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第1章

195話 実戦経験

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僕は領地と北部の境目で賄賂を取るという連中を確認するために三十名ほどを引き連れて向かった。連れて来たのはエルヴィンやミーティアの弟として家臣入りしたアルム、その他職業貴族の子弟であり成人したばかりの者らだ。

職業貴族なのである程度の経験は冒険者ギルドで習得している物が殆ど、そのぐらいできなければその日の食い扶持すらない場合も多い。

『努力する姿勢を示さぬものに食い扶持は無い』

冒険者ギルドの格言ともいえる言葉で前に進む努力を怠るな、さもなくば貧民に落ちるという意味そのままだ。人という生き物は後天的に努力する姿か努力しない姿かを選ぶことが出来る、それはひたすらに机に向かい文字を書き写す姿として描かれている。

そのぐらい職業貴族を身内に置く者にはそれ相応の姿勢を求められるのだ。それから逃げると親から路頭に放り出されたりもする。

学ぶ姿勢を常に考え意識しろ。それだけだ。

さて、みんなには先んじて簡単な説明をしていた。

『えっ?領地の北部を荒ら連中をどうにかするか?ですか?』

『そう。皆はどう考えてる』

『それは正確に言えば領地の境界線ギリギリの所ですよね?』

ここで皆は考えだす。

通常であれば境界線ギリギリとはいえ他者の領地、そこに無断で侵入すれば越境行為と見なされ攻撃を受ける。かといって現実ではそこで冒険者ギルドの協定違反のことが行われている。世襲貴族を立てるか冒険者ギルドを立てるか、どちらにしても何がしかの判断は必要である。

まず手を上げたのはエルヴィンだった。

『誰とも分かりませぬが領地の境界線部分とはいえ勝手に検問してはならぬ決まりです。しかも彼らは勝手に商人らから通貨を取っています。ここは早急に追い払うべきです』

まだ領地を治めたばかりにもかかわらずそのような輩を放置しては今後違法行為が横行する、断固として厳格な対処をする必要がある。

エルヴィンは世襲貴族ジーグルト伯爵家の分家の生まれだ、古来の例を則っており敵だと明言している。それに同意するものが十人。

それに異を唱えたのはアルムだった。

『早急に排除すべき問題ではありますが相手側も何の理由も無くそのようなことを軽々しく行うのは危険だと認識しているはず。まずは交渉役を送り込み話し合いの席を設けるべきです』

いくら世襲貴族とは言え協定違反を行ったことが知れれば冒険者ギルトとの関係が壊れてしまうことは明白、なにがしかの事情があると考え交渉をするべきだと唱えた。

これに賛同する者が十人。

あとはどちらにも付かず中立的な立場という所か。

どちらの言い分にも正統性はあるし立てるべき柱はある、もっとも、両者の解決方法は真逆だが。

エルヴィンの解決方法は短期的に敵を排除するというもの、アルムの解決方法は長期的な敵の和解というものだ。

「(まだこの時点では両者の答えにも正統性はある。しかし…、ちょっとばかり考えが足りない、かな?)」

僕の中ではもう解決策は出ているが周りが今現在の状況を認識しているとは言い難いと感じた。まだ情報が足りず手探りの状況というものなのだがいかんせん彼らには経験というものが足りなさすぎる。別に彼ら二人の言い分と中立的な立場を取る皆が悪いというわけではない。彼らには決定権がまだ存在しない上に責任というものを背負ったことがないからだ。要するに、まだ現実という舞台の外側に立っているからだともいえる。

現実は本で書くように好き勝手に書き直しは出来ないし道中の物語も掛かれていない、最後だってどうなるかも分からない。前回実戦を経験したが彼らはまだ現実の役者として自分らが参加しているとは認識してないのだ。殺し合いや不幸なことは思考の外側に追いやっているともいえる。

まぁ、このぐらいの年齢ではそう思うのも無理はない。

なので、ここで改めて現実問題として「おべんきょう」してもらうことにしよう。僕が今後手を煩わせる問題はすべて解決なんて出来るはずがない。優秀な家臣側近の支え無しではどうしようもない。最初にしては高度なアクロバティックを要求するが習うより慣れろだ。

別に逃げたとしても補充なんて難しくない。さ~て、どれほど生き残るか分からない特化戦士直々の現場レクチャーの始まりだ。

そうして、問題を起こしていた連中の所まで進む。

『あ?なんだ?』

情報で聞いた通り、領地の北部境界線付近でたむろしている集団を発見した。相手はどうやらこちらがどのような相手なのかを確認できていないようだ。

『あん?商人か、なら。金を置いてけ』

お世辞にも武装は統一されておらず薄汚れた装備と風体から山賊や盗賊の類ではないかと思えてしまう。

こちらが怯えないことにキレた男らが武器を構える。

「野郎ども!やっち――ウボァッ!!」「さっさと退場して」

武器を構えようとした男の腹を蹴飛ばして口を塞ぐ。その光景を見た周囲が驚くが敵は状況の変化に後れを取っていた。それを見逃す僕ではないので腹に拳を打ち込んで倒す。数分後、男らが口から泡を吹く姿だけが残った。早速懐に手を入れて物証を確認する。

「お、あった」

それは貴族家に仕官している兵士らに配布される記章だった。このぐらいの末端の兵士だと木製や布製が多く手軽に使い捨て出来るようになっている。

「受け取れ」

「あっ、はい」

早速連れて来た味方に記章の発行者が実在するのかを確認させる。

「マーレル家の物ですね。一応世襲貴族家に登録されておりますが」

どうも言葉の端っこが怪しい。

「何か問題?」

「マーレル家自体は現在でもおりますが現当主は病の身でここ最近は表に出ていないとの噂です。跡取りも金のことにしか関心がないボンクラで当代になって借金の目方が増大していると」

「なるほど」

「極めつけに女好みが激しくて正妻を放置して愛人の元に入り浸りとか」

典型的な色に惑わされた跡取りか。そのぐらいしか情報が無いが篭絡は容易そうだな。病身の当主というのも使いやすくていい。

「で、この情報を聞いてどう対処する?」

「「……」」

攻撃だ交渉だの意見を言わせながら問答無用でぶちのめしたことにエルヴィンもアルムも考えが纏まらないようだ。

「シャンとする!」

「「は、はいっ!!」」

僕が一喝すると背筋を伸ばして飛び跳ねる二人。ヤレヤレ、最初の授業にしては刺激が強すぎたかな。

「エルヴインは武力で、アルムは交渉で解決策を探すと言ったね」

「「はいっ」」

ここから明確な行動をする必要がある

「エルヴィンは兵を押し立ててマーレル家を排除できる作戦を考案して」

「はいっ!」

「アルムはマーレル家と交渉して上手く派遣されている兵を引かせる作戦を考案して」

「はいっ!」

ユウキ様は何をするのか?それについては今はまだ教えない。とりあえず資金がないと始まらないよね。二人と連れ添う兵士らに活動資金として金銀のインゴットを渡す。

「「ゴクリっ…」」

二人とも現物の支給額に唾をのむ。

「方法手段は任せる。得難い情報や結果を得たら報告に来ること。その分だけ恩賞を与える」

二人はそれぞれ兵士らを連れて北部の町目指して散っていく

さて、この北部で活動している連中を早急に追い出さないと。あの二人に特筆すべき手柄は求めていないが諜報活動は兵士の基礎。やり方を教えても良いが自力で考える方が身のためになるだろう。僕ももちろん打つべき手はある、新米に後れは取らないけどね。
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