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49話

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「本当は俺がもっとはっきりしていればよかったんだけど、優菜を傷つけてしまった。本当に悪いと思っている。だから優菜との仲は一旦置いておくことにした」
「ちょっと待ってくれ。それはどういうことだ?」
俺は咄嵯に質問する。
すると、意外な答えが返ってきた。
「そのままの意味だ。今はお互い頭を整理してもう一度考えよう」
その言葉に俺は唖然としてしまう。まさかの展開だった。もしかしたら最悪の事態になると思っていただけに、正直ほっとしている自分がいた。
「優里香はどう思う?」
「私は、優斗くんの意見を尊重します」
優斗の問いかけに対し、彼女ははっきりとそう告げた。優里香さんにとって優斗の意思は何よりも優先されるものらしい。しかし、他の二人を見る限り優斗の選択は彼女たちにとっては受け入れ難いものだったようだ。
優奈さんの方は黙り込んで俯いている。おそらくショックのあまり放心状態になっているのだろう。
「ということで、俺たちはこれで帰ることにする」
優斗は立ち上がると俺の方へと近づいてきた。俺はそれに気づき席を立つと優斗と共に生徒会室を後にした。

***
生徒会室を出た後、俺は優斗と並んで歩いていた。その道中、会話は皆無だ。先程の出来事を優斗なりに考えているのだろうか?俺は何を言うべきなのか悩んでいた。
すると、先に沈黙を破ったのは優斗だった。
「お前には感謝している。ありがとう」
俺は思わず目を見開いた。
「優斗は優菜さんが好きなんだろ?」
「あぁ」
「ならどうして?」
「……俺にはどうしても優菜の気持ちを無下にできなかった。だから、優理花とも話をしようと思ってるんだ」
優里香さんの名前を出されて一瞬戸惑ったが、俺は直ぐに理解することができた。二人は恋人ではなく婚約者なのだ。つまり二人は結婚を前提に交際しているということになる。
「でも優里香さんはお前のことを好きみたいだぞ?」
「それも知ってる。優里香とは婚約の話を持ち出された時から何度か話したからな。優里香は優菜と違って素直な性格をしているから、好意を向けられていることくらいは分かってる」
「そうか……」
そこで再び訪れる静寂。お互いに次の話題が出てこないのだ。このままではまずいと思った俺は何かないかと探すが思いつかない。
そしてしばらく歩いたところで、ふと気になっていたことを尋ねてみることにした。
「なあ、あの二人のことについてなにか知っていることはないか?」
「何かって?」
「例えば、過去に何かトラブルに巻き込まれたことがあるとか、もしくは誰かから恨みを買っていたり……」
「そういう話は聞いたことがないな」
やはり知らないか……。
となると、ますます謎が深まる。優菜さんがストーカー被害に遭っていることと何か関係がありそうな気がするのだが、結局のところ優斗は何もわかっていないということなのかもしれない。
「まぁ、まだ何も分かっていないってことが分かっただけでも十分収穫だと思うことにしようぜ」
優斗はそれだけ言うと笑った。その表情はどこか吹っ切れているように感じられた。優斗がそれでいいと言うのであれば俺に異論はない。だが俺は一つだけ引っかかっていることがあった。
「お前はこれからどうするつもりなんだ?」
すると優斗の足が止まる。
「……さあな」
「……そっか」
きっと俺には分からないような複雑な心境なんだろう。だからこそ俺が口を挟むべきではないと思いそれ以上何も言うことはなかった。
ただ、最後にこれだけは言っておきたかった。
「後悔だけはしないようにしろよ」
すると優斗は少し驚いた顔をした後、どこか嬉しそうに笑ってこう言った。
「わかっている」
こうして俺たちは家に向かって歩き出した。
「それじゃあ行ってきます」
玄関で母と妹に見送られる。俺と妹は二人で駅に向かうため、家を後にした。駅までの道のりを二人で歩いていると優菜は唐突にこんなことを言ってきた。
「ねえお兄ちゃん、最近楽しそうだね」
「ん?そうか?」
自分的にはいつも通り過ごしていたつもりだったんだけど、周りからは変わったように見えていたのかな?もしかしたら優斗とよく話すようになったことが原因なのかもしれない。実際あの日を境に彼とは結構話し込むようになっていたからな。
「お兄ちゃんはもう優斗くんとキスしちゃった?」
「ば、バカ!してないに決まってるだろ!」
いきなり何を言い出すんだこいつは!?俺は慌てて否定する。
「ほんとーに?」
「ああ、本当だって」
「そっか。よかった」
「……?」
「なんでもない!気にしないで!!」
優菜はよく意味のわからないことを言っている。
どうせまた変なことを考えていたに違いない。俺の予想を肯定するように優菜の顔がどんどん赤くなっているのがわかった。
おそらく恥ずかしくなって誤魔化したのだろう。
まったく世話が焼けるやつだ。こういうところが優里香さんに似ているんだよな。
そんなやり取りをしていたら、いつの間にか俺たちは駅の前まで辿りついていた。
「それじゃあお兄ちゃん、私はこっちだから」
優菜は電車通学なので駅で別れることになる。
「ああ、それじゃあな」
「うん!今日は部活あるけど早く終わる予定だから終わったら電話するね」
「おう」
「あ、それと今度私にも勉強教えてよ」
「え、なんで?」
「別に深い理由は無いよ。ただお兄ちゃんと一緒に勉強したいなって思っただけだから。ダメ?」
「べ、べつに構わないけど」
「やったぁ!約束だよ?」
「わ、分かった」
それから俺たちは改札を抜けてそれぞれのホームへと向かって行った。
ホームに着いた後、丁度来た電車に乗り込んだ。
席が空いているのを確認して、俺は席に着くとスマホを取り出す。そしてSNSを開いて今日の出来事を書き込んでいると、すぐに返事が来た。優奈からだった。俺は早速返信することにした。
『昨日の話だけど……ごめんなさい。今はちょっと冷静に考えられない』
彼女の言葉を見た瞬間俺はドキッとした。もしかしたら怒らせてしまったのではないかと不安になったからだ。
でもその答えは想定内のもの。だから俺は彼女にメッセージを返すことにした。
『俺こそ突然すぎたよね。でも、どうしても君に伝えないといけないと思ったんだ。もちろん俺のことなんて好きじゃないっていうのなら諦めるように努力するからさ。もう少しだけ時間をくれないか?』
我ながら卑怯だなとは思うが、俺は彼女ともう一度向き合うことに決めたのだ。だからどんな結果になろうとも受け入れなければならないと思っている。それに彼女は以前自分の気持ちについて正直に伝えると言っていた。
俺としてはその時が来るのを待ちつつ今まで通りの関係を続けていきたい。それが一番ベストな選択だと思うから。

***
優奈とのメッセージを終えた俺はそのまま優斗にラインを送信した。
『優斗、今度会えないか?』
直ぐに返事が来て。
『ん?デートのお誘いかな?いいよ、』
(は?どうしてそうなる?)
優斗がおかしなことを言うものだから俺は思わず首を傾げた。
優斗から指定されたのは放課後に教室まで迎えに行くというものだった。一体どういうつもりなのだろうか。まあ、それは会ってから聞くとして。それよりも俺は気になることがあった。それは先程のやりとりで優菜の反応が少しだけ気になっていたのだ。
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