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嵐はまだまだ吹き続ける
しおりを挟む真っ直ぐ私に向かって歩いて来た彼は、手首を掴んだまま中央へ引っ張り出す。そして、全員の注目を浴びる私に対して浦くんは言ったのだ。
「ごめん実夕ちゃん、俺、実はアヤさんのことが…。
矢田 綾子さん!
ずっと好きでした!!
4歳も年下で頼りないかもしれませんが、でも、この想いだけは誰にも負けません。どうか俺と付き合ってください!!」
…これだけでは終わらない。
嵐は、まだまだ吹き続けるのである。
「えっと、わ、私?本当に私でいいの?」
「はいッ」
自慢では無いが、3年間も彼氏がいなくて家とこの店を往復するだけの毎日だった。
独り身1年目のクリスマスイブには、女友だち2人と一緒に温泉旅行をし。
2年目には女友だちの1人に彼氏が出来たので、私と残り1人とでオールナイトシネマを観て。
3年目にはもう1人が自分磨きの為などと言いイギリスへ留学してしまったから、仕方なく1人ぼっちで部屋飲みした。
しかも飲んでいたのはワンカップである。
そんな侘しい28歳の女に突然、舞い降りたスウィートなお話。少しくらい浮かれても罰は当たらないだろう。堪え切れずニマニマと笑顔を浮かべていると、容赦なく実夕ちゃんが斬り込んでくる。
「な、なんで?!どうしてアヤさんなの??じゃあ私、誕生日は誰に祝って貰えばいいの?」
お前も部屋でワンカップ飲んでろよ。
…そう言いたかったが根性で口を噤む。
やっぱ若いなー。自分の気持ちを拒絶されたことよりも、記念日の成功の可否について悩むのか。
そんな実夕ちゃんを可哀想だと思ったのか、いきなり店長が口を挟んでくる。
「なあ、浦。1日くらいイイじゃないか。実夕ちゃんの誕生日を一緒に祝ってやれよ」
「無理です」
んもう、清々しいほどの即答。
迷いが無いって素晴らしい!
しかし店長は苦笑しながら尚も言う。
「誕生日ってさ、1年に一度しかないんだぞ。若い頃ってそれがとても貴重だったよなー。お前だってそうだったんじゃないか?そのまま付き合えとは言ってないじゃないか、一緒に過ごしてやるくらい、してやれよ」
「いえ、ダメです」
直立不動で浦くんは更に続ける。
「…だって、誰にでもイイ顔をして、好きな女性に誤解されたくないんです。優しくするのはアヤさんにだけだと決めている。だから実夕ちゃんの相手は出来ません」
そして再度、浦くんは実夕ちゃんに頭を下げた。
その姿は私にとって衝撃だった。
元カレは誰でもハイハイと受け入れる人で、私と付き合っていながらも別の女性と食事をし、その女性と朝まで飲み明かすことも有ったから。
彼自身は『清廉潔白だ』と言っていたが、その言葉を信じられるほど私は成熟しておらず。次第に嫉妬という魔物に蝕まれ、挙句の果てに自滅し、自分の方から別れを告げてしまう。
…そう、既にお分かりかもしれないが、元カレというのは目の前にいるこの店長である。私たちはその昔、2年も付き合っていたのだ。
付き合っていたあの頃のことを思い出すと今でも胸が痛む。天国と地獄を一度に味わうような、そんな忙しい日々だった。
大学を卒業した私はスグにこの店へと就職する。
学生時代からアルバイトとして働いていたので、内部の事情には詳しいと自負していたのだが、実際に働いてみるとホール担当の女性たちの激しいバトルにひたすら驚いた。
バトルの原因は店長らしく、誰もが皆、彼の関心を自分に向けようと必死だったのだ。
初めのうちは私も傍観者という立場を守り、女性たちの愚痴を個別に聞いてあげていた。
恋に狂う女というものはこれほど醜悪なのかと若干引き気味で、こんな風になるまいと決心し、店長から距離を置くようにしていたのである。
それがある日、ホール担当の女性たちが一斉に辞職すると言い出し、店長と私の2人だけで店を回す事態へと陥り。まあ、そうなれば距離もクソも無い。父のツテで、他店の従業員を臨時で貸して貰い。改めてホール担当を雇い入れるまでの数週間で、私たちはみるみるうちに打ち解けてしまった。
『打ち解けた』というよりは、『陥落した』という表現の方が正しいかもしれない。
新見 大雅は実に懐が深い人間で。失敗すると優しくフォローし、ほんの少しの努力でも褒め讃え、過剰なまでに先回りして仕事をやり易くしてくれるのだ。
それは私生活でも同様で損得を考えずに尽くし、時には本気で叱ってくれて、まるで自分のことのように親身になって心配もしてくれる。その優しさときたら底なしで。しかもそれを、相手を選ばず無意識にしているのだから罪深い。
とにかくまあ見事に嵌った私は自分から告白し、彼もそれを受け入れてくれて、ラブラブカップルになったのである。
もちろんオーナーだった父には内緒にした。なぜなら雇われ店長とオーナーの娘という立場から考えると、『もし破局したら』という思いがこの恋の障害になるかもと考えたからだ。
そうして店長は、職場でも私生活でも最高のパートナーになっていった。
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