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もしかして私のこと
しおりを挟む…ん?ああ、そうか。
私きっとこれが初恋なのかも。
ただでさえ人間関係を築くのがド下手なのに、そんな私に恋愛なんて、ほんとハードル高い。しかも相手は年下で、最初から私のことを崇め奉っているんだよ?
ビルで例えると向こうが1階にいるとしたら、私が20階くらいにいると思われているのに。今更どうやって同じ1階に降りろと言うのか。
正座したまま少しずつ私に近づいた浦くんは、おずおずと私を抱き締めた。その宝物を扱うような仕草に、思わず泣きそうになる。
「コトリさん、俺、頑張ります。貴女に相応しい男になれるよう、もっともっと」
そのままの浦くんでいいのに。お願いだからもうこれ以上、頑張らないで。…そんなことすら言えない。
だってきっと浦くんは、手が届かない存在だと思うからこそ、必死で私を欲しているのだから。高嶺の花じゃない私なんて、もしかすると何の魅力も無いのかも。
「…は?お前なにトチ狂って恋愛相談するワケ。どう考えても俺はそういうキャラじゃねえだろ」
「それはですね富樫先生だったらきっと素敵なアドバイスをくださる気がするからですッ」
社内システムの総入れ替えは、1カ月ほど要するそうで。『なる早』で要請を受けた先生は、我が社にその間ずっと常駐するらしい。
業者であっても“お客様”という扱いをせよと榮太郎様が仰るので、私はこれから毎日ランチを富樫先生と2人で食べることとなり。会社を出た途端、まるでジキルとハイドみたく態度を変えたその人に向かって浦くんのことを相談したのだが。
本人も言うとおり、相手を間違えた気がする。
「ズズズッ。だいたいお前な、『彼氏なのか?』と訊かれて即答出来ない男と一緒に住んでいること自体、どうかと思うぞ」
「ちょ、やだ、鴨なんばん蕎麦は私のですよ!先生はこっちの天ぷら蕎麦でしょう?」
「交換しろよ、だってもう箸つけたし」
「仕方ないなあ、今回だけにしてくださいねッ。…ていうか向こうのペースについて行けなくて。だって浦くん、私を最早、神格化してますもん」
ここで有り得ないひと言が発せられた。
「そんなの付き合っても続かないだろうなあ。ああ、もう分かった。お前、俺と付き合えよ」
まったくこのオヤジは。
チラッと上目遣いしたその表情で、明らかに私を試しているのだと分かる。だがしかし、その後に喉ぼとけが微かに上下し、それでふと思い出したのだ。
その昔、富樫先生が本当に先生だった頃。多分あれはもうウチの学校での滞在期間を短縮されて去ることが決定しており、その事実を私だけが知らされていなかった時期だったと思う。
「中林はさァ、名前のとおり小鳥みたいだな。時々、鳥かごに入れて閉じ込めておきたくなる」
「は?それってどういう意味ですか?」
当時の私は、好きとかそういう恋愛感情に疎く。それは、現在でも大差無いのだが。とにかく、日頃から軽口ばかりの不真面目なその人がいきなり真剣な表情でそれを言い。そして上目遣いでこちらの反応を探った後、私の『意味ワカンナイ』という表情を見て豪快に笑い出し、冗談だと言われたことに憤慨した。
でも確かあの時も、こうして先生は喉ぼとけを上下させていたはずだ。ほんの一瞬だったのに、妙に記憶に残ったのはその行為が唾を飲み込んだからで、それはすなわち緊張を表しており。緊張していたのが何故かと考えるとそれは結局、冗談ではなく真実だからという答えに辿り着く。
…ということは。あの頃も今も、この人の言うことは本気なのかもしれない。自惚れだと笑われてもいい。だが、そうすると全てに合点がいく。
何故なら、あまりにも先生は一生懸命すぎた。
教育実習生としての範疇を超え、実習先の学校を巻き込み、己の人生を変えてまで私を救うだなんて、いま考えてみると絶対におかしい。
…そうだ、あの目。
先生が私を見ていた目は、浦くんと似ていた。熱くてジリジリと焦げそうな渇望している目。恐る恐るその目を覗いてみると、それは現在も変わらないようだ。
「あの…先生って、もしかして私のこと」
そんなこと、直球で訊くだなんてどうかしてる。元々、ややこしい性格の先生が、こんな質問をされて正直に答えるワケが無いのに。
どうやらド直球な浦くんと長く一緒にいすぎて、私も毒されてしまったのかもしれない。先生は再び喉ぼとけを上下させてから…笑った。
「プッ!はは、お前さァ冗談を真に受けんなよ。でもまあ、昔と今じゃ状況が違うからな。俺がお前と付き合ったとしても、誰も文句は言えないだろう。
もしもお前が俺を選んでくれるなら、それなりに贅沢な暮らしをさせてやれるし、別れた前妻のお陰でワークライフバランスも見直したから寂しい思いをさせることも無いはずだ。そんな青臭いガキなんかよりも、俺の方がラクだぞ、きっと。
まあ、選ぶのはコトリちゃんの自由だがな」
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