ぼのの短編集

ぼの

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思い出のほとんど

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愛は美しくて

愛は儚くて

そして
愛は残酷だ


年が明け、冷え込みも本番に入り、布団から出るのも億劫になってしまう

家の中でも白い息を吐けるほど寒さになってきた

地元で就職できたのはいいものの、話に聞いていたよりも仕事は忙しく、これから先も続けていけるのかと不安になってしまう

「まあ、私には仕事しかないし......」

そう自分に言い聞かせ、今日も急ぎながら仕事をする

珈琲をどうしても好きになれない私は、食パンをかじり、ココアでぐいっと流し込んだ

家から職場まで、見慣れた海沿いを横目に足を急がす

何気なく見た浜辺を散歩する夫婦を見て、冷えた潮風を浴びていたのも忘れ、なんだかほっこりした気分になった

年末年始の休みは一人でいるのも寂しくなり、100mくらいしか離れていない実家に帰ってだらだらと過ごした

休みも終わり、初の出勤日はみんな気だるそうな顔をしながら仕事をしているのを上司が気を利かせ、みんなを早くあがらせた

正月番組を見たかった私は帰り道を急ぎ足で帰る

ふと携帯を見ると、幼馴染の未来からのLINEが届いていてなんだか懐かしさと嬉しさを感じた

「今度の同窓会来るよね?」

そうだ高校の同窓会やるって言ってたっけ

すっかり忘れていた私は

「行くよ。」

とだけ返信した

気付いたら好きでもない珈琲を買い、防波堤に腰掛けていた

幼い時から何も変わらない景色は私を慰めてくれているような気がした

同窓会当日

懐かしい友達や先生に会い、時が経っただけで中身はみんな何も変わってなくてなんだか安心した

あの時に戻らないか、とまで思わせるほどに

地元御用達の宴会場

海鮮料理がなんと言っても美味しく、懐かしの顔で集まってお酒を飲めるなんて成長を感じられて何だか感動した

みんなお酒も進み、男子がふざけてじゃれていたり女子は恋バナへと発展しているのも聞こえた

「ねぇ未来は亮君とはどうなのよ~」

「めーちゃくちゃ幸せ!5月に結婚しちゃいま~す!」

私とは真反対の席にいる未来から確かにそう聞こえた

涙を堪えながら急いでトイレへ駆け込む

誰もバレないようにひっそりと

携帯だけは開いちゃいけない

そう決心し、涙を一瞬で拭きトイレを出た

席に戻ろうとするとなんだか騒がしい

まだじゃれついてるのかあのバカ男子達は、と思い陽キャラは羨ましいなぁなんて思ったりもした

違った

本当は来る予定のなかった彼が来たのだった

あの服、あの仕草、あの笑顔

やっぱり彼だった

未来の隣で笑っていた

私はお酒を飲んだ、慣れてもいないお酒を何杯も

嫌なことがあってお酒を飲む人の気持ちがわかった気がした

あの光景を見えてないふりをしたのだ

気を紛らわすために学生時代に話をした事の無い男子と無理やり話題を作って話してみたり

自分が何がしたいかもわからなかった

お酒を飲み続けないと涙が落ちそうだった

視界にあの二人が入りそうになる度心臓が飛び出しそうになる

話していた男子が酔いつぶれてしまい、テーブルの上にお金を置いて何かから逃げるように下駄箱へ向かう

よたよたと歩き、下駄箱から靴を出す

全然靴が履けない

早く帰りたいのに苛立ちが募る

「お前それ靴逆だぞ。」

振り返ると彼がそこには立っていた

靴を持ちひょいっと元の履きやすい位置に戻してくれる

「久しぶり、絵名。」

ニコッとしながら頭を撫でる

彼の香水の匂いがする、手を繋ぎたかった、抱きつきたかった

でも私は泣きながら逃げるように走り去った

家に辿り着けずふらふらと潮風にあたりながら海岸線を歩く

疲れた私はコンビニで買った安っちい缶チューハイを片手に防波堤に腰掛ける

彼がなんで優しくしてくれるのかわからなかった

「未来と結婚するくせに。」

そう呟きながらプルタブを切る

なぜだか涙が零れる、もう忘れたはずの人だったのに

高校生の時に一目惚れした

告白もこの浜辺

彼を振ったのもこの浜辺

背が私より一回り高くて、優しい声をしていて、勉強も出来て、運動神経も良くて

目が合ってニコッとしてくれるだけで幸せになれた

鈍臭い私は体育の時間転んでしまい、彼におぶられながら保健室に向かった

好きになった人に優しくされて、匂いを間近で嗅げて、なんて幸せなんだろうと思った

初めて恋をして、初めて付き合って、"人を愛する"って意味が初めてわかったような気がしていた

手を繋ぐのもキスもその後の行為も全部彼に捧げた

でも彼には私が重かったみたい

誰にでも優しく、モテる彼が離れていってしまうのが怖くて、女の子と話しただけで浮気だと泣き喚き、酷い言葉を並べてしまった

優しい彼は我慢してくれていたけれど
1年くらい経って私が苛立った末に"別れよう"と言ってしまった

ほんとは彼の気持ちを確認したかっただけなのに

優しい彼は

「理想の彼氏になれなくてごめん」

と呟き、俯きながら帰ってしまった

「嫌だ!別れたくない!」

って言葉を期待していた自分と、別れようなんて言った弱い自分が本当に大嫌い

防波堤に空になったチューハイの缶を置いた

バランスを崩した缶は砂浜へと落ちる

またそれを見て泣いていた

ぼけっと眺める見慣れた水平線

近くに1台のタクシーが止まる

涙で見えない私は人が降りたのすら確認できなかった

でも、こちらに向かってくる人影は明らかに大好きな彼だった

「ここにいると思ったよ。」

そう笑いながら彼も缶ビールを片手に私の目の前でプルタブを切る

また懐かしい匂いに揺られる

この潮の匂い、彼の匂い

全てがあの時へと時間を戻す

気付いたら抱きついていた

婚約者がいるのにも関わらず

"キスして"

なんて情けない、酔ったフリをしてやった

でも今日だけはあの時のように優しくして欲しくて

甘い口付けの音が波の音と共に響く

匂いもこの唇の感触もあの時のままだった

「その上目遣い、相変わらずだな。」

頭を撫でる彼は優しく呟いた

「結婚、するんだってね。」

「あぁ、未来の理想の旦那になれるように頑張るよ。」

手を繋ぎながら海沿いを歩く

お互い無言のまま家まで送ってくれる

これもあの時の優しいまま、何も変わっていない

あの時の思い出話をしてみたり、

"付き合ってた時のこと思い出してくれた?"

なんて聞いてみたかったなぁ

それでも俯きながら歩く彼の横顔は綺麗だった

「ここ、だよね。」

家まで送ってくれた彼は何故か手を離さなかった

「あの時別れたくないって言えばまだ付き合ってられたかな。」

そういう彼の頬には一滴の涙が伝っていた

彼の手を握る強さが増した

泣くのはずるい、まだ私も好きなんだなと思った

まだその優しさに触れていたい、そう思ったのに繋がれていた手を離してしまった

「もう!泣かないの!幸せになるんだよ!」

空元気ってこういう事か

初めてこの言葉の意味を理解した気がする

「ごめん、帰るね。またどこかで。」

涙を拭きながら煙草を咥え、そっと火をつけた

煙草なんて吸い始めちゃって彼も大人になったんだな

くるっと一回転した彼

歩き出したその一歩一歩がとても遠く感じる

誰かが言っていた

「亮君と未来ちゃん、アメリカに住むんでしょ~!素敵!」

もうこれが最後か

再燃してしまったこの恋心はどこにやろう

「だいすきだ。」

気付いたらその背中に向かって叫んでいた

その瞬間、波の音が強くなる

あぁ、なんて残酷なんだろう

彼はあの海を見ていた

あぁ、最後まで期待してしまっていた自分はなんて愚かなんだ

彼が途端に振り返って"やっぱりやり直そう"

なんて言ってくれるかもだなんてそんな甘くなかったんだ

波に消された私の声は静かに消えていく

優しい彼に最後の最後まで惚れさせられた





ふと携帯を見ると1時30分

待ち受けの彼は私に優しく微笑みかけていた
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