異世界産業革命。

みゆみゆ

文字の大きさ
35 / 56
国家改造前夜

第32帖。美末とお風呂に入ろうー星見の篇ー(美末は一言、スケベという)。

しおりを挟む
 すえが腕を抱いて来る。華奢であると改めて思う。なのに柔らかい箇所は柔らかい。なぜか分からない。女の子とはそういうものらしい。

 悠太郎は動かない。否、動けない。
 現実、選択肢がなければ非モテは動けないのだった。バレンタインデーも毎年期待しつつ、結局スルーするイベントだし、帰り際の下駄箱に何もないのも毎年のこと。

 ところがゲーム内での悠太郎は違う。経験豊富。イベントも余さず見ることが出来る。
 なぜか。重大な箇所では常に複数選択肢が「ピコン」と立つからだった。

 ――くそ! 選択肢出ろよ!
 
 悠太郎はわけの分からぬ怒りを抱く。
 自称・女性経験豊富は今まったくもって意味がない。「全米が感動!」くらい大言壮語も甚だしい。悠太郎は困る。ひたすら困る。何をすれば良いのだろう。

「えーとその」と、悠太郎は切り出す。
「はい」
「しゃ、さ、散歩でもしようか」
「はい、」

 美末の表情にやや変化がある。うなずいたとき、口の端がちょっと上がったように悠太郎には見えた。すなわち笑ったように思えた。
 無表情に近い中にも表情があることは薄々気付いてきた悠太郎である。しかし今回は違う。ハッキリと、笑っているように見えた。

 そうすると自分の選択は正しかったことになる。悠太郎は思う。2人っきりになるべく選んだ答え。どうにか正答を選べたみたいで、悠太郎は気分が良くなる。またもや異性経験を積んでしまったな、と意気揚々。
 笑顔もキモい非モテ男子は嬉しそうに玄関へ向かうのだった。

 家を出る。

 闇夜である。月は山脈やまなみの向こうに隠れんとしている。人工の光源が一切合財ないので、月は大きく明るく見える。

 ――月が大きく見える?

 ということは、やっぱりここは過去の地球ではない。悠太郎は確信する。月は年々、地球から遠ざかっている。中世の月は今よりも大きかったはずである。
 日本でいえば、平安貴族の見ていた月は平成人の見る月よりも大きかった。どうでも良いことはよく知っている悠太郎である。

 寒風が吹く。
 寒い。今は冬の入りばな。これからさらに寒くなるだろう。エアコンのある現代なら「暖房オン」でどうとでもなる。コタツのスイッチを入れれば、猫のように丸まれる。

 ――中世の人たちってどうやって暖を取ってたんだ?

 まきを燃やしていたのだろうとは思う。それが石炭に変わるのはいつだろう。薪よりも効率良く燃える。それに温度も高い。
 少佐に連絡を入れて、石炭の安定供給はいつ可能か聞くべきかな。悠太郎は身を縮こませながら思う。民衆に暖かく燃える石炭を配布する。人々は冬の間、燃える炎を見つめながら、勇者ここにありと気付くはずだ。

 小さなことかも知れないが、知られるとは、そういうことの積み重ねだと思う。
 よく考えてみれば、王族や貴族とか高貴な人々と接する機会が多い。だから高貴な人々は僕のことを知っている。しかれど下々の人々は? シャーリー姫と結婚する相手がいるぞ、程度にしか思わないのではないか。十国とをのくにの大多数はそうした農民で成り立っているのに、自分は彼らを何も知らない。

「ただ本の知識をひけらかして……。国家改造なんて大言壮語して……」

 そうだ、どうだ。
 僕の手は今、美末の手を握っている。温かい。柔らかい。これはまるで人間ではないか。
 現在、イベリア半島(スペイン+ポルトガル)の人口は5000万名。日本の半分以下。ローマ帝国のあった紀元元年頃のイベリア半島の人口は600万名。
 中世にはそれより増えているだろうから1000万名はいるだろう。この温かさ1000万倍。1000万倍! なんという量! 仮に手元に30センチ定規があれば、その1000万倍は日本列島と同じ長さとなる。

「寒いですね、ゆーたろー」
「寒いね。冬だなあ、すっかり」

 家の灯りは全部スッカリ消してある。だから本当に暗い。地面をがんばって見ようとするがちっとも見えない。やむなく悠太郎は美末に懐中電灯を所望した。

「……」と、美末は無言である。
「なんで黙ってるん、だ」

 美末は悠太郎の手をより強く握った。そのまま、すたすたと闇夜をものともせず、進む。

「わたし、夜目が効くんです。闇夜だって、へいちゃらです」
「へー。そりゃすごい」

 悠太郎はそんなことより、手に意識が集中する。

 これまでシャーリー姫に幾度となくおっぱいを押し付けられ、感触を楽しんだ。どう考えたっておっぱいのが嬉しい……、そう思っていた時期が悠太郎にはあった。けれども今は違う。美末が握る手。やや遠慮気味な力で引く、小さな手。

「……」

 悠太郎はその手を握り返した。だからか、美末も握り返して来た。互いに握り合い合戦。

 にぎにぎ、にぎにぎ。

 握って握られ歩く。夜道は全然何も見えない。歩幅が短くなる。それでも怖いので、悠太郎は自然と美末とくっつきつつある。

「……」
「……」

 美末が何も言わないので悠太郎も何も言わない。

 ただ進みに進む。振り返る。家はとうに闇に飲まれている。ルテキア城のある中洲のどこかであると分かっていても、ここまで暗いと不安一色。

「美末。ここどこっ、う」

 美末が立ち止まる。そうして空を見上げる。闇夜でも目が徐々に慣れつつある悠太郎。美末の輪郭が上を向いているくらいは見えるくらいに目は慣れている。
 悠太郎も空を見上げる。

「おおっ」

 見事な天の川銀河。
 星々が輝いている。人工光の一切合財ない中世の夜空には、無限とも見える星がまたたいている。悠太郎は初めて「星がまたたく」空を見た。胸に来るものがあった。夜空はこんなにも綺麗だったのか。

 普段、夜空を眺めることなどしない。
 学校が終われば即座に帰宅。そのままずっと自室にこもる。夕飯だけ食べ、あとは万年カーテンの引かれた部屋でパソコンとにらめっこ。夜空を眺める機会などない。また例えあったとしても街灯が常に灯る平成時代では、星の輝きなどかき消されてしまい見えない。

「夜空が綺麗だね」
「そうですね」
「……」
「……」

 出会った初日のごとく、一言交わして無言になる2人。でもあのときとは違う、と悠太郎は思う。あのときはこんなふうに手をつないでなんかいなかった。ただ「ふへへ」と汚く笑ったのみだった。今ならもっとスマートに笑顔を作れると思う悠太郎。でもキモいのに変わりはない。

「あ、流れましたよ!」
「え? 流れ星? ど、どこに?」
「あーもう。とっくに消えちゃいましたって。一瞬ですから、ちゃんと見ていてください。あのへんです。あの山からまっすぐ上」
「あの山って言われてもなあ。山なんかいっぱいある。あの一番大きな山か?」

 すると、その山に向けてまっすぐ伸びる光が一条。
 光の源は美末の手元にある。手には小さな懐中電灯のようなものが握られている。

「何それ」
「星空観察用の強力レーザーポインターです。これだとホラ、天上の星まで光が届いているように見えます。指差しているみたいでしょう」

 まさしく強い光を発していた。多数のLED光を1本にまとめる構造なのだろうか。発せられた光はまっすぐ空に届く。なるほど、便利な道具だ。
 星空観察で「あそこの星が」なんて言われても分からない。それがこの道具ならば、直接光が届くのですぐ分かる。最近の道具の進歩は目覚ましい。いつもの悠太郎ならとりあえず価格を調べ、とりあえずネットショップのカゴに入れておくことだろう。

「あのへんです。あ! ホラまた! 早くお願いを!」
「流れるのが早くて言えなかったや。あ、流れた!」

 即座に願う悠太郎。どうか彼女が出来ますように。

「僕は何て願いを……」

 頭を抱える。せめておっぱいが揉みたいならともかく、不純な願いを抱いてしまったものだ。

「ゆーたろー、何をお願いしたんですか」
「え。いや、別に。大したお願いじゃ……いや僕にはかなり切実な願いだけどさ」
「へー。いいですね。教えてくださいよ」
「やだよ恥ずかしい」
「そんな恥ずかしいお願いしたんですか。イヤラシイ」
「なんでそうなる! ちゃんとしたシッカリしたお願いなんだから」
「そういうことにしておきましょう」
「あんまり信じてないな、その言い方だと」
「そんなことないです」

 他愛のない話だった。以前の悠太郎ならありえない。女の子と2人きりなのも、こんなに会話が続くのも。それにこんなに楽しいのも。
 ふとイヤラシイ考えが浮かぶ。彼女になってくれと言っても美末は断らないのではないか? そんな考えが。

 でも、と思い直す。もし断れたら僕はどうなる?
 たぶんショックのあまり心臓が止まる。比喩でなく、本当に。むしろどうせ断らないでしょ、とタカをくくっている考えも悠太郎にはある。これだけ積極的なことをやっておいて断ることもないでしょ。単純な考え。これもまた異性経験豊富な男子生徒の考えだ。

「美末」
「声が震えていますけど」
「あー、えー……」
「?」

 言えない。
 恥ずかしいのもある。一方で断られたときをイメージする。タカをくくっていながら、どうしても一歩を踏み出せない悠太郎だった。情けなや。しかれどこれもまた個性。

 やがて、ようやく言う。

「さ、寒いね」
「? まあ、そうですね。冬ですし」

 月並みこの上ない悠太郎の会話。
 美末は顎をちょっとだけ落とす。その仕草は悠太郎から見たとき落胆したようにも思えたのだった。
 でも言わない。ここまでしてもらって悠太郎は決して言わない。失敗を極度に恐れる童貞男子高校生。ここまで膳を据えてもらって何もしないのだった。またこの次やればいいや……という先送り感覚に支配されている。

「風邪引くから、その、帰るか?」
「もう戻りますか。わたしはまだ平気ですけど」
「そうか。ん? 美末って風邪を引くのか」
「引こうと思えば引きます。カスタマイズ出来ますから」
「なるほど」
「はい」
「……」
「……」

 沈黙が再び支配。吹く風だけが音源だ。

「うう、寒いなあ」
「お風呂でも入りますか」
「おお、いいね。じゃあ家に戻って」
「露天風呂とかどうでしょうか」

 言うや、美末は空いている方の手を地面に向ける。するとマバタキするよりも早く、そこにはホカホカ湯気の立ち上る露天の温泉が出現したのだった。
 全周を岩で囲まれている。大きい。秘湯百選とか特集が組まれたらトップにランクインしそうな秘湯オーラをまとっている。

「お、温泉が出た……。手の平から?」
「そうですよ。入れますよ」
「ど、どうやって入るの。この温泉は」
「? 普通に脱げばいいんですよ」
「男女が分かれてないけど。その。こ、こ」
「混浴ですけど、違います。あそこの」と美末は着脱室らしき付随物を指差す。「中には水着を置いてあります」
 
 着替える場所まで準備してあるとはさすが美末。悠太郎は感心する。

「なるほど。いやあ、残念だなあ! 僕は別に水着なんかいらないのにな!」
「急に元気になりましたね。安心したんですか?」
「そんなわけあるかよ」
「消せますよ、水着」
「……、それだと駄目でしょ。その、公序良俗が。っ!」

 美末が腕をからませる。

「悠太郎は勇者です。勇者はこの世界で一番偉いんです」
「僕がルールだっての?」
「ふふ」
「だとすれば、その。やっぱり水着は準備しておいてくれ。それとも美末が構わないんだったら全裸で入るか? オウフっ」

 美末の脇腹パンチが決まる。あれだけ煽っておいて、話を振られると恥ずかし隠しに暴力を振るう美末だった。
 今は悠太郎に腕を巻き付けたまま、言うのだった。悠太郎の目を見て。

「スケベ」

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

処理中です...