ヴェロニカの結婚

ももくり

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エミリーからの呼び出し

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 それは一通の手紙から始まった。

「うう…。読む前から嫌な予感しかしないわ」
「ヴェロニカお嬢様には大変申し訳ありませんが、ハモンド家の侍女がそりゃもうビクビクしながら持って参りましてね。『絶対に読んでくださいますよう、ヴェロニカ様に宜しくお伝え下さい』と懇願されてしまったのですよ。ほら、あちらの令嬢は思い通りにいかないとすぐヒステリーを起こすことで有名でしょう?人助けだと思って、お読みください」

 1カ月間の謹慎を命じられているエミリー・ハモンドだったが、何故か実家には帰省せず、学生用宿舎にそのまま滞在しているらしい。開封せずとも、封蝋の刻印だけで差出人が誰かを察した私に向けて、侍女のモニクがハモンド家の情報を語り出す。

「どうやらエミリー嬢は、謹慎で反省する様な殊勝な人間では無いみたいです」
「ええ、知っているわ」

「ご存知かもしれませんが、ハモンド家が爵位を授かったのは約十年前。誇れるのは歴史だけという町の古ぼけた鍛冶屋が、エミリー嬢の父親の代で武器作りに手を出し、それが隣国に飛ぶように売れたお陰で莫大な財産を得る様になったのだと。その財産の一部を効果的に寄付することで、社会的な地位を高めているそうでして。まだまだこの先、爵位が上がっていくと過信しているからか、元来からそういう性格だったのか、とにかくここ最近はその暴君っぷりが目に余ると噂されております」

 処世術に長けているこのリス顔の侍女は、きっと他家の侍女との雑談で上手く情報を引き出したのだろう。ふむふむと頷きながらも私は、話の続きに耳を傾ける。

「この国に対して、キッシンジャー家以上に貢献していると思っていらっしゃるのでしょうね。そんな父親の考えに影響されたエミリー嬢も、ヴェロニカ様を蹴落としてアンドリュー様と結婚してみせると豪語なさっているとか。それが事実だとすれば、まったく愚かなことです」
「…ええ、本当に。だいたい当事者である私自身が抗えないというのに、どうやって王命を翻すつもりなのかしら?」

 ここでモニクがペーパーナイフを差し出したので、漸く私は手紙を開封する。そこにはあまり綺麗とは言えない拙い文字でこう書かれていた。

 >夕食後、談話室にてお待ちしております。

「これだけ?署名すらされていないのはどういうことかしら?」
「礼儀も敬意も感じられない、人を小馬鹿したフミですね」

 こんな一方的な呼び出し、いっそ読まなかったことにして捨ててしまおうかとも思ったが、そうすればあちらの侍女が責められるに違いない。それは可哀想な気がしたので、仕方なく夕食後にモニクを伴い、談話室へと向かうことにした。






 ざわざわ…。
 うふふ、おほほ…。



 思ったよりも利用者が多いことに驚く。

 自慢では無いが、友人と呼べる存在がいなかった為、談話室に足を運ぶのはこれが初めてだ。

 高い天井、広い室内。中庭へと繋がる丸いアーチ型の窓が幾つか並んでいるせいか、閉塞感は無い。大理石の壁面や柱には細やかな彫刻が施され、飾られている宗教画も気品に溢れている。

「モニク、意外に利用者が多いわね」
「はい、ヴェロニカ様」

「テーブルは…全部で10かしら。この中からエミリーを探さなくては」
「でも、あの、向こうから見つけてくださるのでは無いでしょうか?」

 それを期待していたが、残念ながらこうしてドアの前に立っていても誰も声を掛けて来ない。ああ、面倒臭い。エミリーと同じ赤毛の女性が、今日に限ってどうしてこんなに多いのか。

 静かに歩を進めると、それらしき人物を漸く見つけた。しかし、相手は私に気付く様子も無く、声高らかに歓談を続けている。

「遅いわね、あの地味女!」
「エミリー様を待たせるなんて生意気ですわ」
「不細工なだけではなく愚鈍だなんて、取り柄が無いではないですか!」

 あのう…、私、ここにいるんですけど。

「大丈夫よ、『アナタなんかがアンディと一緒に舞踏会に出席すれば、彼が恥をかくことになるのよ』って私が忠告するから。まったく、本気で結婚するつもりなのかしら…あんなみすぼらしい風体で。身の程知らずってヴェロニカ・キッシンジャーのことを言うのよ」
「ええ、その通りです!」
「エミリー様こそがアンドリュー様の伴侶に相応しいと誰もが思っておりますわ」

 随分な言われ様だな。

 シュンと肩を落としていると、エミリーの真横に位置する別テーブルに座っていた女性が突然立ち上がった。

「ちょっと、エミリー!?貴女、ヴェロニカに勝つつもりでいるの??いや、それは無理でしょ~」
「はッ?!何を言い出すのよ、シシリーったら」

 どうやら、同じクラスでゴシップ好きのシシリーが私に代わって反論してくださるらしい。因みに彼女は背を向けているので、私がいることに気付いていない。

「だってヴェロニカよ?!この国で彼女に勝てる女性はいないと思うわ。あの透き通るような白い肌、薔薇色の頬、理想的な鼻、そして官能的な唇。何と言ってもアメジスト色のあの瞳が…ッ!!そう、こんな感じの宝石みたいな…って、ヴ、ヴェロニカ?!」

 身振り手振りを付けて熱弁していたシシリーは、漸く私本人がいることに気付いてくれたらしい。
 
 
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