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本編
42.提案
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「貴様!遅いぞ!!この私を待たせるとは良い度胸だな!!」
応接室の扉を開けるなり、王太子殿下がイライラした様子を隠そうともせずににじり寄ってきた。
思いの外ブライアンのところでのんびりしてから待たせてしまった自覚はあるが、元々約束してないくせに急に押し掛けて来て無茶苦茶な事を言い出したのは誰かということをよく考えて欲しい。
まあ、イライラしてんのは俺のせいだけじゃないんだろうけどさ。
王太子殿下の肩越しにチラリと背後を窺うと、王太子殿下と同じ色彩でありながら全く別の光を湛えてるようにも見えるアメジストの瞳と目が合った。
俺が冒険者ギルドで油を売ってる間に到着していたらしく、ソファーに座っているセドリックの前には既に紅茶が用意されている。
おそらくコリンから連絡があってすぐに最優先でこちらへ向かってきてくれたのだろう。
他の誰かを連れて来ている様子もないので、こちらの希望どおり秘密裏に事を運んでくれるつもりに違いない。
それに王太子殿下のこの様子じゃ、もう軽く説教された後ってとこかな?
それで反省するどころか俺に苛立ちをぶつけて来るあたり、ホントにガキだな……。
俺は目の前の王太子殿下を無視する形でセドリックに声を掛けた。
「セドリック様。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「貴様!私を無視して叔父上に先に声をかけるとは!!」
王太子殿下が益々語気を荒げて俺との距離を縮めてきたが、今は相手にしている時間も惜しいので無視だ。無視。
「コウキ。昨日のことがあったばかりなのにまたしても迷惑をかけるような事になって本当にすまない」
セドリックは俺たちの方へと歩み寄ると、頭半分程背の低い王太子殿下の頭に手を置き、そのまま半ば無理矢理下げさせた。
王太子殿下は明らかに不本意そうだが、どうやらセドリックには逆らえないようで、されるがままになってるのがなんかおかしい。
謝罪の言葉を口にしないところをみると、反省なんてしてないんだろうけど。
「いえ。今日はこうして王太子殿下が来てくださったお陰で私にも多少利になりそうなことがありますので、お気になさらず。
──お約束を守っていただければ、の話ですが」
「約束……?」
セドリックの訝しげな反応と、王太子殿下のばつが悪そうな表情に、俺はまだ王太子殿下が賭けの内容を話していないことを確信した。
「ええ。王太子殿下が今日私を訪ねて下さったのは、勇者だと言われている私と勝負がしたかったからなのだそうです。
最初その話をされた際にはそのような事をお受けするつもりは毛頭なかったのですが、私が勝ったあかつきには王家が所蔵する先代勇者の持ち物を見せていただけるというお話でしたので、この勝負をお受けすることに致しました」
「何ということを……」
セドリックが苦々し気に呟く。
この反応って俺との勝負に対して思うところがあるってことなのか、はたまた王家所蔵の品を勝手に見せるって言っちゃったことに対してなのか……。
……両方だろうな。
特に後者はだいぶマズいんだろうけど、ここでセドリックにも言っとけば約束を反故にされることもないだろう。
「そういう事情ですので実は先程冒険者ギルドに行って、人目につかずに全力で勝負ができそうな場所を提供してもらえるようお願いしてきたのです」
「よし!ではすぐに移動しようではないか!」
やたらと張り切っている王太子殿下対し、セドリックの表情は硬いまま。
でももうやるって決めたし、俺の気分的にはすっかり勝った気でいるからダメだって言ってもやるよ。
っていうかもう十分経つから行かないと。
来ないっていう選択肢はないだろうなと思いつつ一応セドリックにお伺いをたてると、案の定一緒に行くという返事が返ってきた。
よし!じゃあ行きますか!
俺は王太子殿下とセドリックの腕を掴むと、そのまま転移魔法で直接冒険者ギルドへと跳んだ。
◇◆◇◆
「冒険者ギルドへようこそ。王太子殿下。そしてファーディナンド公爵」
ブライアンの部屋に跳んだ俺たちを待ち構えていたのは、この部屋の持ち主と──。
「……宰相閣下」
昨日会ったばかりのこの国の宰相、ジェローム・バートランド。
その宰相様はさっき俺が座っていた場所に座り、険しい表情で王太子殿下の方を見据えていた。
この状況を鑑みるに、つまりブライアンの情報源はこの人だったってことで間違いないだろう。
そんでもってさっきここで妙に引き留められたのは、こうしてこの人が到着するまでの時間を稼ぐためだったってことか。
俺のためにコーヒー豆を探してくれたってことにちょっと喜んでたってのに、やっぱりブライアンは油断できないヤツだ。
「何で宰相がここにいる!?」
王太子殿下は責めるように俺を睨み付けてくるが、俺が呼んだわけじゃないから聞かないで欲しい。
俺だってせっかく穏便に済ませようと思ってセドリックだけに連絡したってのに、あの気遣いってなんだったんだろうってため息を吐きたくなってんだからさ。
さすがにセドリックもこの展開は予想外だったらしく驚いた様子ではあったが、やっぱり王太子より大人なだけあって空気を読んでいるらしく、とりあえずこの状況を静観することにしたようだ。
「私がここにいるのは古くからの知り合いであるブライアンに面白いものが見れるから来いと誘われたからですよ。それがまさかこのような事だとは思いもせず、たった今事情を聞いて仰天しているところです。
──どうやら殿下は昨日陛下が仰っていられたことを全く理解されていないようですね……」
冷ややかに言い放つ宰相様にそれまで威勢のよかった王太子殿下が急に顔色を変えた。
「理解はしている!だが納得は出来ていない!だから私は実際に確かめてみたかったのだ!この者の実力を!!」
この発言を聞いて宰相様は呆れたように深いため息を吐き、ブライアンは完全に面白がってんのかニヤニヤしている。
挙げ句に。
「危険だからやるなって言われても、自分が痛い目みないとわかんないんだから、好きにさせればいいと思いますよ?
コウキに無理強いしてるわけでもないんだし」
余計なこと言いやがった。
途端に宰相様の矛先がこっちに向く。
「コウキさん」
「……はい」
「コウキさんがあえて結果がわかりきっている事に時間を割くということは、それをするだけの価値があるということですよね?」
さすがは宰相様。俺の性格読まれてる。
「……そうですね」
俺が価値があると認めた内容がなんだったのかはこの場で言わない方がいいだろう。
宰相様もそれを察してくれたらしく、敢えてスルーしてくれた。
その代わり。
「じゃあ、サクッとやっちゃって下さい」
物凄くいい笑顔で物騒な事を言い出した。
この場合、『やっちゃって』って『殺っちゃって』ってことじゃないよな?
軽ーくコテンパンにしろって事か?
コテンパンって状態が軽いのかはわからんけど。
「サービス料金、弾みますよ。
──そうですね。例えばある地域でしか取れない嗜好品を王都に流通させる許可をいち早く出す、とか」
……この二人、ホントつうつうだな。付き合ってるって言われても納得するぞ。
表情を動かさずに視線だけをブライアンのほうに向けると、ブライアンは心なしか得意気な表情をしている。
さっき念願のコーヒー豆を手に入れた嬉しさのあまり、流通の話しちゃったしな……。
俺はちょっとだけ考えるふりをする。
あくまでも『ふり』。だってもう答えは決まってるし。
確かに今出された条件も悪くはない。
今まで王都に無かったものを地方から流通させて販売するには国の許可がいるのだ。それが結構面倒な手続きを踏まなきゃなんなくて、時間もかかるしその申請をするだけでもそれなりの費用がかかる。
おかしなものが王都に持ち込まれたり、流通したりしないようしっかりとした人間や組織の下で管理させるのが目的のシステムなんだろうけどさ。極端な話、こんなことしてたら物によっては売り時を逃すことになりかねないし、どうしても金を持ってるヤツの独占販売になるから新しい文化が生まれにくいっていうデメリットがあるのは俺も気になってはいたんだ。
それを短縮できれば確かにありがたいんだろうけどさぁ。
でも俺の場合、そういうのに直接関わる気はないし、今回みたいに個人で楽しむ分を持ってくるには何の問題もないから、あんまり旨味はないんだよな。残念。
「その件も含めて返事は保留ってことで。じゃあそろそろ移動しましょうか」
あっさり流して次のアクションに入った俺に、つうつうの二人が全く同時に目を眇める。
きっと当てが外れたとか思ってるんだろう。
もらったカードはここぞという時に大事に使うのが俺なんだ。
自分で何とか出来る範囲のことに使うなんて絶対にしたくないからさ。
応接室の扉を開けるなり、王太子殿下がイライラした様子を隠そうともせずににじり寄ってきた。
思いの外ブライアンのところでのんびりしてから待たせてしまった自覚はあるが、元々約束してないくせに急に押し掛けて来て無茶苦茶な事を言い出したのは誰かということをよく考えて欲しい。
まあ、イライラしてんのは俺のせいだけじゃないんだろうけどさ。
王太子殿下の肩越しにチラリと背後を窺うと、王太子殿下と同じ色彩でありながら全く別の光を湛えてるようにも見えるアメジストの瞳と目が合った。
俺が冒険者ギルドで油を売ってる間に到着していたらしく、ソファーに座っているセドリックの前には既に紅茶が用意されている。
おそらくコリンから連絡があってすぐに最優先でこちらへ向かってきてくれたのだろう。
他の誰かを連れて来ている様子もないので、こちらの希望どおり秘密裏に事を運んでくれるつもりに違いない。
それに王太子殿下のこの様子じゃ、もう軽く説教された後ってとこかな?
それで反省するどころか俺に苛立ちをぶつけて来るあたり、ホントにガキだな……。
俺は目の前の王太子殿下を無視する形でセドリックに声を掛けた。
「セドリック様。わざわざご足労いただきありがとうございます」
「貴様!私を無視して叔父上に先に声をかけるとは!!」
王太子殿下が益々語気を荒げて俺との距離を縮めてきたが、今は相手にしている時間も惜しいので無視だ。無視。
「コウキ。昨日のことがあったばかりなのにまたしても迷惑をかけるような事になって本当にすまない」
セドリックは俺たちの方へと歩み寄ると、頭半分程背の低い王太子殿下の頭に手を置き、そのまま半ば無理矢理下げさせた。
王太子殿下は明らかに不本意そうだが、どうやらセドリックには逆らえないようで、されるがままになってるのがなんかおかしい。
謝罪の言葉を口にしないところをみると、反省なんてしてないんだろうけど。
「いえ。今日はこうして王太子殿下が来てくださったお陰で私にも多少利になりそうなことがありますので、お気になさらず。
──お約束を守っていただければ、の話ですが」
「約束……?」
セドリックの訝しげな反応と、王太子殿下のばつが悪そうな表情に、俺はまだ王太子殿下が賭けの内容を話していないことを確信した。
「ええ。王太子殿下が今日私を訪ねて下さったのは、勇者だと言われている私と勝負がしたかったからなのだそうです。
最初その話をされた際にはそのような事をお受けするつもりは毛頭なかったのですが、私が勝ったあかつきには王家が所蔵する先代勇者の持ち物を見せていただけるというお話でしたので、この勝負をお受けすることに致しました」
「何ということを……」
セドリックが苦々し気に呟く。
この反応って俺との勝負に対して思うところがあるってことなのか、はたまた王家所蔵の品を勝手に見せるって言っちゃったことに対してなのか……。
……両方だろうな。
特に後者はだいぶマズいんだろうけど、ここでセドリックにも言っとけば約束を反故にされることもないだろう。
「そういう事情ですので実は先程冒険者ギルドに行って、人目につかずに全力で勝負ができそうな場所を提供してもらえるようお願いしてきたのです」
「よし!ではすぐに移動しようではないか!」
やたらと張り切っている王太子殿下対し、セドリックの表情は硬いまま。
でももうやるって決めたし、俺の気分的にはすっかり勝った気でいるからダメだって言ってもやるよ。
っていうかもう十分経つから行かないと。
来ないっていう選択肢はないだろうなと思いつつ一応セドリックにお伺いをたてると、案の定一緒に行くという返事が返ってきた。
よし!じゃあ行きますか!
俺は王太子殿下とセドリックの腕を掴むと、そのまま転移魔法で直接冒険者ギルドへと跳んだ。
◇◆◇◆
「冒険者ギルドへようこそ。王太子殿下。そしてファーディナンド公爵」
ブライアンの部屋に跳んだ俺たちを待ち構えていたのは、この部屋の持ち主と──。
「……宰相閣下」
昨日会ったばかりのこの国の宰相、ジェローム・バートランド。
その宰相様はさっき俺が座っていた場所に座り、険しい表情で王太子殿下の方を見据えていた。
この状況を鑑みるに、つまりブライアンの情報源はこの人だったってことで間違いないだろう。
そんでもってさっきここで妙に引き留められたのは、こうしてこの人が到着するまでの時間を稼ぐためだったってことか。
俺のためにコーヒー豆を探してくれたってことにちょっと喜んでたってのに、やっぱりブライアンは油断できないヤツだ。
「何で宰相がここにいる!?」
王太子殿下は責めるように俺を睨み付けてくるが、俺が呼んだわけじゃないから聞かないで欲しい。
俺だってせっかく穏便に済ませようと思ってセドリックだけに連絡したってのに、あの気遣いってなんだったんだろうってため息を吐きたくなってんだからさ。
さすがにセドリックもこの展開は予想外だったらしく驚いた様子ではあったが、やっぱり王太子より大人なだけあって空気を読んでいるらしく、とりあえずこの状況を静観することにしたようだ。
「私がここにいるのは古くからの知り合いであるブライアンに面白いものが見れるから来いと誘われたからですよ。それがまさかこのような事だとは思いもせず、たった今事情を聞いて仰天しているところです。
──どうやら殿下は昨日陛下が仰っていられたことを全く理解されていないようですね……」
冷ややかに言い放つ宰相様にそれまで威勢のよかった王太子殿下が急に顔色を変えた。
「理解はしている!だが納得は出来ていない!だから私は実際に確かめてみたかったのだ!この者の実力を!!」
この発言を聞いて宰相様は呆れたように深いため息を吐き、ブライアンは完全に面白がってんのかニヤニヤしている。
挙げ句に。
「危険だからやるなって言われても、自分が痛い目みないとわかんないんだから、好きにさせればいいと思いますよ?
コウキに無理強いしてるわけでもないんだし」
余計なこと言いやがった。
途端に宰相様の矛先がこっちに向く。
「コウキさん」
「……はい」
「コウキさんがあえて結果がわかりきっている事に時間を割くということは、それをするだけの価値があるということですよね?」
さすがは宰相様。俺の性格読まれてる。
「……そうですね」
俺が価値があると認めた内容がなんだったのかはこの場で言わない方がいいだろう。
宰相様もそれを察してくれたらしく、敢えてスルーしてくれた。
その代わり。
「じゃあ、サクッとやっちゃって下さい」
物凄くいい笑顔で物騒な事を言い出した。
この場合、『やっちゃって』って『殺っちゃって』ってことじゃないよな?
軽ーくコテンパンにしろって事か?
コテンパンって状態が軽いのかはわからんけど。
「サービス料金、弾みますよ。
──そうですね。例えばある地域でしか取れない嗜好品を王都に流通させる許可をいち早く出す、とか」
……この二人、ホントつうつうだな。付き合ってるって言われても納得するぞ。
表情を動かさずに視線だけをブライアンのほうに向けると、ブライアンは心なしか得意気な表情をしている。
さっき念願のコーヒー豆を手に入れた嬉しさのあまり、流通の話しちゃったしな……。
俺はちょっとだけ考えるふりをする。
あくまでも『ふり』。だってもう答えは決まってるし。
確かに今出された条件も悪くはない。
今まで王都に無かったものを地方から流通させて販売するには国の許可がいるのだ。それが結構面倒な手続きを踏まなきゃなんなくて、時間もかかるしその申請をするだけでもそれなりの費用がかかる。
おかしなものが王都に持ち込まれたり、流通したりしないようしっかりとした人間や組織の下で管理させるのが目的のシステムなんだろうけどさ。極端な話、こんなことしてたら物によっては売り時を逃すことになりかねないし、どうしても金を持ってるヤツの独占販売になるから新しい文化が生まれにくいっていうデメリットがあるのは俺も気になってはいたんだ。
それを短縮できれば確かにありがたいんだろうけどさぁ。
でも俺の場合、そういうのに直接関わる気はないし、今回みたいに個人で楽しむ分を持ってくるには何の問題もないから、あんまり旨味はないんだよな。残念。
「その件も含めて返事は保留ってことで。じゃあそろそろ移動しましょうか」
あっさり流して次のアクションに入った俺に、つうつうの二人が全く同時に目を眇める。
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