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第16話 Where Sleep is Rest

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『奴ら、最近妙なものを発明したらしい』
 金髪の青年が、向かいあっている男に話しかける。
『妙なもの?』

 ――なんだ? これは――

 研究所に戻ってきたサトシの頭の中に、身に覚えのない記憶が流れ込んでくる。室内は未来風、青年たちの服装も未来風。まるでSF映画だ。

 なにもかも初めて見るものばかりだった。だが一つだけ、見覚えのあるものがあった。

『なんでも、人間を兵器運用するためのパラサイトだと。そいつに寄生されると、命令のままに動く殺人マシーンになっちまうそうだ』

 金髪の青年は、電子タバコのようなものを吸い込んだ。口内が、甘い煙でいっぱいになったような感覚を覚える。

 青年は、毛先にカールがかかっている髪を、後ろでひとつに縛っていた。肩にかかるかかからないかという長さであるため、結ぼうと思えば結べるようだ。

 サトシは、この金髪の青年に、見覚えがあった。

 ――奴の、記憶か? ――
「ここは、何処だ」

『なんで俺にそんな話をするんだ』
 話しかけられた男が疑問を呈した。それに対し、金髪の青年はこう返す。

『もし捕まるようなことがあれば、改造されて殺人マシーンになるかもしれないってことだ』
 金髪の青年は、深刻そうな表情になる。

 ――何の話をしているんだ! ――
「だから、ここは何処だと聞いている」

『もし俺がそうなったら、もう既に俺は俺じゃない。だから殺してくれ。お前を殺す前に』

「聞いてるのか。 サトシ」
「ああああああああああ!!!」

 サトシは悲鳴を上げた。


***

 ――伊原邸。

「ジェイの『血の契約』が切れた」
「ということは……」
「奴は、死んだ」

 アサトは、ゲンジロウを安全な場所に逃がしたあと、龍崎宅へ戻った。だが、そこにはジェイの姿はなかった。
 その時点で、アサトは嫌な予感はしていたのだが。

「ということは、奴の力が連中に渡ったということではありませんか。これは、非常に危機的な状況では……」

 アサトは、焦燥感を覚える。それに対し、ウラトは落ち着きはらっていた。

「だから、手は打ってあると言っておろうが」
 ウラトはニヤリと笑った。



 ――ミドリ製薬研究所。

「321号はまだ眠っているの?」
「はい」

 研究所の主任であるモリノ=イリナは、目の前にいるシラユリ=カノコという研究員に話しかけた。

「なんでも、大暴れした後、眠りに落ちたって話だけど」
「はい。なんでも昨日、『連続人体爆発事件』の犯人を吸血したそうです」

「犯人、ねぇ……」

 サトシ――研究所では321号と呼ばれている――には、吸血した相手の記憶を得る能力がある。それだけではなく、相手が、なんらかの特殊能力があれば、それを得ることも可能だ。

 だが、如何せん『特殊能力』を持っている人間などというものは、そうそういやしない。だからか、これに関しては不明瞭な点が多いのだ。

 おまけに、今回は人体を爆発させるような力を持った人間を吸血している。精神になんらかの影響があっても、おかしくないだろう。

 そもそも、吸血した相手は人間と呼べる存在だったのか? サトシと同じくヴァンパイアか? それとも……。

「それにしても、眠ってくれて助かったわ。ただでさえ持て余してたのよ。これ以上強くなってごらんなさい。
 おまけに、暴れられでもしたら、ここは間違いなく消滅するわよ。そうなったら、揉み消すのは無理でしょう」

「消滅したら、揉み消す必要はないんじゃないですか?」
「それもそうね……て、洒落にならないわよ」

 イリナは溜息をついた。
「このまま、誰かが持ち去ってくれればいいのに……」



 今しがた、イリナと話をしていたカノコは、トイレに向かっている。
 カノコは一人になりたかった。だが、研究所内で一人になれるところが、トイレしか思い浮かばなかったのだ。

 周囲を見回し、誰も居ない事を確認する。個室に入ると、人差し指を眉間に当てた。眉間の人差し指に意識を集中させながら、独り言を口にする。

「イハラ 。今、ジェイを吸血した奴は眠ってるよ」
『そうか』

 カノコの頭の中に、ウラトの声が響いてきた。テレパシーである。

「で、どうするの?」
『奴を連れ出す、ということは出来そうか?』
「モリノは手放したがってるよ」
『そいつは主任だ』

「モリノ曰く、所長も手を焼いてるみたい。なにせ、研究員が二人も殺されてるからね」

『成程な。もしかしたら、そっちの方でも協力してくれるかもしれん。
 殺された研究員についてだが、一人の方は調べがついた。なんでも、内部告発するつもりだったそうだ』

「内部告発を阻止するために殺した、ってこと?」
『そこはまだわからん。ただ、家族がそういう話をしていた。だから、万が一を考え、余が、その家族を保護している』

「もう一人は?」
『こっちはだ。研究所でなにをやってるのかを考えたら、特段驚くことでもない』

「ところで、なんでそんな話したの?」
『ここの研究員は、むしろ、そいつがいなくなってくれた方が助かる、という話だ』

「ふーん。アタシは別にどうでもいいけどね。まぁ、カナにしたら、何かあったら嫌なんだろうけど」

 カノコはテレパシーを終え、トイレから出ていった。



 ――伊原邸。

「ウラト様。先程のは……」

「『協力者』だ。余は協力者と『血の契約』を交わしたのでな。本社から少し離れたところに、ミドリ製薬の研究所がある。そこに協力者を潜入させておる」

「研究所、ですか。『本社から離れたところ』というのは……」
「事故が起こったとなると、色々と面倒なことになると踏んだ。だからあえて、別に研究所を設けたのであろう」

「本社と離れてるとはいえ、警備は厳重であることに変わりはありません……どのようにして、潜入させたのですか?」

「余をなんだと思っておる。余は、日本を牛耳る闇の支配者だぞ。ミドリ製薬は天下り先でもある。余の息のかかったものを、そこに滑り込ませておるのだ」

「そういうことでしたか……その『協力者』に何をさせるおつもりで?」

「ジェイを吸血した、セントウダ=サトシをここに連れていく」

「ウラト様、なぜそのような事を?」

「いずれ、わかる」



 ――研究所。

「321号を、別の場所に移動させることになりました」
「ええ? そんな話、聞いてないわよ」

 カノコから報告を受けたイリナは、困惑した。

「所長の許可を貰いましたので」
「なんでそんな大事な話、主任である私に通さないのよ……」

 321号の存在自体、ミドリ製薬のトップシークレットそのものだ。
 使いものにならなくなったとはいえ、いなくなったいなくなったで大問題である。どんな処分が下されるか、わかったものではない。

「そもそも、なんで所長は運び出すことを許したのかしら?」
 イリナは首を傾げた。

「研究所の裏に車を停めましたので、そこまで移動させてください」

 カノコはイリナの目を見た。たちまち、イリナの顔から困惑の色が消えた。

「……わかったわ。では早速始めましょう」
 イリナは、サトシを運ぶようにと、研究員に指示を出した。



 ――アンリは、警備員として研究所に回されていた。
 いつものように、研究所内を見回す。

「おはようございます」
 アンリは研究員に挨拶をしたが、無視された。それとともに、冷ややかな視線を浴びたような気がする

「うう……」
 アンリは、研究所の異動が決まったとき、コウゾウから、こんな話を聞かされていた――。


「――セントウダ君はね、警備員として研究所に回されてたんだよ」
「そうだったんですか?」

「ああ。でもある日、セントウダ君は『研究所で開発している新薬の被検者になりたい』って言ったんだ」

「ええ!?」
 アンリは驚きのあまり、声を上げてしまった。

「先輩がヴァンパイアになったのは、もしかして、それですか!?」
「そうだねぇ」

「なんでそんなことしたんですか!?」
「俺に聞かれても困るよ。理由を話してくれなかったし。だから、今でもわからないんだ」

「話の途中なのに遮ってしまい、申し訳ありませんっ」
 アンリは申し訳なさそうにする。

「いいよいいよ。誰だって、びっくりするよ。こんな事聞いたら。じゃ、続けるね。

 研究所側も了承して、被験者になってもらった。当初は、ここと研究所を行き来してたし、研究員とも良好な関係だったよ。

 でも、ある日を境に、セントウダ君は研究所から出られなくなった。オマケに研究員とも険悪になっている」

「なんでそんなことに?」

 アンリは固唾を呑んだ。

「セントウダ君、どうやら研究員に手をかけたみたいなんだよ」

 アンリは、サトシが仕事の上で人の命を奪っていることは知っている。そもそも、一緒に「外回り」をしているのだ。特段、驚くことでもない。しかし――

「研究員は仕事仲間ですよね? どうしてそんなことを?」

「俺もよく分かんないんだ。なにせ、だし。

 ……そういうわけなんで、俺たち特総は、研究員から恨まれてる可能性が高い。でも、何かあったら、俺に相談しろ! 話だけなら、聞いてやれるから」

 コウゾウは握りこぶしを作り、自分の胸を叩いた――。


「部長! どこから来たんですか! その根拠の無い自信は!」
 アンリは悲痛な面持ちになった。

 うなだれていたアンリの前に、見覚えのある棺桶のようなケースが運ばれてきた。

「……あれは、先輩?」

 サトシは、今、眠りについていると聞かされている。
 眠っていることは本社にも伝わっているだろう。出動命令はないはずだ。何故、運ばれているのだろうか。

「あの、失礼します!」
 いてもたってもいられず、アンリはケースを運んでいる研究員に声をかけた。

「そのケースの中にいるのはセントウダ……321号ですよね?」
 アンリとしては、自分の先輩を番号で呼びたくない。しかし、研究員は番号で呼んでいるのだ。ここはやむを得ない。

 研究員は、呼び止めたアンリを睨みつけた。
「……完全に、アウェーですね、私……」

 本社命令であるなら、やむを得ない。
 だが、サトシはまだどうなるのか分からない。もしかしたら、目を覚ますのかもしれない。
 そう考えたら、研究所から連れ出すのは得策ではないだろう。

 何かがおかしい。アンリは直感した。だから、研究員を呼び止めたのである。疎んじられているにも関わらず。

「あなた。本社から来た、キノシタ=アンリさんでしたっけ?」

 アンリに唯一敵意を向けていない、女の研究員が声をかけた。

 何故この女は、自分に敵意を向けてこないのか。にっくき特殊総務部だというのに。

 ――この女、もしかしたら、スパイではないのか? ――
 そう直感したアンリは、懐にしまった銃を取り出そうとした。
 それを見て、女研究員はアンリの目を見つめる。

「あなた、死にたくないでしょ? だったら、ここは素直に引いてよ。アタシだって、死人を出したくないし」

 アンリは見つめられているうちに、銃を取り出そうとした手がだらんと下がる。
 そして、その場に釘付けになったかのように、立ち尽くしていた。


***

「――321号を、あの車に移します」

 研究員は、サトシが入ったケースを研究所の裏口まで移動させる。裏口には一台の車が停まっている。研究員は、ケースを車に積めた。

「皆様、お疲れ様でした。では、私が責任を持って321号をお運びいたします」

 共にケースを運び出していたカノコは、他の研究員に一礼する。車に乗り込み、そのまま研究所を後にした。


「予想以上にスムーズでしたね。お疲れ様でした」
 車中、運転手の女性がカノコを労った。

「催眠術使えば楽勝楽勝。死人どころか、怪我人も出てないよ」
「今後、どうなるかは分かりませんけどね」

「ミドリ製薬の人間がどうなろうと知ったこっちゃないよ。アタシは、カナさえ無事ならそれでいいんだ」
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