二度目の人生は、王子のお飾り婚約者

みなみ ゆうき

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16.魔力の発現と思わぬ展開⑨

 ただのシリルだった時の俺は、全てにおいてあまりにも無関心すぎた。
 それは、毎日息を潜めて過ごすだけで精一杯で他に目を向ける余裕がなかったから、というのが一番の理由だったけれど、自分が呪われた存在だと思っていたことも大きく関係しているだろう。

 これまでこの国のことや世間について教わる機会が全くなかったわけじゃない。
 でもそれを知ったところで、外の世界で暮していけるとは思えなかったし、そういった知識を得ることで、自分は他の人とは違うのだということを思い知るのが怖かったのだ。
 ……正しい知識を身につけなければ、何が正しいか判断できないというのに。

 その結果、自分が住んでいる国の名前すらよくわからない今の俺が出来上がったという訳だ。

 前世の知識があっても、この世界の知識がないのはマズいと思うし、自分で調べようにも文字すらわからない状態なのは、本当に困る。
 この国の識字率がどのくらいかわからないけれど、少なくとも孤児院では読み書きは教えていなかったから、それほど高くはないことは予想できる。

(でも貴族だったら、幼少期からそういうのきっちり学ぶよな……)

 そう考えて、本くらい置いていないかと、家中を探してみたものの、最初に確認したとおり、ろくに物など置いていない状態で、寝室のクローゼットなんて、着替えすら用意されていないため、中身は空っぽだった。

(こっちもどうにかしないとな……)

 俺の知識も含めて足りない物が多すぎて、何からどうすればいいのかわからず途方に暮れる。
 とりあえず、新しい探索魔法のやり方もわかったことだし、気絶前の計画どおり塩を取りにここを抜け出そうかと考えていた矢先、外に人の気配を感じ、動きを止めた。

 形だけのノックの後、すぐに解錠と入り口の扉が開けられる音がした。
 慌ててリビングのほうに移動すると、そこには俺をここに連れてきた執事長の姿があった。
 執事長は俺の姿を見るなり、わずかに目を細める。
 これがどういう表情なのかはわからないが、悪意はなさそうだ。

「失礼いたします。旦那様よりシリル様にお話がございます。すぐにご準備ください」

 準備と言われても何をすればいいのかわからず、キョトンとしてしまう。
 仕度しようにも、今着ているもの以外何もないし、荷物もない。
 他に何かしらの準備があるのだとしても、何も知らない俺にはまるで思いつかなかった。

 憶測で何かをするより、ここは素直に聞いたほうがいいだろう。

「……申し訳ありません。どのような準備が必要か教えてくださいますか? 僕には公爵様とお話するために必要なことが何かわからないのです」

 すると執事長はほんの一瞬、眉間の縦皺を深くした後、じっと俺を見据えた。

「……失礼ながら、お迎えにあがった者から何か説明はございましたか?」

 その言葉で、あの執事見習いが与えられた役目をまるで果たしていなかったのだと理解した。

 告げ口するみたいで卑怯な感じはするけれど、アイツは他にも色々やらかしている可能性があるため、ここでちゃんと正しい情報を得た上で、事実を知ってもらう必要があるだろう。

「……教会まで迎えに来てくださった方からは、僕の格好は公爵家の馬車には相応しくないので、服を全部脱ぐか足元に座るよう教えてもらいました。もしかして、ここでも全てを脱がなければいけないんでしょうか……?」

 あえて、『それがマナーなんですよね?』という感じで無知を装うと、執事長の顔色が変わった。

 手応えがあったことに内心ほくそ笑みながらも、それが目の色に出てしまっていることを考え、両手で頭を覆いながら怯えたように床に蹲る。
 こんなことなら、前髪を下ろしたままのほうが良かったかもしれないなと思いながら、自分なりの迫真の演技を披露する。

「気が付かなくてごめんなさいっ! 間違っても椅子に座ったりしていませんので、痛いことはしないでください!! どうかこのとおり、お願いしますっ!!」

 声を震わせ必死に懇願する俺を見て、何があったのか察したのか、執事長が慌てて駆け寄って来た。

「落ち着いてください。私はシリル様にそのようなことはいたしません」
「……僕、何も知らなくて……、公爵家に相応しくない孤児でごめんなさい。……これから死ぬ気で覚えますので、許してくださいっ……」

 最初はあきらかに演技だったのに、言ってるうちにシリルがこれまで味わってきた悲しみや恐怖が思い出され、本当に泣けてきた。

「どうやらあってはならないことが起こっていたようですね……。こちらこそ深くお詫び申し上げます。その件についてはぜひ後で詳しくお話をお聞かせください。──大変申し訳ございませんが、今は旦那様の指示された時間が差し迫っておりますので、ひとまずお立ちいただけますか?」

 俺は頷くと、目元を拭って立ち上がった。
 瞳が何色になっているか自分でもわからないという怖さがあるため、あくまでもうつむき加減のままでいることを忘れない。

「……ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です。僕は何をすればいいですか?」
「とりあえず、急いで本邸にむかいましょう。──シリル様、失礼いたします」

 執事長は俺の態度を咎めることはなかったどころか、俺をひょいと抱き上げ、大股で歩き出した。

「え、あ……」
「失礼ながら、シリル様の歩く速度では間に合わない可能性がございますので」

 戸惑いを隠せずにいると、執事長に無表情のままそう言い切られ口を噤む。

 俺は転移魔法だったらすぐに着くのにな、と思いながらも、身動ぎせずに大人しくしていた。
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