異世界産業革命。

みゆみゆ

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国家改造前夜

第34帖。美末とお風呂に入ろうーふとんの中で篇ー(ミルク(意味深)を飲む)。

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 風呂上がりに飲む牛乳は格別だと悠太郎は思う。水着から普段着に着替え、夜風に当たる。火照った体を適度に冷やしてくれる。

 美末に出してもらった牛乳はキンキンに冷えている……! 犯罪的なウマさ……! ガラス瓶に口を当てる。よく冷えた牛乳を飲み、悠太郎は歓喜する。

「ぷはー。やっぱりガラス瓶で飲むとひと味違うなあ」
「美味しいですよね。なんででしょう」
「中身は一緒なのに不思議だな」

 悠太郎の隣で美末が答えた。長い椅子に腰を下ろして、足をぷらぷらさせながら。

 2人は畳敷きの椅子に腰かけている。これは畳1枚に足をつけたような形で、俗に将棋椅子と呼ばれる。よく『サザエさん』で夕涼みにおっさんたちが街灯の下、長椅子に腰かけて将棋を打っているが、その長椅子のことだ。
 もちろん美末の手の平から出してもらったものだ。

「冷えていておいしいですね」

 美末はご機嫌である。こくこくと牛乳を飲んでいる。ぷは、と一息ついたとき口元には丸く白い跡が残った。

 やっぱり人間みたいだな、と悠太郎は思う。

「あ、ゆーたろー。口のまわりに付いてますよ」

 拭きましょう、と美末はハンカチを取り出した。悠太郎の口元をぬぐってくれた。

「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「美末の口元にも付いてるよ、ミルク」
「そうですか」

 ハンカチでぬぐう美末。

 ――それってさっき僕のをぬぐったやつだよな。

 悠太郎は細かいところを気にした。一方で美末は全然木にかけていない。そればかりか悠太郎が自分のことを見つめるので、首をかしげ、やや困ったような仕草を見せた。かわいい百万点。

 悠太郎はそんな美末と2人きりなのが突然嬉しくなった。そして言う。

「中世でもこんなのんびりした生活が出来るなんてなあ。僕ずっとこっちで暮らしたい」
「ゆーたろーが望むならそうしますよ。わたしも」
「ふと思った」
「何ですか」
「こっちで僕は年を取るの?」
「取ろうと思えば取ります」
「その言い方はつまり僕が不老不死を望めば……?」
「出来ますよ。わたしがゆーたろーを〝カスタマイズ〟しましょう」
「で、出来るのかよ! 不老不死!」

 これまで何人がそれを望み、水銀を飲み果てたことか。誰もが叶えられなかったことを、美末は「出来ます」と事もなげに言うのだ。驚かないはずがない。

「やったことはありませんけど、出来ると思います。やりますか?」
「いいや、今はいいや。今度にしよう。そうか。出来るのか」
「急にどうしたんです」
「よく転生ものの小説を読んでもさ、寿命が尽きて死ぬ主人公って見ないからさ」
「小説ですか。そりゃあ主人公が死んだら話が終わるからでしょう」
「そうだけど僕も人間だからいつか死ぬじゃないか。暗殺されるかも知れない。病気になるかもしれない。国家改造の志半ばで不帰になるのは嫌だ。不老不死になれば永久にこの国にいられる」
「……」

 美末が手を握ってくる。
 昔だったらかなり動揺したが、今ではよくあることなので悠太郎はいささかも動揺しない。ただ目を泳がせるだけである。心臓をバクバクと鼓動させるだけである。

「そんな怖いこと言わないでください」
「でもあり得ないことじゃない」

 そう言ったら美末はますます握る手に力をこめる。

「もしそんなことになってもわたしがどうにかします。ゆーたろーは大船に乗ったつもりでいてください」
「おー、心強い。じゃあさっそく1つ、お願いしていいかな」
「はい。何ですか」
「冷たい牛乳をもう1本」
「うふ。はい、どうぞ」
「今ちょっと笑ったね」
「笑ってませんよ」
「な、なんで否定するんだ? 笑ったって」
「笑ってませんよ。あんまり言うと、その牛乳、消しますよ」
「それは勘弁」
「でしょ?」と、美末は首をかしげる。その仕草は今までのどんな美末よりもカワイイものだった。

 やっぱり僕は転生して良かった。悠太郎はそう思った。







〝家〟に戻る。
 季節は冬。湯冷めをしないうちにふとんへもぐって眠りたい。悠太郎はあくびを1つ。

「ただいま」と、あくびと同時に言う。
「お帰りなさい」と美末。
「暗くて足下が分からないな」

 言って、美末は赤い色を放つ懐中電灯を出した。

「どうです。これでよく見えるでしょう」
「おわっ、赤い光! ……不気味だぞ。なんだその懐中電灯に赤いセロハンを貼ってあるのか」
「赤い光は、目が慣れやすいんです。真っ暗な夜、天体観測で、手元の星座表を見たいときはみんなこれを使います。普通の白や黄色の光では目が暗闇に慣れるまで時間がかかりますから」
「あ、そうだったな」

 悠太郎は軍オタの知識でもって補完する。昔も今も潜水艦の艦内用ライトは赤と相場が決まっている。
 これは赤色が人を落ち着けさせる効果があるらしいのと、いま美末が言ったように暗闇から明るいところへ移っても目が慣れやすいことが理由だ。昔の潜水艦は乗組員が目で見張りをしていた。艦内を明るくしておくと、外が夜だったとき目が慣れるまでどうしようもない。

「さあて、寝るかな。明日は一大イベントの日だからもう寝よう」
「歯磨きしましたか」
「あとでやるよ」

 美末の眼光が鋭くなる。
 まずいこと言ったかな、と悠太郎はしくじったような顔を作る。実際しくじっている。

「ゆーたろー。あとっていつですか。それだと明日になっちゃうじゃないですか」
「い、いいじゃん別に。虫歯は一朝一夕にして成らず。今日くらいやらなくたって構わ」
「駄目です」

 美末は歯ブラシを悠太郎に握らせる。そして背中をグイグイ押して洗面所まで連れて来ると、水の入ったコップを持たせるのだった。

「さ。磨き終わるまでわたしはここで見張ってます。終わったらここに置いてあるパジャマを着ておいてください」
「ほ、本気?」
「無論です」
「明日でいいじゃん」
「駄目です。あんまり言うと明日はご飯抜きですよ」
「わ、分かった分かった。やるよ」

 適当に磨く。
 本来、悠太郎の年齢ならばバス法を用いて磨くべきである。これは歯ブラシの毛先を歯軸に対して45度に当て、歯肉溝内で近遠心方向に細かく動かす方法で、スクラビング法に並んで歯垢プラーク除去効率が高い方法である。
 けれども歯医者推奨のそんなゴタクはどうでもいい、というのが正直なところで、悠太郎はサッサと適当に磨いてすぐ終わらせる。

「よし、どうだ」

 振り向くとすでにパジャマ姿の美末。制服姿よりもエロく見える。同じ美末なのに見た目でこうも雰囲気は変わるのだ。

「うーん。ちょっと早いですがまあヨシとしましょう」
「ホッ。じゃ寝ようか」
「はい。寝ますか。こっちへ、こっちへ」
「え? そっちは和室じゃん。僕は3階、美末は2階が個室でしょ。……あれ?」
「今日は1階の和室で寝ましょう」

 もともと1階は2人の共用部分として使っている。その和室。時期柄、コタツを設置してあるはずが、今は片付けられている。
 そこへふとんが敷かれている。しかも2人分。くっつけて。

「な、なんでこんなに準備万端なんだ」
「ふふふ、さあ寝ましょうかパチリ」
「あ! 電気を消すなよ! 見えないじゃないか」
「だって恥ずかしいじゃないですか」

 力のままに美末は、悠太郎をふとんに引っ張り込むのだった。

「ゆーたろー」
「ん?」

 部屋の中も外も暗い。悠太郎にはすぐ隣にいるはずの女の子の顔が見えない。

「やっぱり個室っていいものですね」
「今は2人部屋だけどね」
「邪魔者なくストレスもなく、それでいてプライバシーがある。現代万歳じゃないですか」
「邪魔者って」

 悠太郎は、とあることに気付く。そして気付いたときにはすでに握られていた。ふとんの中を進んで来た美末の手に、自分の手を。

「……邪魔者って、誰」
「決まってるじゃないですか。ヤツです」

 言わずもがな。おっぱいことシャーリー姫だろう。

「あのー。もう少し仲良く出来ない? 同じ女の子なんだし」
「だからこそ無茶ですよ。いっぺん不仲になったら仲良くなんか出来ません」
「そうなの?」
「はい!」
「そ、そんな元気いっぱい答えられても。せっかく異世界で同い年のコがいたら嬉しくないか?」
「嬉しくないです」
「ハッキリ言ったね」
「ゆーたろーがいるのが嬉しいですから」
「ハ、ハッキリ言うね」
「はい!」
「……」
「……」

 お互い何も言わなくなった。ただ手は離さない。ふとんの中でキッチリ結ばれたままだ。
 もしかして僕、いま幸せなんじゃないか? 悠太郎は思った。これまで縁のなかった異性と同じ部屋で、ほぼ同衾どうきん状態。そりゃあ初めて美末と会ったときは完全に同衾していた。あのとき程ではないが、極めて嬉しいのは悠太郎も一緒である。

 そして言った。

「おやすみ、美末」
「はい。おやすみなさい。ゆーたろー」

 不意に、美末が起き上がる。暗闇の中で。何か忘れ物か? トイレか? 悠太郎はそう聞こうと思ったが、それよりも早く、美末は悠太郎の顔に口びるを当てた。

「なっ、あ……」

 すぐ離れる。また元の、ふとんの中に戻った。

 一瞬のことだった。悠太郎は反応できなった。美末が僕に……。き、き、……。

「……」
「……」

 無言タイム。
 手がじっとりと汗ばむのを感じる。

「おやすみなさい。ゆーたろー」
「お、おやすみ」

 夜はけゆく。
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