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第1章

114話 縄跳び

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翌日。ジーグルト伯爵家に仕官している兵士百人を集めて訓練を開始する。全員が武器防具を装備しているが、

「装備は全部外せ」

『えっ』

訓練教官である僕から装備品の類は全て元に戻してこい、そう命じた。こいつらは初歩の初歩の訓練すらまともに出来るとは考えていない。このやり方を行うのが一番単純明快で手っ取り早い。

集まった全員が大慌てで装備を元の場所に戻してくる。

そうして、普段着の兵士に渡したのは、

『縄?』

長さ2メートルほどの細い縄だった。

「お前らにやってもらうのは『縄跳び』だ」

全員が疑問を浮かべる、たかが縄跳び?こんなの子供の遊びではないかと。そうしてと隣の台に大き目の砂時計を置く。

「この砂時計を五回ひっくり返して砂が落ちるまで続けてもらう。途中で止まることは許さない」

さっそく始めてもらう。

たかが縄跳び、だけども。その後に起こる光景は簡単に予想できる。

数分後。

『ゼェッ!ゼェッ!ゼェッ!』

全員が大汗をかいて呼吸は乱れまくり、まともに縄跳びを出来ているのを探すのが難しいぐらいだった。最初こそ気楽そうに飛んでいたがしばらくすると動きが眼に見えて遅くなり緩慢な動きになった。たかが縄跳び、だけども現代では体力づくりに最も適した運動のひとつ。動きは簡単だが長時間続けるとなると無駄な動きをしていればどんな体力自慢もバテバテになってしまうぐらいだ。

砂時計は一分で落ちる。五回ひっくり返すので五分間動き続けなければならない。これは相当にきつい。

最初こそ笑い飛ばしたりしていたが今そのようなことを出来る人間はどこにもいなかった。

「よし、休憩」

『ハァハァハァハァ・・・』

全員が玉のような汗をかいて呼吸が乱れまくっている。僕は二つ目の砂時計を取り出す。これは約三分の砂時計だ。

それを置いて時間を計算する。

砂時計が落ち終わると、

「次だ、さっさと縄を持て」

『つ、次!』

全員が驚愕の表情を浮かべた。おい、てめえら、兵士の癖にこの程度でバテてどうするんだよ。

「さっさと縄跳びを始めろ」

『こ、こんな過酷な運動を、いつまで!』

どれほどつづけるのか?と。

お前らには基礎体力が無さ過ぎる、とりあえず後十回はしてもらう。そうして鬼教官となりひたすら縄跳びを続けさせる。

「・・・」

『・・・・・・・・』

それが終わった頃には全員が無言になりしゃにむに縄跳びを続けていた。もはや縄跳びではなくただ人の形をした存在が歪な動きをして縄を何とか飛んでいる、そんな光景だ。成人した若者がなんともだらしない姿である。

ようやく予定していた回数が終わる。

「ようやく終わりか」

『ゼェッ、ハァッ!よ、ようやく・・・』

ようやく地獄から抜け出した。そう思うはずだが、

「次は行軍訓練だ、走るぞ」

『!?!?』

まだこの過酷な訓練は終わりではない。こんなのは準備運動もいいところだ。おまえらのような軟弱兵士に情けをかけても何の意味も無い。ひたすら運動してもらう。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・

そうして一日が終わった。だが、それは明日も明後日も続く。

『当主様!あんな過酷な訓練、とても耐えられません!』

兵士ら数名が主君であるジーグルト伯爵家当主アルベルト様に泣きついた。

「ユウキはどのような訓練をしたのですか」

アルベルトはここ数日の訓練の内容を重臣に聞いた。

「そう、ですか」

アルベルトは話の内容を聞いて納得した。この平和な時代に何故あのような過酷な訓練を強制させるのか。こんな訓練が毎日続けられるのならもう兵士なんて辞めたほうが楽だ。

こんな激しい訓練など不要である。そう考えてくれると当主様に縋った。しかし、

「じゃあ辞めて下さい」

「「「え?」」」

当主様は兵士らの言葉を聞き入れなかった。

「この訓練は私自ら頭を下げて頼んだのです。単純明快かつ合理的に手間をかけず団体で行える訓練をと。これから我が領地は大きな発展を遂げます。ならば、その領地を守るためにも兵士らには強くなってもらわなければなりません。今までのような気楽にやっていたのでは我が伯爵家は敵に滅ぼされているでしょう」

「そ、それは!」

貴金属精練を行うことで領地の利益が飛躍的に伸びることは兵士らにも伝えられている。だからころ、この機会に兵士ら全員に一括で強くなってもらわないとならないのだと。

「あなた達は以前ボアの討伐でユウキの指示に従わず勝手に休憩していたそうですね。解体の手伝いもせず反抗したと。そのような優先順位を間違えているような兵士などこちらからお断りです。出て行ってもらってかまいません」

「し、しかし、我々は!」

「領民の中から兵士に志願した、から。残念ですがユウキの課す訓練に耐えられなければ兵士として使い物になりません。そのような兵士など無駄飯食いの給金泥棒です。追い出すのが上官の仕事なのです。敵を倒せず盾にもなれないような無駄を甘やかしていては軍律が乱れます」

「・・・」

「辞めたいというな好きにしてかまいません、その分だけ冒険者から迎え入れるだけです。残酷ですがユウキは何一つとして間違っていません。強い兵士を急いで揃えなければ伯爵家は滅亡するのですからね」

兵士らは主君自らの言葉を信じられなかった。

『替わりはいくらでもいる』

ユウキが来たことでこの領地の方針が大きく変化したのは事実、伯爵家はそれを受け止め未来へと進まなければならない。その過程で強い兵士を育てなくてはいけなくなった。

先の紛争でも自分らはただの数合わせであり先頭を切って戦い一番戦果を上げたのはユウキだった。それほどに自分らは弱い。平和に生活したいのなら兵士を止めればいいだけ、別にそれを誰も止めない。

彼らは先祖代々ここで暮らしてきた領民だった。領主と苦労を分かち合い発展に貢献してきたと思っていた。

だけども、今後冒険者ギルドとの共同歩調で精練施設の建築や労働者の大量雇用をすれば領地の生活は大きく変化するのは間違いない。

外部からの人間とは何かとトラブルが起きるだろう。

そんな時に伯爵家の兵士が何も役に立たなかったら伯爵家の顔は丸つぶれである。

そのような事態が予想されるからこそアルベルト様は強く立派な兵士になってもらおうとユウキに訓練を頼んだのだ。

「あなた達の言い分はよく分かります。今までの訓練や忠誠を完全に否定はしませんが強くならなければ仕事を冒険者に全て持っていかれてしまうのです。あなた達は自分の子供らが無職となり路頭に迷う未来が欲しいのですか?」

そんな未来など誰もいらない。

「ユウキの課す訓練はあくまで最低限なのです。それすら耐えられないというならば他の貴族の兵士と同じく軟弱で無能な兵士となり何の意味もありません。伯爵家を守るため切り捨てます」

他の貴族の家臣のようにご機嫌取りをするだけのような連中は即座に切り捨てると。

「私とて訓練の過酷さは容易に想像できます。ですが、伯爵家当主として一人でも信頼できる強い兵士が欲しいのです」

伯爵家を今後も守り続けるためにはユウキのような人材が欲しいと本気で願っている。しかし、彼は冒険者であり貴族の家臣になる気は無い。大恩人として気楽にしているだけでいいはずなのに自ら悪役となり鬼教官をしている。その心中を察した兵士らは黙って引き下がるしかなかった。
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