恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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Ryo.Sakaki

《2》

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****

「朝食はもういい。行ってくる」
「あ……ごめんなさい!」

腕時計を確認して小さく息をつくと圭吾さんは席を立ち、隣に置いていたビジネスバッグを左手で掴んだ。

「今夜は遅くなる。先に寝ているように」
「……はい」

慌てて手を拭き、玄関へと向かう圭吾さんを追いかけようとしたその時、

「送らなくていい。遅れる」
「すみません……いってらっしゃい」

扉の閉まる音が耳に届いた途端、思わず溜め息がもれる。
どうやらテーブルに置き去りにされた圭吾さんの朝食は、私のお昼御飯になりそうだ。
まだ朝だというのに……今日も彼を不機嫌にしてしまった。

「……今日は……ハウスキーパーが10時……クリーニングが夕方……」

ハウスキーパーはマンションが契約している会社から派遣されてくるし、クリーニングから返ってくる圭吾さんのスーツもコンシェルジュに任せてある。

「……私がいる意味あるのかな」

……ない。でも、ある。
峯岸グループの末娘である私は、夢川貿易株式会社の跡取り息子である夢川圭吾さんと婚約をすませ、三ヶ月後に結婚するのだ。
彼の妻になり跡取りを産む。
それが私の仕事。
それ以外になにもない。
愛も……ない。
そう、彼との間にはなにもないのだ。
私は綺麗に整えられたリビングを見渡した後、仕事を見つけるのを諦めてバスルームへと向かった。

***

「まだ一ヶ月でしょ?!圭吾さんも照れてるんじゃない?」

手の平に囲ったリモージュのカップに視線を落としたままの私に、短大時代の友人である美月がニコリともせずに言い放った。

「……違うのよ、美月」

三ヶ月前の婚約パーティーの夜、彼は私を見つめて甘く微笑んでいたのに。
なのに……。
今ではあの時の微笑みが演技だった事に、私は気付いてしまっている。

「は?違うって何が?」
「だから、彼は私を好きじゃないの。愛なんてないの。私といてもニコリともしないのよ?それどころかいつも不機嫌」

ランチの後の紅茶を楽しむには悲しい話だ。
すると言い終えた私に美月は顔を傾けて眉を寄せた。

「はあっ?!……あんた、だいぶヤバイわね」
「……え?」

意味が分からずに首をかしげると、美月は私を未知の生命体でも見るような眼で見つめた。

「あんた、半年前にお見合いした時に初めて夢川圭吾と会ったんでしょ?!で、私の反対押し切って婚約したんじゃないの」
「……そうだけど……」

だって、父の決めた相手と結婚する約束だし……。
幼い時から父にはこう言われてきた。

《彩。お前には望む全てのものを与えてやる。なに不自由なく最高の幸せを約束してやるからその代わりに、パパの決めた相手と結婚するんだよ、いいね》

父は凄い人で、私は本当に幸せな暮らしをしてきた。
だから、父の決めた相手と結婚しなきゃ約束を破ることになってしまうもの。

「ねえ、彩。あんたさあ、今時親の決めた相手と結婚するとか有り得なくない?」

美月は心底呆れ顔だ。

「でも……約束だし……それに今まで付き合ってきた人って、私じゃなくて峯岸の家柄とかお金とかが目当ての人が多くて」

そう。私だって少ないながらも恋愛はしてきた。
でも恋人になった人は付き合って程なくすると、本性を表し始めた。

『学費がない』なんてのはまだマシな方だ。
『クリスマスには君と旅行に行きたい。でも親に仕送りしてるから予算がなくて』とか、『妹の彼氏がロクでもない男で、妊娠させられた挙げ句有り金持って逃げられたんだ。助けてくれないか』とか。
一番酷いのは『俺、誕生日に車が欲しい』だった。もう、ストレートすぎる。

「でも、私見る眼がなくて騙されてばっかりだし、これ以上失敗したくないし……」

少し視線を上げて美月を窺うように見ると、彼女は盛大に溜め息をついて、カップをカチャリとソーサーに戻した。

「25歳にして恋愛から逃げたわけだ。けど結局、夢川圭吾だってアンタの後ろにある峯岸グループ見てるだけじゃん。それにハッキリ言うけどお見合いしてすぐ相思相愛になれると思うのが甘い。恋愛映画の観すぎ。あれだって二時間そこそこで収まってるけどまとめてあるだけだからね」

ハッキリ逃げたと言われたら耳が痛いけど、正にその通りだ。

「そりゃあ私だってすぐにそうなるなんて思ってないよ……」

ゴニョゴニョと言い訳がましく呟きながら、私は圭吾さんの言葉を思い返した。

《……あなたに一目惚れしました。僕と結婚してください》
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