られるとは、そういうことの積み重ねだと思う。
よく考えてみれば、王族や貴族とか高貴な人々と接する機会が多い。だから高貴な人々は僕のことを知っている。しかれど下々の人々は? シャーリー姫と結婚する相手がいるぞ、程度にしか思わないのではないか。十国の大多数はそうした農民で成り立っているのに、自分は彼らを何も知らない。
「ただ本の知識をひけらかして……。国家改造なんて大言壮語して……」
そうだ、どうだ。
僕の手は今、美末の手を握っている。温かい。柔らかい。これはまるで人間ではないか。
現在、イベリア半島(スペイン+ポルトガル)の人口は5000万名。日本の半分以下。ローマ帝国のあった紀元元年頃のイベリア半島の人口は600万名。
中世にはそれより増えているだろうから1000万名はいるだろう。この温かさ1000万倍。1000万倍! なんという量! 仮に手元に30センチ定規があれば、その1000万倍は日本列島と同じ長さとなる。
「寒いですね、ゆーたろー」
「寒いね。冬だなあ、すっかり」
家の灯りは全部スッカリ消してある。だから本当に暗い。地面をがんばって見ようとするがちっとも見えない。やむなく悠太郎は美末に懐中電灯を所望した。
「……」と、美末は無言である。
「なんで黙ってるん、だ」
美末は悠太郎の手をより強く握った。そのまま、すたすたと闇夜をものともせず、進む。
「わたし、夜目が効くんです。闇夜だって、へいちゃらです」
「へー。そりゃすごい」
悠太郎はそんなことより、手に意識が集中する。
これまでシャーリー姫に幾度となくおっぱいを押し付けられ、感触を楽しんだ。どう考えたっておっぱいのが嬉しい……、そう思っていた時期が悠太郎にはあった。けれども今は違う。美末が握る手。やや遠慮気味な力で引く、小さな手。
「……」
悠太郎はその手を握り返した。だからか、美末も握り返して来た。互いに握り合い合戦。
にぎにぎ、にぎにぎ。
握って握られ歩く。夜道は全然何も見えない。歩幅が短くなる。それでも怖いので、悠太郎は自然と美末とくっつきつつある。
「……」
「……」
美末が何も言わないので悠太郎も何も言わない。
ただ進みに進む。振り返る。家はとうに闇に飲まれている。ルテキア城のある中洲のどこかであると分かっていても、ここまで暗いと不安一色。
「美末。ここどこっ、う」
美末が立ち止まる。そうして空を見上げる。闇夜でも目が徐々に慣れつつある悠太郎。美末の輪郭が上を向いているくらいは見えるくらいに目は慣れている。
悠太郎も空を見上げる。
「おおっ」
見事な天の川銀河。
星々が輝いている。人工光の一切合財ない中世の夜空には、無限とも見える星がまたたいている。悠太郎は初めて「星がまたたく」空を見た。胸に来るものがあった。夜空はこんなにも綺麗だったのか。
普段、夜空を眺めることなどしない。
学校が終われば即座に帰宅。そのままずっと自室にこもる。夕飯だけ食べ、あとは万年カーテンの引かれた部屋でパソコンとにらめっこ。夜空を眺める機会などない。また例えあったとしても街灯が常に灯る平成時代では、星の輝きなどかき消されてしまい見えない。
「夜空が綺麗だね」
「そうですね」
「……」
「……」
出会った初日のごとく、一言交わして無言になる2人。でもあのときとは違う、と悠太郎は思う。あのときはこんなふうに手をつないでなんかいなかった。ただ「ふへへ」と汚く笑ったのみだった。今ならもっとスマートに笑顔を作れると思う悠太郎。でもキモいのに変わりはない。
「あ、流れましたよ!」
「え? 流れ星? ど、どこに?」
「あーもう。とっくに消えちゃいましたって。一瞬ですから、ちゃんと見ていてください。あのへんです。あの山からまっすぐ上」
「あの山って言われてもなあ。山なんかいっぱいある。あの一番大きな山か?」
すると、その山に向けてまっすぐ伸びる光が一条。
光の源は美末の手元にある。手には小さな懐中電灯のようなものが握られている。
「何それ」
「星空観察用の強力レーザーポインターです。これだとホラ、天上の星まで光が届いているように見えます。指差しているみたいでしょう」
まさしく強い光を発していた。多数のLED光を1本にまとめる構造なのだろうか。発せられた光はまっすぐ空に届く。なるほど、便利な道具だ。
星空観察で「あそこの星が」なんて言われても分からない。それがこの道具ならば、直接光が届くのですぐ分かる。最近の道具の進歩は目覚ましい。いつもの悠太郎ならとりあえず価格を調べ、とりあえずネットショップのカゴに入れておくことだろう。
「あのへんです。あ! ホラまた! 早くお願いを!」
「流れるのが早くて言えなかったや。あ、流れた!」
即座に願う悠太郎。どうか彼女が出来ますように。
「僕は何て願いを……」
頭を抱える。せめておっぱいが揉みたいならともかく、不純な願いを抱いてしまったものだ。
「ゆーたろー、何をお願いしたんですか」
「え。いや、別に。大したお願いじゃ……いや僕にはかなり切実な願いだけどさ」
「へー。いいですね。教えてくださいよ」
「やだよ恥ずかしい」
「そんな恥ずかしいお願いしたんですか。イヤラシイ」
「なんでそうなる! ちゃんとしたシッカリしたお願いなんだから」
「そういうことにしておきましょう」
「あんまり信じてないな、その言い方だと」
「そんなことないです」
他愛のない話だった。以前の悠太郎ならありえない。女の子と2人きりなのも、こんなに会話が続くのも。それにこんなに楽しいのも。
ふとイヤラシイ考えが浮かぶ。彼女になってくれと言っても美末は断らないのではないか? そんな考えが。
でも、と思い直す。もし断れたら僕はどうなる?
たぶんショックのあまり心臓が止まる。比喩でなく、本当に。むしろどうせ断らないでしょ、とタカをくくっている考えも悠太郎にはある。これだけ積極的なことをやっておいて断ることもないでしょ。単純な考え。これもまた異性経験豊富な男子生徒の考えだ。
「美末」
「声が震えていますけど」
「あー、えー……」
「?」
言えない。
恥ずかしいのもある。一方で断られたときをイメージする。タカをくくっていながら、どうしても一歩を踏み出せない悠太郎だった。情けなや。しかれどこれもまた個性。
やがて、ようやく言う。
「さ、寒いね」
「? まあ、そうですね。冬ですし」
月並みこの上ない悠太郎の会話。
美末は顎をちょっとだけ落とす。その仕草は悠太郎から見たとき落胆したようにも思えたのだった。
でも言わない。ここまでしてもらって悠太郎は決して言わない。失敗を極度に恐れる童貞男子高校生。ここまで膳を据えてもらって何もしないのだった。またこの次やればいいや……という先送り感覚に支配されている。
「風邪引くから、その、帰るか?」
「もう戻りますか。わたしはまだ平気ですけど」
「そうか。ん? 美末って風邪を引くのか」
「引こうと思えば引きます。カスタマイズ出来ますから」
「なるほど」
「はい」
「……」
「……」
沈黙が再び支配。吹く風だけが音源だ。
「うう、寒いなあ」
「お風呂でも入りますか」
「おお、いいね。じゃあ家に戻って」
「露天風呂とかどうでしょうか」
言うや、美末は空いている方の手を地面に向ける。するとマバタキするよりも早く、そこにはホカホカ湯気の立ち上る露天の温泉が出現したのだった。
全周を岩で囲まれている。大きい。秘湯百選とか特集が組まれたらトップにランクインしそうな秘湯オーラをまとっている。
「お、温泉が出た……。手の平から?」
「そうですよ。入れますよ」
「ど、どうやって入るの。この温泉は」
「? 普通に脱げばいいんですよ」
「男女が分かれてないけど。その。こ、こ」
「混浴ですけど、違います。あそこの」と美末は着脱室らしき付随物を指差す。「中には水着を置いてあります」
着替える場所まで準備してあるとはさすが美末。悠太郎は感心する。
「なるほど。いやあ、残念だなあ! 僕は別に水着なんかいらないのにな!」
「急に元気になりましたね。安心したんですか?」
「そんなわけあるかよ」
「消せますよ、水着」
「……、それだと駄目でしょ。その、公序良俗が。っ!」
美末が腕をからませる。
「悠太郎は勇者です。勇者はこの世界で一番偉いんです」
「僕がルールだっての?」
「ふふ」
「だとすれば、その。やっぱり水着は準備しておいてくれ。それとも美末が構わないんだったら全裸で入るか? オウフっ」
美末の脇腹パンチが決まる。あれだけ煽っておいて、話を振られると恥ずかし隠しに暴力を振るう美末だった。
今は悠太郎に腕を巻き付けたまま、言うのだった。悠太郎の目を見て。
「スケベ」
悠太郎は動かない。否、動けない。
現実、選択肢がなければ非モテは動けないのだった。バレンタインデーも毎年期待しつつ、結局スルーするイベントだし、帰り際の下駄箱に何もないのも毎年のこと。
ところがゲーム内での悠太郎は違う。経験豊富。イベントも余さず見ることが出来る。
なぜか。重大な箇所では常に複数選択肢が「ピコン」と立つからだった。
――くそ! 選択肢出ろよ!
悠太郎はわけの分からぬ怒りを抱く。
自称・女性経験豊富は今まったくもって意味がない。「全米が感動!」くらい大言壮語も甚だしい。悠太郎は困る。ひたすら困る。何をすれば良いのだろう。
「えーとその」と、悠太郎は切り出す。
「はい」
「しゃ、さ、散歩でもしようか」
「はい、」
美末の表情にやや変化がある。うなずいたとき、口の端がちょっと上がったように悠太郎には見えた。すなわち笑ったように思えた。
無表情に近い中にも表情があることは薄々気付いてきた悠太郎である。しかし今回は違う。ハッキリと、笑っているように見えた。
そうすると自分の選択は正しかったことになる。悠太郎は思う。2人っきりになるべく選んだ答え。どうにか正答を選べたみたいで、悠太郎は気分が良くなる。またもや異性経験を積んでしまったな、と意気揚々。
笑顔もキモい非モテ男子は嬉しそうに玄関へ向かうのだった。
家を出る。
闇夜である。月は山脈の向こうに隠れんとしている。人工の光源が一切合財ないので、月は大きく明るく見える。
――月が大きく見える?
ということは、やっぱりここは過去の地球ではない。悠太郎は確信する。月は年々、地球から遠ざかっている。中世の月は今よりも大きかったはずである。
日本でいえば、平安貴族の見ていた月は平成人の見る月よりも大きかった。どうでも良いことはよく知っている悠太郎である。
寒風が吹く。
寒い。今は冬の入りばな。これからさらに寒くなるだろう。エアコンのある現代なら「暖房オン」でどうとでもなる。コタツのスイッチを入れれば、猫のように丸まれる。
――中世の人たちってどうやって暖を取ってたんだ?
薪を燃やしていたのだろうとは思う。それが石炭に変わるのはいつだろう。薪よりも効率良く燃える。それに温度も高い。
少佐に連絡を入れて、石炭の安定供給はいつ可能か聞くべきかな。悠太郎は身を縮こませながら思う。民衆に暖かく燃える石炭を配布する。人々は冬の間、燃える炎を見つめながら、勇者ここにありと気付くはずだ。
小さなことかも知れないが、知られるとは、そういうことの積み重ねだと思う。
よく考えてみれば、王族や貴族とか高貴な人々と接する機会が多い。だから高貴な人々は僕のことを知っている。しかれど下々の人々は? シャーリー姫と結婚する相手がいるぞ、程度にしか思わないのではないか。十国の大多数はそうした農民で成り立っているのに、自分は彼らを何も知らない。
「ただ本の知識をひけらかして……。国家改造なんて大言壮語して……」
そうだ、どうだ。
僕の手は今、美末の手を握っている。温かい。柔らかい。これはまるで人間ではないか。
現在、イベリア半島(スペイン+ポルトガル)の人口は5000万名。日本の半分以下。ローマ帝国のあった紀元元年頃のイベリア半島の人口は600万名。
中世にはそれより増えているだろうから1000万名はいるだろう。この温かさ1000万倍。1000万倍! なんという量! 仮に手元に30センチ定規があれば、その1000万倍は日本列島と同じ長さとなる。
「寒いですね、ゆーたろー」
「寒いね。冬だなあ、すっかり」
家の灯りは全部スッカリ消してある。だから本当に暗い。地面をがんばって見ようとするがちっとも見えない。やむなく悠太郎は美末に懐中電灯を所望した。
「……」と、美末は無言である。
「なんで黙ってるん、だ」
美末は悠太郎の手をより強く握った。そのまま、すたすたと闇夜をものともせず、進む。
「わたし、夜目が効くんです。闇夜だって、へいちゃらです」
「へー。そりゃすごい」
悠太郎はそんなことより、手に意識が集中する。
これまでシャーリー姫に幾度となくおっぱいを押し付けられ、感触を楽しんだ。どう考えたっておっぱいのが嬉しい……、そう思っていた時期が悠太郎にはあった。けれども今は違う。美末が握る手。やや遠慮気味な力で引く、小さな手。
「……」
悠太郎はその手を握り返した。だからか、美末も握り返して来た。互いに握り合い合戦。
にぎにぎ、にぎにぎ。
握って握られ歩く。夜道は全然何も見えない。歩幅が短くなる。それでも怖いので、悠太郎は自然と美末とくっつきつつある。
「……」
「……」
美末が何も言わないので悠太郎も何も言わない。
ただ進みに進む。振り返る。家はとうに闇に飲まれている。ルテキア城のある中洲のどこかであると分かっていても、ここまで暗いと不安一色。
「美末。ここどこっ、う」
美末が立ち止まる。そうして空を見上げる。闇夜でも目が徐々に慣れつつある悠太郎。美末の輪郭が上を向いているくらいは見えるくらいに目は慣れている。
悠太郎も空を見上げる。
「おおっ」
見事な天の川銀河。
星々が輝いている。人工光の一切合財ない中世の夜空には、無限とも見える星がまたたいている。悠太郎は初めて「星がまたたく」空を見た。胸に来るものがあった。夜空はこんなにも綺麗だったのか。
普段、夜空を眺めることなどしない。
学校が終われば即座に帰宅。そのままずっと自室にこもる。夕飯だけ食べ、あとは万年カーテンの引かれた部屋でパソコンとにらめっこ。夜空を眺める機会などない。また例えあったとしても街灯が常に灯る平成時代では、星の輝きなどかき消されてしまい見えない。
「夜空が綺麗だね」
「そうですね」
「……」
「……」
出会った初日のごとく、一言交わして無言になる2人。でもあのときとは違う、と悠太郎は思う。あのときはこんなふうに手をつないでなんかいなかった。ただ「ふへへ」と汚く笑ったのみだった。今ならもっとスマートに笑顔を作れると思う悠太郎。でもキモいのに変わりはない。
「あ、流れましたよ!」
「え? 流れ星? ど、どこに?」
「あーもう。とっくに消えちゃいましたって。一瞬ですから、ちゃんと見ていてください。あのへんです。あの山からまっすぐ上」
「あの山って言われてもなあ。山なんかいっぱいある。あの一番大きな山か?」
すると、その山に向けてまっすぐ伸びる光が一条。
光の源は美末の手元にある。手には小さな懐中電灯のようなものが握られている。
「何それ」
「星空観察用の強力レーザーポインターです。これだとホラ、天上の星まで光が届いているように見えます。指差しているみたいでしょう」
まさしく強い光を発していた。多数のLED光を1本にまとめる構造なのだろうか。発せられた光はまっすぐ空に届く。なるほど、便利な道具だ。
星空観察で「あそこの星が」なんて言われても分からない。それがこの道具ならば、直接光が届くのですぐ分かる。最近の道具の進歩は目覚ましい。いつもの悠太郎ならとりあえず価格を調べ、とりあえずネットショップのカゴに入れておくことだろう。
「あのへんです。あ! ホラまた! 早くお願いを!」
「流れるのが早くて言えなかったや。あ、流れた!」
即座に願う悠太郎。どうか彼女が出来ますように。
「僕は何て願いを……」
頭を抱える。せめておっぱいが揉みたいならともかく、不純な願いを抱いてしまったものだ。
「ゆーたろー、何をお願いしたんですか」
「え。いや、別に。大したお願いじゃ……いや僕にはかなり切実な願いだけどさ」
「へー。いいですね。教えてくださいよ」
「やだよ恥ずかしい」
「そんな恥ずかしいお願いしたんですか。イヤラシイ」
「なんでそうなる! ちゃんとしたシッカリしたお願いなんだから」
「そういうことにしておきましょう」
「あんまり信じてないな、その言い方だと」
「そんなことないです」
他愛のない話だった。以前の悠太郎ならありえない。女の子と2人きりなのも、こんなに会話が続くのも。それにこんなに楽しいのも。
ふとイヤラシイ考えが浮かぶ。彼女になってくれと言っても美末は断らないのではないか? そんな考えが。
でも、と思い直す。もし断れたら僕はどうなる?
たぶんショックのあまり心臓が止まる。比喩でなく、本当に。むしろどうせ断らないでしょ、とタカをくくっている考えも悠太郎にはある。これだけ積極的なことをやっておいて断ることもないでしょ。単純な考え。これもまた異性経験豊富な男子生徒の考えだ。
「美末」
「声が震えていますけど」
「あー、えー……」
「?」
言えない。
恥ずかしいのもある。一方で断られたときをイメージする。タカをくくっていながら、どうしても一歩を踏み出せない悠太郎だった。情けなや。しかれどこれもまた個性。
やがて、ようやく言う。
「さ、寒いね」
「? まあ、そうですね。冬ですし」
月並みこの上ない悠太郎の会話。
美末は顎をちょっとだけ落とす。その仕草は悠太郎から見たとき落胆したようにも思えたのだった。
でも言わない。ここまでしてもらって悠太郎は決して言わない。失敗を極度に恐れる童貞男子高校生。ここまで膳を据えてもらって何もしないのだった。またこの次やればいいや……という先送り感覚に支配されている。
「風邪引くから、その、帰るか?」
「もう戻りますか。わたしはまだ平気ですけど」
「そうか。ん? 美末って風邪を引くのか」
「引こうと思えば引きます。カスタマイズ出来ますから」
「なるほど」
「はい」
「……」
「……」
沈黙が再び支配。吹く風だけが音源だ。
「うう、寒いなあ」
「お風呂でも入りますか」
「おお、いいね。じゃあ家に戻って」
「露天風呂とかどうでしょうか」
言うや、美末は空いている方の手を地面に向ける。するとマバタキするよりも早く、そこにはホカホカ湯気の立ち上る露天の温泉が出現したのだった。
全周を岩で囲まれている。大きい。秘湯百選とか特集が組まれたらトップにランクインしそうな秘湯オーラをまとっている。
「お、温泉が出た……。手の平から?」
「そうですよ。入れますよ」
「ど、どうやって入るの。この温泉は」
「? 普通に脱げばいいんですよ」
「男女が分かれてないけど。その。こ、こ」
「混浴ですけど、違います。あそこの」と美末は着脱室らしき付随物を指差す。「中には水着を置いてあります」
着替える場所まで準備してあるとはさすが美末。悠太郎は感心する。
「なるほど。いやあ、残念だなあ! 僕は別に水着なんかいらないのにな!」
「急に元気になりましたね。安心したんですか?」
「そんなわけあるかよ」
「消せますよ、水着」
「……、それだと駄目でしょ。その、公序良俗が。っ!」
美末が腕をからませる。
「悠太郎は勇者です。勇者はこの世界で一番偉いんです」
「僕がルールだっての?」
「ふふ」
「だとすれば、その。やっぱり水着は準備しておいてくれ。それとも美末が構わないんだったら全裸で入るか? オウフっ」
美末の脇腹パンチが決まる。あれだけ煽っておいて、話を振られると恥ずかし隠しに暴力を振るう美末だった。
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「スケベ」
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