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1巻

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 × × ×


「あの馬鹿どもは、どこまで迷惑かければ気が済むんでしょうかね」

 ギルド職員が、ギルド支部長リリエットに尋ねる。貴重な時間を無駄にした彼女は機嫌を悪くしていた。
 貴族の中には冒険者となって一旗揚げようとする者もいるが、ああいう手合いばかりだった。

「フン、自力では大したことがないくせに大物気取りとは」

 あの程度など探せばいくらでもいる。ワイバーンぐらいはどうにかなるかもしれないが、それ止まりだ。
 そんなことより――やっとユウキが自由になれたのだ。
 そう考え、リリエットは笑みを浮かべる。
 別に彼らがどうなろうと構わないが、先に手を打っておくのがいいか……何やら考え事をしているリリエットに、ギルド職員が尋ねる。

「例の手紙を出しますか?」

 あいつらはあれからまったく変わってない。もうすでに包囲されていることを存分に味わってもらおう。ユウキには二度と干渉できないようにしておくほうがいい。
 リリエットは考えを整理すると、職員に命令を出す。

「一番速い伝令馬を用意して」
「かしこまりました」

 以前から練られていた計画をついに発動するときが来たのだ。
 勇者のパーティはリリエットのことをまったく覚えていなかったが、彼女はあのときのことを忘れたことなどなかった。
 あれはそう、リリエットがギルド支部長となるほんの少し前のこと。



 第2章 解体の勇者




「リリエットさん、今日はあなたに重大な話がある」

 ――心して聞くように、と。

「何でしょうか」

 人払いした部屋で、私、リリエットはギルド支部長の言葉を待っている。
 この頃、私は有力なパーティの一員で、重要な戦力として活躍していた。
 心身ともに充実し、同世代で頭一つ抜けた評価を得ていると自覚し、それに応えるように努力も怠らなかった。

「実はな、とある町のギルド支部長が任期を終えて退職するのだ。人望が厚く町の人からの評判も良い好人物なのだが、いかんせん年齢が年齢で体が上手く動かないそうでな。それで、次の席が決まっていないのだ」
「えっ? それって」

 ここまで話されたら、続く言葉は予想できる。

「君をその席に推薦したいと考えている。どうだろうか?」
「え、ええっ!? でも、普通はその補佐官が引き継ぐはずなのでは?」

 私が慌ててそう口にすると、ギルド支部長は頷きつつ言う。

「そうなのだが、補佐官もやはり年齢を理由に、すぐに引退しようとしているらしい。もちろん業務の引き継ぎはするようだが、あくまで期限つきのサポートであり、有望な人材にあとを託したいとのことだ」

 冒険者ギルドでは、基本的に実力主義を採っている。ギルド支部長になれるというのは、私の年齢とキャリアを考えれば出世である。
 この話が本当であるのならば、引き受けるのが普通なのだろうが……

「でも、今のパーティが」

 ギルド支部長になれば、よほどのことがない限りその場所を離れられなくなる。パーティに所属したままでいるのは無理だろう。
 リーダーになんて言うべきか。

「そのことは十分理解している。だがな、君以外に候補者がこの町にはいないのだ。他の町からも候補者が数人選出されているのだが……」
「……すみませんが」

 少し考えさせてほしい、とお願いする。

「できるだけ急いだほうがいい。他にも候補者は多いからね」

 そうして私は部屋を出た。


「あ~ん、どうしようか」

 一瞬、担がれているのかと疑ってしまったが、やはりこの話は嘘ではないだろう。でなければ、ギルド支部長は私だけを呼び出したりなどしないはずだ。

「とりあえず、リーダーに話を聞こうかなぁ」

 私はパーティメンバーがいる宿屋に行くことにした。

「あの……リーダー……」
「なんだい、えらく気弱きよわじゃないか」

 何とかリーダーと二人きりの状況を見つけたが、どこか気まずい雰囲気がある。
 どう言い出そうか。

「その様子じゃ、重要な話だったんだろ?」
「ええ」

 私は、ギルド支部長と交わした会話の内容をリーダーに伝えた。

「おいおい、そりゃ出世じゃねぇか。この上なく良い話だぜ」

 早く受けると返事しろ、そうリーダーに言われるも私は悩んでいた。

「でも、私がパーティを抜けると戦力が下がりますし、パーティの順位だって下がるかもしれませんし」

 私は平凡な魔術師に過ぎないが、それでも結構強い術を多く使える。他のメンバーも歴戦の猛者もさで構成されており、隙らしい隙などない。
 私が抜けたあと、パーティに誰を入れるのか心配なのだ。
 私が悩んでいると、リーダーが力強く言う。

「受けるんだ」
「でも」
「俺らのことなら心配するな」
「ですが」
「いいか? お前くらいの年でギルド支部長の席が回ってくるなんて、普通じゃ考えられない。それだけお前の才能が買われているんだ」
「……」
「俺も思うところはある。あるが、お前さんは着実に結果を出してきた。それが今、実を結ぼうとしてるんだ」

 これ以上良い話などない。メンバーのことは何とかするから、すぐに答えを出せと。
 しばし沈黙して考える。

「決意しました」

 ――この話を受けると。
 リーダーは笑みを浮かべて口を開く。

「よし、決まったな! 実はもうすぐヒュドラ討伐の募集が出されると聞いている。それをギルド支部長へ土産みやげとして持っていけば、他の連中も黙るしかないだろうさ」

 ヒュドラは古来大物の討伐対象とされており、数組のパーティで挑むのが定番だ。ちょっと心配になったので、私は尋ねる。

「他は誰が」
「目ぼしいのは出払っているから戦力としては厳しいな。ああ、そうだ。外部から勇者のパーティが来るらしいぞ」

「勇者」という名前や評判はともかく――
 あまり期待できなさそうだと感じた。馬鹿な貴族の子供などが、勝手に勇者を名乗っているだけだとか、私もそういう連中を結構知っているのだ。


 × × ×


 その後、噂通りヒュドラ討伐の依頼が出される。
 参加したのは四組であった。
 まず、それぞれ挨拶することになったのだが……

「俺は剛剣の勇者ベルファスト様だ! 俺らにかかれば、ヒュドラなぞ大した敵ではない!」

 なるほど、期待できる奴らではないことは確かなようだ。
 ベルファストは馬鹿みたいにピカピカした装備を着込んでおり、まぶしすぎて気味が悪かった。
 他の連中も無駄に輝く装備でゴテゴテである。舞踏会に出たり王様に謁見したりするつもりなのだろうか。
 だが、一人だけ雰囲気の違う者が交じっていた。
 この大陸において黒髪黒目は珍しく、その人物がまとう装備は使い込まれていた。明らかに他の勇者どもと異なる。
 私は勇者の一人に尋ねる。

「あの方は?」
「あいつはユウキ。他の世界から呼ばれたはみ出し者さ。解体作業とか料理とかしかできないゴミだよ」

 その返答を聞いて私は、逆に勇者のパーティに少しだけ興味を持った。
 こいつらは解体の重要さを理解していないが、モンスターの討伐はモンスター自体を倒すことよりも、その後の作業に手間がかかるのだ。素材を切り出すときにナイフの入れ方を失敗すると、素材は台無しになってしまう。
 素人と熟練者の手掛けた解体では、ただのウルフの素材でも値段が大きく異なる。モンスターしだいでは桁が一つ違うことも珍しくない。
 私たちのパーティでは全員がそこそこの解体技術を持っているが、解体専門の者さえ確保していた。

(このユウキという人物は、どれぐらいの技術を持っているのだろうか?)

 私以外も、ユウキに注目しているようだった。
 複数のパーティで行動する際、最初にするのはアイテムのチェックだ。
 ヒュドラの毒は強力なので、専用の解毒薬がないと生存率が低くなる。なので今回は、これを所持しているかを先に確認しておく必要があった。

「こっちは用意できなかった」
「こちらもだ」

 他のパーティも持っていないようだったが、私たちも同じだ。
 治癒魔術を使うと魔力の消耗が激しく回復に時間がかかる。高額であるものの、持っていて損はないアイテムだったのだが。

「そんな保険など無用だ! さっさと狩りに行こうぜ」

 空気の読めない勇者たちが叫び出す。
 こいつら、この話の重要性を理解しているのか? 死人が出てもおかしくない相手なのだぞ。
 結局、勇者のパーティのアイテムチェックはできなかった。


 そのまま出発することになった。
 そうしてしばらく歩いていくと、ボアが二頭向かってきた。この人数ならば仕留めるのは容易たやすいはずなのだが……

「ダラララ~!」

 ここで勇者組が、周囲のことをまるで考えない攻撃を繰り出した。

(この馬鹿どもが!?)

 盾役はひたすら意味のないガード。剣の攻撃は周囲の味方まで巻き込む。魔術師はへぼっちぃ魔術を連発している。
 予定よりも大幅に時間がかかって、何とか倒した。
 だが、彼らはこっちに向かって――

「サポートできないゴミ」
「無駄な連中ばかり」

 あろうことか、暴言を言ってきたのだ。
 私は怒りが爆発しそうになる。

「申し訳ない」

 対して頭を下げたのは、ユウキだった。
 そんなユウキに、勇者のパーティの怒号が飛ぶ。

「おい、ユウキ! さっさと獲物を解体しろ!」
「承知した」

 私はユウキ以外の勇者たちにいきどおりを抱きながらも、ユウキの解体の手際を見ることにした。
 勇者どもが勝手に休憩するのを横目に、ユウキは解体に取りかかる。
 その手際はすごかった。

(……うそ)

 獲物の解体はなまぐさく周囲を汚すものだが、ユウキの解体は違った。
 三本の木を組み合わせたようなものやら何やらを出すと、たった一人で二百キロはあるボアを吊るし上げてしまう。
 そして、その下に大きな穴を掘り、解体作業を一人で始めた。

(恐ろしく早いうえに、まったく無駄がない)

 大量の血と内臓を穴に落とすと、水を注いで血を流す。それからナイフを手足の先の各所に入れ、筋に沿って皮を剥いでいった。
 その早業はやわざは、今まで見たことがあった解体とは完全に違っていた。
 素早く皮を剥ぎ、毛のほうを下にして、肉を切り分け始める。脂身など不必要な部分を取り除いて、食べられる部分だけをすぐさま取り出す。

「……き、綺麗」

 見ていた全員から、ため息が漏れる。私も解体作業の現場はよく見るが、大抵は汚れてしまうし、ここまで効率的にできない。
 ユウキの解体には、いっさいのよどみがなかった。
 あっという間に一体目の解体作業が終わる。

「おせぇよ! もっと早くザクザク切り裂きな!」

 様子を見に来た勇者の一人がユウキを叱責する。
 ユウキがどれだけすごいことをしているのか、こいつらが理解するのは不可能だろうな。
 二体の解体を終え、分配することになったのだが……

「こっちの取り分は六割だな」

 こいつらの発言は、私の感情を逆なでしかしない。
 普通、解体をやった者に二割が妥当だ。ユウキが所属するパーティとはいえ、六割の取り分は過剰だ。さらにこの六割も自分たちのものにして、ユウキには相場の二割も渡さないつもりだろう。
 私は、こいつらの頭をどつき回したくなってきた。
 こいつらは話し合う必要がないほどだめだ。たぶんヒュドラ戦ではパーティの連携を大きく乱す要因になるだろう。
 何でこいつらにユウキが付き合っているのかを、しっかりと聞いておく必要があるな。


「ユウキ、ちょっと」
「何か用」

 勇者たちが休んでいるのを見計らい、ユウキを呼び出すことにした。他のパーティのリーダーも呼んである。

「何であなたのようなできた人が、あんな馬鹿どもの面倒を見ているのですか?」

 時間がないので、直球な言葉で切り出してみた。
 すると、ユウキはゆっくりと話し出す。

「そうですね……身寄りもおらず、信頼できる人もいない世界に連れてこられ、従うほかなかったのです」

 訳がわからなかった。
 その後、ユウキは丁寧に説明してくれたが、やはりよくわからない話だった。

「つまり、こことはまったく違う世界から来た……のですか?」

 話としては面白いかもしれないが、本当だとしたらどれほど恐ろしいことかと思う。

「……それで、あの馬鹿どもを勇者に仕立て上げろと命令されたわけですか。そうしなければ、奴隷落ちか薬物漬けか」

 その二択を、貴族から迫られたという。
 なんて最悪な話だ。

「そんな貧乏クジを、たった一人で背負ったんですか?」

 私がそう尋ねると、ユウキは小さく頷いた。
 ユウキによると、勇者のパーティを自分から抜け出すと逃亡罪になるようだ。
 しかし、向こうから追い出されれば罪にならないらしい。そうすれば、奴隷落ちか薬物漬けという罰からも逃れられる。

「ともかく、めちゃくちゃな話ですね」

 ユウキに同情していると、彼はふところから何かを取り出した。

「……これを」

 それは、解毒剤だった。
 だが、色が普通のとは違う。

「ヒュドラの毒に効果のある解毒剤です。それほど用意はできませんでしたが」

 瓶には生産者の名前が書いてあった。

「リュミーヌ商会から?」

 驚いた。薬の生産者として名高い商会産である。
 ユウキには独自のツテがあるようだ。

「僕のパーティはきっと役に立ちませんから」
「……ありがとう、ございます」

 これで生存確率は大幅に上がった。
 解毒薬に書いてある札は偽造ができないので、間違いなく本物だ。合計で八本もらった。他のパーティに二本ずつ配っておく。

「死者が出ないことを望みます」

 ユウキがそう口にして、馬鹿勇者のもとに戻っていった。
 ユウキは早速、勇者たちに世話を焼いていた。あの若さと能力で、あそこまで酷い待遇に甘んじるとは。
 能力の低い馬鹿にこき使われる優秀な人物――それは、見ているだけで気分が悪かった。この場であいつらを消したいと思ったほどだ。
 パーティメンバーの一人が、私に耳打ちしてくる。

「……どうしますか? 放置できないと思いますが」
「かなり酷い話だな。ギルド支部長に報告しておこう」

 あの勇者たちとは今回限りにしたいと思う。だが、ユウキは何とかして解放してあげたい。
 勇者のパーティのベルファストが、突然大声を上げる。

「ククク! ヒュドラを倒せば、我々の名は飛躍的に高まるだろう! そう、これは伝説の始まりなのだ!」

 己の実力を見誤った、馬鹿な発言である。
 彼は分不相応ぶんふそうおうな望みでいっぱいのようだ。
 その一方で、ユウキはせわしなく働いていた。
 今やっているのは、討伐の前の腹ごしらえの準備だ。
 ユウキが作ってくれたのは、前に手に入れたボアの肉を使ったシチューだった。こんな場所で、これほどの料理を作るのは大変だっただろうに。
 すると、ベルファストが威張り散らす。

「フン! せっかく料理を配ってやったんだからな!」

 最低でも壁となれ! ということらしい。
 もう全員黙るしかない。
 今回の依頼が片付いたら、こいつらは何とかしよう。
 ユウキを彼らから解放してあげるのだ。


 × × ×


 そして、森の中で目的の相手を見つけた。
 ヒュドラである。

「狩りだ、狩りだ! ヒャッハー!」

 勇者たちが、巨大なヒュドラに向かって突撃していく。
 その光景を見た全員が――

(ここで皆殺しにされてくれ!)

 そう思ったに違いない。
 あんなのと一緒に攻めては、無駄に攻撃を食らってしまうだろう。
 私たちは、回復術師を後方に待機させて包囲陣形を取った。勇者のパーティの攻勢に加わらなかったユウキが我々の仲間に加わる。
 ヒュドラは、九本の首をすべて落とさなくては死なない。
 長期戦を覚悟しなくてはならないだろう。
 先に攻めていった勇者組の能力はだいたい把握していた。彼らの力量では、首一つでも獲れれば良いほうかもしれないな。
 むしろ、先に敗走はいそうしてくれたほうが楽か。
 どちらにせよ、勇者たちが戦線を離脱するのに時間はかからないだろうと考え、私たちがわざとゆっくりと動き出していたところ――

「この化け物が! 撤退、撤退だ! これは未来への架け橋となる!」

 勇者組が簡単にを上げて逃げ始めた。
 これで解毒薬は節約できたが……さすがに早すぎだろ。

「ユウキ! あと始末はしっかりしておけ! いいか、我らが誰よりも勇敢に戦ったという証拠を持って帰ってこい!」

 なんという自分勝手な指示なのだろうか。
 ヒュドラは我々の近くまでやって来た。
 だが、それでもユウキは引かない。ヒュドラを前にすれば動けなくなるのが普通だが、すごい根性である。
 それぞれのリーダーが指示する。


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