ひだまりのFランク冒険者

みなと劉

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36話

翌朝、リルドは窓辺で輝く「七色苔」のボトルに少しだけ新しい水を足し、お気に入りの籠を背負って家を出た。
ギルドの扉を開けると、昨日の「アーマードベア神隠し事件」で、館内はいつにも増して騒然としていた。
「おい、信じられるか? あの硬い装甲を持つ熊が、石つぶて一つで気絶してたんだぞ!」
「Cランクの連中が持ってたあのポーションも異常だ。傷が一瞬で塞がったらしい……」
そんな噂話をBGMに、リルドはいつも通り掲示板の端っこへと向かった。
彼が今日、指先でスッと剥がしたのは、ひときわ地味な依頼札だった。
「今日は……これにしよう。【河原の漂流物清掃】。天気がいいし、川の音を聞きながら作業するのは気持ちよさそうだ」
リルドが受付へ持っていくと、受付嬢が少し心配そうに顔を上げた。
「おはよう、リルドさん。清掃依頼ですね。……あ、でも気をつけてください。上流で魔獣が暴れたせいで、川の流れが少し不安定になっているみたいですから」
「うん、ありがとう。足元には気をつけるよ」
リルドがやってきたのは、街の裏手を流れる緩やかな川のほとりだ。
増水で打ち上げられた枝やゴミを、リルドは手際よく一箇所に集めていく。彼が動くと、まるで川そのものが協力しているかのように、流木がスルスルと岸に寄ってくる。
「よしよし、これで水が綺麗に流れるね」
作業の合間、リルドは川底でキラリと光る透明な石を見つけ、拾い上げた。
「これは……お庭の飾りにいいかも」
そんな風に、仕事半分、趣味半分で過ごすこの時間が、リルドにとっては至高の贅沢だった。
依頼を終え、籠いっぱいの流木と少しの「お宝の石」を背負って帰り道を歩いていると、前方の茂みが激しく揺れた。
「くそっ、囲まれた! 応援はまだか!」
飛び出してきたのは、血相を変えたDランクの冒険者パーティーだった。
彼らの背後からは、濡れた鱗をギラつかせた『アクアサーペント』が三体、鎌首をもたげて迫っていた。本来、一体でもDランクでは荷が重い魔獣だ。
「おい、そこのFランク! 逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
冒険者の一人が必死に叫ぶ。しかし、アクアサーペントの一体が、逃げる冒険者を狙って鋭い水鉄砲を放とうとした。
「……あーあ。そんなところで水を飛ばしたら、せっかく乾かした流木が濡れちゃうじゃないか」
リルドは困ったように眉を下げると、足元から小さな、丸い小石を一つ拾い上げた。
そして、蛇が口を開いたその一瞬。指先でその小石を「ピンッ」と弾いた。
シュンッ――。
小石は水面を跳ねる石のように鋭い軌道を描き、三体のアクアサーペントの急所を順番に「コン、コン、コン」と叩いた。
「……ッ!?」
三体の蛇は、何が起きたのか理解する間もなく、同時に白目を剥いて力なく川岸に倒れ込んだ。
「あ、今のうちに。君たち、お疲れ様」
呆然と武器を構えたまま固まっている冒険者たちを横目に、リルドは気配を消して、夕焼けの街道へと消えていった。
夕刻、リルドはギルドに戻り、清掃完了の報告をした。
「ただいま、受付さん。河原、綺麗にしてきたよ。ほら、綺麗な石も見つけたんだ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……まあ、本当にいい石ですね。あ、そういえば! さっきDランクの方たちが『川の精霊が石を投げて蛇を倒してくれた!』って大騒ぎしながら帰ってきたんですけど、何か心当たりは……?」
「川の精霊? ……うーん、魚が跳ねる音なら聞こえたけど。きっと精霊さんもお掃除を手伝ってくれたんだね」
リルドはとぼけた顔で報酬の銅貨を受け取ると、大事そうにポケットでチャリンと鳴らした。
「はい、お疲れ様でした。リルドさんって、本当に強運ですねぇ……」
「あはは、ただのFランクだよ。じゃあ、また明日ね」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも知られることのない神業を添えて、穏やかに暮れていく。
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