恋は虹色orドブ色?

黒辺あゆみ

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第六話 恋はなに色?

1 近藤家祖父

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ショッピングモールに出かけた翌日の、バイトが休みの水曜日の昼前。
 エアコンの効いた部屋でダラダラしている由紀に、由梨枝から連絡が入った。

『いいものを見せてあげたいの。
 お昼をごちそうするから食べに来ない?』

いいものとはなんだろうかと疑問を抱きつつ、由梨枝が作るお昼に釣られて、由紀は店に向かう。
 思えば客として店に入るのは初めてだ。
 最初に来た時は近藤に強制連行される形だったので、客とは言い難い。

「こんにちわー」

「いらっしゃい」

挨拶しながら入った由紀に声をかけたのは、カウンターのレジ横に座る、七十代くらいのおじさんだった。

「どこでも好きな所に座んなよ」

「えーと……」

気さくに席を勧めるおじさんに、由紀は「由梨枝さんに呼ばれました」と説明しようとしていると。

「まあ西田さん、いらっしゃい」

当の由梨枝が厨房から顔を出した。

「今注文がたてこんでいるから、ちょっとだけ待ってもらえる?」

「待ちますから、どうぞお構いなく」

由紀は由梨枝にそう返してカウンターの空いている席に座ると、レジ横のおじさんが話しかけて来た。

「アンタが弘樹が連れて来たっていうアルバイトの娘さんかい?」

「あ、はいそうです」

おじさんと話をし始めると、近藤がやって来た。

「なんだ、飯でも食いに来たのか?」

そう言う近藤は料理をテーブルに運んだ後らしく、トレイを手に持っている。

「うんにゃ、由梨枝さんに呼ばれたの」

「……母さんが?」

由紀がそう告げると、近藤はこのことを知らなかったらしく、眉をひそめる。
 どうやら由梨枝は息子に内緒であったらしい。

「はっは、弘樹は仲間外れにされたか。僻むなよ」

「そんなんじゃねぇよ」

おじさんにいじられた近藤が嫌そうな顔をすると、由紀に紹介してくれる。

「こっち、うちのジイさんだ」

聞いた由紀は、たぶんそうかなとは思っていた。

 ――近藤はおじいさん似なんだな。

 そう、近藤の強面のルーツを発見してしまったからだ。
 腰を悪くしたという祖父は、孫息子にそっくりだった。

「腰の具合はいかがですか?」

「おう、だいぶマシになったさ。
 気持ちは若いつもりでも、身体が付いて行かなくていけねぇな」

由紀が尋ねると、おじさんがカラカラと笑って言う。
 顔はそっくりでも、性格はずいぶんと違うようだ。
 そこに、そっくりの孫息子の方の視線を感じた。

「なにさ」

「眼鏡は買ったのか?」

由紀が声をかけると、近藤が聞いてくる。

「ああこれ?
 家にちゃんとスペアがあるのですよ」

由紀は昨日とは違う眼鏡を示すように、眼鏡をかけ直した。
 なにせ眼鏡がないと生活に困る身である。
 うっかり壊した時のためにちゃんと用意してあったのだ。
 もちろん昨日買ってもらった百均眼鏡は、第二のスペアとして保管している。
 レンズが割れた眼鏡は、そのうち眼鏡屋に相談に行くつもりだ。
 それにしても、由紀の昨日壊れた眼鏡を気にしていたらしい。
 近藤のこういうところが、やはり繊細だなと思う。

「弘くーん」

ここで由梨枝が料理を運んで欲しいのか、近藤を呼んだ。
 これにすぐに厨房に向かいかけた近藤だったが、ふと由紀を振り返る。

「待っているなら、なんか飲むか?
 母さんが呼んだのならサービスだ」

「やった! じゃあアイスコーヒーで」

速攻リクエストをした由紀に頷いた近藤は、由梨枝から料理を受け取って運んでいく。

 ――奴の給仕姿が新鮮だな。

 近藤の強面にお客さんがビビるかと思いきや、意外と反応が普通である。
 元々の経営者である祖父が強面なので、客にも免疫があるのかもしれない。
 きっと慣れが大事なのだろう。
 こうやって近藤の働きぶりを観察していると。

「西田さんだったか、アンタは弘樹と学校でも仲がいいのかい?」

おじさんが尋ねてきた。
 孫息子の学校生活が気になるのかもしれないけれど、生憎由紀には、近藤の学校での様子について語れることはなにもない。

「いえ、バイトに誘われた時に初めてまともに喋りました」

嘘を言っても仕方ないので、由紀は正直に言う。
 学校でいつも近藤軍団に囲まれていることは、可哀想なので言わずにおいてやる。
 本人も囲まれるなら、可愛い女子の方がいいだろうに。

 ――いや、それはそれでキョドりそうか。

 由紀は想像するだけで、女子集団に慄く近藤が目に浮かぶ。
 一方、由紀が近藤とさして仲良くないと知ったおじさんは、不思議そうに首を傾げる。

「じゃあなんで、うちで働こうと思ったんだい?」

実に最もな疑問に、由紀もそのままの事実を返す。

「逃げられなかったからですかね」

由紀の答えはこれに尽きる。

「はっは、そうかい!
 弘樹は意外とナンパが上手いのかねぇ」

回答を聞いたおじさんは、可笑しそうに笑った。

 ――私って、にゃんこ近藤にナンパされたのか?

 それは衝撃の事実である。
 だが物の捉えようによってはそうとも言えるかもしれない。
 ナンパとは面識のないものを会話や遊びに誘う行為である。
 由紀はまさにクラスメイトという関係でしかなかった近藤に、いきなりバイトに誘われたのだから。

「なるほど、ナンパか」

「っておめぇは納得するな!」

初めてわかった新事実にうんうんと頷く由紀に、後ろから近藤の声が降って来た。
 振り向くと、料理を運んで戻って来た近藤が、嫌そうな顔をして立っている。
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