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本編
03 侍女になります
しおりを挟む気合で歩くこと二時間弱。
紙には一時間と書かれていたが、完全に騙された。
(これ絶対にお父様の歩幅で計算されてますわ!!)
辿り着くころには、整髪剤で整えられた髪は汗でぼさぼさになっていた。足は豆だらけになり、ヒール靴は歩きにくかったので手に持っている。
生まれてこのかたトランクケースを持って歩き回ったこともなかったため、途中休憩の際に置き忘れそうにもなった。
(ここが……シザーク様の邸宅?)
ランドハルス侯爵の旧友というから、どんな大きな邸に住んでいるのかと思ったけれど、小さい。2階建てで、侯爵家で飼われていた犬のお家程度しかないけれど、申し訳程度の庭がある。
(貴族の方……ではないのかしら)
「あの、すみません」
おそるおそる玄関をノッカーを叩く。鈍い音。中々出てこられないので、さらにもう一度。
(もしかして、お留守……?)
私は疲れてその場に座り込んでしまった。
もうすぐ陽も落ちてしまう。二時間も歩いた疲れで、一歩も動けない。人の家の玄関前で座り込むなんて、本当はダメなのだけれど──
私の意識は、深い闇へと落ちていく。
「おい」
肩を揺すられて、目が覚める。
(もしかして眠っていたかしら……?)
「た、大変失礼いたしました! 申し訳ございません!!」
「びっくりした……」
そこにいたのは、若い男性だった。
年齢は20過ぎたあたりだろうか。
鼻筋がすっと通り、整った顔をしている。
(私と同じ…………銀髪)
銀色の髪は亡き母と同じもの。建国神話を信じる者の中には、髪色で差別してくる者もいる。私はこの髪が好きだったから、同じ髪色を持つ彼に親近感を抱いた。
「し、シザーク家の方でしょうかっ? 私はレティシア・ランドハルス。ランドハルス侯爵の娘です……。こ、ここに、侯爵より賜った信書がございます。どうぞお確かめください……」
震える手で信書を渡すと、彼はその場で開いて読み始めた。
「確かにこれはランドハルス侯爵のもの。しかと受け取った。なるほど、君は私の父ジルクアド・ル・ルヴォンヒルテ公爵に頼ってここに来たのだな」
(ルヴォンヒルテ……って、公爵様じゃないの!?)
偽名だとは予想していたが、公爵家だなんて誰が思うだろうか。
しかも彼は、父がと言った。
つまり、彼は使用人などではなくルヴォンヒルテ公爵の息子ということになる。
ルヴォンヒルテが治める領内には魔物がたくさん出現する。魔物は魔女が生み出した忌むべき生物とも言われ、公爵家は魔物が王都へ侵入してくるのを抑える役目を持っている。王家からの信頼が厚いお家柄だ。
ただ、ルヴォンヒルテ公爵は父ランドハルス侯爵と同じかそれ以上に冷酷な男で、息子もその血を引き継ぎとても冷徹な男なのだという。魔物を殺すため、中には彼らを「血塗れ公爵」と揶揄する者もいた。
「か、重ね重ねご無礼をして申し訳ございません! あの……っ」
「ジルクス。ジルクス・ル・ルヴォンヒルテだ。一応次期公爵となる」
「ルヴォンヒルテ次期公爵様、あの……お話が」
「話はあとで聞こう。とにかく、中へ入れ。……自分がどんな見た目をしているのか気付いていないわけではあるまい?」
「そう、ですね……。大変失礼いたしました」
謝罪を見届けるまでもなく、彼は無言で中に入ってしまった。
私も後を追う。
(次期公爵様の邸宅にしては……小さすぎるわよね? もしかして別荘かしら)
しかも、彼を世話する使用人の姿も見かけない。
「気付いたか? まぁ、使用人を一人もつけない次期公爵なんていないだろう。安心しろ、別に迫害されているわけではない。ここは本家より魔物と遭遇しやすい。俺自身は強いが、俺が出かけている間に使用人が殺されたら、たまらないからな」
見透かされてしまい、赤面する。
私は昔から、感情がすぐ顔に出てしまう性質だ。貴族同士の駆け引きが出来ない。もう私には必要とされない技術だから、もういいのだけれど。
「湯を浴びてきなさい。体も冷えているだろう」
彼はジャケットを脱ぎながら、こちらには目も合わせずそう言った。人からすると冷たい雰囲気。けれど、ジャークス様のあの時の表情に比べたら、怖くも何ともない。それにこの程度なら、父と似たようなもの。
冷たい雰囲気の中に確かな優しさがある。
私は静かに頭をさげた。
「温情、痛み入ります」
浴室の奥には、小さなバスタブが一つ。
おそらく外にタンクのようなものがあって、そこに溜めた水を沸かすのだろう。蛇口をひねると、温かな湯が流れて来た。湯を張るのは申し訳ないと思い、湯あみを済ませる。
トランクケースから替わりの服を取り出し、彼のもとへ戻った。
「どういうことだ?」
ルヴォンヒルテ次期公爵様は、湯あみをしたあとの私を見て目を見開いていた。
黒と白。侍女が着ているような給仕服だ。新品ではなくおさがりである。
「君は侯爵令嬢だろう。なのに、風呂中に使用人を必要としなかった。体を洗う、服を着る、髪を乾かす。どんなときでも使用人は必要だ。──なのに、君は一度も不満を言わなかった」
「ここに使用人はいらっしゃらないでしょう?」
「……ああ」
「であるなら、ないものねだりです。それにもう、私は侯爵家の娘ではありませんから」
私は、彼にすべてを話した。
ジャークス様に裏切られて婚約破棄されたこと、父から勘当され、ルヴォンヒルテ公爵を頼らなければいけなくなったこと。
「この話を、ルヴォンヒルテ公爵に直々に伝えたいのですが、どちらにいらっしゃいますか」
「公爵は現在外遊中で留守にしている。その話は、とりあえず俺が文をしたためて連絡しよう」
「ありがとうございます」
「おそらくランドハルス侯爵も、それを分かっていてこの別荘の場所を示したのだろう。ここは、いわゆる避暑地だ。最近は俺しか使っていない。おかげで道に迷っただろう?」
「はい、何度か」
彼は、一息ついた。
「残念ながら、本家に連れて帰ることはできない。君はハルクフルグ公爵のご子息であるジャークス公の元・婚約者だ。どんな理由にしろ婚約破棄された。いまの社交界はその話題で持ちきりだろう。そんな人を本家には連れて帰れない」
期待は、しないようにしていた。
どういう理由であれ婚約破棄されたのは事実。
そんな女を匿うとなれば、それこそハルクフルグ公爵にたてつくことになる。いまの社交界は私が完全に悪者扱いされているので、争いの火種を持ち込むのは避けたいだろう。
「だが、ランドハルス侯爵は賢明だ。本家には連れて帰れないが、別荘では匿うことが出来る」
「よろしいのですか……?」
「ルヴォンヒルテ公爵とランドハルス侯爵の話は俺にも伝わっている。その娘を無下にできるほど、俺は馬鹿にはなりたくない。それで、ここで暮らすために何人か侍女を呼んでくる必要があるのだが」
「あなたの侍女になります」
顎に手を当てて考え込んでいた彼は、目を見開いていた。
それもそうだろう。
今まで真っ当な貴族令嬢暮らししかしてこなかった女が、いきなり侍女になると言い出したのだから。
(住まわせてもらうのだもの。私はもうただのレティシアなのだから)
「本気か?」
「覚悟は決めております」
「……分かった。君の判断に従おう」
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