甘すぎる生活<甘すぎる生活シリーズ1>

ももくり

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甘すぎる生活

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「へっ、本当にコレって沢野さんなんですか?!」
「あー、うん、そう」
 
質問して来たのは新入社員の石本くんで、
返事をしたのは私こと木内佐和きうち さわである。
 
石本くんは営業推進部に配属されたのも納得という感じのスノッブな容姿で、学生時代にウェイウェイしていたことが容易く想像出来そうな若者だ。何がスゴイって、勤務中にも関わらず今年30歳になろうとしている先輩に向かって臆せずに雑談を振れるその度胸にひたすら感服する。
 
「へええ、ふううん、なるほどですねー」
「そんなことより、早く仕事に戻りなさい」
 
ふあい、とかなんとか緩く返事をしながら石本くんは去って行った。…私の手元に、古い社内報を残したままで。思わずもう一度手に取り、彼の姿を凝視してしまう。
 
「ぷっ、確かに別人みたいね」
 
話題に上がった『沢野』というのは、いつもなら私の隣席にいる3つ年下の後輩で。総務部に2年在籍した後、ウチの部署に異動になって早2年。その変化には目を見張るものが有る。
 
確かに当時の沢野圭介さわの けいすけはモサかった。これから『営業』として生きていく心づもりが有るのかと問いたくなるほどモサモサで、何がモサモサなのかと言うと、額のすぐ上にツムジが有るとかで、前髪が有り得ないほどウネりまくって凄いことになっていたのだ。加えて性格も決して明るいとは言えず、毎晩のように催される部署内での飲み会を問答無用で断り続け、誰の目から見ても孤立していると分かる状況になった時点で教育係が私になった。
 
それを機に隣席に移って来た内気な少年の心を少しでも開こうと、あのテこのテで懐柔し、大勢で飲むのが苦手なら最初は私と仲良くなろうねと2人きりでの宅飲みに誘い、次は4人、次は部署内の飲み会に合流!…と段階を踏んで打ち解けさせた。
 
悩みのタネの髪だって『実家近くの床屋にしか行きません』というのをどうにか説得し、私の通っている美容院へ連れて行き、ストパーだのカラーリングだので見事に変身させた。他にも、仕事以外では一対一の会話が苦手だという彼の為にいつでもどこでも同伴し、ステージママよろしく会話のサポートをしまくっていたら、
 
いつの間にか沢野はモテモテになっていたのだ。
 
そして彼なりの対話術を習得したらしく、私ナシでも活発に交流し出したところで事件発生だ。いや、非常に個人的な事件で申し訳ないのだが、私が5年間付き合っていた彼氏に振られてしまうのである。正直、結婚まで考えていたのだが、というか、もう結婚する気でいたのだが、他に好きな人が出来たのだと。『じゃあ仕方ないね』と物分かりの良い女を演じたその晩から、ひたすら飲み歩く。
 
「うおおおおっ、私の青春を返せえええッ」
「だ、大丈夫ですッ、佐和さんの青春はこれからもまだ続きますから!」
 
しばらくは飲みに付き合ってくれていた仲間たちも、2日、3日と続く饗宴に次々と脱落し、最後に残ったのは沢野だけ。
 
この頃にはもう、誰が見ても舌なめずりをしたくなるような男の色香を纏っていた彼を、連れ回すことで損なわれた自尊心を取り戻した気になった私はさもしい女だ。そんなさもしい女に、彼は文句も言わず寄り添ってくれたのだ。
 
「元カレのねえ、新しい彼女ってさあ、24歳なんだって。私も付き合い始めた頃は25歳だったよ。それが30歳になったらもう要らないって。くっそ、私の鮮度を奪いやがって。呪ってやる、呪いまくってやるうう」
 
人前で騒ぐ私と一緒にいるのは恥ずかしかっただろうに。なのに沢野はヨシヨシと頭を撫でてくれて。最後には私のマンションまで送り届けてくれるのである。
 
…その日も私をソファに寝かせ、ミネラルウォーターをテーブルに置いて去ろうとした彼へ感謝の気持ちを伝えようとしたはずなのに、何故か口から出たのは真逆の言葉だった。
 
「ねえ、私を抱いてみてよ」
 
うわ、それ御礼じゃないし、むしろ、迷惑だし。頭の中では分かっているクセに、アルコールに蝕まれた頭は暴走しまくって止まらない。
 
「私、沢野とセックスしたい」
 
さあ、断れ!!
 
大丈夫だからっ、『ごめん酔ってたの』と上手く誤魔化して明日には忘れてみせるから。困っているその顔が何だか妙に可愛く見えて、内心ウヒウヒ笑っていたのに。
 
「えっ?!ちょ、さわ…んッ」
 
いや、本当に抱いていただけるとは。
ありがたや、ありがたや。
 
どちらが主導権を握るかで密かな攻防戦が繰り広げられたが、結局、私は彼に譲ることにした。こんな時に女がシャシャリ出てもロクなことは無い。きっと沢野にもやり易い手順が有るに違いない。
 
さあ、ソファの上でこのまま始める?それとも寝室へ移動する??シャワーを浴びるのは賛成だけど、勢いが削がれるよね。
 
「佐和さん、ニヤニヤしないでください」
「…ん、ごめん」
 
素直に謝る私に、沢野は真面目な顔で淡々と続ける。そっか、ソファでこのまま致すんだな。ふあああ、キス、上手~。どこで習得して来たの??だって少し前まではモサモサしてたよね。
 
「佐和さん、だからもっと真剣に取り組んでくださいって」
「…はい、頑張ります」
 
頑張るって何を?えと、ああ、もういいや。したい、しちゃおう。
 
運動不足で弱り切っている腹筋を使って上半身を起こし、沢野の唇を夢中で貪る。だってずっとキスしたかった。仕事中も、気を抜くとそんな妄想をしそうになって必死で耐えていたんだよ。
 
「あ、はっ、佐和さ…」
「やだ、もっと、もっとキスしたい」
 
一旦離れてハアハアと息をしている沢野の唇を再度奪い、泣きながら彼のベルトを外していた。
 
「なんで泣いてるんですか」
「えと、う、嬉しいから?」
 
「…ウッ。ああ、もう、佐和さんッ」
「さあ来い、沢野!」
 
若いから仕方ないよねー。好きでも無い女でも、差し出されたらヤッちゃうって。うん、大丈夫。そこんとこ、勘違いしないし。恋愛感情ゼロだってきちんと理解してるから!
 
だから律儀に前戯しようとしてくれる沢野の手を払い除け、自分から両脚を開いて強引に挿れた。
 
「佐和さん、酷い…」
「何がよッ」
 
「俺の技量の見せ場だったのに」
「ごめん、待てなかったの」
 
…嘘だ。本当は逃げられたくなくて。『やっぱりヤメた』と言い出す前に、繋がりたかったのだ。
 
「いや、それはそれで有り難いですけどね」
「うん、じゃあ始めよっか」
 
そう言うと沢野が頬を赤く染め、じっくりと腰を揺らし出す。
 
「どこがいいか言ってください。俺、覚えるんで」
「あはは、それじゃあまるで…」
 
2回目も有るみたいじゃない?と続けようとして、口を噤む。いや、もしかしてコレってパワハラ??先輩のクセにセックス強要してるんだよね、私。
 
「はああ、気持ちいい…。佐和さんのなか、天国」
「て、てんごく…」
 
なら、セーフだな!だって嫌じゃなさそうだもん。同意だ、同意!!そう思ったら気が緩んだのかメチャクチャ気持ち良くなってきて。私も頑張って腰を動かしてみたがイマイチ沢野の腰の動きと噛み合わないようなのでスグにヤメた。
 
「佐和さん、俺も一応男なんで、こんな時くらいは任せてくれてイイですから」
「うん、じゃあ任せるね!あのね、沢野」
 
「…はい」
「今まで生きて来た中で、一番気持ちいいかも」
 
「はあ、もう、そう言うことを…うっ、くっそ」
「え?あ、やだ、何で急にそんな激しい、沢野?!あん、もおお、そこ、ヤダァ」

腰の動きが小刻み過ぎるせいかソファの軋む音も激しくなり、甘く繋がれた指先がより深く絡まる。
 
「俺、佐和さん、ごめん…、イク、あ、もう」
「うん、私も…、ん、あああッ」
 
「あっ」
「あん」
 
 
 
 
 
「へっ、沢野さん、結婚するんっすか」
「あー、うん、そう」
 
新入社員の石本くんは今日も雑談をするため私の元にやってくる。いつもなら朝礼前は直行で不在なはずの沢野が珍しく座っているというのに、本人を前にして私にその話題を振ってくるのだ。
 
「へえ、相手は誰っすか?もしや佐和さんとか?」
「な、なんで分かるのよ」
 
見た目はチャラいが案外この男、観察眼が鋭いのかもしれない。
 
「いやあ、分かりますって。ウチの部署でも『サワノサワノ』…ん?違うな、『サワノノサワ』って有名でしたし。なんか気付いて無いのは佐和さんだけだったみたいですけどォ」
「そ…うなの??へえ、ああ…」
 
驚いている私の横から沢野が顔を出し、早く仕事をしろと石本くんを追い払う。 
 
「『佐和の沢野』『沢野の佐和』どっちでも正解ですけどね」
「あ、…うん」
 
一夜を共にしてから僅か1カ月で婚約って、自分では早いなあとか思ったのに。しかも責任感じてプロポーズしてくれたんだよね、とか負い目すら感じてたのに。
 
私は眉間にシワを寄せながら沢野に訊ねる。
 
「ねえ、いつ結婚しようと思ったの?」
「…うっ、それは…」
 
「正直に答えてよお。私たち、同じ部署になって2年なワケだけど、実際にくっついたのは1カ月前だよね?」
「こちらの部署に来て半年後に座席替えがあって、最初は煩い人だなと思って、まあ、色々と心境の変化が有ってその1カ月後にはもう好きでしたけど」
 
それってつまり、ずっと愛されてたってこと??
 
「あの頃の佐和さん、彼氏いましたからね。早く別れろって呪いをかけてましたよ」
「のろい」
 
「あはは、もう俺のだし!誰にも渡さないんで」
「おいこら声が大きいよ沢野」
 
しれっと肩をすくめて資料作成の作業に戻る彼の横顔を見つめながら私は、甘い溜め息を1つ吐く。あれこれ悩んだのに、なんだよ悩み損かよ。もっと早く好きって言ってくれれば良かったのにィ!!
 
すると視線に気づいたのか彼が横顔のままで呟く。

「だから石本も言ってたでしょ?アナタ以外は全員、気付いてたんですってば」
「え…、ああ、ごめん、鈍くて」
 
「まあ、そんなとこも可愛いんですけどね」
「うおっ、あっまーい」
 
「ほらもう、茶化さないのッ」
「はーい」
 
 
なんだかんだ言って今日も、
幸せです。
 
 
--END--
 
 
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感想 1

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みんなの感想(1件)

ちー
2022.08.21 ちー

あぁ!久しぶりに読ませて頂きました!!
嬉しいです🎵

2022.08.21 ももくり

ちー様

感想をありがとうございます。
本当は未完だった「ヴェロニカの結婚」の方を再開予定だったのですが、読み直さないと書けないよねー…からの、それ以前に投稿の仕方とか覚えてるのかしらん…となって、手始めにこちらをUPしたという経緯がございまして。

楽しんでいただけたのならば幸いです。
今後ともよろしくお願い致しまーす。

解除

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