5 / 39
Ryo.Sakaki
《4》
しおりを挟む
****
「助かった。悪かったな」
「いえ……」
彼の家は公園から程近い近代的なマンションだった。
画材道具を家の中に運び、リビングに通された私はこう答えて僅かに首を振った。
それから差し出されたタオルを受け取り、彼を見上げる。
「早く頭拭いて。風邪引かれたら困る」
その時、少しクセのある漆黒の髪から雨の雫が滴り、彼の精悍な頬に伝って落ちるのが見えた。
やっぱり……綺麗だ。この人は凄く。
見ていると心臓がギュッとして、なんとも言えない気持ちになる。
「おい……」
気づくと私は背伸びをして、手渡されたタオルを彼の頭にかけていた。
「俺はいいから、」
「ダメです。拭かせてください!あなたが風邪を引いたら私、後悔します」
ドキドキしているせいか、声がやたらと大きくなってしまう。
「……なんで?なんでアンタが後悔すんの」
少し屈んだ彼の頭を拭く私の両手に、タオルを通じて艶やかな声が振動する。
「だ、だって、私が差し出がましいことをしなければあなたは画を進められたしこんなにも濡れることもなくて、それで」
そこまで言った私の両の手首を彼が掴んだ。
「雨が降るのを待っててあそこにいたんだ。傘なんて持ってなかったしな」
ニヤリと笑った顔が男っぽくてドキッとする。
「ほら、貸して。拭いてやるから」
言うなり彼はタオルを奪うと、私の頭にフワリとかけた。
「……名前は?」
名前。
自分の名前をこの人に……。
それだけで更にドキドキが激しくなる。
「峯岸彩……です」
「俺は榊」
サカキ……。
嘘……!
身体に稲妻が走った気がした。
榊って……もしかして。
「あ、あのっ、もしかして、榊……リョウさんですか?」
そうであってほしくて、タオルの隙間から一心に彼を見上げる。
「ああ。榊凌央」
「あなたが……Ryo.Sakaki……榊凌央……」
会えた。会えたんだ、私。
一瞬にして、あの画廊にあった全ての画が脳裏に蘇った。
画の右下に走り書きのように書かれた《Ryo.Sakaki》の赤い文字も。
「上がったみたいだな」
こんなにも踊る私の胸の内とは対照的に、彼は平然とした足取りで窓へと近より、それを開けて空を見上げた。
……ああ、心臓が。
太陽光線が彼の精悍な頬を照らし、顎から肩にかけて部分的に陰影が生まれる。
それが彼の美しさを際立たせて、更に胸がドキドキと騒ぎだした。
……やられた。
撃ち抜かれた、胸を。
それから、落ちた。
ああ、恋に落ちたんだわ、私。
今まさに、雨上がりの空を眩しそうに見上げたその横顔に、私は恋をしたのだ。
恋ってこんなにすぐに落ちるものだった?
自問自答したものの、私は思わず首を横に振った。
もしかしたら、既に落ちていたのかもしれない。
あの画廊でこの人の画を見た時に、私は既に恋をしてしまっていたのかも知れない。
だとしたらこれは運命なんじゃないだろうか。
いや、聞くまでもない。私にとってこれは絶対に運命の恋だ。だからこんな風に巡り逢えたんだ。
身体中で何かが弾けるような高揚感。
ギュッと切なく鳴る心臓。
ああ、長い間忘れていたけど、好きって確かこんな感じだった。
その時ハッとして、私は少し息を飲んだ。
そうだ……婚約したんだった、私。
すぐに圭吾さんの冷たい顔が脳裏に浮かぶ。
それから、
《いくら昔からお父さんと約束していたとしても早まっちゃダメよ》
という美月の言葉も。
ようやくこの時になって初めて、私は婚約を止めさせようとした美月の気持ちが分かったのだった。
「助かった。悪かったな」
「いえ……」
彼の家は公園から程近い近代的なマンションだった。
画材道具を家の中に運び、リビングに通された私はこう答えて僅かに首を振った。
それから差し出されたタオルを受け取り、彼を見上げる。
「早く頭拭いて。風邪引かれたら困る」
その時、少しクセのある漆黒の髪から雨の雫が滴り、彼の精悍な頬に伝って落ちるのが見えた。
やっぱり……綺麗だ。この人は凄く。
見ていると心臓がギュッとして、なんとも言えない気持ちになる。
「おい……」
気づくと私は背伸びをして、手渡されたタオルを彼の頭にかけていた。
「俺はいいから、」
「ダメです。拭かせてください!あなたが風邪を引いたら私、後悔します」
ドキドキしているせいか、声がやたらと大きくなってしまう。
「……なんで?なんでアンタが後悔すんの」
少し屈んだ彼の頭を拭く私の両手に、タオルを通じて艶やかな声が振動する。
「だ、だって、私が差し出がましいことをしなければあなたは画を進められたしこんなにも濡れることもなくて、それで」
そこまで言った私の両の手首を彼が掴んだ。
「雨が降るのを待っててあそこにいたんだ。傘なんて持ってなかったしな」
ニヤリと笑った顔が男っぽくてドキッとする。
「ほら、貸して。拭いてやるから」
言うなり彼はタオルを奪うと、私の頭にフワリとかけた。
「……名前は?」
名前。
自分の名前をこの人に……。
それだけで更にドキドキが激しくなる。
「峯岸彩……です」
「俺は榊」
サカキ……。
嘘……!
身体に稲妻が走った気がした。
榊って……もしかして。
「あ、あのっ、もしかして、榊……リョウさんですか?」
そうであってほしくて、タオルの隙間から一心に彼を見上げる。
「ああ。榊凌央」
「あなたが……Ryo.Sakaki……榊凌央……」
会えた。会えたんだ、私。
一瞬にして、あの画廊にあった全ての画が脳裏に蘇った。
画の右下に走り書きのように書かれた《Ryo.Sakaki》の赤い文字も。
「上がったみたいだな」
こんなにも踊る私の胸の内とは対照的に、彼は平然とした足取りで窓へと近より、それを開けて空を見上げた。
……ああ、心臓が。
太陽光線が彼の精悍な頬を照らし、顎から肩にかけて部分的に陰影が生まれる。
それが彼の美しさを際立たせて、更に胸がドキドキと騒ぎだした。
……やられた。
撃ち抜かれた、胸を。
それから、落ちた。
ああ、恋に落ちたんだわ、私。
今まさに、雨上がりの空を眩しそうに見上げたその横顔に、私は恋をしたのだ。
恋ってこんなにすぐに落ちるものだった?
自問自答したものの、私は思わず首を横に振った。
もしかしたら、既に落ちていたのかもしれない。
あの画廊でこの人の画を見た時に、私は既に恋をしてしまっていたのかも知れない。
だとしたらこれは運命なんじゃないだろうか。
いや、聞くまでもない。私にとってこれは絶対に運命の恋だ。だからこんな風に巡り逢えたんだ。
身体中で何かが弾けるような高揚感。
ギュッと切なく鳴る心臓。
ああ、長い間忘れていたけど、好きって確かこんな感じだった。
その時ハッとして、私は少し息を飲んだ。
そうだ……婚約したんだった、私。
すぐに圭吾さんの冷たい顔が脳裏に浮かぶ。
それから、
《いくら昔からお父さんと約束していたとしても早まっちゃダメよ》
という美月の言葉も。
ようやくこの時になって初めて、私は婚約を止めさせようとした美月の気持ちが分かったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―
柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。
最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。
しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。
カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。
離婚届の上に、涙が落ちる。
それでもシャルロッテは信じたい。
あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。
すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
政略結婚の果て、私は魔女になった。
黒蜜きな粉
恋愛
政略結婚で冷酷と噂される辺境伯のもとへ嫁いだ魔術師の娘フリーデ。
努力すれば家族になれると信じていたが、初夜に「君を抱くつもりはない」と突き放される。
義母の「代わりはいくらでもいる」という言葉に追い詰められ、捨てられたくない一心でフリーデは子を宿すため禁じられた魔術に手を染める。
短いお話です。
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる