ヴェロニカの結婚

ももくり

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遠い記憶

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 舞踏会の余興はオペラやバレエが一般的であり、稀に市井の道化師や芸人を呼ぶこともある…らしい。そう断言出来ないのは、私自身が舞踏会から縁遠いせいだ。

 もちろん社交界デビューは今年の春に果たしているが、それ以降は何だかんだと理由をつけて引き籠っていた。何故なら、ケヴィンとの約束で目立つことは極力避けたかったからである。

「まさかお兄様、曲芸でもするの?」
「そんなワケないだろう。ヴェラ、お前は俺を何だと思っているんだ」 

 コホン

 久々の兄妹の対面に気を遣ったのか、少し離れた場所で待機してくれていたアンドリューが制限時間になったと言わんばかりに咳払いする。それを聞き、慌てて謝罪した。

「ご、ごめんなさいアンドリュー、別に貴方のことを忘れていたわけでは無いのよ。ジェレミーお兄様の勢いに負けて、つい」
「やあ、アンドリュー!元気だったかい?」

 一瞬、緊張してしまう。

 …というのも、アンドリューはジェレミーお兄様のことが苦手なのだ。社交的で大らかな兄と、内向的で繊細なアンドリュー。相反する性格のせいで、この2人の会話は恐ろしいほど噛み合わない。かと言って避けることも出来ないので、顔を合わせれば挨拶以上、世間話以下という程度のごくごく短い会話を交わす。

「ええ、お陰様で」
「どうやらヴェラと仲良くしてくれているみたいだね。兄としては嬉しいよ」
「なっ、仲良くなんかしていないわ。お兄様はどうしてそう思うの?」

 予想外な兄の言葉に、私は動揺を隠せない。

「うーん…。何がどうとは言えないんだけど、2人の間の空気みたいなもの?以前は凍えそうに冷たい感じだったけど、今は全然違うんだよなあ。どうせ何れは結婚して夫婦になるんだからさ、少しずつ距離を縮めて仲良くなっていけばいいじゃないか、なあ、アンドリューもそう思うだろ?」

 >ジェレミー、こんなところにいたのか!
 >油を売ってないで早く着替えろよ!

「わっ、ごめん、俺もう行かなくちゃ!」

 アンドリューの返事を待たず、兄は同僚に呼ばれ去って行く。その後ろ姿を眺めながら、アンドリューが何やらボソボソと呟いた。

「結婚…か…」
「何事も無ければ、でしょ?私はまだ、諦めていないわ」

「それはどういう意味だい?」
「知っているんでしょう?私が本当に好きなのが誰かを」
 
 目を見開き、そしてゆっくり細めながらアンドリューは小さく肩を落とす。

「知ってるよ…キミ以上にね」
「ケヴィンを尊敬しているから、彼の初恋相手である私を娶ると言ったのは本心?」

「どうだと思う?」
「質問に質問で返さないで。何だか…どう言えば伝わるのかしら…そう、気持ち悪いの。以前の貴方は私に無関心で、視界にすら入れまいとしていた。そして、ウッカリ視界に入ってしまったら最後、私のことをそれはもう…物凄い目で睨みつけて、だからずっと憎まれていると思っていたのよ」

「…ごめん、そう思われても仕方ない」
「なのに、ほら!こんな風に謝る!いったいどうしちゃったの?ここ最近の貴方は気持ち悪いくらいに優しくて、しかも私のことを愛おしそうに見つめたりする。まさか、中身だけ別人と入れ替わったりしていないでしょうね?」
 
 私の口から飛び出す辛辣な言葉を、アンドリューは微笑みながら聞いている。

「中身が変わったことは認める。だけど、残念ながら全部俺なんだ」
「何、それ、意味が分からない!」

 何を言っても吸収されてしまう気味の悪い無力感を抱きながら、知らず知らずのうちに握り拳を作っていたらしい。いつの間にか強張った腕を掴まれ、そのまま彼に抱き寄せられてしまう。

「ああもう。可愛いな、どうしてこんなに可愛いんだろう」
「えっ?」

 >ヴェロニカは可愛いな。
 >どうしてこんなに可愛いんだろう。

 ──昔、同じ言葉をくれたのは誰だっただろう?

 思い出せないもどかしさに、私はひたすら唇を噛み締めた。
 
 
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