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7.私のイケメン考

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 なんで?どうして…いま言うのさ。
 
 実をいうと山口さんの気持ちは薄々感じていた。でも、敢えて知らないフリをしていたのはその気持ちに応えられないからである。
 
 ごめん、山口さん。
 
 気が弱いけど優しくて思いやりもあって、話していても楽しい上に尊敬も出来る。…もし私が60歳くらいのお婆ちゃんだったらきっと喜んで山口さんと付き合っただろう。お互い顔がシワクチャになって外見なんて誰も気にしない年代になっていたのだとすれば、の話だ。『顔じゃないよ、中身だよ』と綺麗ごとを言う人間なんて胡散臭くて信じられない。だって、実際に苦い経験をした私からすればそんなことは戯言だ。
 
 ああ、そうさ、人間は顔なんだよ!
 
 …高校生の頃、私は1つ年上の先輩に恋をし、奇跡的に付き合うことが出来た。その人は所謂、皆んなの憧れ的な存在で当時の人気アイドルの互換品とまで呼ばれていたほど素晴らしい顔立ちだったが、性格は超最悪。約束は守らない、会話を繋げる努力もしない、極め付けに浮気しまくる。誘惑が多いのは分かっていたが、その誘いに平気で乗り、私のことなんてまるで空気のように扱ったのだ。
 
 最初は『仕方ない、だってイケメンだから』と許していた私も、1年が経った頃にはさすがに堪忍袋の緒が切れて彼が卒業すると同時に縁を断ち切った。傷心の私の前に表れたのは、平凡を絵に描いたような同級生で『先輩に踏み躙られても必死で尽くす姿に惚れました!』とかいう熱い告白を受け、悩んだ挙句OKしたものの
 
 …やっぱり無理だった。
 
 交際開始時は謙虚だった彼も、徐々に慣れてくると男らしさをアピールしようとしたのか偉そうな振る舞いをするようになっていったからだ。
 
「希代、お前もっとスカート丈を長くしろよ」
「え?…ああ…」
 
「えーっ、俺の言うことが聞けないってこと?」
「そうじゃないよ、ごめんね」
 
 先輩よりも全然マイルドな所業なのに、数千倍ムカつくのはいったいどうしてか?口では謝りながらも腹の中ではこの言葉が爆発しそうに膨らみ、ストレスだけが溜まっていく。
 
 >うるさい!イケメンでも無いクセに!
 
 そして二度目の別れを選び、ようやく私は悟ったのである。…イケメンならば許せても、そうじゃない人間のことは微塵も許せない。これは理屈では無く摂理なのだ。
 
 イケメンは正義!イケメン最強!
 
「ごめんなさい、山口さんのことは好きだけど、そういう好きじゃないと言うか…」
「いや、俺こそゴメン。なんか希代ちゃん急に可愛くなったからさ、また茶谷の時みたく他の男に攫われる前にと意気込んでしまったんだ。驚かせちゃって悪かったね、もう忘れていいよ」
 
 思いやりに溢れたその言葉に罪悪感は募ったが、自分を偽って生きるよりマシだと思うことにした。
 
「じゃあ、これからはいつも通りでヨロシク」
「…はい、おやすみなさい」
 
 今まで通りになんて出来るワケないのに。モヤモヤした気持ちのままで飛び込んだのは、特別な日に自分へのご褒美として利用しているお洒落で落ち着いた雰囲気のバーだ。
 
「いらっしゃい、久しぶりだね希代ちゃん。狭いんだけどカウンター奥の席でもいい?」
「はい、勿論」
 
 若い頃はイケメンだったはずの渋いマスターに誘導されて奥の席へと進む。
 
「ミモザください」
「あはは、またかい?好きだよねえ」
 
 私とマスターのやり取りに、隣席の男性が反応したらしく、突然話し掛けられた。
 
「ミモザって何?」
「スパークリングワインとオレンジジュースのカクテルですよ。黄金色に見えて綺麗なんです」
 
 と答えながら顔を横に向けて驚いた。なぜならそこに、凄まじいまでのイケメンがいたからだ。
 
 
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