恋愛ノスタルジー

友崎沙咲

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気付いた恋

《3》

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嘘……!どうしよう。

「峯岸さん……?どうかしたの?」

立花さんが、わずかに眉を寄せて私を見つめた。

「どうしたの、真っ青よ?」
「た、立花さん、どうしよう、私……圭吾さんが、倒れて、」

黙って私の話を聞いていた立花さんが、クッと顔をあげた。

「貸して。私が聞く」

言うや否や私のスマホに手を伸ばし、口を開く。

「お電話代わりました。私、峯岸さんの知り合いで立花と申します。彼女は少し動揺しておりますので私が代わりにうかがいます。はい、はい……」


*****

圭吾さんは夢川貿易から程近い総合病院に搬送されていた。
タクシーを降りると私は出来るだけ急いで人混みを縫うように歩き、エレベーターに乗り込むと彼の病室のある十階を押した。
どうしよう、圭吾さんに何かあったらどうしよう。

立花さんによると圭吾さんは救急搬送されたもののいまだ意識がなく、精密検査を受けた後も入院が必要になるという話だった。
どうしよう、悪い病気だったら。
絶対私のせいだ。
私が責めたから、家に帰り辛くなったんだ。
私と会いたくないから目一杯仕事を詰め込んでたんだ。

全部私が悪い。私のせいだ。

「彩様」

病室の前に黒須さんの姿を見つけて、私は少し頭を下げた。

「あ、あの圭吾さんは、」
「たった今眼を覚まされまして、先生に診察していただいたところです」

少しホッとするもまだ心臓が激しく脈打っているまま、私は黒須さんに尋ねた。

「会えますか?顔が見たいです」
「少しなら問題ないそうです。どうやら酷い過労のようです。お電話でも申しましたが、明日、精密検査をうける予定です」

「……そうですか……」
「では私は一旦社に戻らないとなりませんのでこれで失礼します」
「お世話になりました」

黒須さんの背中を見送り、そっと病室のドアをノックすると私はゆっくりとそれを開けた。
広々とした個室は濃いブラウンを基調としていて、病室という雰囲気を出来るだけ感じさせないように配慮されたデザインだった。

「……圭吾さん」

ベッドに横になったままこちらを見ていた圭吾さんと眼が合う。
私を見た圭吾さんは驚いたように眼を見開き、私もまたドキンとした。

「……アシスタントの仕事はどうした?」

普段よりも酷く掠れた声に、胸が痛む。

「俺の事はいいから早く戻れ」

……嫌だ。

「……早く行け。もうお前の邪魔をしたくない」
「戻りません。圭吾さんのそばにいます」

……ダメ。圭吾さんに負担をかけないように、明るく。
私は胸に手を当てたまま、ゆっくり圭吾さんに歩み寄ると一生懸命笑った。

「当面の食事の準備はしてきましたし後は……立花さんに任せました」

圭吾さんが信じられないといったように再び私を見つめた。

「立花って、あの女か?!」

私は軽く頷くと、先程の出来事を思い返した。


****

約一時間前。
立花さんが私にスマホを手渡しながら、しっかりとした口調でこう言った。

「峯岸さん、落ち着いて。夢川社長は汐留の総合病院に搬送されたらしいわ。多分過労じゃないかって」
「……どうしよう……圭吾さんになにかあったら私、」

怖くて声が震える。
もしも圭吾さんとこのまま二度と話が出来なくなったらと思うと、居ても立ってもいられない。

頭が真っ白になり、まず何をどうしていいのか考えがまとまらない。
そんな私を、立花さんが驚愕の眼差しで見つめた。

「峯岸さん、もしかして……あなた」

頷くと、涙が頬を伝った。
この間、美月に言われた言葉が脳裏に蘇る。


『自分の気持ちにまで鈍感になるのはよしなさいよ?』


美月……私、いつから圭吾さんを好きになっちゃったんだろう。
凌央さんを好きだったのに、いつの間に圭吾さんを愛してしまってたんだろう。

分からない。本当に分からない。
でも私は……私は圭吾さんが好きだ。
誰よりも。

立花さんが私の肩のバッグを見つめた。

「峯岸さん。そのバッグに自宅の鍵や財布は入ってる?」
「はい……」
「なら、他の荷物は後でも大丈夫よね?」
「……立花さん……?」
「行ってあげて。夢川社長のところに。凌央の事は私がするから」

……信じられなかった。
私の事を好きじゃないはずの立花さんが、私を助けてくれようとしているなんて。

「……いいんですか?」

立花さんがしっかりと頷いた。

「峯岸さん。私、あなたを嫌な人間だと思ってたの。婚約者を騙して、凌央も騙して甘い汁を吸う……。でも話をして分かったわ。あなたは私の想像とは違う人間みたい。だから……あなたを傷付けたお詫びをさせてください。それに……凌央の役に立ちたいから」
「立花さん、ありがとうございます!」

私がガバッと頭を下げると、立花さんは決まり悪そうに首を振った。

「あの日私、眼が覚めました。……夢川社長のお早いご回復をお祈りしています」

*****

現在。

「バカだな、恋敵に後を任せるなんて」

圭吾さんのこの一事で、思考が現在に戻った。

「それよりも少し休んでください。あ、花怜さんにはもうお電話されましたか?まだでしたら……圭吾さんの携帯は……」
「……いや、伝えなくていい」

私の言葉を遮ると、圭吾さんはゆっくりと眼を閉じた。

「眠るまででいいから……ここにいてくれるか?……もうなにも……しないから」

キュッと胸が軋んだ。
……慣れなきゃならない。この胸の痛みに。
だって私たちは政略結婚で、圭吾さんには花怜さんという恋人がいるんだもの。

たとえ圭吾さんと結婚しても、彼は花怜さんのものだ。
だから、早く慣れなきゃならない。早く慣れたい。

大丈夫なように、泣かないように、圭吾さんの前ではいつも笑顔でいられるように強くなりたい。
この気持ちは絶対に内緒だ。
多分、死ぬまで。

私は圭吾さんの枕元の椅子に腰かけると、微笑んで頷いた。

「はい。ついてますから安心してください」

私は眼を閉じた圭吾さんの綺麗な顔を見つめて決心した。
鈍感になるわけじゃない。
でも、この気持ちに気付かないフリをしようって。
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