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17.公爵との面談①
執事長に抱えられて本邸に現れた俺を見て、使用人たちは軒並みギョッとした顔をしている。
何が起こっているのかわからず困惑する人に、あきらかに動揺する人。
出迎えの時は、由緒正しき公爵家の養子に収まった孤児がどんな人間か見てやろうという好奇心と、孤児ごときが最高位の貴族の仲間入りしたことを羨む敵愾心がごちゃ混ぜになっていて居心地が悪かったけれど、この状況もなかなかのものだ。
「あの……、僕、もう歩けますので」
いたたまれなくなってそう申し出ると。
「いえ、このままでお願いいたします」
キッパリと断られ、口を噤む。
執事長には何か考えがあるのだろうが、なんだか見世物にでもなったようで居心地が悪すぎる。
──注目されるのは苦手だ。
身の置きどころがない感じというのは、こういうことだな、なんて思っていると、次に放たれた言葉に凍りついた。
「見せしめのためには、まずは事実をありのままに見せつける必要性がございますので」
俺のことを気にかけてくれているのだと思った後だけに、『見せしめ』という言葉を聞いた落胆と失望は大きかった。
さっきの謝罪は、時間が差し迫っていた場面での、その場しのぎの対応だった可能性もある。
どう解釈すればいいのか迷っていると、執事長は俺の様子に気付いたのか、気遣わしげに視線を落とし、俺にしか聞こえないような声で呟いた。
「……シリル様には今しばらくご辛抱いただきたく存じます」
俺には彼が何を目論んでいるのかよくわからないままだったが、今はその困惑を悟られないよう、ギュッと目を閉じておくことしかできなかった。
◇
「旦那様が指定された時間まで、こちらで少々お待ちください」
その言葉と共にそっと床におろされたところで目を開けた。
足元が予想よりも随分柔らかい感触だったことで一瞬身体のバランスを崩しかけながらも、素早く体勢を立て直し、室内に視線を巡らせる。
歩いたら足が沈む毛足の長い絨毯に、見るからに高そうなソファーとローテーブル。
応接室のようにも思えたけれど、それにしては違和感を感じる部屋だった。
公爵家の応接室にしては少し手狭にも思える広さの部屋は、窓が一切なく四方は壁で、そのうちの一カ所には大きな鏡という特殊仕様だった。
その上、出入口は二重扉という厳重ぶり。
俺の乏しい想像力では、密談か監禁くらいしかこの部屋の用途を思い付かなかった。
(ただの孤児と話すだけにしては、厳重すぎる気もするけど……)
それにしても、ソファーの前側にある壁に掛けられた大きな鏡の用途がわからない。
前世ではとっくに成人していたこともあって、一瞬不適切な想像が頭を過ったが、すぐに頭の隅に追いやった。
ソファーに座って待つわけにもいかず、所在なく立ち尽くしていると、執事長がティーワゴンと共に戻ってきた。
立ったままの俺を見て、ほんの僅かに眉根を寄せる。
「お座りになってお待ちいただいて良かったのですよ」
「あ、はい。すみません」
そうは言われても、教会からここまでの馬車の件もあるし、そもそも俺は他所様の家で、家人に勧められてもいないのに勝手に座るような真似はしない。
おずおずとソファーに座ると、その身体が沈み込みそうなほどの柔らかさも相まって、なんだか心許ない気持ちになってくる。
「どうぞ」
そんな俺の前に、素晴しく香りの良いお茶が差し出された。
匂いからして紅茶っぽいが、異世界だけに全く別物ということもあり得る。
それにどういう意図かはわからないが、さっき『見せしめ』という言葉を聞いた後だけに、警戒するに越したことはない。
執事長が俺から離れた隙に、すかさず使いたい魔法をイメージする。
ぶっつけ本番で挑戦するのは、ゲームや漫画でお馴染みの鑑定魔法。
難しいことをイメージすると失敗しそうなので、スマホのカメラで画像を撮って検索するイメージでやってみた。
すると、カップの上に、
【紅茶(無糖)】
と日本語が表示されたのだ。
魔法が成功したことと、この世界にも紅茶があったことに感動しながら、カップに口をつける。
ひと口飲んで、俺の記憶にあるものより、香りも味も格段に上だと実感したところで、ふとあることが気になった。
「あの、執事長様……」
「シリル様、私のことは『ジェレミー』とお呼びください」
「……ジェレミーさん、あの、」
「本来ならばご注意申し上げなければならないのですが、それは追々ということにいたしましょうか。──はい、いかがされましたか?」
たぶん呼び捨てにしないことについて言われているのだと思うけれど、さすがにそれはすぐにはできないので、気付かない振りをしておく。
「……僕が公爵様とお話する時は、ジェレミーさんも一緒ですか?」
「はい。同席させていただきます」
ジェレミーさんが信用できる人かどうかはひとまず置いておいて、公爵様とこの空間に二人きりとか、ちょっと圧迫面接っぽくて嫌だなと思ったので、その言葉に少しだけほっとした。
その時、壁に掛かっている大きな鏡が淡く光り出す。
「お約束のお時間ですね」
ジェレミーさんが俺の背後に移動するのと同時に、俺も居住まいを正した。
公爵様との初対面に、さすがに緊張を隠せない。
鏡面に人の姿が映し出されたところで、この部屋がどういう場所で、大きな鏡が何のためにあるのか理解した。
何が起こっているのかわからず困惑する人に、あきらかに動揺する人。
出迎えの時は、由緒正しき公爵家の養子に収まった孤児がどんな人間か見てやろうという好奇心と、孤児ごときが最高位の貴族の仲間入りしたことを羨む敵愾心がごちゃ混ぜになっていて居心地が悪かったけれど、この状況もなかなかのものだ。
「あの……、僕、もう歩けますので」
いたたまれなくなってそう申し出ると。
「いえ、このままでお願いいたします」
キッパリと断られ、口を噤む。
執事長には何か考えがあるのだろうが、なんだか見世物にでもなったようで居心地が悪すぎる。
──注目されるのは苦手だ。
身の置きどころがない感じというのは、こういうことだな、なんて思っていると、次に放たれた言葉に凍りついた。
「見せしめのためには、まずは事実をありのままに見せつける必要性がございますので」
俺のことを気にかけてくれているのだと思った後だけに、『見せしめ』という言葉を聞いた落胆と失望は大きかった。
さっきの謝罪は、時間が差し迫っていた場面での、その場しのぎの対応だった可能性もある。
どう解釈すればいいのか迷っていると、執事長は俺の様子に気付いたのか、気遣わしげに視線を落とし、俺にしか聞こえないような声で呟いた。
「……シリル様には今しばらくご辛抱いただきたく存じます」
俺には彼が何を目論んでいるのかよくわからないままだったが、今はその困惑を悟られないよう、ギュッと目を閉じておくことしかできなかった。
◇
「旦那様が指定された時間まで、こちらで少々お待ちください」
その言葉と共にそっと床におろされたところで目を開けた。
足元が予想よりも随分柔らかい感触だったことで一瞬身体のバランスを崩しかけながらも、素早く体勢を立て直し、室内に視線を巡らせる。
歩いたら足が沈む毛足の長い絨毯に、見るからに高そうなソファーとローテーブル。
応接室のようにも思えたけれど、それにしては違和感を感じる部屋だった。
公爵家の応接室にしては少し手狭にも思える広さの部屋は、窓が一切なく四方は壁で、そのうちの一カ所には大きな鏡という特殊仕様だった。
その上、出入口は二重扉という厳重ぶり。
俺の乏しい想像力では、密談か監禁くらいしかこの部屋の用途を思い付かなかった。
(ただの孤児と話すだけにしては、厳重すぎる気もするけど……)
それにしても、ソファーの前側にある壁に掛けられた大きな鏡の用途がわからない。
前世ではとっくに成人していたこともあって、一瞬不適切な想像が頭を過ったが、すぐに頭の隅に追いやった。
ソファーに座って待つわけにもいかず、所在なく立ち尽くしていると、執事長がティーワゴンと共に戻ってきた。
立ったままの俺を見て、ほんの僅かに眉根を寄せる。
「お座りになってお待ちいただいて良かったのですよ」
「あ、はい。すみません」
そうは言われても、教会からここまでの馬車の件もあるし、そもそも俺は他所様の家で、家人に勧められてもいないのに勝手に座るような真似はしない。
おずおずとソファーに座ると、その身体が沈み込みそうなほどの柔らかさも相まって、なんだか心許ない気持ちになってくる。
「どうぞ」
そんな俺の前に、素晴しく香りの良いお茶が差し出された。
匂いからして紅茶っぽいが、異世界だけに全く別物ということもあり得る。
それにどういう意図かはわからないが、さっき『見せしめ』という言葉を聞いた後だけに、警戒するに越したことはない。
執事長が俺から離れた隙に、すかさず使いたい魔法をイメージする。
ぶっつけ本番で挑戦するのは、ゲームや漫画でお馴染みの鑑定魔法。
難しいことをイメージすると失敗しそうなので、スマホのカメラで画像を撮って検索するイメージでやってみた。
すると、カップの上に、
【紅茶(無糖)】
と日本語が表示されたのだ。
魔法が成功したことと、この世界にも紅茶があったことに感動しながら、カップに口をつける。
ひと口飲んで、俺の記憶にあるものより、香りも味も格段に上だと実感したところで、ふとあることが気になった。
「あの、執事長様……」
「シリル様、私のことは『ジェレミー』とお呼びください」
「……ジェレミーさん、あの、」
「本来ならばご注意申し上げなければならないのですが、それは追々ということにいたしましょうか。──はい、いかがされましたか?」
たぶん呼び捨てにしないことについて言われているのだと思うけれど、さすがにそれはすぐにはできないので、気付かない振りをしておく。
「……僕が公爵様とお話する時は、ジェレミーさんも一緒ですか?」
「はい。同席させていただきます」
ジェレミーさんが信用できる人かどうかはひとまず置いておいて、公爵様とこの空間に二人きりとか、ちょっと圧迫面接っぽくて嫌だなと思ったので、その言葉に少しだけほっとした。
その時、壁に掛かっている大きな鏡が淡く光り出す。
「お約束のお時間ですね」
ジェレミーさんが俺の背後に移動するのと同時に、俺も居住まいを正した。
公爵様との初対面に、さすがに緊張を隠せない。
鏡面に人の姿が映し出されたところで、この部屋がどういう場所で、大きな鏡が何のためにあるのか理解した。
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