恋は虹色orドブ色?

黒辺あゆみ

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第四話 地味女と「ハルカ」

1 妹がいた

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バイトの休みが明けて木曜日。

「おはようございまー……」

挨拶をしながら開店前の店に入ると、誰かがカウンターに座っていた。
 明るい髪色をツインテールに結び、淡い青のワンピースを着ている女の子で、由紀は見たことのない人物だ。

 ――誰?

 入り口で立ち止まってしまった由紀を、カウンターの彼女が振り返った。
 そして目が合うなり、ギロリと睨まれる。

「アンタが雇ったバイト?」

そう言ってくる彼女は、とても可愛い女の子だった。
 そして何者かもわかってしまう。髪色といい顔のパーツといい、由梨枝に似ているのだ。

「……アナタは近藤家の人で?」

「そうよ、私はアンタに言いたいことがあるの」

由紀の質問に立ち上がった彼女は、ビシッと人差し指を突きつけてくる。

「弘兄ぃのタンデム一番乗りは、私のはずだったのに!
 なんてことをしてくれたの!」

 ――えーと?

 どうやら由紀が近藤のバイクに二人乗りして出かけたのが、お気に召さないらしい。
 強引なバイト勧誘がバレたからと、無理に突き合わされた立場なのに、責められるとはこれいかに。
 ここは「ごめんなさい」と返すべきか、「そんなこと言われても」と言うべきか。
 由紀が一瞬悩んでいると。

「そんなもん、いつまでもお前が暇にならないのが悪いんだろうが」

厨房から近藤が出て来て、カウンター越しに彼女を小突いた。

「だって弘兄ぃ、私ずっと楽しみにしてたのにっ!」

なおも文句を言う彼女を、近藤が片手で制しながらこちらを見たので、由紀はとりあえず挨拶する。

「おはよう」

「おう。コイツ、いつか言っていた『ハルカ』な。
 ちなみに妹だ」

近藤がそれに応じながら、彼女を紹介する。

 ――やっぱり妹か。

 「弘兄ぃ」という呼び方で、そうかと思った由紀だったが。

「さらにちなみに、雑誌でモデルをしている」

「へ!?」

この暴露には目を丸くした。

「ほらよ、これ」

近藤がカウンター横に置いてあるマガジンラックから、雑誌を一冊抜いて差し出す。
 由紀でも知っている十代女子向けのファッション誌で、表紙に目の前の彼女が乗っている。

『おめぇ、ファッション雑誌とか読まない系か』

以前言われた近藤の言葉が蘇る。
 謎が解ければなんてことはない、彼女は知らない方が珍しいくらいの有名人だったのだ。

「そう言えばモデルのハルカって、聞いたことがある気がするかも」

非常にあやふやな記憶ながらも、脳の端辺りに引っかかっていた情報だ。
 それだけ由紀がファッションに疎いという証拠だろう。

「近藤春香よ、弘兄ぃのタンデム初乗りを奪ったことは一生恨むから」

「さようで……」

相変わらずこちらを睨んでくる視線は、マジの目だ。
 これは結構なブラコンと見た。

「まあなぁに、そんなところで立ち話して」

入り口で三人の話している声が聞こえたのか、由梨枝も奥から出て来る。

「西田さん、この娘は誰にでもこうなのよ。
 だから気にしないでね」

この態度が春香のデフォらしい。
 なんとも難儀な妹さんだが、その難儀なブラコンモデル春香は、由紀に文句を言うためにわざわざ待ち伏せたのだろうか。
 だとしたら今後の付き合い方を真剣に検討したいところだ。
 そんな由紀の疑問を察したのか、由梨枝が説明してくれた。

「この娘、午前中に仕事先の人とここで話をするらしくって、朝から珍しく居座っているの。
 でも西田さんは気にしないでお仕事してね」

「ここが私の家だってことも、相手に言ってないから。
 アンタも余計なことを言わないでよね」

春香も続けて言ってくる。要はここで仕事の打ち合わせをするらしい。
 だとしても、由紀のすることは変わらないわけで。

「了解です」

由紀はそう返事をした。
 それからいつものように掃除をこなしていると、すぐに開店時間となる。
 やって来る常連客の応対をしていると、やがて春香の待ち人は現れた。

「いらっしゃいませ」

「あの、人と待ち合わせをしているのですが」

出迎えた由紀にそう窺って来たのは、三十代半ばくらいのスーツ姿の男性だ。

「もういらっしゃってます」

由紀は込み入った話のしやすい、角のボックス席に案内した。
 ちなみにそこは、先日田んぼ三人組が陣取った席でもある。
 既に席にスタンバイしていた春香が、男性に手を振る。

「ああ、本当ですね」

彼がホッとした表情で席に向かったので、由紀は少し間を開けて注文を聞きに行く。

「ご注文は?」

「えー、コーヒーをお願いします」

こうして貰った注文を伝えに行くと、近藤がカウンターからコッソリと春香たちを覗いていた。

「コーヒーです」

「おぅ……アイツがそうか」

由紀がそう言ってペラリと伝票を見せても、近藤は気持ちがあちらのボックス席に飛んでいる。
 兄として、妹のことが気になるのだろう。
 一人っ子の由紀には、そういった関係が少し羨ましいかもしれない。
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