完璧令嬢は暇つぶしに運命の番を愛でることにした

サトウミ

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12.ルイと聖女

放課後の学園の廊下は、昼の喧噪を忘れたように静まり返っていた。

授業を終え、私とルイは静寂な廊下を並んで歩きながら、正門へと向かう。
その途中、曲がり角の向こうから、軽やかな足音と共に明るい声が響いた。

『あっ、キャシーちゃん! 会えてよかった!』

声の主はマリアだった。
彼女は息を弾ませながら、まっすぐこちらへ駆け寄ってくる。

『どうしたの、マリア?』
『キャシーちゃんともっと仲良くなりたくて、会いにきちゃった!』

マリアの無邪気な笑顔は、周囲を惹きつける魅力がある。彼女はその笑顔をルイに向けた。

『それと隣の彼って、朝の異界言語の授業でペラペラに喋れてた人だよね? 彼ともお喋りしたいの!』
『あらそう? ルイ、聖女様のご指名よ』

私たちの視線がルイへと移る。
彼は少し肩を竦め、でも丁寧に頭を下げた。
マリアの瞳がキラリと躍り、まっすぐに彼を見つめる。

『こんにちわ、聖女様。ルイ・クロスです』
『クロスくん、こんにちは! アルフレッドくんから君の噂、聞いてるよ』
『……僕の噂、ですか?』

ルイがわずかに顔を強張らせる。
アルフレッドの噂、か。
十中八九、ろくでもない話を耳に挟んでいるのだろう。

『そう。ベルモント様の側にいるルイ・クロスという男には近づくなー! って。クロスくん、アルフレッドくんと仲が悪いの?』

マリアが軽く尋ねると、ルイは気まずそうに目を泳がせた。

『えっと……はい、その……アルフレッド様には、あまり良く思われていません』

ルイは戸惑いながら、慎重に言葉を選ぶ。

『そうなんだ。どうしてなの?』
『それは……言えません』

マリアの問いに、ルイは目を伏せて答えを拒んだ。
彼の横顔を見て、私は察した。
アルフレッドがルイを嫌う理由は、単に『元奴隷』だからではない。
何か、もっと深い確執がある。

『そっか。でも私は、それでも君と話したいから、こっそり会いに来ちゃったの!』

そう言って、マリアはルイに向かっていたずらっぽく笑いかけた。
その笑顔には一切の悪意を感じない……はずなのに、なぜか胸の奥がざらついた。
喉の奥に小さな棘が刺さったような、不快なざわめき。
この感覚は一体、何なのかしら?

『私、クロスくんに色々聞きたいことがあるの! あっ、でもできれば二人きりで話したいかも。キャシーちゃん、ちょっとクロスくん借りてもいい?』

私は一瞬、言葉を失った。
本来なら「ええ、もちろん」と微笑んで答えるはずだった。
それなのに、何かが引っかかって口が動かない。

マリアは、イザベラのように皮肉を言うわけでもない。
ルイに敵意を向けているわけでもない。
むしろ彼女の好意は純粋で、屈託がない。

──だから、拒む理由なんてどこにもない。
それでも、私は無意識に眉を寄せていた。
心の奥で、小さな警鐘が鳴っている。

『あら? 貴女、私に会いに来たんじゃなかったの?』

私はマリアのお願いに対し、つい質問で返してしまった。
マリアは一瞬驚いたように私を見て、そしてすぐに笑顔を返す。

『もちろん、キャシーちゃんとも仲良くなりたいよ! キャシーちゃんみたいに完璧で美しいお姉様、仲良くなりたくない人なんていないよ』

いるわよ。
イザベラが。
という突っ込みは、心の中に留めておくだけにした。

『だけどねキャシーちゃん。それとこれとは別だよ。クロスくんは何というか、特別なの! だから彼とお話ししたいの。お願い、キャシーちゃん!』
『なら、私と3人でお話ししましょうよ』
『それは、その……』

提案のつもりで出した言葉だったが、マリアの顔が一瞬、複雑な色に変わる。
なぜか彼女はしどろもどろになり、ルイの顔色を伺うように彼に視線を送る。
その様子が、なぜか私の神経を逆撫でした。

『多分、二人きりでないとできない話があると思うの。だからごめん、キャシーちゃん。クロスくんと二人でお話しさせて』

瞳の奥に隠された何かに、私は妙な胸騒ぎを覚えた。
だが客観的に見れば、断る理由はない。

『あらそう? なら、構わないわ』

私は、胸の中に宿る不快感を退けて、いつもの自分を装いながら笑顔で了承した。



マリアとルイが、誰もいない教室へと入っていく。
扉の向こうから、二人の笑い声が漏れ聞こえる。
私は廊下の陰から、その光景を見ていた。

遠くからでも分かる。
ルイは私には見せない表情を、彼女に見せている。
それを見た瞬間、胸の奥に黒い感情が渦を巻いた。

やがて教室の扉が開き、柔らかい表情をした二人が出てきた。

『今日は色々聞けて楽しかったよ、クロスくん。またこっそり、アルフレッドくんの目を盗んで会いに来てもいい?』
『はい。マリア様が良ければ、いつでも話し相手になります』

私は二人のやり取りを聞きながら、不覚にも胸が締めつけられるのを感じた。
ルイに友人ができたことは、彼にとって良いことだ。
喜ばしいことなのに、どうしてこんなに息が詰まるのだろう。
私は笑顔を作り、マリアと軽く別れの挨拶を交わした。

ルイは私の隣に戻ると、気まずそうに沈黙する。

「……キャサリン様。もしかして、怒っていますか?」
「えっ? なぜそんなことを聞くの?」
「いえ……その、何となく……」

彼の視線が、恐る恐る私を探る。
その目の優しさが、かえって胸を刺した。

「怒ってなどいないわ。むしろ、何に対して怒るというの?」

そう口にしながら、心のどこかで嘘だと分かっていた。
けれど、沸き上がるこの感情が何なのか理解できない私は、ただ笑ってごまかすことしかできなかった。

帰りの馬車に揺られながら、私は窓の外に沈む夕陽を眺める。
赤く染まる空が、なぜか胸の奥の痛みと重なった。

……もしかして、私はどこか体調が悪いのかしら?
そう自分に言い聞かせる。
これは無自覚な体調不良で、情緒が揺れているだけ。
きっと、明日になればこの不快感も消える。
そう信じた。

──けれど、その違和感は翌日になっても、まるで呪いのように消えなかった。
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