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第三章
囚われの乙女
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アイーダは、拳を握りしめて歯ぎしりした。
ジュードヘイムの泉につかり、傷を癒していた間にこんな事になろうとは。
アイーダは、ユグドラシルの腕輪に触れて地に裂け目を入れ、リーリアス帝国を覗き、胸をかきむしられる思いであった。
愛しい黄金族人間の王子ファルが、女を胸に抱いている!
見るとその女は『七色の瞳の乙女』ではないか!
なぜ……なぜ、なぜ!!
『七色の瞳の乙女』と『守護する者』を連れ去ってからまだ一日と経ってはいない。
なのにもうこの二人は出逢い、恋に落ちたというのか!
アイーダは、悔しさのあまり全身が小刻みに震えた。
生き返りたい。
生き返ってこの身を愛しいファルの瞳に写すことさえ出来たら、ファルはシオンではなく自分を選ぶはずだ。
日が浅い、今ならまだ間に合うだろう。
自分の方が数倍魅力的だ、絶対に!
…悠長なことをしている時間はない。
なんとしてでも七色の瞳の乙女に近付き、その血を飲んで生き返るのだ、人間として。
アイーダはユグドラシルの腕輪をシャラリと揺らし、治りきっていない体を抱き締めながら姿を消した。
◇◇◇
「ファル、リアラの街ってここからどれくらいかかるの?」
シオンは朝食後、ファルに尋ねた。
「馬で半日もかからない」
「そう…」
「どうした?」
シオンは魚の跳ねる水面を見つめながら言った。
「香が、心配で…」
カオル…。
「守護する者か。あの女なら一足先にリアラの城に戻った。
今頃宮廷医に診てもらっているだろう」
シオンは頷いた。
香はいつも、『七色の瞳の乙女』を守るために輪廻転生してるって言ってた…。
シオンは思いきって言った。
「ファル、確かに私は瞳の色が変わるけど、ただそれだけなの。
香は私にはすごい力があって、あらゆる者が私を狙っているというんだけど…私には自分に特別な力があるとは思えない。
今までにその力を使った事もないし、使い方すら分からないの。
だから…」
シオンは真っ直ぐにファルの眼を見て、
「リアラの都に着いたら、私と香を解放してくれない?」
ファルは胸に冷水をかけられたような感覚を覚えた。
解放。
それは、別れを意味するのではないか。
解放すればもう会うことはなく、シオンはもとの世界へ帰ってしまうのではないのか。
ファルは、あっさりと別れを選ぼうとしているシオンを呆然と見つめていたが、すぐに黄金色の瞳に力を込めてシオンを見つめ返した。
「それは出来ない」
どうしてと聞きたかったが、シオンは射抜くようなファルの眼差しに言葉を失い、俯いた。
ファルは大股で歩いてシオンに近付き、至近距離から彼女の顔を覗き込んだ。
「七色の瞳の乙女を必要としているのは、俺の父、王ダグダだ。それに」
そこで言葉を切り、ファルはシオンの頬に手の甲で触れた。
「お前は、俺ともう会わない気でいるのか。俺から離れて生きていくのか?俺がいなくてもお前は平気なのか」
シオンは慌てて首を横に振った。
「違うの、でも」
ファルは眉を寄せてシオンを見つめ続けた。
シオン……。
……お前は、俺とは違う男を選ぶのか。
切なさと苛立ちが混ざり合ったファルの表情を見てどうしていいか分からず、シオンは思わず立ち上がった。
「顔を洗ってくるわ。傷も痛むから冷やしてくる。……後で話そう」
ファルは息をついて顔をそむけ、低い声で言った。
「あまり遠くへ行くな。じきに出発する」
◇◇◇◇
シオンはしばらく歩き、川のすぐそばの体が隠れそうな木の陰へ入った。
川の水をすくおうとしゃがみこんだその時である。
水面に自分以外の影を見つけ、慌てて顔をあげた。
「七色の瞳の乙女」
口を塞がれ、声がでない。
一瞬だけ見えたその顔は雪のように白く、とても美しかった。
「私はアイーダ。お前と守護する者をこの世界へいざなった者だ」
あ……!てことは、あの黒い煙…!
シオンはアイーダの手を口から引き剥がそうと、彼女の腕をつかんだ。
「諦めろ」
きゃあああ!
アイーダの言葉と同時に首筋に激痛が走り、シオンはギュッと眼を閉じた。
信じられない……!なにするのよ……!
声にならない悲鳴をあげ、シオンはよろけた。
一方アイーダは、ニヤリと笑うとシオンの顔を覗き込んだ。
アイーダの口は鮮血に染まり、唇の端からは血が滴り落ちている。
嘘でしょ、私を、咬んだの?!
ありえない、なんなの……!
「お前の血はいただいた。さらばだ」
アイーダは、グイッと片手で唇を拭うとシオンを引きずり、大きな岩場の陰へと隠した。
本当はこのまま殺したかったが、七色の瞳の乙女を殺した者は守護する者に必ず息の根を止められる。
せっかく生き返っても、それでは意味がない。
シオンは恐怖と怒り、生死の不安で胸が潰れそうになり、泣いた。
嫌だ、ファル、助けて…!
声が、出ない。
アイーダは急いでユグドラシルの腕輪を揺らし、溶けるように姿を消してその場を後にした。
これで、よし。
もうすぐ生き返るのだ。
アイーダは、満足という名の微笑みを浮かべた。
シオンはあまりの痛さに気が遠くなった。
嫌だ、私、死んじゃうの?
ファル…助けて…!
その時、誰かに抱えられた。
ファル?
逆光で顔がはっきり分からなかったが、ファルでないことが一瞬で分かった。
「…許してください」
どういう事……?ああもうだめ……。
シオンはその声を聞きながら、やがて意識を失った。
男は自分の袖を破ると手早くシオンの首に巻き付けて止血し、辺りを見回した。
旅をしながら男は偶然、ケシアの都で『七色の瞳の乙女』に懸賞金がかけられているという話を聞いた。
さらに先程、このエリルの森で怪しげな女が『七色の瞳の乙女』と口走り、その女に噛みつき姿を消したのだ。
これを逃す手はない。
男はシオンを抱えると川に入って対岸へ渡り、獣道へと歩を進めた。
一旦獣道に入り暫く進んだ後、再び川沿いを歩く。
これが一番安全だと、男は知っていたのだ。
◇◇◇
ファルは気が狂いそうになった。
なかなか帰ってこないシオンを心配し、川のそばの木陰まで見に行くと、そこにいると思っていたシオンがいないのだ。
代わりに岩の上にはベットリと血痕が残されていて、ファルは焦って辺りを見渡した。
水が岩にぶつかる音が大きく、多少の物音はかき消される。
ファルは奥歯を噛み締めた。
血痕を辿るにも川を泳いで連れ去ったらしく、それ以上の血の跡は残っていない。
「ウルフ!」
短く口笛を吹いてから名を呼び、ファルは愛馬の方を向いた。
「行くぞ」
傍へとやってきた愛馬にまたがると腹をクッと蹴り、川沿いを駆ける。
誰だ、シオンに怪我を負わせ連れ去ったのは…!
ファルは前方を睨み据えて腰の剣を引き抜いた。
見つけ次第、叩き斬ってやる!
◇◇◇◇
その次の日。
「…!」
香は飛び起きた。
シオンが…危ない!
香には、離れていてもシオンの気を感じることが出来た。
「まだ起き上がってはなりません」
声の主を見ると、巫女らしき女がこちらを見ていた。
すぐに、伸びてきた手……白髪の医者らしき男性に脈をとられる。
「私は巫女長のレイアと申します。あなたは、『守護する者』カオルですね」
香は言葉を返さず、巫女長レイアを静かに見つめた。
レイアはホッと息をつき、水の入った器を香に手渡した。
「意識が戻ってよかった」
「シオンを助けなきゃ」
香は器を置くと、勢いよく寝台から飛び降りた。
その時である。
「待て」
威厳のある声が低く響き、巫女長レイアが胸の前で腕を合わせ、うやうやしく頭を垂れた。
側近数人を従え、部屋へ入ってきたのはリーリアス帝国国王ダグダであった。
香は数歩後ろへ下がり身構えた。
「守護する者…カオルといったな」
香はわずかに頷いた。
「七色の瞳の乙女は、どこだ」
「分かりません。でも生命の気が弱くなってる…」
香は、よりシオンの生命の気を感じようと意識を集中させ、眼を閉じた。
その時外が騒がしくなり、男の声が響いた。
「父上!父上!」
荒々しい足音と、金属のぶつかる音が響き渡る。
やがて声が近くなり、入り口の扉が勢いよく開いた。
「父上!」
風と共に辺りを払うような強い光を放つ一人の青年が目の前に現れ、香は眼を見張った。
「父上、シオンが…『七色の瞳の乙女』が連れ去られた。恐らくアーテス帝国、白金族人間に連れ去られたんだ。敵に攻め込む許可をください!」
ダグダは一人息子であるファルを無言で見つめた。
3日前は七色の瞳の乙女に興味すら示さず、捜索を命じた際は、それに時間を費やすくらいならケシアの闘いで壊滅し、はぐれてしまった自分の軍の捜索に当たりたいと直訴してきたくらいだ。
「アルゴや、ジュード、ロイザや、その他の部下はどうする」
仲間は大切だ。
だが彼らは屈強な軍人であり、鍛え抜かれた戦士だ。
ケシアの都は白金族人間に攻め落とされたが、ついこの間まで我が領土であり、彼らは地理に詳しい。
きっと生き延びてこの王都リアラへ帰ってくるはずである。
「仲間は必ず生きて帰ってくる。だが、シオンは女だ。しかも何者かに襲われ、傷を負わされて連れさられた。
父上、色んな方向を探し回り最終的にエリルの森の一番目の谷まで追跡しましたところ、連れ去ったとみられる男の死体が転がっておりました。多分、白金族に雇われたものだと思われます」
「なぜわかる?何を根拠にその死体が七色の瞳の乙女を連れ去った本人だと分かるんだ」
ダグダの問いに、ファルは片方の手のひらを開いて見せた。
そこにはシオンのために野に咲く花を耳飾りに変え、彼女に贈った物があった。
「これが死体に引っ掛かってた。俺がシオンに与えたんだ」
その言葉は、ファルがシオンを愛していると答えたも同然であった。
ダグダは、瞳を強く光らせ真っ直ぐに自分を見つめる息子に、黙って視線を合わせた。
愛する女をなりふり構わず助けに行くような男に成長するとは。
血は争えん。
ダグダは、若かりし頃の自分を思い出し、目の前の息子の姿と重ねた。
「よかろう。いずれにせよアーテス帝国とは戦わなければならない。ただし、策をたてるまでは動くな。本当にアーテス帝国が七色の瞳の乙女を連れ去ったのかを特定しなければならない。最終的な攻め込み時期はそれを特定し、兵達の回復を見てから決める」
ファルは感謝を込めてダグダを見つめ、身を翻した。
待っていてくれ、シオン。
必ずお前を助け出す!
「待って!」
香は部屋を飛び出し、ファルの後を追った。
ファルは歩を止めずに、肩越しに香を振り返り言った。
「なんだ」
香はファルの前に回り込んで彼を止め、必死で伝えた。
「私も仲間に入れて」
ファルは唇の端でちょっと笑った。
「女を仲間に?足手まといだ」
香はムッとした。
「女だからって、甘く見ないで!」
言うなり香は眼にも止まらぬ早さでファルの腰から長剣を抜き取り、切っ先をファルの喉仏にピタリと付けた。
ファルは宙返りでそれを避けると、着地する寸前に短剣を香目掛けて投げた。
香は表情も変えず、それをいとも簡単にファルの愛剣で弾き飛ばし、体勢を立て直す前のファルに斬りかかった。
ファルは床を転がりながら香の突き立てる剣を避け、一瞬の隙を見逃さず、長剣を蹴り上げて香の手から弾いた。
次の瞬間、香は素手でファルに向かっていき、ファルはニヤリと笑った。
拳で男に敵うと本気で思ってるのか!?
香は顔色ひとつ変えず、ファルに立ち向かう。
こいつ、投げ飛ばしてやる!
ファルは香の服を掴むと、力任せに投げ飛ばそうとした。
ところがである。
香がファルの力を逆手にとり、そのふくらはぎを蹴りあげたと思うと、仰向けに彼の体を地面に叩き付けた。
な、に?!
ファルは焦って体をねじった。
「遅い!」
香はファルの溝落ちに固めた拳を振り下ろした。
それから唇を引き上げ、ニヤリと笑うとピシャリと言い放つ。
「言え!寸止めに感謝と」
ファルは香から眼をそらし、大きく息をつくと天井を仰いだ。
「降参だ」
香はクスリと笑い、ファルの腕を取って立ち上がらせた。
「私は強いの。七色の瞳の乙女を守護する者として、数えきれないほど生まれ変わった。あらゆる武術に長けるのも、頷けるでしょ」
香は、一瞬遠い眼をして瞳に悲しみの色を浮かべ、寂しそうに笑った。
「それに男は女に油断する。今のあなたのように。そこを突いてシオンを助けるわ」
ファルは言った。
「分かった。
お前は今から俺の仲間だ」
二人はしっかりと見つめ合い、固く手を握りあった。
◇◇◇◇
アイーダは、ザワザワと騒がしい人の声で目覚めた。
シオンの血を飲み、腕輪の力でエリルの森を抜け出したところまでは記憶にあったが、それからはまるで覚えていなかった。
…ここは一体どこなのか。
「目覚めたか」
急に声がして、アイーダは弾かれたように起き上がった。
目の前に、立派なヒマティオンをまとった背の高い男が立っている。
「俺は白金族人間の王、シリウス。ここはケシアの都だ」
白金族人間!
白金族人間とは、ファル達黄金族人間にとって天敵である。
よりによって、白金族人間に拾われるとは…!
アイーダは唇を噛んだ。
ケシアとは黄金族人間の最北の都であったが、この間の闘いで白金族人間によって攻め落とされたばかりである。
「三人の主要人物……黄金族人間の軍人を追跡してるんだが、未だに居所がつかめず、国に戻れない」
シリウスは苦笑しながらアイーダを見た。
「お前はどこから来た?名前は」
アイーダは眼を伏せ、さも悲しそうな表情を作り上げて口を開いた。
「アイーダと申します。遠くの親類を頼ろうとはるばる旅をして来ましたが、会えずじまいで…体調を崩し、気がついたらここに…」
シリウスはプラチナ色の髪を揺らし、フッと笑った。
「しっかりと養生していくがいい」
その時である。
勢いよく扉が開き、大きな声が響いた。
「シリウス様!七色の瞳の乙女の意識が戻りました!!」
「すぐ行く」
シリウスは返事をした後、ヒマティオンを翻して踵を反した。
なんと…?!
アイーダは、眼を見開いた。
七色の瞳の乙女がここにいるのか!?何故だ?!
自分が噛みついて血を飲んだとき、とてもじゃないが立ち上がれる状態ではなかったはずだ。
それが何故、ケシアに?王子ファルは……?
もしかして、ファル共々捕らえられてケシアにいるとか……いや、それはない。
先程シリウスは、三人の逃亡した黄金族人間を探していると言った。
もしも王子ファルを捕らえたなら、恐らくそのような者に用はないだろう。
独りになった部屋でアイーダは思案した。
七色の瞳の乙女…シオンが今、ここにいるということは。
アイーダは、ニヤリと笑った。
今のうちにここを抜け出し、ファルに近づいてこちらを振り向かせるのだ。
最初はシオンを忘れられなくとも、片時も離れずそばにいてその身を慰め恋の情念を見せつけていれば、いずれは自分に心を開き愛してくれるはずある。
ファルは若く、身も心も健康な男である。
いくらシオンを好きだとしても、身近な女の悩ましい身体をなんとも思わないはずがない。
アイーダは、自分の身体を見下ろした。
男心を揺らすだけの魅力はじゅうぶんにある。
傍らで攻め続ければ、いつかは落ちるはずである。
アイーダは静かに立ち上がると、寝台から抜け出した。
◇◇◇
香は電流が走ったような感覚に、思わず空を見つめた。
「シオンが…」
地図を見つめていたファルが顔を起こし、香を見た。
「どうした」
「ファル、馬を貸して!私は一足先にシオンを探す。彼女は北にいるわ!」
ファルは首を横に振った。
「ダメだ。女をひとりで行かせられるか!それに北には白金族人間に奪われたケシアの都がある」
香は笑った。
「その女にやられたのは誰?」
く…!
ファルは眉間にシワを寄せて香を睨んだ。
「あれは油断してただけだ」
「敵も私だけだと油断するわ」
香は、ファルをじっと見つめた。
「大丈夫よ。取り敢えず居場所を突き止める。作戦はそれからよ」
ファルは頷いた。
それから香の肩を掴んで引き寄せると、力強く言った。
「分かった。任せたぞ。誰かが接触してきたら必ず合言葉を確認しろ。合言葉は『ピアス』だ」
「ピアス?」
香はファルの眼を見た。
ファルは決まり悪そうに横を向いた。
「ピアスなら、確実だろ」
この国にピアスと言う言葉はない。
香はクスッと笑った。
「笑うな」
「案外、可愛いんだね」
「なっ、かっ、黙れ!」
男らしい眉を寄せて、ファルは香を睨んだ。
それからふと真顔になり、真剣な表情で言った。
「死ぬなよ。生きて帰れ」
◇◇◇◇
香は馬に鞭を入れ、短く声をかけた。
馬は素晴らしく早く駆けた。
北だ。北にシオンがいる。
香には分かるのだ。守護する者として。
◇◇◇◇
アイーダは、城から勢いよく馬で駆けて行く香を見てほくそえんだ。
腰には水袋と短剣、左側には長剣をさし、背中には弓を背負っている。
あの様子はおそらく、シオンを助けに向かったのだろう。
守護する者は、七色の瞳の乙女の居場所が自ずと分かる。
ケシアは最北の都で、この王都リアラから早馬でも三日はかかるはずである。
絶好の機会だ。
アイーダは、ニヤリと笑うとゆっくり城に近付いた。
◇◇◇◇
首が……凄く痛い……。
シオンは目覚めてすぐ首に手をやり、手当てしてあることに気づいた。
助かったんだ…。
正直、アイーダに首に噛み付かれた時は死ぬかと思った。
「今日は客が多い」
楽しげな男性の声が響き、シオンは起き上がろうと腕に力を入れた。
「いたっ」
その様子を見た目の前の綺麗な男が笑った。
「無理をしない方がいいよ」
言いながらシオンに近づいて、彼女の瞳を覗き込む。
「君は七色の瞳の乙女だよね」
シオンは、コクンと息を飲んだ。
「黄金族人間の王子様とは、恋人同士?」
心臓が掴みあげられたようにドキンとして、シオンは目の前の男を見つめた。
「君をエリルの森の外れまで運んだ男が、君と王子様が一緒なのを見たらしいから」
シオンは言葉を返さず、男の白銀の髪とグレーの瞳を交互に見つめた。
「シリウス様、先程の女が消えました」
扉の向こうで声がして、目の前のシリウスと呼ばれた男は、シオンを見つめたまま返事をした。
「放っておけ」
シリウス…。
「ここはどこですか?私を助けてくれたんですか?」
石造りの部屋は重厚な感じがしたが、入り口と窓にかけられた布は無地で質素だった。
ユラユラと揺れるランプの光が石の壁に一層歴史を感じさせて、シオンは無性に不安を覚えた。
どこなんだろう、ここは。
シリウスは僅かに眼を細め、微笑んだままで答えた。
「ここは、ケシアの都だ」
ケシアの都…。
「あなたは……」
シリウスという男性は、キトンの上から銀の糸で刺繍をほどこした豪華なヒマティオンをまとい、腰には三日月色の剣を携えている。
「俺は、シリウス。白金族人間で、アーテス帝国の王だ」
白金族人間…。
確か、ファルは黄金族人間だ。
シオンは嫌な予感がした。
なに、この感じ……。
「七色の瞳の乙女は、あらゆる望を叶える力を持つと聞いたんだけど。その瞳には強大な力があるって」
シリウスはニヤリと笑うとシオンの寝台に片膝をつき、身を乗り出して彼女の髪を撫でた。
「俺に、君の力を貸してくれない?白金族人間の繁栄のために」
シオンはなす術もなく、ただシリウスの整った顔を見つめた。
そんなシオンを見て、シリウスはクスリと笑った。
「今日はゆっくり休んでよ。話はまた明日」
シリウスはそう言って部屋を出ていこうとした。
出ていこうとしたが、ああ、と小さく呟くと、踵を返してこちらを向いた。
「忘れるところだった」
シオンは、僅かに首を傾けた。
「なんですか……?」
するとシリウスは、大したことではないと言ったように首を左右に振り、腰の長剣をスラリと抜いた。
それから再びシオンの寝台まで歩み寄りフワリと笑う。
「王子様の元へ走られたら…困るからね」
言うや否や、抜き放った長剣を器用に回転させ、その切っ先を素早くシオンの足に突き立ててから、ゆっくりと引き抜いた。
「きゃああああ!」
「ごめんね」
軽い口調とその微笑みと、自分の足から泉のように湧き出る鮮血に、シオンは思考がまとまらなかった。
ただ、痛さと恐ろしさのあまり、悲鳴をあげて泣き続けた。
◇◇◇◇
香は丁度三日後にケシアの都に到着した。
ファルから借りた馬は素晴らしく早かった。
もう夕暮れ間近であったため、簡単に身を隠せた。
ファルの指示通り南側の森に馬を繋ぎ、街中が見渡せる丘に身を伏せ辺りを見渡す。
その時である。
背中の真ん中に剣の切っ先を押し当てられ、香はヒヤリとした。
「お前は誰だ。なぜファルの馬を使ってる?」
香は全身に冷や汗が滲むのを感じながら、慎重に口を開いた。
「私の名はカオル。馬はファルに借りた。もしかして、アルゴ?ジュード?それともロイザ?」
香は、生き別れになったというファルの仲間の名前を必死で思い出しながら言った。
背後でカチャリと剣が動く。
香は素早く身を反転させ、体を起こした。
目の前には、全身が血と泥で汚れた男が立っていた。
彼は剣を香に向けたまま、僅かに顔を傾けて、眼を細めた。
「俺はアルゴだ。何故俺たちを知っている?お前は何者だ」
香は息を整えながら口を開いた。
「私は、『七色の瞳の乙女』と共に、彼女を狙う魔性によってこの世界に連れてこられた」
ほう。七色の瞳の乙女の話は聞いたことがある。
「じゃあ、お前は『守護する者』か。それがどうしてファルの馬を使い、ここにいるんだ」
香はアルゴを正面から見つめて、これまでの出来事を手短に話した。
アイーダという魔性にこの世界へ連れてこられ、エリルの森に倒れていたところをダグダ王に見つかり、リアラの城へ連れていかれた事。
エリルの森で、ファルが七色の瞳の乙女を保護したが、何者かにさらわれてしまった事。
どうやら、ケシアの都に彼女が囚われている事。
アルゴは黙って香の話を聞いていたが、やがて大きく息をついて言った。
「ケシアの都にいるとすると、捕らえたのは白金族人間だ」
「白金族人間とは?」
「白金族人間とは、俺達黄金族人間の天敵だ。やつらは常に俺達を狙い、闘いを挑んでくる。残忍でずる賢く、抜け目のない部族だ」
香は身を伏せ、街を見渡しながらアルゴに訊ねた。
「ジュードとロイザは?」
アルゴは香の隣に伏せると、眉を寄せた。
「分からん。俺が振り返った時にはジュードの姿は見えなかったし、ロイザは落馬しかかってた」
辛そうにそう言ってから、アルゴは続けた。
「特別騎兵隊は、他の兵よりも死が近い」
特別騎兵隊とは別名を決死隊といい、敵陣に真っ先に斬り込んでいく隊であることを香は知っていた。
香は言葉を返した。
「ファルは信じてる。あなた達が必ず生きて帰るって」
アルゴはチラリと香を見た。
この女は、不思議だ。
歳は俺より若いはずなのに馬をかけ、陥落した都に独りで乗り込み敵の様子をうかがって七色の瞳の乙女を救出しようとしている。
なんなんだ…。
顔はあどけなく、体はそう大きくもなく、力だって強くはあるまい。
体には負ったばかりの傷が多数あり、態勢を変える度に苦しげに眉を寄せている。
こんなに傷ついた体で、リアラの城から馬に乗ってきたのか。
長い髪はサラサラと風になびき、大きな瞳は意思が強そうで、眩しかった。
香はチラチラとアルゴの視線を感じて、勢いよく彼を見た。
「なによ」
アルゴはドギマギしてぎこちなく眼をそらした。
「いや、その、傷を負っているようだが……大丈夫なのか?」
……まさか、今この状況で口説けない。
けど、こういう女が俺は好きだ。
アルゴはブルッと頭を振ると、ケシアの街を見つめた。
香はアルゴから街へと視線を移し、訊ねた。
「あの、中央の大きな屋敷はなに?」
屋敷の回りは高い塀で囲われていて、兵隊が所々に配備されている。
「あれは、ダグダ王の城だった。
よく皆で遊んだ屋敷だ。いまは白金族人間の拠点になってる」
「では間違いなくシオンはあの中だわ」
「シオン?七色の瞳の乙女か?」
香は軽く頷くと、アルゴを見た。
「馬を渡すからあなたはリアラへ帰ってファルに伝えて。シオンは必ず助けると。ジュード、ロイザが屋敷に囚われていないかも調べるわ。合言葉はピアスよ」
アルゴは驚いて眼を見張った。
「お前独りでか?!バカ言うな!俺もついていってやる。
俺達の軍ですらこの有り様だぞ。お前みたいな小娘が…」
香は最後まで聞かずに、空を見上げた。
「今、白金族人間の軍は休息してるはずだし油断もしてる。
それに悪いけど、忍び込むのにあなたは足手まといよ。
なにも一気に三人を救い出す訳じゃないわ。まずは屋敷の中の状況を把握する。アルゴ」
一気にそこまで話すと、香はアルゴを正面から見つめた。
「屋敷内の見取り図を教えて。今からすぐに頭に叩き込むわ」
アルゴは頷いた。
頷いてから思った。
何もかもに決着がついたら、真っ先にこの女を口説こう。
◇◇◇◇
シオンは激痛で目覚めた。
シリウスに刺された左足の甲にはしっかりと布が巻き付けられ、手当てがされていた。
足を押さえて泣き叫ぶシオンの前に、彼の部下らしき人物が現れたかと思うと、無理矢理苦い液体を喉に流された。
それからの記憶がない。
ただ彼の、冷たい海のような青い瞳だけを覚えていた。
「お目覚めですか?」
急に声がして、シオンはビクッと身体を震わせた。
反射的に身を固くし、部屋の隅に眼をやる。
真横のランプの灯りが逆光となり、声のした方が暗くて見えない。
怖い。
「そんなに怯えないで下さい」
足音が近くなり、やがて眼の前に青い瞳のあの男が姿を現した。
男はシオンの傍まで来ると床に膝をつき、至近距離からシオンの顔を覗き込んだ。
「痛みますか?」
低く静かな声。
シオンは身を起こそうと体をよじった。
「ご無理をなさらないでください。あなたは今、ボロボロだ」
青い瞳の男は優しくシオンの肩に手を起き、その動きを制した。
「僕はカイルといいます。シリウス様からあなたの世話係を申しつかりました」
シオンは起き上がるのを諦めて、カイルと名乗った青い眼の男を見つめた。
「私は……殺されるのですか?」
全身が痛くて、声が掠れた。
カイルはその問いに唇を引き結んで暫く答えなかったが、やがて落ち着いた声で囁くように言った。
「……あなた次第です。あなたが我ら白金族人間の仲間として暮らすと言うなら、その身は守られる」
「……」
カイルは、ランプの明かりに照らされたシオンの顔を優しく見つめた。
形のよい輪郭、大きく魅力的な瞳。
……可愛らしい女だ。
綺麗な唇はふっくらとしていて、思わず触れたくなる。
カイルはホッと息をつくと、傍らのテーブルに置かれた器を手に取った。
「ここは僕の部屋です。暫くはこの部屋で、僕と寝食を共にしていただきます」
シオンは眼を見開いて首を横に振った。
「嫌です、そんなの」
寝食を共にする?冗談じゃないわ。
シオンの拒絶を、カイルはまるで気付かないというような無反応で返した。
それからシオンに腕を伸ばして少しだけ身を起こさせると、手に持っていた器を差し出した。
「薬です。飲んでください」
シオンは再び頭を振った。
「嫌だ、飲まない」
カイルはフッと笑い、器を自分の口に運ぶとグイッと天井を仰いで飲み干した。
「んっ……!」
それから素早くシオンに口付けたかと思うと、彼女の鼻をつまんだ。
「やめてっ!」
顔を振って逃れようとするシオンの後頭部を荒々しく掴み、彼女の抵抗を阻止すると、カイルは一気にそれを流し込んだ。
流し終えるとゆっくりと唇を離し、鼻と鼻が触れる距離で囁いた。
「化膿止めです。……毒じゃない」
最悪、この人!マジで、ムカつく!!だってそうでしょ!?
嫌がってるのに、無理矢理キスして飲ませるってどうよっ?!
シオンはカイルをキッと睨んだかと思うと、ガンッと彼の額に頭突きをした。
「……っつっ!!」
予想外の不意打ちをくらい、カイルは眼を剥いてシオンを見た。
「無理矢理こんな風に飲ませるなんて、最低!」
シオンが怒りに任せて叫ぶとカイルはフッと笑い、それまでの口調をガラリと変えた。
「無理矢理飲まされたくなかったら、自分で飲めよ。子供じゃないんだから」
言いながら、ムッとしているシオンを見てクスリと笑った。
「飲むわけないでしょ!毒だったらどうするのよ!」
するとカイルは小馬鹿にしたようにシオンを一瞥した。
「殺すくらいなら、手当てなんかするかよ」
「ふん、あなた達なんて信用できない!人に剣を突き刺して逃げないようにするなんて、酷すぎる!」
言い終えて、シオンはカイルを睨んだ。
カイルは、薄い毛布をめくってシオンの足の甲を見つめると眉を寄せた。
「まずい、包帯が真っ赤だ」
「え?」
シオンは顔をしかめながら、身を起こした。
「出血がひどい」
僅かに見えた足の甲に巻かれた布が、黒い。
やだ、さっきまで白っぽかったのに。
ランプに照らされた闇の中でも、それは見えた。
こんな濃い色じゃなかった。
「ちょっと見せて」
カイルがシオンの足元に顔を寄せた。
逃げよう。
シオンは咄嗟にそう思った。
痛いのを我慢しながらそっと身を起こし、入り口の位置を確認すると、すぐに走り出せるように心の準備をした。
「傷を見てみよう」
今だ!
「っ!!」
屈み込んだカイルの顔を反対の足で思いっきり蹴り、シオンはベッドから転がるように下りると、部屋の入り口に走った。
ところが刺された片方の脚に力が入らず、入り口に辿り着けずに転倒した。
やだ、嘘でしょっ……!!
思わず唇を噛みしめた時、背中にズンと重みを感じた。
「……君って……相当気が強いみたいだね」
アイーダに噛まれた首が痛くて、うつ伏せに倒れたままシオンはカイルの冷たく低い声を聞いた。
「僕の顔を蹴っ飛ばすなんて……」
「うっ!!」
背中の重みが更に増した。
「今度やったら、踏み潰す」
背中を踏まれていると気づいた時には、もうすでに息が出来なかった。
「っはっ……!!」
あまりの痛さにギュッと眼を閉じた時、フッと体が浮くような感覚が走り、カイルの足が外されたと気付いた。
それからの肩を掴まれて抱え上げられると、乱暴にベッドの上に下ろされた。
シオンが後ろ手をつく前にベッドに膝をついて上り、至近距離からこちらを睨むカイルの青い瞳。
カイルの唇は切れて血が滲んでいたが、彼はそれを拭こうともしないでシオンの瞳を覗き込んだ。
「シリウス様の命がなければ、殺している。二度目はない」
この世界に来て、二度目だ。『殺す』と脅されたのは。
シオンはカイルの青い眼を睨んだ。
瞬間、カイルが片手でシオンの首を締め上げた。
指がアイーダに噛まれた傷に食い込む。
「あぁっ!」
あまりの痛さに、シオンは眉を寄せて唇を噛みしめた。
カイルはシオンの苦痛に歪んだ顔を見てニヤリと笑った。
なんて奴なの!?笑うなんて……悔しい!
ふと、ファルの顔が脳裏によぎった。
端正な顔立ちに堂々として不敵な雰囲気を漂わせたファル。
ファルに会いたい。もう一度会って話したい。
彼に、触れたい。
シオンの眼から涙がこぼれた。
頬を伝ったそれが、シオンの首を掴んでいたカイルの手首にポトリと落ちた。
「……!!」
カイルは驚いてシオンの首から手を離した。
……ランプの灯りが小さく弱いせいで、瞳の色が変化しているかは分からない。
けれど涙に触れた途端に、妙な感覚が体を駆け抜けた。
カイルはシオンを見つめた。
泣いたせいで瑞々しく光る大きな瞳。通った鼻筋に、花びらのような唇。綺麗な輪郭にまとわりつく艶のある長い髪。
それらを備えた美しい女が、敵意に満ちた眼差しで自分を睨んでいる。
カイルは再びシオンの首に手を伸ばした。
ビクッとシオンは体を強ばらせたが、カイルは構わず彼女の首に触れた。
「……悪かった」
「触らないで」
切り返すように冷たく言い放ったシオンを見て、カイルは苦笑した。
「ほんと君って気が強いよね。そんなんじゃ黄金族人間の王子様に嫌われるよ」
「気の強い女が好きな男だっているのよ。あなたは大人しい女が好みなのか知らないけど」
ほ……ほんとはファルの好みの女性がどんなだか、知らないけどっ。
目一杯の強がりを悟ったのか、カイルは一瞬だけ眼を見開いた後、すぐ弾かれたように笑った。
「何が可笑しいのよっ」
「君って……可愛いよね。ついでに言うと僕も好きだよ、気の強い女が」
言いながらシオンに顔を近づけ、その唇を見つめる。
「……気の強い女を自分のモノにするのがたまらない。……そのうち僕じゃなきゃダメだと言いながら鳴かせるのが、趣味なんだ」
整った顔立ちに冷たい笑みを浮かべたカイルを見て、シオンは背筋がゾクッとした。
「……そのうち君もそうなる。夜ごと僕に抱かれて、僕じゃないとイケなくなる……」
「死ねっ!」
セクハラだ、こんなの!女の敵だ、あなたなんかっ!地獄へ落ちろっ!
シオンはカイルの頬を平手打ちしようとした。
「悪いけど、もう油断はしない。君の事は気の強い凶暴女だと位置付けたから」
あっさりとシオンの振りかぶった手首を掴み、カイルは浅く笑った。
それから乱暴に引き寄せてシオンの両手を片手で束ねて掴み、その唇に噛みつくように口づけた。
「んっ!」
深い口づけを存分に味わったカイルは、唇を離すと殴られる前に飛び退いた。
「ご馳走さま」
シオンは殴ってやろうとカイルに詰め寄り、腕を振り上げた。
「あんたなんか、大っ嫌い!!」
カイルは振り上げられたシオンの手を軽々とかわすと、軽い笑い声を上げた。
「そのうち、好きになる。……そろそろ、眠くなってきたんじゃない?」
はあっ?!眠くなんかないわっ!
そう強く反論しようとした時、体がグラリとした。
……あれ?目眩?!やだ、気持ち悪い……。
シオンは思わずベッドに倒れ込んだ。
……なに、吐きそう。
悔しい、気持ち悪い……。
そのまま眼を閉じ、意識が途切れた。
……やっと薬が効いたか。
涙を頬に伝わらせたまま眠り込んだシオンを見て、カイルは大きく息をついた。
……こんなにもやかましい女の世話を命じられるとは。
カイルはしばらくの間、シオンの愛らしい寝顔を見つめた。
シリウスの言葉が蘇る。
「カイル。お前の魅力で『七色の瞳の乙女』を虜にするんだ。お前の紡ぎ出す愛に溺れさせろ。お前なしでは生きられないほどにな。白金族人間と共に生きる決意をさせるんだ」
カイルは窓辺に立ち、夜空を仰いだ。
悠々と光る銀の月は、白金族人間の未来永劫の繁栄を思わせた。
ジュードヘイムの泉につかり、傷を癒していた間にこんな事になろうとは。
アイーダは、ユグドラシルの腕輪に触れて地に裂け目を入れ、リーリアス帝国を覗き、胸をかきむしられる思いであった。
愛しい黄金族人間の王子ファルが、女を胸に抱いている!
見るとその女は『七色の瞳の乙女』ではないか!
なぜ……なぜ、なぜ!!
『七色の瞳の乙女』と『守護する者』を連れ去ってからまだ一日と経ってはいない。
なのにもうこの二人は出逢い、恋に落ちたというのか!
アイーダは、悔しさのあまり全身が小刻みに震えた。
生き返りたい。
生き返ってこの身を愛しいファルの瞳に写すことさえ出来たら、ファルはシオンではなく自分を選ぶはずだ。
日が浅い、今ならまだ間に合うだろう。
自分の方が数倍魅力的だ、絶対に!
…悠長なことをしている時間はない。
なんとしてでも七色の瞳の乙女に近付き、その血を飲んで生き返るのだ、人間として。
アイーダはユグドラシルの腕輪をシャラリと揺らし、治りきっていない体を抱き締めながら姿を消した。
◇◇◇
「ファル、リアラの街ってここからどれくらいかかるの?」
シオンは朝食後、ファルに尋ねた。
「馬で半日もかからない」
「そう…」
「どうした?」
シオンは魚の跳ねる水面を見つめながら言った。
「香が、心配で…」
カオル…。
「守護する者か。あの女なら一足先にリアラの城に戻った。
今頃宮廷医に診てもらっているだろう」
シオンは頷いた。
香はいつも、『七色の瞳の乙女』を守るために輪廻転生してるって言ってた…。
シオンは思いきって言った。
「ファル、確かに私は瞳の色が変わるけど、ただそれだけなの。
香は私にはすごい力があって、あらゆる者が私を狙っているというんだけど…私には自分に特別な力があるとは思えない。
今までにその力を使った事もないし、使い方すら分からないの。
だから…」
シオンは真っ直ぐにファルの眼を見て、
「リアラの都に着いたら、私と香を解放してくれない?」
ファルは胸に冷水をかけられたような感覚を覚えた。
解放。
それは、別れを意味するのではないか。
解放すればもう会うことはなく、シオンはもとの世界へ帰ってしまうのではないのか。
ファルは、あっさりと別れを選ぼうとしているシオンを呆然と見つめていたが、すぐに黄金色の瞳に力を込めてシオンを見つめ返した。
「それは出来ない」
どうしてと聞きたかったが、シオンは射抜くようなファルの眼差しに言葉を失い、俯いた。
ファルは大股で歩いてシオンに近付き、至近距離から彼女の顔を覗き込んだ。
「七色の瞳の乙女を必要としているのは、俺の父、王ダグダだ。それに」
そこで言葉を切り、ファルはシオンの頬に手の甲で触れた。
「お前は、俺ともう会わない気でいるのか。俺から離れて生きていくのか?俺がいなくてもお前は平気なのか」
シオンは慌てて首を横に振った。
「違うの、でも」
ファルは眉を寄せてシオンを見つめ続けた。
シオン……。
……お前は、俺とは違う男を選ぶのか。
切なさと苛立ちが混ざり合ったファルの表情を見てどうしていいか分からず、シオンは思わず立ち上がった。
「顔を洗ってくるわ。傷も痛むから冷やしてくる。……後で話そう」
ファルは息をついて顔をそむけ、低い声で言った。
「あまり遠くへ行くな。じきに出発する」
◇◇◇◇
シオンはしばらく歩き、川のすぐそばの体が隠れそうな木の陰へ入った。
川の水をすくおうとしゃがみこんだその時である。
水面に自分以外の影を見つけ、慌てて顔をあげた。
「七色の瞳の乙女」
口を塞がれ、声がでない。
一瞬だけ見えたその顔は雪のように白く、とても美しかった。
「私はアイーダ。お前と守護する者をこの世界へいざなった者だ」
あ……!てことは、あの黒い煙…!
シオンはアイーダの手を口から引き剥がそうと、彼女の腕をつかんだ。
「諦めろ」
きゃあああ!
アイーダの言葉と同時に首筋に激痛が走り、シオンはギュッと眼を閉じた。
信じられない……!なにするのよ……!
声にならない悲鳴をあげ、シオンはよろけた。
一方アイーダは、ニヤリと笑うとシオンの顔を覗き込んだ。
アイーダの口は鮮血に染まり、唇の端からは血が滴り落ちている。
嘘でしょ、私を、咬んだの?!
ありえない、なんなの……!
「お前の血はいただいた。さらばだ」
アイーダは、グイッと片手で唇を拭うとシオンを引きずり、大きな岩場の陰へと隠した。
本当はこのまま殺したかったが、七色の瞳の乙女を殺した者は守護する者に必ず息の根を止められる。
せっかく生き返っても、それでは意味がない。
シオンは恐怖と怒り、生死の不安で胸が潰れそうになり、泣いた。
嫌だ、ファル、助けて…!
声が、出ない。
アイーダは急いでユグドラシルの腕輪を揺らし、溶けるように姿を消してその場を後にした。
これで、よし。
もうすぐ生き返るのだ。
アイーダは、満足という名の微笑みを浮かべた。
シオンはあまりの痛さに気が遠くなった。
嫌だ、私、死んじゃうの?
ファル…助けて…!
その時、誰かに抱えられた。
ファル?
逆光で顔がはっきり分からなかったが、ファルでないことが一瞬で分かった。
「…許してください」
どういう事……?ああもうだめ……。
シオンはその声を聞きながら、やがて意識を失った。
男は自分の袖を破ると手早くシオンの首に巻き付けて止血し、辺りを見回した。
旅をしながら男は偶然、ケシアの都で『七色の瞳の乙女』に懸賞金がかけられているという話を聞いた。
さらに先程、このエリルの森で怪しげな女が『七色の瞳の乙女』と口走り、その女に噛みつき姿を消したのだ。
これを逃す手はない。
男はシオンを抱えると川に入って対岸へ渡り、獣道へと歩を進めた。
一旦獣道に入り暫く進んだ後、再び川沿いを歩く。
これが一番安全だと、男は知っていたのだ。
◇◇◇
ファルは気が狂いそうになった。
なかなか帰ってこないシオンを心配し、川のそばの木陰まで見に行くと、そこにいると思っていたシオンがいないのだ。
代わりに岩の上にはベットリと血痕が残されていて、ファルは焦って辺りを見渡した。
水が岩にぶつかる音が大きく、多少の物音はかき消される。
ファルは奥歯を噛み締めた。
血痕を辿るにも川を泳いで連れ去ったらしく、それ以上の血の跡は残っていない。
「ウルフ!」
短く口笛を吹いてから名を呼び、ファルは愛馬の方を向いた。
「行くぞ」
傍へとやってきた愛馬にまたがると腹をクッと蹴り、川沿いを駆ける。
誰だ、シオンに怪我を負わせ連れ去ったのは…!
ファルは前方を睨み据えて腰の剣を引き抜いた。
見つけ次第、叩き斬ってやる!
◇◇◇◇
その次の日。
「…!」
香は飛び起きた。
シオンが…危ない!
香には、離れていてもシオンの気を感じることが出来た。
「まだ起き上がってはなりません」
声の主を見ると、巫女らしき女がこちらを見ていた。
すぐに、伸びてきた手……白髪の医者らしき男性に脈をとられる。
「私は巫女長のレイアと申します。あなたは、『守護する者』カオルですね」
香は言葉を返さず、巫女長レイアを静かに見つめた。
レイアはホッと息をつき、水の入った器を香に手渡した。
「意識が戻ってよかった」
「シオンを助けなきゃ」
香は器を置くと、勢いよく寝台から飛び降りた。
その時である。
「待て」
威厳のある声が低く響き、巫女長レイアが胸の前で腕を合わせ、うやうやしく頭を垂れた。
側近数人を従え、部屋へ入ってきたのはリーリアス帝国国王ダグダであった。
香は数歩後ろへ下がり身構えた。
「守護する者…カオルといったな」
香はわずかに頷いた。
「七色の瞳の乙女は、どこだ」
「分かりません。でも生命の気が弱くなってる…」
香は、よりシオンの生命の気を感じようと意識を集中させ、眼を閉じた。
その時外が騒がしくなり、男の声が響いた。
「父上!父上!」
荒々しい足音と、金属のぶつかる音が響き渡る。
やがて声が近くなり、入り口の扉が勢いよく開いた。
「父上!」
風と共に辺りを払うような強い光を放つ一人の青年が目の前に現れ、香は眼を見張った。
「父上、シオンが…『七色の瞳の乙女』が連れ去られた。恐らくアーテス帝国、白金族人間に連れ去られたんだ。敵に攻め込む許可をください!」
ダグダは一人息子であるファルを無言で見つめた。
3日前は七色の瞳の乙女に興味すら示さず、捜索を命じた際は、それに時間を費やすくらいならケシアの闘いで壊滅し、はぐれてしまった自分の軍の捜索に当たりたいと直訴してきたくらいだ。
「アルゴや、ジュード、ロイザや、その他の部下はどうする」
仲間は大切だ。
だが彼らは屈強な軍人であり、鍛え抜かれた戦士だ。
ケシアの都は白金族人間に攻め落とされたが、ついこの間まで我が領土であり、彼らは地理に詳しい。
きっと生き延びてこの王都リアラへ帰ってくるはずである。
「仲間は必ず生きて帰ってくる。だが、シオンは女だ。しかも何者かに襲われ、傷を負わされて連れさられた。
父上、色んな方向を探し回り最終的にエリルの森の一番目の谷まで追跡しましたところ、連れ去ったとみられる男の死体が転がっておりました。多分、白金族に雇われたものだと思われます」
「なぜわかる?何を根拠にその死体が七色の瞳の乙女を連れ去った本人だと分かるんだ」
ダグダの問いに、ファルは片方の手のひらを開いて見せた。
そこにはシオンのために野に咲く花を耳飾りに変え、彼女に贈った物があった。
「これが死体に引っ掛かってた。俺がシオンに与えたんだ」
その言葉は、ファルがシオンを愛していると答えたも同然であった。
ダグダは、瞳を強く光らせ真っ直ぐに自分を見つめる息子に、黙って視線を合わせた。
愛する女をなりふり構わず助けに行くような男に成長するとは。
血は争えん。
ダグダは、若かりし頃の自分を思い出し、目の前の息子の姿と重ねた。
「よかろう。いずれにせよアーテス帝国とは戦わなければならない。ただし、策をたてるまでは動くな。本当にアーテス帝国が七色の瞳の乙女を連れ去ったのかを特定しなければならない。最終的な攻め込み時期はそれを特定し、兵達の回復を見てから決める」
ファルは感謝を込めてダグダを見つめ、身を翻した。
待っていてくれ、シオン。
必ずお前を助け出す!
「待って!」
香は部屋を飛び出し、ファルの後を追った。
ファルは歩を止めずに、肩越しに香を振り返り言った。
「なんだ」
香はファルの前に回り込んで彼を止め、必死で伝えた。
「私も仲間に入れて」
ファルは唇の端でちょっと笑った。
「女を仲間に?足手まといだ」
香はムッとした。
「女だからって、甘く見ないで!」
言うなり香は眼にも止まらぬ早さでファルの腰から長剣を抜き取り、切っ先をファルの喉仏にピタリと付けた。
ファルは宙返りでそれを避けると、着地する寸前に短剣を香目掛けて投げた。
香は表情も変えず、それをいとも簡単にファルの愛剣で弾き飛ばし、体勢を立て直す前のファルに斬りかかった。
ファルは床を転がりながら香の突き立てる剣を避け、一瞬の隙を見逃さず、長剣を蹴り上げて香の手から弾いた。
次の瞬間、香は素手でファルに向かっていき、ファルはニヤリと笑った。
拳で男に敵うと本気で思ってるのか!?
香は顔色ひとつ変えず、ファルに立ち向かう。
こいつ、投げ飛ばしてやる!
ファルは香の服を掴むと、力任せに投げ飛ばそうとした。
ところがである。
香がファルの力を逆手にとり、そのふくらはぎを蹴りあげたと思うと、仰向けに彼の体を地面に叩き付けた。
な、に?!
ファルは焦って体をねじった。
「遅い!」
香はファルの溝落ちに固めた拳を振り下ろした。
それから唇を引き上げ、ニヤリと笑うとピシャリと言い放つ。
「言え!寸止めに感謝と」
ファルは香から眼をそらし、大きく息をつくと天井を仰いだ。
「降参だ」
香はクスリと笑い、ファルの腕を取って立ち上がらせた。
「私は強いの。七色の瞳の乙女を守護する者として、数えきれないほど生まれ変わった。あらゆる武術に長けるのも、頷けるでしょ」
香は、一瞬遠い眼をして瞳に悲しみの色を浮かべ、寂しそうに笑った。
「それに男は女に油断する。今のあなたのように。そこを突いてシオンを助けるわ」
ファルは言った。
「分かった。
お前は今から俺の仲間だ」
二人はしっかりと見つめ合い、固く手を握りあった。
◇◇◇◇
アイーダは、ザワザワと騒がしい人の声で目覚めた。
シオンの血を飲み、腕輪の力でエリルの森を抜け出したところまでは記憶にあったが、それからはまるで覚えていなかった。
…ここは一体どこなのか。
「目覚めたか」
急に声がして、アイーダは弾かれたように起き上がった。
目の前に、立派なヒマティオンをまとった背の高い男が立っている。
「俺は白金族人間の王、シリウス。ここはケシアの都だ」
白金族人間!
白金族人間とは、ファル達黄金族人間にとって天敵である。
よりによって、白金族人間に拾われるとは…!
アイーダは唇を噛んだ。
ケシアとは黄金族人間の最北の都であったが、この間の闘いで白金族人間によって攻め落とされたばかりである。
「三人の主要人物……黄金族人間の軍人を追跡してるんだが、未だに居所がつかめず、国に戻れない」
シリウスは苦笑しながらアイーダを見た。
「お前はどこから来た?名前は」
アイーダは眼を伏せ、さも悲しそうな表情を作り上げて口を開いた。
「アイーダと申します。遠くの親類を頼ろうとはるばる旅をして来ましたが、会えずじまいで…体調を崩し、気がついたらここに…」
シリウスはプラチナ色の髪を揺らし、フッと笑った。
「しっかりと養生していくがいい」
その時である。
勢いよく扉が開き、大きな声が響いた。
「シリウス様!七色の瞳の乙女の意識が戻りました!!」
「すぐ行く」
シリウスは返事をした後、ヒマティオンを翻して踵を反した。
なんと…?!
アイーダは、眼を見開いた。
七色の瞳の乙女がここにいるのか!?何故だ?!
自分が噛みついて血を飲んだとき、とてもじゃないが立ち上がれる状態ではなかったはずだ。
それが何故、ケシアに?王子ファルは……?
もしかして、ファル共々捕らえられてケシアにいるとか……いや、それはない。
先程シリウスは、三人の逃亡した黄金族人間を探していると言った。
もしも王子ファルを捕らえたなら、恐らくそのような者に用はないだろう。
独りになった部屋でアイーダは思案した。
七色の瞳の乙女…シオンが今、ここにいるということは。
アイーダは、ニヤリと笑った。
今のうちにここを抜け出し、ファルに近づいてこちらを振り向かせるのだ。
最初はシオンを忘れられなくとも、片時も離れずそばにいてその身を慰め恋の情念を見せつけていれば、いずれは自分に心を開き愛してくれるはずある。
ファルは若く、身も心も健康な男である。
いくらシオンを好きだとしても、身近な女の悩ましい身体をなんとも思わないはずがない。
アイーダは、自分の身体を見下ろした。
男心を揺らすだけの魅力はじゅうぶんにある。
傍らで攻め続ければ、いつかは落ちるはずである。
アイーダは静かに立ち上がると、寝台から抜け出した。
◇◇◇
香は電流が走ったような感覚に、思わず空を見つめた。
「シオンが…」
地図を見つめていたファルが顔を起こし、香を見た。
「どうした」
「ファル、馬を貸して!私は一足先にシオンを探す。彼女は北にいるわ!」
ファルは首を横に振った。
「ダメだ。女をひとりで行かせられるか!それに北には白金族人間に奪われたケシアの都がある」
香は笑った。
「その女にやられたのは誰?」
く…!
ファルは眉間にシワを寄せて香を睨んだ。
「あれは油断してただけだ」
「敵も私だけだと油断するわ」
香は、ファルをじっと見つめた。
「大丈夫よ。取り敢えず居場所を突き止める。作戦はそれからよ」
ファルは頷いた。
それから香の肩を掴んで引き寄せると、力強く言った。
「分かった。任せたぞ。誰かが接触してきたら必ず合言葉を確認しろ。合言葉は『ピアス』だ」
「ピアス?」
香はファルの眼を見た。
ファルは決まり悪そうに横を向いた。
「ピアスなら、確実だろ」
この国にピアスと言う言葉はない。
香はクスッと笑った。
「笑うな」
「案外、可愛いんだね」
「なっ、かっ、黙れ!」
男らしい眉を寄せて、ファルは香を睨んだ。
それからふと真顔になり、真剣な表情で言った。
「死ぬなよ。生きて帰れ」
◇◇◇◇
香は馬に鞭を入れ、短く声をかけた。
馬は素晴らしく早く駆けた。
北だ。北にシオンがいる。
香には分かるのだ。守護する者として。
◇◇◇◇
アイーダは、城から勢いよく馬で駆けて行く香を見てほくそえんだ。
腰には水袋と短剣、左側には長剣をさし、背中には弓を背負っている。
あの様子はおそらく、シオンを助けに向かったのだろう。
守護する者は、七色の瞳の乙女の居場所が自ずと分かる。
ケシアは最北の都で、この王都リアラから早馬でも三日はかかるはずである。
絶好の機会だ。
アイーダは、ニヤリと笑うとゆっくり城に近付いた。
◇◇◇◇
首が……凄く痛い……。
シオンは目覚めてすぐ首に手をやり、手当てしてあることに気づいた。
助かったんだ…。
正直、アイーダに首に噛み付かれた時は死ぬかと思った。
「今日は客が多い」
楽しげな男性の声が響き、シオンは起き上がろうと腕に力を入れた。
「いたっ」
その様子を見た目の前の綺麗な男が笑った。
「無理をしない方がいいよ」
言いながらシオンに近づいて、彼女の瞳を覗き込む。
「君は七色の瞳の乙女だよね」
シオンは、コクンと息を飲んだ。
「黄金族人間の王子様とは、恋人同士?」
心臓が掴みあげられたようにドキンとして、シオンは目の前の男を見つめた。
「君をエリルの森の外れまで運んだ男が、君と王子様が一緒なのを見たらしいから」
シオンは言葉を返さず、男の白銀の髪とグレーの瞳を交互に見つめた。
「シリウス様、先程の女が消えました」
扉の向こうで声がして、目の前のシリウスと呼ばれた男は、シオンを見つめたまま返事をした。
「放っておけ」
シリウス…。
「ここはどこですか?私を助けてくれたんですか?」
石造りの部屋は重厚な感じがしたが、入り口と窓にかけられた布は無地で質素だった。
ユラユラと揺れるランプの光が石の壁に一層歴史を感じさせて、シオンは無性に不安を覚えた。
どこなんだろう、ここは。
シリウスは僅かに眼を細め、微笑んだままで答えた。
「ここは、ケシアの都だ」
ケシアの都…。
「あなたは……」
シリウスという男性は、キトンの上から銀の糸で刺繍をほどこした豪華なヒマティオンをまとい、腰には三日月色の剣を携えている。
「俺は、シリウス。白金族人間で、アーテス帝国の王だ」
白金族人間…。
確か、ファルは黄金族人間だ。
シオンは嫌な予感がした。
なに、この感じ……。
「七色の瞳の乙女は、あらゆる望を叶える力を持つと聞いたんだけど。その瞳には強大な力があるって」
シリウスはニヤリと笑うとシオンの寝台に片膝をつき、身を乗り出して彼女の髪を撫でた。
「俺に、君の力を貸してくれない?白金族人間の繁栄のために」
シオンはなす術もなく、ただシリウスの整った顔を見つめた。
そんなシオンを見て、シリウスはクスリと笑った。
「今日はゆっくり休んでよ。話はまた明日」
シリウスはそう言って部屋を出ていこうとした。
出ていこうとしたが、ああ、と小さく呟くと、踵を返してこちらを向いた。
「忘れるところだった」
シオンは、僅かに首を傾けた。
「なんですか……?」
するとシリウスは、大したことではないと言ったように首を左右に振り、腰の長剣をスラリと抜いた。
それから再びシオンの寝台まで歩み寄りフワリと笑う。
「王子様の元へ走られたら…困るからね」
言うや否や、抜き放った長剣を器用に回転させ、その切っ先を素早くシオンの足に突き立ててから、ゆっくりと引き抜いた。
「きゃああああ!」
「ごめんね」
軽い口調とその微笑みと、自分の足から泉のように湧き出る鮮血に、シオンは思考がまとまらなかった。
ただ、痛さと恐ろしさのあまり、悲鳴をあげて泣き続けた。
◇◇◇◇
香は丁度三日後にケシアの都に到着した。
ファルから借りた馬は素晴らしく早かった。
もう夕暮れ間近であったため、簡単に身を隠せた。
ファルの指示通り南側の森に馬を繋ぎ、街中が見渡せる丘に身を伏せ辺りを見渡す。
その時である。
背中の真ん中に剣の切っ先を押し当てられ、香はヒヤリとした。
「お前は誰だ。なぜファルの馬を使ってる?」
香は全身に冷や汗が滲むのを感じながら、慎重に口を開いた。
「私の名はカオル。馬はファルに借りた。もしかして、アルゴ?ジュード?それともロイザ?」
香は、生き別れになったというファルの仲間の名前を必死で思い出しながら言った。
背後でカチャリと剣が動く。
香は素早く身を反転させ、体を起こした。
目の前には、全身が血と泥で汚れた男が立っていた。
彼は剣を香に向けたまま、僅かに顔を傾けて、眼を細めた。
「俺はアルゴだ。何故俺たちを知っている?お前は何者だ」
香は息を整えながら口を開いた。
「私は、『七色の瞳の乙女』と共に、彼女を狙う魔性によってこの世界に連れてこられた」
ほう。七色の瞳の乙女の話は聞いたことがある。
「じゃあ、お前は『守護する者』か。それがどうしてファルの馬を使い、ここにいるんだ」
香はアルゴを正面から見つめて、これまでの出来事を手短に話した。
アイーダという魔性にこの世界へ連れてこられ、エリルの森に倒れていたところをダグダ王に見つかり、リアラの城へ連れていかれた事。
エリルの森で、ファルが七色の瞳の乙女を保護したが、何者かにさらわれてしまった事。
どうやら、ケシアの都に彼女が囚われている事。
アルゴは黙って香の話を聞いていたが、やがて大きく息をついて言った。
「ケシアの都にいるとすると、捕らえたのは白金族人間だ」
「白金族人間とは?」
「白金族人間とは、俺達黄金族人間の天敵だ。やつらは常に俺達を狙い、闘いを挑んでくる。残忍でずる賢く、抜け目のない部族だ」
香は身を伏せ、街を見渡しながらアルゴに訊ねた。
「ジュードとロイザは?」
アルゴは香の隣に伏せると、眉を寄せた。
「分からん。俺が振り返った時にはジュードの姿は見えなかったし、ロイザは落馬しかかってた」
辛そうにそう言ってから、アルゴは続けた。
「特別騎兵隊は、他の兵よりも死が近い」
特別騎兵隊とは別名を決死隊といい、敵陣に真っ先に斬り込んでいく隊であることを香は知っていた。
香は言葉を返した。
「ファルは信じてる。あなた達が必ず生きて帰るって」
アルゴはチラリと香を見た。
この女は、不思議だ。
歳は俺より若いはずなのに馬をかけ、陥落した都に独りで乗り込み敵の様子をうかがって七色の瞳の乙女を救出しようとしている。
なんなんだ…。
顔はあどけなく、体はそう大きくもなく、力だって強くはあるまい。
体には負ったばかりの傷が多数あり、態勢を変える度に苦しげに眉を寄せている。
こんなに傷ついた体で、リアラの城から馬に乗ってきたのか。
長い髪はサラサラと風になびき、大きな瞳は意思が強そうで、眩しかった。
香はチラチラとアルゴの視線を感じて、勢いよく彼を見た。
「なによ」
アルゴはドギマギしてぎこちなく眼をそらした。
「いや、その、傷を負っているようだが……大丈夫なのか?」
……まさか、今この状況で口説けない。
けど、こういう女が俺は好きだ。
アルゴはブルッと頭を振ると、ケシアの街を見つめた。
香はアルゴから街へと視線を移し、訊ねた。
「あの、中央の大きな屋敷はなに?」
屋敷の回りは高い塀で囲われていて、兵隊が所々に配備されている。
「あれは、ダグダ王の城だった。
よく皆で遊んだ屋敷だ。いまは白金族人間の拠点になってる」
「では間違いなくシオンはあの中だわ」
「シオン?七色の瞳の乙女か?」
香は軽く頷くと、アルゴを見た。
「馬を渡すからあなたはリアラへ帰ってファルに伝えて。シオンは必ず助けると。ジュード、ロイザが屋敷に囚われていないかも調べるわ。合言葉はピアスよ」
アルゴは驚いて眼を見張った。
「お前独りでか?!バカ言うな!俺もついていってやる。
俺達の軍ですらこの有り様だぞ。お前みたいな小娘が…」
香は最後まで聞かずに、空を見上げた。
「今、白金族人間の軍は休息してるはずだし油断もしてる。
それに悪いけど、忍び込むのにあなたは足手まといよ。
なにも一気に三人を救い出す訳じゃないわ。まずは屋敷の中の状況を把握する。アルゴ」
一気にそこまで話すと、香はアルゴを正面から見つめた。
「屋敷内の見取り図を教えて。今からすぐに頭に叩き込むわ」
アルゴは頷いた。
頷いてから思った。
何もかもに決着がついたら、真っ先にこの女を口説こう。
◇◇◇◇
シオンは激痛で目覚めた。
シリウスに刺された左足の甲にはしっかりと布が巻き付けられ、手当てがされていた。
足を押さえて泣き叫ぶシオンの前に、彼の部下らしき人物が現れたかと思うと、無理矢理苦い液体を喉に流された。
それからの記憶がない。
ただ彼の、冷たい海のような青い瞳だけを覚えていた。
「お目覚めですか?」
急に声がして、シオンはビクッと身体を震わせた。
反射的に身を固くし、部屋の隅に眼をやる。
真横のランプの灯りが逆光となり、声のした方が暗くて見えない。
怖い。
「そんなに怯えないで下さい」
足音が近くなり、やがて眼の前に青い瞳のあの男が姿を現した。
男はシオンの傍まで来ると床に膝をつき、至近距離からシオンの顔を覗き込んだ。
「痛みますか?」
低く静かな声。
シオンは身を起こそうと体をよじった。
「ご無理をなさらないでください。あなたは今、ボロボロだ」
青い瞳の男は優しくシオンの肩に手を起き、その動きを制した。
「僕はカイルといいます。シリウス様からあなたの世話係を申しつかりました」
シオンは起き上がるのを諦めて、カイルと名乗った青い眼の男を見つめた。
「私は……殺されるのですか?」
全身が痛くて、声が掠れた。
カイルはその問いに唇を引き結んで暫く答えなかったが、やがて落ち着いた声で囁くように言った。
「……あなた次第です。あなたが我ら白金族人間の仲間として暮らすと言うなら、その身は守られる」
「……」
カイルは、ランプの明かりに照らされたシオンの顔を優しく見つめた。
形のよい輪郭、大きく魅力的な瞳。
……可愛らしい女だ。
綺麗な唇はふっくらとしていて、思わず触れたくなる。
カイルはホッと息をつくと、傍らのテーブルに置かれた器を手に取った。
「ここは僕の部屋です。暫くはこの部屋で、僕と寝食を共にしていただきます」
シオンは眼を見開いて首を横に振った。
「嫌です、そんなの」
寝食を共にする?冗談じゃないわ。
シオンの拒絶を、カイルはまるで気付かないというような無反応で返した。
それからシオンに腕を伸ばして少しだけ身を起こさせると、手に持っていた器を差し出した。
「薬です。飲んでください」
シオンは再び頭を振った。
「嫌だ、飲まない」
カイルはフッと笑い、器を自分の口に運ぶとグイッと天井を仰いで飲み干した。
「んっ……!」
それから素早くシオンに口付けたかと思うと、彼女の鼻をつまんだ。
「やめてっ!」
顔を振って逃れようとするシオンの後頭部を荒々しく掴み、彼女の抵抗を阻止すると、カイルは一気にそれを流し込んだ。
流し終えるとゆっくりと唇を離し、鼻と鼻が触れる距離で囁いた。
「化膿止めです。……毒じゃない」
最悪、この人!マジで、ムカつく!!だってそうでしょ!?
嫌がってるのに、無理矢理キスして飲ませるってどうよっ?!
シオンはカイルをキッと睨んだかと思うと、ガンッと彼の額に頭突きをした。
「……っつっ!!」
予想外の不意打ちをくらい、カイルは眼を剥いてシオンを見た。
「無理矢理こんな風に飲ませるなんて、最低!」
シオンが怒りに任せて叫ぶとカイルはフッと笑い、それまでの口調をガラリと変えた。
「無理矢理飲まされたくなかったら、自分で飲めよ。子供じゃないんだから」
言いながら、ムッとしているシオンを見てクスリと笑った。
「飲むわけないでしょ!毒だったらどうするのよ!」
するとカイルは小馬鹿にしたようにシオンを一瞥した。
「殺すくらいなら、手当てなんかするかよ」
「ふん、あなた達なんて信用できない!人に剣を突き刺して逃げないようにするなんて、酷すぎる!」
言い終えて、シオンはカイルを睨んだ。
カイルは、薄い毛布をめくってシオンの足の甲を見つめると眉を寄せた。
「まずい、包帯が真っ赤だ」
「え?」
シオンは顔をしかめながら、身を起こした。
「出血がひどい」
僅かに見えた足の甲に巻かれた布が、黒い。
やだ、さっきまで白っぽかったのに。
ランプに照らされた闇の中でも、それは見えた。
こんな濃い色じゃなかった。
「ちょっと見せて」
カイルがシオンの足元に顔を寄せた。
逃げよう。
シオンは咄嗟にそう思った。
痛いのを我慢しながらそっと身を起こし、入り口の位置を確認すると、すぐに走り出せるように心の準備をした。
「傷を見てみよう」
今だ!
「っ!!」
屈み込んだカイルの顔を反対の足で思いっきり蹴り、シオンはベッドから転がるように下りると、部屋の入り口に走った。
ところが刺された片方の脚に力が入らず、入り口に辿り着けずに転倒した。
やだ、嘘でしょっ……!!
思わず唇を噛みしめた時、背中にズンと重みを感じた。
「……君って……相当気が強いみたいだね」
アイーダに噛まれた首が痛くて、うつ伏せに倒れたままシオンはカイルの冷たく低い声を聞いた。
「僕の顔を蹴っ飛ばすなんて……」
「うっ!!」
背中の重みが更に増した。
「今度やったら、踏み潰す」
背中を踏まれていると気づいた時には、もうすでに息が出来なかった。
「っはっ……!!」
あまりの痛さにギュッと眼を閉じた時、フッと体が浮くような感覚が走り、カイルの足が外されたと気付いた。
それからの肩を掴まれて抱え上げられると、乱暴にベッドの上に下ろされた。
シオンが後ろ手をつく前にベッドに膝をついて上り、至近距離からこちらを睨むカイルの青い瞳。
カイルの唇は切れて血が滲んでいたが、彼はそれを拭こうともしないでシオンの瞳を覗き込んだ。
「シリウス様の命がなければ、殺している。二度目はない」
この世界に来て、二度目だ。『殺す』と脅されたのは。
シオンはカイルの青い眼を睨んだ。
瞬間、カイルが片手でシオンの首を締め上げた。
指がアイーダに噛まれた傷に食い込む。
「あぁっ!」
あまりの痛さに、シオンは眉を寄せて唇を噛みしめた。
カイルはシオンの苦痛に歪んだ顔を見てニヤリと笑った。
なんて奴なの!?笑うなんて……悔しい!
ふと、ファルの顔が脳裏によぎった。
端正な顔立ちに堂々として不敵な雰囲気を漂わせたファル。
ファルに会いたい。もう一度会って話したい。
彼に、触れたい。
シオンの眼から涙がこぼれた。
頬を伝ったそれが、シオンの首を掴んでいたカイルの手首にポトリと落ちた。
「……!!」
カイルは驚いてシオンの首から手を離した。
……ランプの灯りが小さく弱いせいで、瞳の色が変化しているかは分からない。
けれど涙に触れた途端に、妙な感覚が体を駆け抜けた。
カイルはシオンを見つめた。
泣いたせいで瑞々しく光る大きな瞳。通った鼻筋に、花びらのような唇。綺麗な輪郭にまとわりつく艶のある長い髪。
それらを備えた美しい女が、敵意に満ちた眼差しで自分を睨んでいる。
カイルは再びシオンの首に手を伸ばした。
ビクッとシオンは体を強ばらせたが、カイルは構わず彼女の首に触れた。
「……悪かった」
「触らないで」
切り返すように冷たく言い放ったシオンを見て、カイルは苦笑した。
「ほんと君って気が強いよね。そんなんじゃ黄金族人間の王子様に嫌われるよ」
「気の強い女が好きな男だっているのよ。あなたは大人しい女が好みなのか知らないけど」
ほ……ほんとはファルの好みの女性がどんなだか、知らないけどっ。
目一杯の強がりを悟ったのか、カイルは一瞬だけ眼を見開いた後、すぐ弾かれたように笑った。
「何が可笑しいのよっ」
「君って……可愛いよね。ついでに言うと僕も好きだよ、気の強い女が」
言いながらシオンに顔を近づけ、その唇を見つめる。
「……気の強い女を自分のモノにするのがたまらない。……そのうち僕じゃなきゃダメだと言いながら鳴かせるのが、趣味なんだ」
整った顔立ちに冷たい笑みを浮かべたカイルを見て、シオンは背筋がゾクッとした。
「……そのうち君もそうなる。夜ごと僕に抱かれて、僕じゃないとイケなくなる……」
「死ねっ!」
セクハラだ、こんなの!女の敵だ、あなたなんかっ!地獄へ落ちろっ!
シオンはカイルの頬を平手打ちしようとした。
「悪いけど、もう油断はしない。君の事は気の強い凶暴女だと位置付けたから」
あっさりとシオンの振りかぶった手首を掴み、カイルは浅く笑った。
それから乱暴に引き寄せてシオンの両手を片手で束ねて掴み、その唇に噛みつくように口づけた。
「んっ!」
深い口づけを存分に味わったカイルは、唇を離すと殴られる前に飛び退いた。
「ご馳走さま」
シオンは殴ってやろうとカイルに詰め寄り、腕を振り上げた。
「あんたなんか、大っ嫌い!!」
カイルは振り上げられたシオンの手を軽々とかわすと、軽い笑い声を上げた。
「そのうち、好きになる。……そろそろ、眠くなってきたんじゃない?」
はあっ?!眠くなんかないわっ!
そう強く反論しようとした時、体がグラリとした。
……あれ?目眩?!やだ、気持ち悪い……。
シオンは思わずベッドに倒れ込んだ。
……なに、吐きそう。
悔しい、気持ち悪い……。
そのまま眼を閉じ、意識が途切れた。
……やっと薬が効いたか。
涙を頬に伝わらせたまま眠り込んだシオンを見て、カイルは大きく息をついた。
……こんなにもやかましい女の世話を命じられるとは。
カイルはしばらくの間、シオンの愛らしい寝顔を見つめた。
シリウスの言葉が蘇る。
「カイル。お前の魅力で『七色の瞳の乙女』を虜にするんだ。お前の紡ぎ出す愛に溺れさせろ。お前なしでは生きられないほどにな。白金族人間と共に生きる決意をさせるんだ」
カイルは窓辺に立ち、夜空を仰いだ。
悠々と光る銀の月は、白金族人間の未来永劫の繁栄を思わせた。
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