恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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Ryo.Sakaki

《4》

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「助かった。悪かったな」
「いえ……」

彼の家は公園から程近い近代的なマンションだった。
画材道具を家の中に運び、リビングに通された私はこう答えて僅かに首を振った。
それから差し出されたタオルを受け取り、彼を見上げる。

「早く頭拭いて。風邪引かれたら困る」

その時、少しクセのある漆黒の髪から雨の雫が滴り、彼の精悍な頬に伝って落ちるのが見えた。
やっぱり……綺麗だ。この人は凄く。
見ていると心臓がギュッとして、なんとも言えない気持ちになる。

「おい……」

気づくと私は背伸びをして、手渡されたタオルを彼の頭にかけていた。

「俺はいいから、」
「ダメです。拭かせてください!あなたが風邪を引いたら私、後悔します」

ドキドキしているせいか、声がやたらと大きくなってしまう。

「……なんで?なんでアンタが後悔すんの」

少し屈んだ彼の頭を拭く私の両手に、タオルを通じて艶やかな声が振動する。

「だ、だって、私が差し出がましいことをしなければあなたは画を進められたしこんなにも濡れることもなくて、それで」

そこまで言った私の両の手首を彼が掴んだ。

「雨が降るのを待っててあそこにいたんだ。傘なんて持ってなかったしな」

ニヤリと笑った顔が男っぽくてドキッとする。

「ほら、貸して。拭いてやるから」

言うなり彼はタオルを奪うと、私の頭にフワリとかけた。

「……名前は?」

名前。
自分の名前をこの人に……。
それだけで更にドキドキが激しくなる。

「峯岸彩……です」
「俺は榊」

サカキ……。
嘘……!
身体に稲妻が走った気がした。
榊って……もしかして。

「あ、あのっ、もしかして、榊……リョウさんですか?」

そうであってほしくて、タオルの隙間から一心に彼を見上げる。

「ああ。榊凌央」
「あなたが……Ryo.Sakaki……榊凌央……」

会えた。会えたんだ、私。
一瞬にして、あの画廊にあった全ての画が脳裏に蘇った。
画の右下に走り書きのように書かれた《Ryo.Sakaki》の赤い文字も。

「上がったみたいだな」

こんなにも踊る私の胸の内とは対照的に、彼は平然とした足取りで窓へと近より、それを開けて空を見上げた。

……ああ、心臓が。

太陽光線が彼の精悍な頬を照らし、顎から肩にかけて部分的に陰影が生まれる。
それが彼の美しさを際立たせて、更に胸がドキドキと騒ぎだした。

……やられた。
撃ち抜かれた、胸を。
それから、落ちた。
ああ、恋に落ちたんだわ、私。

今まさに、雨上がりの空を眩しそうに見上げたその横顔に、私は恋をしたのだ。
恋ってこんなにすぐに落ちるものだった?
自問自答したものの、私は思わず首を横に振った。

もしかしたら、既に落ちていたのかもしれない。
あの画廊でこの人の画を見た時に、私は既に恋をしてしまっていたのかも知れない。
だとしたらこれは運命なんじゃないだろうか。
いや、聞くまでもない。私にとってこれは絶対に運命の恋だ。だからこんな風に巡り逢えたんだ。

身体中で何かが弾けるような高揚感。
ギュッと切なく鳴る心臓。
ああ、長い間忘れていたけど、好きって確かこんな感じだった。

その時ハッとして、私は少し息を飲んだ。
そうだ……婚約したんだった、私。
すぐに圭吾さんの冷たい顔が脳裏に浮かぶ。
それから、

《いくら昔からお父さんと約束していたとしても早まっちゃダメよ》

という美月の言葉も。
ようやくこの時になって初めて、私は婚約を止めさせようとした美月の気持ちが分かったのだった。
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