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第二部 ヴィランの森合宿

Episode10 メルさんとユリアさん

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 ヴィランの森──
 二級魔獣がたくさんいる不気味な森だ。
 太陽の光が地上まで届かず、一日中暗闇に包まれている。

 僕たちが泊まる場所はラムード荘。
 小高い丘の上に建てられている。

 さすが貴族だらけの学園ということあって、最高級ホテルのような内装だ。
 図書館に、プールに、ダンスホールに、サロンまである。
 嘘のようなホントの話。
 僕がこのあいだまで暮らしていたゴミ溜めのような場所とは大違いだ。

 これだと、寝泊まりする部屋もさぞ豪華なんだろうな──

「──そう思っていた僕がいましたとさ。なんだこれ、超ボロボロじゃん」

 F組が泊まる宿はこちらです、という看板の先にあった建物。
 幽霊館と噂されてもおかしくない雰囲気だ。
 歩くたびにギシギシと音がなっている。

「ゆ、ユリアちゃん……メル、怖いよ……」

「わたしたち、F組。庶民……B組の第5Grとは違う……」

「そ、そうだね……」

「……大丈夫。メルのことは、わたしが守る……」

 あれは──
 身長が低くて金髪ロングで、おどおどした雰囲気。
 庇護欲をくすぐってくるような、うるんだ目が特徴的なのはメルさんだ。
 
 メルさんの一歩先を歩いてるのは、すらっとした体型が特徴的な女の子、ユリアさん。ショートヘアーの色は青でぱっつん、すごく美人。皇国雑誌のモデルさんみたい。
 
「ふぇ……っ!」

 あ、メルさんが転んだ。
 思わず駆け寄る。

「大丈夫?」

「ひぅ……!」

 なんか分かんないけどすごい勢いで離れられた。
 僕が怖いのだろうか。

「えと……なんかごめん」

「…………」

「……めっちゃ見られてる」

「…………」

「…………大丈夫?」

「……だ、大丈夫です」

 呟く彼女の声は、とてつもなく小さい。
 緊張のせいなのか、体がぶるぶる震えている。

 彼女が両手で抱えている大きな荷物。
 そこからはみ出ているのは剣だろうか。
 左右で大きさの違う双剣で、刀身は短めだ。
 初めて見たけど、彼女の武器なのだろう。
 確か志望は、僕と一緒の魔導剣士だったはず。
 
「メル……? 行かないの……?」

「ま、待って!」

 ユリアさんに促されて、メルさんは僕のことをチラチラ見ながらも去っていく。
 そこで、メルさんの鞄からノートのようなものが落ちた。
 
「あの、メルさん落ちてるよー…………って、もう行っちゃったか」

 仕方ない、拾って届けてあげよう。
 そう思いながら、ノートを拾い上げる。
 女の子っぽい可愛らしい猫の肉球表紙が特徴的。
 授業のノートかな、と思って何気なく中身を覗いてみる。
 

『ユリアちゃん、お父さんが名誉貴族になるからA等級に昇格なんだって。
 すごいなぁってメルは思っちゃった。
 でも、ユリアちゃんは全然嬉しそうじゃない。
 A組になって、フィオナちゃんと離れたくないからかな?
 二人とも頑固だから、喧嘩しちゃったみたい。
 ユリアちゃん口下手だもん。
 早くユリアちゃんとフィオナちゃんが仲直りして、三人でお喋りしたいな』


(しまった。これ読んじゃいけないやつだ)

 ノートじゃなくて、日記だ。
 女の子の日記は神聖不可侵。
 絶対に覗くべからずってシェリーに教えられていたのに、やってしまった。
 覗いてしまったものは仕方ない。
 素直に謝ろう。
 そう思って、僕はメルさんとユリアさんが泊まる予定の部屋に向かう。
 
 女子の部屋は、男子が覗かないように奥まった場所にあった。

「ここかな。……ごめんなさーい、僕アスベルですー。メルさんの日記を届けにきましたー」

 そしたら、勢いよく扉が開いてメルさんが現れた。
 うつむき加減で顔はよく見えない。

「あ、あの…………そ、それ」

「ごめんね。授業のノートをだと思って、最後のページだけ読んじゃった」

 ぺこりと頭を下げる。
 叱責の一言でもあると思ったけど、メルさんは何も言わなかった。
 いや、言えなかったのだろうか。
 緊張のあまり声が出ていない。
 
(いくらなんでも怖がり過ぎじゃないか?)

 目を見て話せない、なんてレベルじゃない。
 人見知りの度を越している。
 不思議に思っていると、部屋の奥からユリアさんがやってきた。

「ありがとう……アスベル君。……メルのかわりに、わたしがお礼をする……」

「あぁ、うん」

「あまり気にしないであげて? ……メルは、わたしとフィオナ以外と話すのが苦手。……昔、ちょっと色々あったの……」

「そうなんだ。……じゃあ、僕は部屋に戻るね。また明日」

「うん。また明日」

 そう言って、僕はその場から去る。
 えぇっと、僕の部屋は……

「え……となり……?」

 なぜか、ユリアさんとメルさんの隣の部屋だった。
 しかもフィオナと相部屋。
 あのおじいちゃん教官の声が聞こえてきそうだ。

『本当は男女別なんだけど、基本的にペアと相部屋っていう決まりがありますしねぇ。ま、アスベル君は可愛い顔してるし、フィオナくんと仲良いし、大丈夫でしょうなぁ』

 僕、男だと思われてるんだろうか。
 部屋に入ると、大剣を手入れしているフィオナがいた。
 目が合うと、何となく気まずい雰囲気になる。
 まぁそれもそうだ。
 なんたって、僕と相部屋になってしまったのだから。

「変なことしたらただじゃおかないわよ」

「しないよ」

 フィオナに胡散臭そうに見つめられるが、絶対にそんなことはしない。
 僕は自分のベットに腰掛けると、鞄の中から荷物を取り出して整理を始める。

「ユリアの様子、どうだった……?」

「気になるんなら自分で見に行けば?」

「簡単に言ってくれるわね。古い付き合いだと行きにくくなるのよ」

「なるほどね。──全然普通。いつも通りに見えたよ」

「そう。……ならいいのよ」

 少し無言。
 僕が革命の青冰剣リベラルフェーズの手入れを始めると、気を取り直すようにフィオナが覗き込んできた。

「それがアスベルの剣なの?」

「そうだよ。革命の剣って言って、なんでも先代の《天性者》が扱っていた者なんだってさ」

「《天性者》って、三百年前の? 革命家ラドルフ、伝説の剣士」

「そうだよ。フィオナもお伽噺って思ってる?」

「うん、まぁね。でもサルモージュ皇国が建国されたのは三百年前だから、そんな人物がいても不思議じゃないって思ってるわ」

 先代の《天性者》の名はラドルフ。
 天性者というのは、地位や身分ではなく己の天性の才能のみで成り上がった人間のことを指すらしい。天性者と呼ばれたのは三百年前のラドルフのみだったというが、シェリーは僕のことを天性者としての素質があるという。

 僕はまだ革命の青冰剣リベラルフェーズを実戦で試したことがない。素振りをしたり、木を斬ってみたりしたことがあるくらいだ。それでも、切れ味の鋭さや魔元素マナ伝導率の高さは模擬剣とは比べ物にならなかった。

「フィオナの剣は、確かファラティックブレイザーっていう名前だっけ? いつもは模擬剣を振り回してるけど、本当に大剣使いなんだね」

「驚いた?」

「うん。女性が大剣使いってかっこいいな」

 ピクリとフィオナの手が止まった。
 驚いたような顔をしているが、何かやらかしてしまっただろうか。
 不安になる。

「フィオナ?」

「あぁごめんなさい。女なのに大剣なんてってよく言われてきたから、かっこいいなんて初めて言われたの」

「可愛いのほうがよかった?」

「ううん、かっこいいのほうが嬉しいわ」

 小さな笑みを浮かべるフィオナは、とても可愛らしかった。

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