異世界産業革命。

みゆみゆ

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具体策

第41帖。お帰りなさい、少佐えもん。(王領に眠る資源を王命の下に独占す)。

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 小屋……王領司令部にいる機械兵たちは無言である。機械兵だから無駄口を利かず、尋ねられても最低限の返答しかしない。完全に禁欲的な人間の見本みたいな性格だった。
 そして軍服姿。これだけで軍オタの血が騒ぐ悠太郎だった。この軍服は見たことがない。迷彩色なのは自衛隊と同じだがポケットの配置や履いている軍靴の形が異なっている。それに所属を示す名前の刺繍もワッペンもない。そして中世には似つかわしくない黒眼、黒髪であった。

 悠太郎はその機械兵たちの1人に声をかけた。少佐、とアダ名した機械兵である。
 
「少佐。調子はどうだい」
「順調であります。神成かみしげ閣下」

 一瞬、自分の名字を忘れかけていた悠太郎。

 ――そうだ、僕の名前は神成かみしげ悠太郎だったな。

 少佐はA4用紙の束を差し出した。報告書であるらしい。悠太郎がペラペラとページをめくる間、少佐は悠太郎の見ているページに合わせた説明をするのだった。

「そちらが金銀銅に限った分布地図です。そちらはが推定埋蔵量のグラフになります」
「うん。……この採掘率予想のグラフって、どう見ればいいんだ? プランAとプランBとで開きがあり過ぎる。どういうこと」
「10世紀の採掘方法を採った場合と、現代の採掘方法を採った場合を曲線で示しました。開きがあるのはその双方に歴然とした差があるからです」
「確かに。産業革命の来ない世界だ。石炭なんて誰も必要としないから掘り出す量も少なくていい。採掘技術が未熟なのはやむを得ない」

 産業革命でご存知ジェームズ・ワット氏は1774年、蒸気機関を発明した。厳密に言うと昔からあった蒸気機関をもっと便利で効率の良いものへと改良した。以後、ただ単に「蒸気機関」と言えばワット式のものを示すほど普及した。
 もともと蒸気機関は石炭を掘るときに湧き出る地下水を排出するための発明だった。この発明のおかげで地下水なんて気にせず深く深く掘れるようになった。ワットが改良してからはさらに深く掘れるようになり、それに燃料効率も良くなった。

 やがて別の使われ方をされるようになる。蒸気機関車である。人も物も大量に運べる未来の乗り物……蒸気機関車は大増産され、燃料たる石炭はますます求められた。
 そればかりではない。石炭は製鉄にも暖を取るにも使える。レールを敷くにも軍艦や武器を作るにも電気を得るにも欠かせず、国中で石炭を燃やすもうもうたる黒煙が立ち上るようになる。こうして産業革命の波に乗ったイギリスは陽の沈まぬ大英帝国となった。

「少佐はどちらのプランを採るのがいいと思う?」

 少佐は迷わず答える。

「プランAを倍増させる程度でよろしいかと存じます」
「やはり」
「それが神成閣下のお考えに最も近いものと存じます」

 少佐の受け答えは万全だった。ただ石炭だの金銀銅だのを得たければ平成の技術を使って機械兵たちだけでやればよい。10世紀の人間に最新の採掘方法を教える時間が省ける。それに関わる人間をゼロに出来るから、王領で何かやっていても周辺の諸侯にバレない。

 しかしそれでは十国とをのくにのためにならない。悠太郎はそう考えている。あくまでも自分たちは手助けに徹するべきであると考えている。だから悠太郎は少佐の答えにニヤリとしてしまった。ちゃんと自分の考えを汲んでくれたからである。

「ば、倍増!」

 驚いたのはアウグストである。

「少佐殿」と、アウグストは少佐に言った。「石炭を取るには危険が付き物です。それなのにいきなり倍増とは……、いささかご無理が。それに地下水をどうします。地下の濁った空気を排出するにも限度があります」
「アウグスト閣下。そのために我々は準備をしております。まず危険と申されましたが、それは行き当たりばったりに採掘を進めるためです。炭層の分布をおおまかにつかめば危険は減ります。ガスの噴出や落盤を防ぐ技術もお教えいたします。また美末閣下に頼めば我々機械兵をもっと出せます。そうした一番の危険作業は我々にお任せください」
「う、うむ。しかれども採鉱夫たちの仕事を奪うわけにはゆかないだろう」
「もっともであります。現在、地下水をくみ出すためにジェームズ・ワット式の取水機を組み立てております。それにさきほどおっしゃった空気の問題ですが、換気用のダクトを設け、大型換気扇で常に循環させます。それと併行して電灯の設置を進めます。どれほど地下へ潜ろうとも危険はこれまでよりも減ります」

 少佐は模型を使い、丁寧に説明をした。アウグストに分かりやすいよう、外来語は極力使用しない。そして質問点があれば例え話の途中でも説明を区切るのだった。

 最低限のものから初めている、と悠太郎は思った。採掘に詳しくないから口を出せない。おおかたアウグストも採掘には詳しくないだろうが大まかには知っているようで、採掘用にトロッコや昇降機を設置するあたりで目を輝かせていた。

 ここらの土地柄、表層に石炭が集まっているようだ。これならば映画で見るような巨大な建設機械で地面をひっくり返すのが一番早い。美末に頼めばいかに巨大な機械であろうとも出せる。

 しかしそれではいけない。あくまで主体はこの時代を生きる人々である。ジェームズ・ワット式の取水機などという「時代遅れ」も甚だしい機会を使うのもそのためで、最新式の無人取水機を用意しても、10世紀の人々にはオーバーテクノロジー過ぎる。
 まず造りが単純な機械に慣れてもらう。換気ダクトも電灯も最初は美末に出してもらうがいずれは現地(十国とをのくに)生産する予定である。しばらく先のことになるだろうが。

 ひとしきり話が落ち着いたあたりで悠太郎は切り出す。

「さて、問題は掘り出した石炭だ。今は冬だから、王様ジジイに頼んでせめて王都の人たちだけでも暖まってもらいたいと思うんだ。鍛冶屋ではもう使われているだろう、アウグスト」
「そうです。ただ庶民に石炭は馴染みが薄いと思われますので、使い方には多少の注意を呼びかける必要があるでしょう」

 効率よく石炭を掘り出し、配れば人々は冬の寒さから救われる。悠太郎はそう思っていた。ところがどっこい、そもそも石炭に馴染みがないとは。
 使い道が分からないのでは配るだけ損だ。現代日本なら石炭が暖房になることを子供でも知っている。だが10世紀には一般的ではない。何この黒い石? となってしまう。

「そのへんも周知させないといけないのか……。鍛冶屋くらいか? 石炭に馴染みあるのは。そうなると鍛冶屋の親方に石炭の使い方を教えさせたらどうだ」
「その鍛冶屋も複数の村に1つあるかないか、という程度です。まず鍛冶屋を増やすのを優先するのが良いかと存じます」
「そ、そこからやらないといけないのか」
「鍛冶屋を増やす計画を建白書にて立ててあります。これと併行しても大丈夫でしょう」

 アウグストはあっけらかんと言った。

 これは国家改造の建白書の第2項目にある「鉄は国家なり」の文句通りで、まず良質の鉄鋼を作る。兜、盾、鎧、剣の増産を図る。10世紀ならこれだけで優位に立てる。
 ところがそれらを作るべき鍛冶屋が少ない。村に1つ必ず鍛冶屋があり、あちこちでカンカンやるようになるのは11世紀頃の話だ。思い出してみれば王都にさえ鍛冶屋は2件しかないのだ。

「鍛冶屋の数を増やすか。よし、石炭の配給は鍛冶屋に一任しよう。もともと馴染みある資源だから理解があるし、それに力持ちだ。待てよ。それなら鍛冶屋の設置を許可制にして、同時に配給の義務を負わせるのはどうだ」

 アウグストはちょっとだけ考えた。やがて答える。

「賛成です。では村に1つ、鍛冶屋を作る。そして石炭の配給と燃料としての知識徹底を親方に義務づけましょう。村長にも理解を求めましょう」

 この時代の「理解を求める」とは無言の圧力とも言うべきか、ほとんど「OKって言えよ? 分かってんな?」である。

 ――しかし……。

 どうにも地味な改革であると悠太郎は思う。だいたいこういうとき小説を読むと、転生した勇者が素晴らしいアイデアを出す。すると王様が感動し、側近に「やれ」と言う。するとあっという間に国中にたちまち広がる。

 事実は小説より奇なりという。しかし事実は小説より地味だ。国家改造はもっと華やかな事業であると悠太郎は思っていた。
 それがやっていることと言えば根回し第一。駅逓えきてい制度(のうちのおお)着工は財政官に許可をもらい、肝いりだった改良農具の普及は鳥ガラみたいな風貌の農政官に許可を取った。

 そして産業革命を将来起こすに不可欠の石炭にいたってはどうだ。一般庶民には馴染みがないと来た。だからまず暖房用の燃料として馴染ませようと思ったら鍛冶屋しか頼れる存在がなく、しかも鍛冶屋の数も少ない時代ときている。
 だから鍛冶屋を増やして……と、何だか遠回り、遠回りをしているように悠太郎には思えた。

「お茶でもどう? ゆーたろー」

 美末が緑茶と羊かんを運んできた。あさ色の緑茶。それに半透明の枯れ草色をした羊羹。どちらも日本人にはありがたい甘味。

「ありがとう美末。もぐもぐ……やっぱり和菓子はうまいな。この羊羹、甘さ控え目だな。それもまた一興」
「アウグストさんもどうですか」
「は、いただきます。ヨウカン? 勇者殿の世界のお菓子ですか。……あ、甘い! なんという甘さだ」

 アウグストはしかめっ面をし、緑茶を飲む。そして合点のいった顔になる。羊羹の甘さと、それを打ち消す緑茶。この組み合わせの素晴らしさに気付いたようである。

 こんな何気ないものも幸せだと悠太郎は思う。そして言う。

(小声)「美末、これそんなに甘いかな」
(小声)「甘さ控え目を選んだつもりでしたけど」

 10世紀で一番のごちそうは、悠太郎もいつだったか食べた洋ナシのシロップ煮である。名前からして甘そうに思えるが、現代人の口からすれば甘い部類には入らない。自然の甘みは人工甘味料には遠く及ばないのだった。悠太郎たちはそれに慣れているからどうとも思わないが、アウグストにとっては違うらしい。羊羹も1口食べたきり、それ以上手をつけようとはしなかった。

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