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本編
27.遭遇しました!
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転校してから二週間。
初日に生徒会役員から目を付けられ厄介な立場になってしまった俺は、これ以上ヤツらと無駄に接触することを避けるため、一番接触する確率が高い学食や寮の食堂には行かないことに決めた。
お陰で朝晩の食事は自炊、昼は弁当を持参するという羽目になっているが、引きこもり期間中に姉のところで家事全般を引き受けていたことが役に立ったらしく、今のところそれほど苦にはなっていない。
ただ、部屋で食事の準備をしているとやたらと颯真が一緒に食べたがるので、毎回それを断って食堂に行かせるのがひと苦労だ。
今は昼休み。
俺はひとりでゆっくり弁当を食べるため、一目散に目的地へと向かっていた。
転校してきた次の日から毎日少しずつ学園の敷地内を探索した結果、一昨日ついに雑音に煩わされずに静かに過ごせる場所を発見したのだ。
その場所の名前は『旧図書館』。
学園の敷地の中でも一番端に位置しており、校舎から離れているというだけでなく建物も古いことから、現在はほとんど利用さていない場所だ。
俺はそこに併設されているラウンジで昼食を摂った後、誰もいない図書室でどんな本が置かれているのか眺めたり、興味を引かれた本を手にとって見たりしていた。
ちなみに図書館は他に二つあり、ひとつは誰でもが利用できる普通棟に。もうひとつは、許可された人間しか利用できない特別棟にある。
この二つだけで十分図書館の役割を果たしているため、離れた場所にある旧図書館へわざわざ行こうという人間はいないらしい。
訪れる生徒が誰もいないというだけでなく、職員でさえも朝と夕方に鍵を開閉する以外は訪れない場所のため、俺にとっては誰に気兼ねすることもなくのんびりできる最高の場所だ。
旧図書館は木造で確かに建物は古いが、有名な建築家がデザインした希少な建物だけあって、とても蕭洒な造りになっている。
それでいてどこかノスタルジックな雰囲気を持つ建物の中にいると、本当にゆったりとした気分になれ、物凄く癒されるのだ。
俺は今日もウキウキ気分で旧図書館の重厚な造りの木の扉を開け中へと入っていく。
しかし俺が浮かれていられたのも一瞬だった。
建物の扉を開けてすぐのところにあるラウンジのソファーには、昨日、一昨日にはなかった人影が見える。
その人物は本を読んでいたようだったが、いきなり入ってきた俺に驚いて顔を上げた。
俺のほうも当然予想もしていなかった事態に固まってしまい、その結果、入り口に佇む俺とソファーにいた先客は、暫し無言で見つめあうことになったのだ。
相手は制服を着ているのでこの学園の生徒で間違いない。
ネクタイの色は藍色。三年生だ。
キリリと引き締まった表情は若武者をイメージさせる男らしい顔立ちで、醸し出す雰囲気もどこか硬派な印象のその生徒は文句なしのイケメンだった。
──この人絶対"親衛隊持ち"だ。
数秒間のフリーズの後、そう確信した俺は、厄介なことになる前に逃げようと、先に視線を外し、回れ右をした。
すると、それが不自然過ぎたのがいけなかったのか、後ろから先客である若武者風の顔立ちの先輩に声をかけられてしまったのだから最悪だ。
「何故帰る? 何か用があったんだろう?」
先輩相手に無視はマズい。俺は仕方なく立ち止まり振り返った。
「あ、読書の邪魔してすいませんでした。特に用はないです。 静かに弁当食べれる場所探してただけなんで」
丁寧に頭を下げてから再び建物から出ようと扉に向かうと、後ろから若武者がこちらに向かってくる気配がした。
舌打ちしたくなるのをグッとこらえ、俺はあえて気付かない振りをして早足で歩きだす。
しかしあっという間に追い付かれ、腕を掴まれる形で引き留められてしまった。
「……なんですか?」
俺が戸惑いながらそう聞くと、若武者は無言で自分が掴んでいない方の俺の手元をじーっと見た。
その視線の先には俺の手作り弁当が入ったランチバッグがある。
──まさか俺が図書室で食べると思って注意しにきたとか……?
流石に俺だって図書室内で飲食するつもりはない。
かといってこの人がいるラウンジに留まってまで昼食を摂る気にはなれないので、一旦外に出て適当な場所を探すつもりだ。
すると案の定若武者は俺の手元を指差してきた。
「それ……」
俺は若武者の言葉を遮る形で先手を打って説明させてもらう。
「……図書室で食べるのがマナー違反であることはわかっています。そこのラウンジか、奥の談話室ならいいかと思ってやってきたんですが、読書されている方には邪魔でしたね。すみませんでした」
俺は片手を掴まれたまま入ってきた時と同様に丁寧に頭を下げた。
「──いや。わかってるならいい。それよりそれ……」
何故かもう一度ランチバッグを指差して俺に説明を求めてくる。
中身が弁当だということくらいわからないのか?
もしかして金持ちは保冷できるランチバッグなんて使わないのかもしれない。
そう思い至った俺は中に入っているものが何かを告げた。
「これは俺の自作の弁当です。」
そう答えると、寡黙そうな若武者はあきらかに俺の言葉に驚いていた。
「作ったのか?自分で?」
「……はい」
俺が肯定の返事を返すと、余程珍しいらしく、若武者の視線は弁当が入ったバッグに釘付けだ。
手作り弁当が珍しいのか保冷バッグに入れて持ち歩くのが珍しいのか判断付きかねるが、とにかくこの人には俺の行動が衝撃だったらしいことだけはよくわかった。
ここは食堂があるだけでなく、スーパーやコンビニが併設されており、好きなものを手軽に購入して食べることができるため、わざわざ自炊しなくとも充実した食生活が送れる。
俺もスーパーやコンビニを利用するが、昼休みに買いに行くとなると余計な時間がかかってしまうので、利用するのは専ら放課後となっている。
学内には売店もあるが、それは学食の近くにあるため、厄介な連中に遭遇する可能性もあることから俺はまだ一回も利用したことがない。
あまりにも熱心に弁当の入ったバッグに視線を向けてくる若武者に、すっかり困ってしまった俺は、絶対に断られることを確信しながら社交辞令でランチに誘ってみることにした。
「よかったら一緒に食べます?」
当然一緒に食べる気など更々ないが、これで断ってくれれば退散するよいきっかけとなる。
ところが若武者は、少しだけ口角を上げるようにして微笑みながら、無言で頷いたのだ。
俺の目論見は大外れとなり、断られることしか想定していなかった俺は内心酷く狼狽えてしまった。
──親衛隊持ちと二人きりでランチタイム。
誰かに知られてしまった日には、厄介事が更に倍増だ。
俺は自分の迂闊さを呪ったが、もう遅い。
「どうした?」
若武者が俺の顔を覗き込んで心配そうな表情をする。
どうやら俺は後悔やら何やらの気持ちがうっかり表情に出てしまっていたらしい。
「いえ、先輩を誘っといて何ですが、男二人でこの量じゃ足りないなって……」
今更社交辞令だったとも言えないので、俺は咄嗟に思い付いたことを口にした。
普通に考えれば男二人で弁当一個じゃ足りる訳がない。
今日のところはこの先輩に弁当を譲ることにしてさっさと退散しよう!
俺の分はそれこそコンビニで買えばいい。
我ながら名案を思い付いたものだと、思った瞬間。
「心配いらない。コンビニので悪いが、俺が持ってる分もある。半分こしよう」
すかさずそう提案されてしまい、益々嫌とは言えない状況になってしまった。
自分から言い出した以上、もう腹を括るしかない。
俺は仕方なく名前も知らない(知りたくない)先輩と、ランチタイムを過ごすことになったのだった。
初日に生徒会役員から目を付けられ厄介な立場になってしまった俺は、これ以上ヤツらと無駄に接触することを避けるため、一番接触する確率が高い学食や寮の食堂には行かないことに決めた。
お陰で朝晩の食事は自炊、昼は弁当を持参するという羽目になっているが、引きこもり期間中に姉のところで家事全般を引き受けていたことが役に立ったらしく、今のところそれほど苦にはなっていない。
ただ、部屋で食事の準備をしているとやたらと颯真が一緒に食べたがるので、毎回それを断って食堂に行かせるのがひと苦労だ。
今は昼休み。
俺はひとりでゆっくり弁当を食べるため、一目散に目的地へと向かっていた。
転校してきた次の日から毎日少しずつ学園の敷地内を探索した結果、一昨日ついに雑音に煩わされずに静かに過ごせる場所を発見したのだ。
その場所の名前は『旧図書館』。
学園の敷地の中でも一番端に位置しており、校舎から離れているというだけでなく建物も古いことから、現在はほとんど利用さていない場所だ。
俺はそこに併設されているラウンジで昼食を摂った後、誰もいない図書室でどんな本が置かれているのか眺めたり、興味を引かれた本を手にとって見たりしていた。
ちなみに図書館は他に二つあり、ひとつは誰でもが利用できる普通棟に。もうひとつは、許可された人間しか利用できない特別棟にある。
この二つだけで十分図書館の役割を果たしているため、離れた場所にある旧図書館へわざわざ行こうという人間はいないらしい。
訪れる生徒が誰もいないというだけでなく、職員でさえも朝と夕方に鍵を開閉する以外は訪れない場所のため、俺にとっては誰に気兼ねすることもなくのんびりできる最高の場所だ。
旧図書館は木造で確かに建物は古いが、有名な建築家がデザインした希少な建物だけあって、とても蕭洒な造りになっている。
それでいてどこかノスタルジックな雰囲気を持つ建物の中にいると、本当にゆったりとした気分になれ、物凄く癒されるのだ。
俺は今日もウキウキ気分で旧図書館の重厚な造りの木の扉を開け中へと入っていく。
しかし俺が浮かれていられたのも一瞬だった。
建物の扉を開けてすぐのところにあるラウンジのソファーには、昨日、一昨日にはなかった人影が見える。
その人物は本を読んでいたようだったが、いきなり入ってきた俺に驚いて顔を上げた。
俺のほうも当然予想もしていなかった事態に固まってしまい、その結果、入り口に佇む俺とソファーにいた先客は、暫し無言で見つめあうことになったのだ。
相手は制服を着ているのでこの学園の生徒で間違いない。
ネクタイの色は藍色。三年生だ。
キリリと引き締まった表情は若武者をイメージさせる男らしい顔立ちで、醸し出す雰囲気もどこか硬派な印象のその生徒は文句なしのイケメンだった。
──この人絶対"親衛隊持ち"だ。
数秒間のフリーズの後、そう確信した俺は、厄介なことになる前に逃げようと、先に視線を外し、回れ右をした。
すると、それが不自然過ぎたのがいけなかったのか、後ろから先客である若武者風の顔立ちの先輩に声をかけられてしまったのだから最悪だ。
「何故帰る? 何か用があったんだろう?」
先輩相手に無視はマズい。俺は仕方なく立ち止まり振り返った。
「あ、読書の邪魔してすいませんでした。特に用はないです。 静かに弁当食べれる場所探してただけなんで」
丁寧に頭を下げてから再び建物から出ようと扉に向かうと、後ろから若武者がこちらに向かってくる気配がした。
舌打ちしたくなるのをグッとこらえ、俺はあえて気付かない振りをして早足で歩きだす。
しかしあっという間に追い付かれ、腕を掴まれる形で引き留められてしまった。
「……なんですか?」
俺が戸惑いながらそう聞くと、若武者は無言で自分が掴んでいない方の俺の手元をじーっと見た。
その視線の先には俺の手作り弁当が入ったランチバッグがある。
──まさか俺が図書室で食べると思って注意しにきたとか……?
流石に俺だって図書室内で飲食するつもりはない。
かといってこの人がいるラウンジに留まってまで昼食を摂る気にはなれないので、一旦外に出て適当な場所を探すつもりだ。
すると案の定若武者は俺の手元を指差してきた。
「それ……」
俺は若武者の言葉を遮る形で先手を打って説明させてもらう。
「……図書室で食べるのがマナー違反であることはわかっています。そこのラウンジか、奥の談話室ならいいかと思ってやってきたんですが、読書されている方には邪魔でしたね。すみませんでした」
俺は片手を掴まれたまま入ってきた時と同様に丁寧に頭を下げた。
「──いや。わかってるならいい。それよりそれ……」
何故かもう一度ランチバッグを指差して俺に説明を求めてくる。
中身が弁当だということくらいわからないのか?
もしかして金持ちは保冷できるランチバッグなんて使わないのかもしれない。
そう思い至った俺は中に入っているものが何かを告げた。
「これは俺の自作の弁当です。」
そう答えると、寡黙そうな若武者はあきらかに俺の言葉に驚いていた。
「作ったのか?自分で?」
「……はい」
俺が肯定の返事を返すと、余程珍しいらしく、若武者の視線は弁当が入ったバッグに釘付けだ。
手作り弁当が珍しいのか保冷バッグに入れて持ち歩くのが珍しいのか判断付きかねるが、とにかくこの人には俺の行動が衝撃だったらしいことだけはよくわかった。
ここは食堂があるだけでなく、スーパーやコンビニが併設されており、好きなものを手軽に購入して食べることができるため、わざわざ自炊しなくとも充実した食生活が送れる。
俺もスーパーやコンビニを利用するが、昼休みに買いに行くとなると余計な時間がかかってしまうので、利用するのは専ら放課後となっている。
学内には売店もあるが、それは学食の近くにあるため、厄介な連中に遭遇する可能性もあることから俺はまだ一回も利用したことがない。
あまりにも熱心に弁当の入ったバッグに視線を向けてくる若武者に、すっかり困ってしまった俺は、絶対に断られることを確信しながら社交辞令でランチに誘ってみることにした。
「よかったら一緒に食べます?」
当然一緒に食べる気など更々ないが、これで断ってくれれば退散するよいきっかけとなる。
ところが若武者は、少しだけ口角を上げるようにして微笑みながら、無言で頷いたのだ。
俺の目論見は大外れとなり、断られることしか想定していなかった俺は内心酷く狼狽えてしまった。
──親衛隊持ちと二人きりでランチタイム。
誰かに知られてしまった日には、厄介事が更に倍増だ。
俺は自分の迂闊さを呪ったが、もう遅い。
「どうした?」
若武者が俺の顔を覗き込んで心配そうな表情をする。
どうやら俺は後悔やら何やらの気持ちがうっかり表情に出てしまっていたらしい。
「いえ、先輩を誘っといて何ですが、男二人でこの量じゃ足りないなって……」
今更社交辞令だったとも言えないので、俺は咄嗟に思い付いたことを口にした。
普通に考えれば男二人で弁当一個じゃ足りる訳がない。
今日のところはこの先輩に弁当を譲ることにしてさっさと退散しよう!
俺の分はそれこそコンビニで買えばいい。
我ながら名案を思い付いたものだと、思った瞬間。
「心配いらない。コンビニので悪いが、俺が持ってる分もある。半分こしよう」
すかさずそう提案されてしまい、益々嫌とは言えない状況になってしまった。
自分から言い出した以上、もう腹を括るしかない。
俺は仕方なく名前も知らない(知りたくない)先輩と、ランチタイムを過ごすことになったのだった。
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