歴史の裏側の人達

みなと劉

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1話

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《生類憐みの令》が《発令》して1週間が経とうとしていた。
これは
歴史の裏側の人達の暗躍を描いた物語である。
《生類憐みの令》とは表向きは、目安箱を設置したことによる庶民の意見を聞き入れたモノとされている。
しかし、実際は違っていた。
《生類憐みの令》が発令される一週間前の出来事だ。
現将軍である徳川光圀は老中であった酒井忠清を江戸城に呼びつけていた。
「どうなりましたか?」
「それが……未だ行方は掴めておりませぬ」
「そうであれば、致し方ありませんな」
光圀が酒井に出した指令は、鷹司孝子と桑子を奉行所へ引き渡す事だった。
「ですが……釈放するわけにはいきませぬぞ」
酒井の目は鋭い、その目は徳川という巨悪を相手にした者特有の目だ。
(流石の気迫だな)
光圀もそれを肌で感じる、現老中筆頭である酒井がどれ程のものかを……。
「分かっております、そこは心配なさらずに……」
光圀は、酒井の言葉を信じる事にした。
何故なら既に手は打っているからである。
(必ず助けるぞ)
そう心に誓っていた光圀にある情報が知らされたのは次の日だった。
幕府から鷹司家と桑子へ捕縛命令が下されたとの報である
しかしそれは誤報だったらしく、徳川幕府に混乱を招く結果となったのだ。
(まさか、一橋が絡んでいるとはな)
これは、偶然の出来事ではなったのである。
ここで時は遡る事になる。
松平定信は京都御所で徳川斉正の将軍就任パレードに参列していた。
(これが将軍の座る場所か……)
そこに座っていた人物を見て絶句するしかなかったのだ
何故ならそこに座って居た人物は先に述べた徳川光圀と酒井忠清である。
更に定信を驚かせたのは、隣に居た人物である。
(一橋治済!?)
そうそこにいたのは二条斉敬である、前将軍・徳川吉宗の血を引く唯一の男であった。
定信にとっては父親が仕える徳川家であり次期将軍と目された人物である。
そんな男が目の前にいるのだから堪らない。
そんな混乱の中松平定信は一つの考えに辿り着くのである
「一橋治済様、次の将軍には私がなりましょうぞ」
「いや、わしがなろう」
そんな声が将軍の横で飛び交うのだ。
しかし
将軍斉正が口を開くと再び混乱を招く事となった。
「一橋を次の将軍にすると言う事については皆の意見を参考に致したい」
そう発言したのだ。
これは現将軍である徳川光圀により発令された【生類憐みの令】の【特令】に則ったものであるがこの様な事は、他の大名家には知らされてはいない。
しかも、現将軍が次期将軍へ就任する際の一橋治済を推薦する発言をしたのだ。
これは、徳川幕府を大きく動かす事となるのだが……松平定信はそれを知る由もなかった。
そんな中で事態は大きく動き出したのである。
その引き金となったのは酒井忠清である。
「松平定信、お主がした事は許し難い行為だ」
「何を言うのですか?証拠はどこにあるのです?」
「これを見て分からぬか?」
酒井の手には鷹司と桑子逮捕状の写しが握られている。
それを見て口を閉ざした。
(一橋治済に手回しされていたか)
そう思うと笑いが出てきたのである。
そして、こう言ったのだ
「私は何もやってませんよ?」
酒井は、光圀と目を合わせるとこう言った。
「既に証拠はあるのですぞ?認めれば痛い目に合わずに済むのですがな」
そう宣言するのだった。
(やられた)
そう思ったものの後の祭りであった。
いや、もう松平定信に後は残されていなかったのだ。
そんな時である松平定信に救いの手を差し伸べる者が現れるのである。
その人物は
徳川吉宗であったのだ
「その件には、私も一枚嚙んでいるからな……定信お主の将軍就任は諦めよ」
そう宣告してその場を後にしたのだ。
松平定信にはもうどうする事も出来なかった。
もう逃げるしか選択肢が残されていないのである。
(これからどうすべきか)
そう思いながら屋敷の中でジッとしていたのだ。
そんな時である、聞き覚えのある男の声が聞こえてくるのだった。
「お久しゅうございます」
その人物は 【水戸黄門】こと徳川光圀であった。
(どうしてこの場所が?)
そんな事を思いながらも無視する訳にはいかなかった。
何故ならこの屋敷の場所を知っているのは限られた人物のみであるからだった。
(わしに一体何用があるのか?)
そんな事を考えると、襖越しに話し掛けられた。
「松平定信様でいらっしゃいますな?」
驚きを隠せなかった
しかし何かを察知した定信は観念して口を開いたのだ
「いかにも」
そう言うと襖が開くとそこに立っていたのは、徳川光圀であった。

しかしいつもと違う

それがまた不気味に見えたのだった。
そんな中で光圀は言った。
「松平定信様……貴方様はこの様な所で何をなさっておいでですかな?」
「わ、わしは……」
(一体何を考えている)
そんな思いが渦巻く中光圀は再び問いを投げた。
「貴方様の気持ちは分かりませんが、貴方は皆から必要とされています」
「か、勝手に話を進めるな!」
「……松平定信様……もし貴方の命を今ここで散らせば今後もお苦しみを味わうでしょう」
そう言い残すと徳川光圀は部屋を出たのである。
(一体あの者は何なのだ?)
そんな思いが巡る中で一つの答えに辿り着いた気がしたのである
そんな時だった。
酒井忠清が松平定信の元を訪ねたのだった。
「これから、如何なさるおつもりで?」
そんな問い掛けに即答する事が出来ずにいると続けてこう言うのだ。
「貴方様に居場所が無いのであれば私にお任せさせては頂けませんか?私は幕府としてではなく一人の徳川一族として行動します」
その一言で悟ったのだ
(わしの事まで考えてこの様な事を)
とそう思ったからこその返答だった。
「宜しくお願い致す」
(これで良かったのだ?酒井忠清殿、わしの事まで考えて下さり有り難かった)
そんな思いで松平定信の目からは涙が零れたのだった。

しかし

一橋家の力により光圀の居場所や居場所を聞き出し徳川斉昭が屋敷に乗り込むと事態は大きく動いて行ったのだがそれはまたの機会に話すとしよう……。
(まさかわしが再び江戸に戻る事になるとはな)
そう思いながら一橋邸を後にする松平定信である。
(光圀殿や斉昭殿に助けられたのだ、もうこの様な事はせぬぞ)
そんな決意を胸に抱きながら徳川幕府の終焉を見守ったのだった。
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