二度目の人生は、王子のお飾り婚約者

みなみ ゆうき

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3.終わりと始まり③

 もしかしたらここは異世界かもしれないという推測から、ここが異世界だという確信に変わったのは、ラーシュが俺の目の前で魔法を使った時のことだった。

 ラーシュの家に保護されてから一週間が経ち、寒さと疲労とストレスで弱っていた身体がだいぶ回復した頃。
 助けてもらったせめてもの御礼にと、食事を作って振る舞おうとしたことがきっかけだった。

 就職を機に実家を出て一人暮らしをしてからというもの、健康管理や節約のためにも、時間のある時はなるべく自炊をするよう心がけていた。
 手の込んだ料理は極たまにしかしなかったけれど、料理をすること自体は嫌いじゃない。
 それに、多くの異世界ものでもあるように、あまり馴染みのない微妙な味の、料理ともいえない素材そのままに近い食べ物を食べ続けることに、そろそろ限界を感じていた、というのが正直なところだった。
 かといって、料理の知識が豊富なわけでもない俺は、うろ覚えにも程がある知識をなんとか引っ張り出しながら、食事の準備をすることにしたのだが。

 材料を切るために渡されたのは、ゴツいサバイバルナイフのようなもので、包丁と違って馴染みがないものだったせいか、料理をするには扱い難く、うっかり自分の指を傷つけてしまったのだ。

 その様子を見ていたラーシュは、呆れたような表情をしながらも、ケガをした俺の手をとり、ボソリと何かを呟いた。

 すると、淡い光が俺の指を包み込み、その光が消えた時には、痛みだけでなく傷自体も綺麗に消えていた。

 物語の中にしかないと思っていた回復魔法を目の当たりにし、ひどく驚いたのと同時に、心の中では滅茶苦茶興奮していた。

 ──魔法がある世界ということは、俺にも使える可能性がある。

 そう考えたら、すぐにでも試してみたい衝動に駆られたものの、今は調理中。
 そちらの改善も急務だったために、中途半端な真似をするわけにもいかず、その場は一旦保留することにした。

 よくよく考えてみれば、この家で目が覚めた時、不思議なくらいどこにも痛いところはなかった。
 パニックになっていたのと、寒すぎて感覚がなくなっていたせいか、走っている時は必死すぎて痛みなんて感じる余裕もなかったけれど、舗装された道だったわけでもなく、枯れた草や土がむき出しの場所やぬかるんだ地面をずっと裸足のまま走り続けていたのだから、酷い有り様になっていてもおかしくなかった思う。

 あらためて自分の足に視線を向けてみても、傷ひとつ見当たらない。

 たぶん今のように、ラーシュが魔法を使って治してくれたんだろう。

 この一週間でわかったことは、ラーシュは意外に優しいということ。
 銀髪にブルーグレイの瞳で、顔立ち自体が涼やかということもあってか、ぱっと見はクールな印象を受けるが、意外と思ってることが顔に出るし、素っ気ない態度をとっていても、根はすごく優しいのだ。

 あまり笑わないし、俺がコミュニケーションを取ろうとすると、面倒くさそうにするのだが、結局毎回こうしてちゃんと向き合おうとしてくれていた。

 言葉は全く通じないけど、その分些細な表情の変化や、さり気ない仕草から、ラーシュの人となりが伝わってくる気がして、この時の俺は、ツンデレという言葉の意味を理解できた気がしていた。

 ラーシュは、慣れない環境で四苦八苦しながら作った俺の料理をちゃんと食べてくれた。
 終始表情が柔らかかったことから、俺の作った料理が口に合ったらしいことがわかる。

 ほっと胸を撫でおろしながら、俺も自分で作った料理を口にした。
 調味料が足りず、慣れ親しんだ味とは程遠い出来ではあったものの、温かいスープの優しい味がじんわりと身体と心に沁み渡っていく。
 途端に色んな感情が一気に溢れて、涙が止まらなくなった。

 この世界に来てからというもの、自分が置かれている状況すらわからず、漠然とした不安を抱え続けていた。
 ラーシュに話を聞きたくても、言葉が通じないため、それも叶わず。
 くよくよしたところで状況が変わるわけじゃないから、現実をしっかり受け止めて、前向きに過ごさないといけないと思っていた。

 でも本当は。

『…………帰りたい』

 一度言葉にしたらもうダメだった。

 いい歳をした大人が、他人目も憚らず泣き崩れるなんてみっともないと思う余裕すらなかった。

 思わぬかたちで、それまでずっと心の奥に押し込めて見ない振りをしていた感情に向き合うことになった俺は、ラーシュに通じないのを良いことに、ずっと心の中に燻り続けていた気持ちを吐き出した。

『なんで……、どうして俺がこんな目に……! こんなこと、望んだことなかっただろ! なんで俺なんだよ! ふざけんな!』

 ラーシュは、突然泣いたり喚いたりし始めた俺を見て、困ったように眉根を寄せる。
 迷惑だとわかっていても、止められなかった。

 ラーシュはしばらく俺の様子をじっと眺めていたと思ったら、急に立ち上がり、俺を優しく抱きしめてくれた。

『※※※。※※※※※※※※※※※※※※』

 耳元でラーシュの声がする。何を言ってるのかわからないけれど、慰めてくれているらしいことはちゃんと伝わってきた。

 益々涙が止まらなくなった俺は、ラーシュにしがみつき、子供のように泣きじゃくった。

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