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廃墟の影

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荒廃した町、名も知れぬ村、そこには人気を欠いた木造の家がひっそりと佇んでいた。冷たい風が木の隙間から吹き抜け、どこかでかすかな物音が聞こえる。ある夜、冒険心旺盛な若者、タケルがこの村に足を踏み入れた。

彼は村の住人に出くわすことなく、ただただ廃墟と化した家々を歩き回っていた。薄暗い路地に迷い込むと、彼の足元で床を踏み鳴らす音が耳に届いた。驚きと共にタケルは振り返ると、目の前に立つ人影を見つけた。

その影は不気味に笑いかけながら近づいてきた。タケルは恐怖に襲われ、逃げるようにしてその場を離れたが、影は跡形もなく消え去った。そのとき、遠くで不気味な子守唄のような歌声が聞こえてきた。

タケルは怖気を感じながらも、探究心が彼を導き、その歌声が聞こえる方へ向かっていく。村の奥深くにある廃屋で、歌声の主、老婆アキコが座り込んでいた。彼女の目は異様に光り、歌声は恐ろしいほど美しくもあり不気味だった。

アキコはタケルに歌の意味を尋ねられると、彼女は微笑みながら
「この歌は村の過去と未来をつなぐもの。でも、知りたければ、その代償を支払わなくてはならないわ。」
と告げた。

タケルは好奇心と警戒心を胸に抱え、アキコに代償の内容を問いただすと、彼女はにやりと笑って言った。
「あなたの心の一部を私に捧げること。」

迷いながらも、タケルは歌声の謎を解き明かすために、アキコの要求に従った。彼が心の一片を捧げると、アキコの歌声が一層美しくなり、その歌は過去の出来事や未来の予知を歌い続ける。

歌には村の闇深い過去や、この村に棲む怨霊たちの声が込められていた。アキコの歌が村の運命を変える鍵であることを知ったタケルは、彼女の歌声に引き寄せられるように毎晩通い始めた。

しかし、次第に村の空気が冷たくなり、アキコの歌声も不気味なものへと変わっていった。村人たちは次第に姿を消し、村全体が歌に引き込まれていくようだった。タケルはアキコが何者かに操られていることを感じ始め、歌の裏に潜む闇の存在に気づいた。

ある晩、アキコの歌が突如として止み、村は恐ろしい沈黙に包まれた。タケルはアキコの元へ急ぎ、その廃屋に入ると、彼女の姿が消え失せていた。代わりに、部屋に立つ不気味な影がタケルに近づいてきた。

その不気味な影は次第に具現化し、アキコの姿を模した者だった。しかし、その目は真っ赤で憎悪に満ち、口からは冷たい笑い声が漏れている。タケルは恐怖に震えながらも、彼女と思われる存在に問いかけた。

「アキコ、何が起きているんだ?」

アキコの影は得体の知れない声で語り始めた。
「私の歌はこの村の闇を呼び覚ました。代償として捧げた心は、私を力強くし、村人たちを闇に引き寄せた。今、この村は永遠に闇に覆われ、私が支配する。」

恐怖に包まれた村の中で、タケルは抵抗の決意を固めた。彼はアキコの影に立ち向かい、その力を封じ込めるために手を差し伸べた。しかし、影は冷徹なまなざしで彼を見つめ、力強い声で告げた。

「お前も捧げ物をしなくてはならない。この闇の力に抗える者は存在しない。」

その瞬間、村の廃屋は赤い光に包まれ、タケルの意識は闇に飲み込まれていった。

タケルは目を覚ますと、自分が何もかもが暗闇に包まれた異次元のような場所にいることに気付いた。彼の周りにはかすかなさまよう霊魂のような存在が漂い、彼らは呻き声を上げながら闇に溶け込んでいく。

アキコの影が再び現れ、冷たい笑みを浮かべながら告げた。
「お前の捧げ物は、この場所に閉じ込められた魂たちだ。ここがお前の新しい永遠の住処だ。」

タケルは絶望に打ちひしがれながらも、アキコの影の前で抗うことができず、彼の姿もまた闇に取り込まれていった。彼の叫び声が闇に呑み込まれ、村は完全に冷たい闇に覆い尽くされた。

村の名も無い廃墟からは、不気味な歌声が今も聞こえてくる。そして、その歌声が村を訪れる者たちを引き込み、彼らを絶望へと誘い込むのだった。その村の冷たい闇は、決して消えることのない呪縛となり、その存在は永遠に続いていくのだろう。
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