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馬車の中で
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カタコトと静かに馬車は進む。
ローランド家所有の箱馬車が最新式だったお陰ということも有るが、我が国の王城は海抜900mの断崖絶壁に建っており、そこへ辿り着く迄は一本道だ。遥か昔は、敵からの侵攻を防ぐ為に敢えて舗装しなかったらしいが、その道しか通れないとなれば月日と共に自然と均され、現在では舗道と大差無い。
なので車輪もガタつかず滑らかに進めるのだ。
「ヴェロニカ、城壁が見えてきたぞ」
「えっ、ああ、本当ね」
美観を損なうほど高く築かれた外壁は、城を覆い隠している。
中立国であるはずのデュアマルク王国がこれほどまでに強固な城を築いたのは、全て隣国に依拠する。大陸の最西端に位置する我が国に隣接するのは、ガルツィ王国ただ一国のみ。そもそもこの二国は同じ領主に統治されていたそうなのだが、外部からの侵攻を受け、その奪われた土地で新たに建国されたのがガルツィ王国となったのである。
侵略はまだまだ続くはずだったが、敵国がそれを諦めたのは丁度その頃、ガルツィ王国で自然災害が多発したからなのだと。そしてその災害が、キッシンジャー家の娘に寄るものということは、国家機密とされている。
そう、残念ながらエミリーの様に『ハモンド家は国家に貢献しています!』と声高には叫ぶことが出来ないが、キッシンジャー家もこうして人知れずこの国の役に立っているのである。
──そんなことを考えたせいで談話室での一件を思い出してしまい、陰鬱な気分となった。
「可哀想なエミリー」
広々とした箱馬車の中で、向かい合って座っているアンドリューがその呟きに素早く反応する。
「エミリーがどうした?」
「ううん、何でも無いわ」
今更、『彼女を都合良く利用しただけなのか』と問い詰めてどうなる?
関係ない、どうせ私は…いつかケヴィンと添い遂げるつもりなのだから。義弟となるはずのこの男が、どう生きようと放っておけばいいじゃないか。
そう自分を諫めていたはずが、勝手に言葉が零れた。
「エミリーが可哀想だわ。貴方は彼女の気持ちを拒絶せず、他の女性達からの誘いを断る口実として利用していたのでしょう?」
「…ああ、そのことか」
一瞬、目を細めたかと思うと、アンドリューは深くて重い溜め息を吐く。
「拒絶は、した…何度もな。けれどエミリーには通じなかったみたいだ」
「でも、だって、彼女のことをまるで恋人の様に扱っていたわよね?」
「…別に、男友達と大差なく扱ったつもりだが。元々、俺は女嫌いだからな」
「そんなの狡いわ。エミリーはアンドリューのことを本気で好きなのに!」
自分でもよく分からないのだ。
どうしてこれほどまで執拗に、彼女との関係を暴こうとするのか。エミリーのことを本気で好きでは無いと…そう言わせる為に必死な自分に気付き、激しく動揺していた。
「俺に、どうしろと?」
「だって、エミリーはいつも私のことを『アンドリューに相応しくない』と。貴方もそれを黙って聞いていたでしょう?なのに、どうして、その貴方が彼女を切り捨てるの!」
ああ、もう支離滅裂だ。
私にはケヴィンが、そう、ケヴィンがいるのに。何故、嫌いなはずのこの男を前にしてこれほど胸が騒ぐのか。分からない、だけどどこかで納得もしていた。あのケヴィンとですら、2人きりでいると微かに緊張してしまうのに。
──この男には不思議なほど緊張しないのだ。
心を、許しているのだろうか?
こんな、いけすかない男に??
温かい何かが手の甲に触れ、そこへ視線を移すとアンドリューの右手が重ねられていた。
驚きを隠しもせず、私はその瞳の奥を探る。
「ごめん、ヴェロニカ」
「えっ…?」
どうして謝られているのだろう。
「忘れてしまった俺が悪い」
「な、何のこと?」
更にもう一方の手を重ね、アンドリューは私に懇願するかの如く囁いた。
「思い出してくれ、お願いだ…」
「だから、何を?」
混乱しながらも、私はその手の温もりに懐かしさすら感じていて。そして、その後に続く彼の言葉を当たり前の様に待ってしまうのだ。
それは遠い昔に、繰り返し与えられた言葉。はにかみ、少しだけ視線を泳がせながらきっと彼は言うだろう。
「大好きだよ、ヴェロニカ」と。
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