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第1章

106話 招かれざる客 Ⅲ

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僕は誘拐犯の大体の目的を予想する。こんな大貴族の一族の娘を誘拐するというのは平民程度や山賊程度では考えにくい、それぐらいならば即座に金を要求するはずだ。

伯爵家跡取りを一人で来いという内容で相手は貴族だと結論を出した。この伯爵家の持つ権益をねらう無職貴族、その数は多いからどれかは分からないがその当主か跡取りでしか判断できないことを言ってくるのは間違いない。

「ここはアルベルト様”一人”で行かれたほうがいいでしょう」

僕の発言のベルン様やアルベルトさん、そして家臣らも驚く。

「ゆ、ユウキ殿、それはあまりに危険すぎる」

「わかっております」

ここで、僕の予想と考えを説明する。

「なるほど、誘拐犯らは金で雇われたごろつきで背後にいるのは無職の貴族らなのだな」

「間違いありません」

「奴らめ、無能なのに温情で年金を貰っているくせに愚かなことをしおって」

全員がここで「愚か者」と叫んだ。なにしろ伯爵家の一族の娘を誘拐しその権益を奪おうというのだからそうなるわけだ。これはもはや穏便に解決するというわけにはいかない。

「しかし、アルベルト様お一人で行かせるのは危険が大きすぎます!」

家臣の一人が進言した。誰か護衛を付けさせるべきだと。もちろんそれも予測済みだ。

「護衛を付けさせるとエーディンの身に何が起こるかわかりませんし相手側の人数によっては苦しくなることも考えられます」

僕一人だけ護衛をする。もちろん、誰にも見られないように、だ。

「ど、どのように?」

僕は魔法のバッグから漆黒の外套を取り出す、細部は金糸で刺繍されている。大貴族家から譲られ預けられた魔術の防具だ。

「”影縫いの自分”」

言葉を唱えると漆黒の影となり輪郭がぼやける、そして、

「ゆ、ユウキ殿、いったいどこに?」

全員が姿が見えなくなった僕を探している。

(ここです、アルベルトさん。貴方の足元です)

アルベルトさんは足元からの僕の声に驚いていた。

「そ、そこにいるのですか?」

(はい、これならば誰にも気が付かれずに護衛できますし付いていくことが出来ます)

そして作戦を伝える。

アルベルトさんは安心して一人で誘拐犯のところまで向かうことにした。足元には僕が常にいたわけだ。そして、エーディンのところまで辿り着き安全を確認してから誘拐犯らを殺した。

今の状況は、

「怖かった!怖かったです!」

「落ち着いて」

エーディンは涙を流しながら僕に抱き付いている。これはこれで役得だが今後の対策を練らないといけない。

「ユウキ、この後はどうする」

まず最初にやることは誘拐犯の死体の後始末だ。こいつらは所詮金で雇われたか依頼されただけで意味は無いが殺したことが伝わると何かと騒ぐ輩が出てくるかもしれない。

跡形も残らず消すために廃墟に油を撒いて焼き払う。これで、遺体の身元は分からなくなる。

生き残りの一人を連れて伯爵家本屋敷まで戻った。

「アルベルト!エーディン!よく、無事で戻ってきてくれた」

ベルン様や家臣らはずっと待っていてくれたようだ。

「父上、ご心配をおかけしました」

「当主様、ごめんなさい」

そんな二人を気遣うようにべルン様は笑顔を向ける。

「我らは何もしておらぬ、全てはユウキ殿のおかげだ」

お礼を言うのならば僕だと、そこにいた全員が頭を下げてくる。

「そいつが誘拐犯か?」

連れてきた男を見て「そうです」と。

「伯爵様、こいつは証人です。まだ全てを聞き出してないので生かしておく必要性があります」

「わかった。牢屋に連れて行け」

ベルン様は家臣らに男を牢屋に連れて行けと命じる。そうして当主や跡取り含めて重臣らが集まり会議となる、僕も出席することになった。

「ユウキ殿の活躍のおかげでエーディンやアルベルトは無事に帰ってきた。アルベルト、奴らの背後には誰がいたのだ」

「多少痛めつけて吐いた言葉ではアウドース男爵と複数の貴族とのことです」

「奴らめ、以前から鉱山利権に噛ませろと要求していたから間違いないだろう」

「まったくもって業腹な奴らだ」

「伯爵家を脅そうとは何たる相手だ」

以前からそうした要求をしていたそうでもはや敵であるのは間違いなかった。ここにいたっては奴らに明確な罪を問わなければ秩序が乱れる、その意見が大半である。

そうして会議が進んでいくと、

「報告します!」

伝令兵が会議の場には飛び込んできた。

「どうしたのだ?」

「はっ!アウドース男爵と複数の貴族軍が領地の境界線付近まで兵を進めて参りました」

その報告を聞いて会議が騒然となる。

「アウドース男爵らは『ジーグルト伯爵家の領地の半分は我らに分譲される。その証書も有している』として四百名の兵を率いてきました」

「なんだと!そんな馬鹿な証書などあり得ない、完全に偽造だ!」

家臣らは「そんな証書を書いたことなど一度たりとてあり得ない」と激怒、これは反乱軍だと断言し一刻も早く討伐するようにベルン様に迫る。

「奴らのほうから逃げられぬ証拠を携えてきおったか、これはもはや捨て置けぬ。皆の者、急ぎ戦の準備を整えよ、大儀は我らにある。国に逆らう反逆者を一掃するぞ!!」

『ははっ!家臣一同、ご命令に従います』

家臣らはすぐさま戦の準備を整えるために行動を開始する。その前に

「ユウキ殿。我らの軍勢は奴らと互角程度、実戦経験が乏しい。リサから聞いておる”特化戦士”のお力をお借りしたい」

我らを勝利に導いて欲しいと。

ベルン様とアルベルトさんは家臣の前で堂々と僕に頭を下げる。

ここまで関わって逃げ出すのは矜持が許さないしエーディンのこともある。誘拐してまで脅した相手を放置は出来なかった。

「分かりました、伯爵様。戦士として先頭に立ちお味方いたしましょう」

快く承諾する。

戦の決定がされすぐさま食料や装備の準備を整える、領民らが「伯爵様に勝利を!」道に集まっていた。僕はその先頭を歩く。

「おおっ!先頭にいるのはユウキ様だ!」

「ユウキ様!伯爵様に勝利を!」

「冒険者ギルド随一の戦士たるユウキ様が加われば敵など物の数ではない!」

民衆に送られて戦場に向かう。

敵軍は四百人前後、こちらもほぼ同じ数だが実戦経験が乏しく領地は山々に囲まれている。守りには強いが攻めるのは弱い、さらに背後の守りは薄いのだ。これをどうするのか。

「ユウキ殿、どう戦おうか」

「そうですね」

敵もすでに戦闘準備を整えており兵を出してきている。。敵の陣形は古典的な前に盾兵を置きその後ろに剣兵と槍兵、さらに弓兵を置いていた。

「見た限りで前衛を崩さないと決定打は与えられないと判断いたします」

「なるほど」

「まず、最初に突破口を開くことが重要ですね」

勝負は最初の一撃で決まる。

大将のベルン伯爵様と副将のアルベルトさんと家臣らが集まる前で作戦を説明する。



一方、敵の大将らは。

「フハハハ!ベルン伯爵め、兵を出してきおったわ」

「これは我らに運が向いておるぞ!」

「さようですな!」

アウドース男爵ら数組の貴族は勝ち誇ったように酒を飲んでいた。兵数は互角だが相手は実戦経験に乏しい。守るのは得意だが攻めるのは苦手な軍だ。

しかも一族の娘を誘拐し跡取りも始末している。そんな状態で戦争など出来るはずが無い。

領地を譲り受ける証書など出鱈目だ。そこらの書類を書ける輩に頼んだだけだ。

どちらにしろ相手はガタガタなのだ、しばらくしたら降伏してくるだろう。さすがに領地の全てを奪うのは業腹なので半分としたが上手くいけば全部取れるかもしれない。

「ほ、報告します!」

「なんだ?」

今酒でいい気分なのだ、伝令など聞きたくない。

「て、敵軍が押し寄せてきました!」





「それじゃ、作戦通りに頼むよ」

「し、しかし、それでは」

「一切かまわない、その程度のことなど経験済みだから」

「わ、分かりました。ご武運を!」

僕は味方らに指示を出す。

『そんな命令は受け入れられない』

全員そう思ったがこれが一番勝つ可能性が高いのだ。その代わり僕の身は危険になるが。大恩人である僕を危険に晒すことに兵だけではなくベルン様らも反対したが迅速に勝つためだと説得。僕の意思が変わらないことを理解して渋々承諾した。

「”不屈なる不動の柱”」

僕は巨大な武器を取り出す。まるで石柱を削り大きな剣としたかの荒々しい作りの大剣。これも大貴族家の家宝の一つだ。また殺し合いなどやりたくないが前回よりは格段に楽だ。

さて、愚か者どもを殺しにいこうか。

そして僕は背後の味方との距離を気にしながら突撃する。味方の攻撃がギリギリ届くという程度の距離で敵の前衛を、

「うらぁぁぁああ~!!」

纏めて吹き飛ばす。

相手は油断しきっていて突撃する間ですらも動きが緩慢だ。前衛を吹き飛ばして前に進む。

「な、なんだこいつは!」「ヒィッ!」「止まれ、止まるんだ!」

前衛を吹き飛ばしたころに。

ヒュンヒュンヒュン!

味方から矢の雨が降ってくる。

「敵は矢を撃って来たぞ!反撃を」

「そうはさせない!」

命令を出そうとした指揮官を即座に潰す。僕が立てた作戦はこうだ。

『僕が最前線に出て突破口を開く。その後ろから矢を撃たせろ。陣形が崩れたら側面から襲え』

それだけだ。

自分を矢の雨が降る中で戦わせるなど誰も賛成してくれなかった。一応これが一番被害を抑えられる作戦だが大恩人である僕に火中の栗を拾いに行かせる作戦など認めがたい。非常事態ということで何とか受け入れてもらえたが。

そうして矢の雨が降る中で攻撃を継続する。

数百の矢が降る中で攻撃を継続するのは困難なのだが僕にはそれを防ぐ防具がある。

「”風鷹の外套”頼むよ」

同じく大貴族から譲られた緑色の外套、これには風の加護があり矢などを弾く効果がある。これを装備しているからいくら矢が降っていても僕には当たらない・・はずだ。いくら魔術の装備とはいえ無敵ではない、不運があれば当たる可能性があるが今のところ問題は無い。

そうして前軍を崩して中軍まで押し進む。

「相手は本気か!味方の攻撃に晒されながら進軍するだと!」「こ、こんな化け物と戦えるはずがない!」「し、指揮官。命令を早く出せ!」

味方から弓矢が振る中にもかかわらず敵を殺し続けていく僕に混乱を起こす。相手の動きがほぼ止まった頃間だ。ここで僕は合図を送る。

バサバサ。

鮮やかな赤一色の旗を高々と掲げて振る。それを見た後ろの味方は左右に分かれて挟撃を開始する。

『て、敵は左右に分かれたぞ!』

このままでは味方は挟まれてしまう、その現実に動揺が広がる。それをさらに増幅させるために僕は暴れ続ける。さらにそこに伯爵軍が接近してくる。

「こ、こんなところで死んでたまるか!」「に、逃げるぞ!」「あんな指揮官と死にたくない!」

所詮は烏合の衆、味方が多く死んでそのど真ん中で化け物が暴れさらに挟撃されるとなれば戦う意思は皆無となる。我先にと逃げ出した。

「ユウキ殿、ユウキ殿!よくぞ、よくぞ無事であった」

兵が霧散して安全が確保されたのだろう。ベルン伯爵様らがやってきた。

「あのような無謀な作戦を実行したにもかかわらず勝利し無事に生き残る。いや、まさに古の特化戦士だ!戦争に参加した全員が証人だ。その武勇は天下随一である!それを目の前で見せ付けられ贈る言葉が浮かばぬ!!」

そうして勝鬨を上げる伯爵軍、もはや敵勢力はいなくなった。

「伯爵様。まだやるべき事があります」

「そうだったな。敵の貴族らへの処分をせんとな」

味方の兵士に本陣まで進んでもらい敵の大将らを捕らえるように命じている。そうして、やつらは連れてこられた。
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