好きですけど、それが何か?

ももくり

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りんご飴と梅酒ソーダ

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「残念だったな。その浴衣、すごく可愛いのに」
「か、可愛い?え、ああ、ゆ、浴衣がねッ」

 焦り過ぎて、声も上擦りまくりだ。

 だって、集合場所で私を見ても何も言わなかったのに。ほんと気持ちいいくらい無視してくれて、『全然興味ありません』って感じだったのが今更どうして?

 床の上にペタンと座る私を置き去りにして、忙しそうにあっちに行ったりこっちに行ったりしていた前田は、着替えだのタオルだのを手にして戻って来た。そっか、浴衣を洗うにしてもこれを脱いだら下着姿になってしまうから。

「へえ…、りんご飴で浴衣を汚す人間って世の中には結構いるもんだな」
「ええっ、本当に?!」

 いつの間にかシミ抜き方法を検索してくれていたらしく、自分のスマホをそのまま私に渡してくる。

 >りんご飴は水溶性の汚れ。
 >水をつけた歯ブラシで叩くように落とすこと。

 その画面をジッと見ているうちに、新品の歯ブラシとタオルが目の前に置かれた。

「早ければ早いほど落ちやすいって書いてあるぞ。急げ」
「ありがとう。じゃあ…えと、洗面所で着替えてくるね」

 御礼を言って立ち上がり、漸くここで室内をじっくりと眺める余裕が出てくる。

 ごくごく普通の1DK。ドラマとかだと『突然の訪問だったのに、案外キレイに片付いてる~』という展開になるのだろうが、残念ながら現実は違うらしい。いかにも1人暮らしの男性の部屋という感じで、そこそこ散らかっている。座椅子周辺は雑誌や本が山積みにされ、テーブルには空き缶が散乱し、壁際には布団が敷かれたままだ。たぶん朝起きた状態で放置したのだろう、掛布団はめくれているし、枕も頭の形に凹んでいて何処となく生々しい。

「あー、ごめん、むさ苦しくて。女性を招待するような部屋じゃないと俺も自覚してるんだけどさ」
「そんなこと…」

「ん?そこで言葉を詰まらせるなよ。プッ、本当に嘘の吐けない女だな」
「ううっ、ごめんね、前田」

「ほら、とにかく早く浴衣を脱げって」
「うんッ、行ってきます」

 『行ってきます』と言っても、ドアを開ければすぐソコに洗面所が有るのだが。恐る恐る洗面台の上や棚の中なんかも覗いてみる。覚悟していた女性モノの化粧品の類は一切見つからない。
 
 よく考えたら、こんな小汚い部屋に村瀬さんや太田さんのような綺麗どころは連れ込めないかもしれない。

 ああ、そうか。自宅に連れ込むと他の女性と鉢合わせになる可能性も有るから、もしかして自宅には呼ばずにホテルとか女性達の部屋で逢っているんだろうな。むしろ、恋愛感情の無い私だからこそ入れて貰えたのか。…ふむふむ、納得です。

 素早く浴衣を脱いで、下着姿のままシミ抜きを始める。元通りとまではいかないが、かなり良い感じになったと思う。
 
 そのあと前田に借りたTシャツとハーフパンツに着替えてみたが、細身に見えた前田のハーフパンツはとんでもなくブカブカで、押さえていないとすぐ足元までズリ落ちてしまう。しかも浴衣やタオルを抱えているせいで両手が塞がるため、ずり落ちないよう小股で歩くしかなかった。

「千脇、取れたか?」
「うん、お陰様で」

 シミ抜きに時間を掛け過ぎてしまったため少し焦って前田の元に戻ったところ、そのタイミングでハーフパンツが足元にストンと落ちた。

「きゃあっ」
「う、」

 慌てて浴衣を床に下ろし、ハーフパンツを引き上げる。何か言ってくれればいいのに、前田は安定の無表情だ。でもまあ、それもそうか。私なんかの貧相なカラダに反応するような男じゃないよな…と思いながらその場でゆるゆると腰を下ろす。

「ゴメン、変なものをお見せして」
「いや、サイズが大き過ぎたんだよな。でもウチにはそれくらいしか貸せる服が無いんだ」

「いや、色々とお世話になりました。私、もうそろそろ…」
「まあまあ、せっかくだから飲もうぜ」

 『帰る』と言い出そうとしているワリにはTシャツのままだったりするし、ガッツリ座っていたりするので、どうやら私は本気で帰るつもりでは無いらしい。

「あはは、メッチャ足が痛くてあと1時間くらい休憩したかったんだ。下戸だけどお付き合いするよ」
「千脇用に梅酒ソーダを用意したんだけど、それも無理か?」

「梅酒ソーダなら大丈夫、飲めるよ!!」
「良かった、じゃあツマミを持ってくる」

 本当は梅酒ソーダすら飲めないのだが。
 でもここまでお世話になった手前、断れなかったのである。



「前田って仲間同士で花火大会に行く感じじゃ無いよね~」
「んー、でもまあ、浴衣で来るって言うしさあ」

 私の酔い方は、見た目や話し方は通常どおりなのに実は意識が飛んでいるというタチの悪い酔い方で。そのせいか、周囲は『もっと飲めるだろう』と更にお酒を薦めてしまうのだ。この晩の私もしこたま酔っていたが、多分、前田の目からはいつもの私にしか見えなかっただろう。

「ああ、マリちゃん目当てだったってワケね」
「違う、千脇の浴衣姿が見たかったって言ったら、どうする?」

 …ところが私は、彼の言葉を
 一言一句、覚えていたりする。

 
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