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5. 華燭と猜疑
しおりを挟むエルンストの予想に反し、二人の結婚式は帝国を挙げて盛大に行われた。それは、アトラネプタル帝国の力を内外に示すための〝見せつけ〟でもあった。
帝国はフェンリュクス王国を属国化したいがために政略結婚を強行したのだ、そんな噂が両国の民の間で囁かれているのも、無理はなかった。華やかな式の背後に流れる冷たい視線が、それを物語っている。
結婚式は帝国の教会で、帝国式に則って執り行われた。
エルンストは純白のタキシードに身を包み、艶やかな金髪をオールバックに撫でつけている。その姿は一分の隙もなく整えられ、気品と華やかさを兼ね備えていた。帝国一の美男子と称されるのも、なるほど納得の美しさだと参列者たちが息を呑む。
フェンリュクス王国では男同士の結婚も珍しくなく、場合によっては男性がドレスを纏うこともあるという。だがエルンストは「それだけは勘弁してほしい」と事前に念押しし、式と宴での衣装は双方ともタキシードもしくは礼装に統一するよう要望を出していた。
とはいえ、華やかな式に相応しく、フリルの胸元飾りや袖のレース、繊細な銀の刺繍などは妥協の産物として取り入れている。その折衷の塩梅さえも、彼の完成された美貌と完璧主義のセンスで、品格へと昇華されていた。
一方のローガンは、フェンリュクス王国の格式ある礼装を纏って現れた。
深い黒と銀を基調とした上衣は、騎士団長としての品位と威厳を湛え、肩にはヴァルトシェイド公爵家の紋章を刺繍した銀糸のマントが流れている。胸元の留め具には、騎士団の象徴である双頭狼の徽章が飾られ、彼がただの貴族ではなく、軍を率いる男であることを静かに誇示していた。
銀灰色の髪はひとつに結い上げられ、戦場では見せぬ整った装いの中にも、鍛えられた肉体と鋭利な眼差しが覗く。鋭い耳と曖昧に揺れる尻尾が、獣人という存在の特異性を際立たせながらも、なぜか全体の調和を崩していない。むしろ、それらが彼という存在をより鮮やかに彩っていた。
二十五歳というその年齢にそぐわぬ重厚な存在感に、エルンストは圧倒される。自身がその年齢になっても、きっと彼のようにはなれないだろう。
────この、美しい男が、自分の夫になるのか。
ローガンの姿を改めて見たエルンストは言葉を失い、視線が釘付けになる。
緊張や困惑とはまた別の、説明しがたい熱が、胸の奥でふつふつと沸き上がるのを感じていた。
「エルンスト」
突然名前を呼ばれ、現実に戻された気がした。
「……あ、ああ……すみません……」
慌てて返事をすると、ローガンの表情が微かに緩んだように見えた。その顔は普段の鋭い眼差しとは違い、どこか柔らかい印象に思えた。
式は滞りなく進んだ。誓いの言葉や指輪の交換が進むにつれ、エルンストの胸にある感情が徐々に形を変えていく。これからこの人と生きていくのだ──そう考えると、覚悟と共に、ぼんやりとした不安や戸惑いも押し寄せてくる。
少し前まで、王国に嫁ぐことを面白そうだと余裕ぶっていたのに、この有様にがっかりする。自分はもっと強い男だったはずだ、エルンストは自身にそう言い聞かせた。
そして、最後の誓いの口付けの場面がやってきた。ローガンの大きな手がエルンストの肩にそっと触れる。温かい手の感触に、エルンストは身体が強張るのを感じた。
目を閉じると、鼓動が尋常ではない早さで鳴っているのが分かる。緊張なのか、それとも期待なのか自分でも答えが出せない感情だった。
ローガンの顔が近づいてくる気配。唇に触れる柔らかな感触はほんの一瞬の出来事だった。触れたか触れないかの微かなキス。だが、それでも十分すぎるほどに、二人が結ばれたことを実感させるものだった。
そっと目を開けると、ローガンは一言も発さないまま静かにエルンストを見つめている。その瞳には、いつものように何かを探るような色が浮かんでいた。
結婚式は問題なく終わり、続いて開かれた祝賀の宴には、帝国とフェンリュクス両国の重鎮たちが顔を揃えていた。
絢爛な装飾が施された広間には金と絹が溢れ、音楽と笑い声が飛び交っている。だが、その空気はどこか張り詰めており、交わされる視線の裏には探りと計算が渦巻いていた。
ローガンは無表情のまま、次々と寄ってくる賓客たちに的確な挨拶を返していた。
獣人である彼を前に、帝国の貴族たちが見せるのは、敬意とも侮蔑とも取れる微妙な笑み。そしてフェンリュクスの者たちはというと、彼らの公爵が〝帝国の男娼〟でも連れてきたかのような目でエルンストを見ていた。
そんな両国の視線の狭間で、エルンストは内心で盛大に舌打ちしながら、完璧な笑みを浮かべ続けていた。
「帝国の威光がフェンリュクスにも広まれば、両国の関係はますます盤石になるでしょうな」
そう言って帝国の外交官がローガンと固く握手を交わす。その言葉の裏にある勝ち誇ったような高慢さを、エルンストは黙って飲み込んだ。
皇帝は終始上機嫌だった。エルンストとローガンの結婚に満足しているのが態度から見て取れる。この結婚を契機に、フェンリュクスを完全に属国化するという野心が隠されているのは明白だった。
一方で、フェンリュクス国王は多忙を理由に式には参列せず、代わりに夫妻は祝辞の書状と記念品を賜った。それは形式的な礼儀であり、一国の王がおいそれと帝国に来ることはない。ただし実際は「帝国に屈したわけではない」というささやかな抵抗の意思表示も含まれている。だが、そんな意地がどれほどの意味を持つというのか。
属国扱いのフェンリュクス。下賜された花嫁。
薄氷の上に立つような結婚の舞台に立たされたエルンストは、最早飾りにすらならない自分の存在が、酷く滑稽なものに思えていた。
ふと隣に立つローガンを見た。彼は無表情のまま周囲を見渡している。その鋭い眼光がこちらに向けられることはない。それが寂しいような、ほっとするような複雑な感情を抱えながら、エルンストはひっそりと息を吐いた。
────この人は今、何を考えているのだろう。
ローガンは誰に対しても冷静でありながら礼儀正しく、そして何より一切の隙を見せなかった。
差別や偏見を撥ね返すようなその眼差し。貴族たちの言葉の奥に潜む敵意に気づいていながら、それらを無力化する威厳と存在感。
まるで全てを遮る盾のように、ローガンは一言もなく、しかし確かにエルンストの前に立ち続けていた。
その姿が、思いがけずエルンストの胸を締めつける。
守られている、と感じるのは悔しく、そして少し、嬉しかった。
エルンストは彼に何を言ったら良いか、正解を知らない。
針の筵になるのは慣れている、そんなに気を遣わなくていい、むしろ貴族たちとやり合うのは得意だ。あなたも好きに振る舞ってくれ。
自分でも可愛くない生意気な言葉しか浮かんでこなくて、どれも違うような気がしたし、それを口にしていいのかも分からない。
結局何も言えずに、ただ静かに彼の横顔を見つめることしかできない自分が、エルンストは歯痒かった。
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