【R18】君に触れる、全てのものから

すぐる

文字の大きさ
73 / 144
第1部

消したい意識

聞こえる筈のない沢海の声が微かに耳元に届き、その切羽詰まった声音に宮原は鉛のように重い目蓋をゆっくりと開けた。
宮原は数回、瞬きを繰り返すと一瞬遅れて視線を上げ、茫洋とした感覚のまま戻らない周囲を見渡した。

宮原の背中を掻き抱く沢海の両手の熱さが伝わり、宮原の冷え切った体温を上げていく。
沢海の温かい腕の中に抱かれ、その力強い抱擁に宮原の目元が柔らかく緩んだ。

激しい目眩に襲われ、視界が二重に霞むが沢海の輪郭を捉えると宮原は薄く笑む。

だが、弛緩した身体が僅かに身動いだ瞬間、左膝の鈍い痛みと吐き気を覚える程の頭痛に呼吸を詰めてしまう。

沢海も押し殺した溜息が僅かな安堵を孕ませてはいるが、同時に声もなく息を呑んだ。

「ーーー宮原……」

沢海の乾いた声音が反響し、宮原は沢海からの視線を外すことが出来ず、そのまま黙って見つめ返したまま様子を伺っていた。

「……そ・・・み……せんぱ……い・・・」

沢海の眸は薄暗い室内でも薄い飴色に光り、光彩の加減でカラーコンタクトを付けているようにさえ見える。
淡い色相の中に何者にも屈しない強かな意志が垣間見え、その真っ直ぐな眼差しに囚われると逸らす事が出来なる。

すると、沢海の整然とした切長の目が不規則に変わり、眉間に深く皺が寄せられていく。
歪められた表情でさえも、宮原は沢海のその眸に吸い込まれ、目を眇めた。

この一瞬にさえ永遠を感じ、このまま時間が止まって欲しいとさえ思う。

宮原の睫毛に絡み付いていた涙が瞬きと同時に零れ、頬を伝う。

「ーーーう…そ・・・つ、き…」
「…え?」

考えるよりも先に吐き出てしまった自分の声音の細さに、宮原はこれ以上無意識な言葉を続けないように、狼狽えながらも口元を手で押さえた。

混乱する自分自身が何を話すのかも分からなくなり、落ち着かせる為に呼吸をゆっくりと吐き出す。

握り締めた手の中に汗が滲み、過度な力が指先に籠る。
知らずに緊張をしていた目蓋が、目の上で僅かに痙攣をする。

時間の経過とともに激しい頭痛が宮原を襲い、あまりの苦痛に何度も嘔吐を催すが、抱き寄せられた沢海の心音が宮原の左耳から聴こえ、身体を落ち着かせる。

胸に手を当て深呼吸を繰り返すと宮原は見えない仮面を付け、自ら身体を起こし、沢海に笑い掛けた。

「ーーーあ……あの……すみません……
あの……トレーニング後で……
シャワーも浴びなかったから。
ーーー顔、洗っていたんですけど・・・
頭の中にまで砂が入っていたから、そのまま、洗ってしまって……
ーーー先輩、校門で待っているって言っていたのに連絡していなくて…
…ごめんなさい…」

決して沢海と視線を合わせず、下を向いて話す宮原は、何を窺っている訳でもないが饒舌に言い訳を話した。
だが、沢海に伝えることだけ伝えると直ぐに言葉に詰まり、緊く口を閉ざしてしまう。

宮原の少し長めの前髪が表情を隠し、その隙間から見える眸は水を湛えたまま鈍く曇っている。
夕暮れの陰影によって、蒼白な顔色は紙のような白さに染め、濡れた黒髪をより一層際立たせた。

宮原は慣れない嘘を吐露してしまい、この場を適当に誤魔化す演技でさえ、ぎこちなく体現してしまう。

沢海を見つめ返す視線でさえも彷徨わせ、落ち着かずに何度も視線を切り返してしまい、その稚拙な仕草に沢海は嘆息する。

俯く宮原の傍らに沢海は身体を寄せると、両頬を包み込み込みながら宮原の顔を上げた。

「ーーー違う、よね……
目……赤いよ……
何で・・・
ーーー何で、泣いていたの?」

真正面から沢海に顔を覗き込まれ、その眸の奥にある純粋で汚れのない色の鮮明さを受け止められず、宮原はまた目を逸らしてしまう。
何にも染まらない無色透明に透き通る視線に見詰められると、自分自身が一層に汚れた存在に見えてしまう。

必死に隠し通していた醜悪を沢海に曝け出してしまいそうで、宮原は静かに口を噤んだ。

「本当の事、言えよ…
ーーーどうしたんだよ…
何が…何があったんだ?
ーーーオレだと、話しにくい?……」
「……そんな事、ない……
ない、けど……」
「ーーー宮原。
オレにまで、嘘、吐かなくてもいいだろ?
何があったんだ?
ーーー言えよ…」

明らかに普段の様子とは違う宮原に焦れる沢海が、宮原の胸元を掴み上げ、強制的に視線を上げさせる。
沢海の声音は腹の底で押し殺したように低く、辛うじて冷静さを装ってはいるが、明らかに呻吟を孕んでいた。

至近距離で全てを見透かされそうになり、身勝手に隠蔽しようとしていた嘘を暴かれしまう恐怖に宮原は震えた。

宮原はこれ以上、自分の汚れた身体を沢海が触れる事がないように引き攣った笑いを浮かべながら、そっと手を重ねて引き離そうとする。
自分の手の震えを沢海に悟られないように緊く手を握り締め、顕在化させられていく意識を押し留める。

「…沢海先輩・・・
苦しい……苦しいって……
何も…ない。
ーーー本当に何もないよ……」
「嘘、吐くなよ…
何で、オレに嘘なんて吐くんだよ…
そんな見え透いた嘘なんて吐くなよ…
…なんで・・・
なんでそんな事、言うんだよ!
ーーー宮原!
宮原っ!」
「ーーーもう、大丈夫だから!
もう、いいだろ…
もういいんだって!」

針のように突き刺さる沢海の言葉に宮原は声を荒げてしまう。

ーーー嫌われたくない。
沢海先輩に対して嘘を吐きたくない。
ーーー嫌われたくない。
沢海先輩を裏切る行為はしたくない。
ーーー嫌われたくない。

何かを欲する事を考えないくらい、何もかも壊れてしまえば、どんなに簡単な事なんだろう。

何もかも壊れて、何もかも失って、何もかも消えてしまえば、何も考えなくて済むのだろうか。
自分自身が求める事を止めてしまえば、自分自身が欲する事を止めてしまえば、囚われる形もなく溶けてしまえるのだろうか。

自分の手で自分の大切な人を傷付ける事がないように、自分1人だけが傷付くという正しい選択をしている筈なのに、どうして拗れてしまうんだろうか。

何が正しくて、何が間違えているんだろうか、分からない。
何が正しくて、何が間違えているんだろうか、分かりたくない。

『……沢海先輩……』

差し伸べられた手を振り払うような拒絶をするしかこの現状を受け入れる事が出来ない宮原は、目の奥が痛む感覚を堪える。

自分が頭の中で考えている事と、自分の身体が求めている事との相違に戸惑い、自分自身でさえどうすればいいのか分からなくなっている。

不穏な感情を拭い去るように宮原を追い詰め、胸元を圧迫していた沢海の手がだらりと垂れ下がる。
自分の身体から離れていく沢海の指を宮原は黙って見詰めた。

「宮原…
ーーーオレ……
オレの事……
そんなに信用ない?
……嘘、吐くくらい、信用出来ない?」

上擦るような沢海の言葉に宮原は声を失い、自分の胸元でギュッと手を握り締めた。

『……違う……』

他の誰よりも沢海先輩の事を信用して、他の誰よりも沢海先輩の事を信頼している。

自分にとって唯一の変わる事がない存在は沢海先輩ただ1人だけなのに、このまま自分の手から離れてしまうのだろうか。

沢海先輩しか欲しくないのに、沢海先輩以外は何も欲しくないのに、沢海先輩の存在を求めてしまうのは許されない事なんだろうか。

自分の事だけを考えてしまったばかりに沢海先輩を深く傷付けたまま見失ってしまうのだろうか。

ーーーどうしたらいい?
手を伸ばして触れたい。
ーーーどうしたらいい?
目を見つめて話したい。
ーーーどうしたらいい?

沢海は宮原との距離を少し取ると自分の足元に視線を落とし、表情を固く強張らせると冷たく視線を外した。
伏せられた沢海の視界の中で、自分が消えてしまう事に不安に駆られてしまう。

宮原から離れていく沢海の体躯が僅か数センチでもその距離を永遠に感じ、触れられない身体に寂しさを抱いた。

『……沢海先輩……」

沢海が宮原から隔て思うような行為に我慢出来ない涙が勝手に目を伝い、宮原は唇を噛み締めた。
宮原は肩で呼吸を繰り返すと嗚咽が漏れ、何度も何度も腕で止まらない涙を拭う。

沢海は泣いている宮原の顔を滑る涙を拭う事はせずにただずっと静かに見守り、宮原からの言葉を、宮原からの行為を待った。

それでも尚、頑なに何も話そうとしない宮原は首を横に振り、祈るように胸の中央で手を合わせる。

「…何で泣くんだよ…
泣いているだけじゃ、分かんないだろ?
言えよ……
ーーー言えって!
何があったんだよ!
そんなにオレに言えない事かよ!」

ーーー沢海先輩にこんな事言いたい訳じゃない。
ーーー沢海先輩にこんな事言って欲しい訳じゃない。

「ーーー宮原……
オレにまで…泣くくらいな嘘なんて・・・
吐くんじゃねーよ…」

押し殺したような沢海の声音が伝えたくない、伝わらない感情を乗せ、震える。

もう宮原はーーー限界だった。

「ーーー嘘を……
嘘を吐いているのは、先輩の方だろ!」


感想 1

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。