聞こえない声に優しい愛

苑条悠生

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聞こえない声に優しい愛

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住宅街にある一軒の店。
そこは居酒屋でもない。
縦長に建てて繋がって奥は二階建ての店はいつも八時頃になると入口の看板に灯りがつく。
ルミエールと灯りに映し出されるそこは小さなバー。
時に喫茶店か料理店かと間違えて入ってくる客も居る。
茶色の壁の入口を入ると、右手にカウンター、左手にはテーブル席が少し奥まで続いている。
その奥の壁の横にあるドアを入るとここのマスター、鏡眞優かがみまひろが生活している家だ。
眞優はまだ三十代、親は近所では無いが同じ市内に住んでいる。
サラサラの黒髪で、細い黒縁のメガネをかけて、柔らかい顔をして。
長身のうえに線が細い体をしている。
少し暗い店内は壁付けの数個の灯り、時々懐かしいと言いたくなる洋楽が低めで流れて。
準備を整えると眞優はビールサーバーから生のビールをグラスに注ぐと、店内に向かい乾杯とグラスに口をつけた。
カウンター内の丸椅子に座ると、大きなテレビ画面に映し出される洋画の映画を見始める。
カウンターの後ろには洋楽や洋画のCDとDVDが沢山並んであり、ここで酒を飲みながら映画を見て会話が出来るのもあって楽しみに来る客もいて。
小さなベルの音がして見るといつもの客。
「こんばんは」
そう言った客は直ぐテレビを見た。
眞優は椅子から立ち上がり、ビールグラスを出すとサーバーからビールを注ぎカウンター席に置いた。
「お、今日はアクションだね」
ビールを置いた席に座った客はグラスを持つと眞優のグラスと乾杯した。
そうすると二人の若い夫婦が入ってきた。
夫の方は何回か来ている。
「どこでもいい?」
そう聞く夫に眞優は笑顔で頷いた。
二人で会話しながらテーブル席に座ると眞優は近寄る。
「どうする?」
「カクテルもあるの?ならそれにしようかな…」
「眞優さん、なら…」
伝票に注文品を書くと軽く頭を下げカウンターに戻った。
いい雰囲気だね、とかテーブル席から会話が聞こえてくる。
そう言ってくれるならやっぱり嬉しい。
「眞優、次焼酎でもいい?」
夫婦の注文を作っていた眞優は、背後に並んである焼酎の瓶とミネラルウォーター、グラスとアイスを差し出した。
「自分でやれってか」
客は笑いながら自分で酒を作り出す。
両手合わせごめんとする眞優に客は気にするなと。
他に色々言いたい事がある。
だが眞優の口から声を発する事が出来ない。
この店を出す前に眞優は事故で怪我をした。
運転中の眞優に向こうから車が突っ込んできた。
シートベルトはしていたから身体には大丈夫だったが、問題は顔から喉にかけてで。
フロントガラスが思いっきり喉に刺さった。
今でも薄く顔にも傷跡が残ってる。
それから眞優は声が出ない。
生きてるだけでもありがたいと眞優は前向きに仕事していた会社を辞めて、やりたかったバーを始めた。
テーブル席にカクテルにビール、それからチーズやウインナーの盛り合わせを置いた。
「ありがとう、眞優さん」
笑顔で頭を下げた眞優はカウンターへと戻る。
落ち着いたように眞優は空になったビールを客に飲むとグラスを見せてサーバーからビールを注ぐと再び丸椅子に座った。
映画を見ながら眞優は携帯を気にする。
それは、大切な恋人からの連絡。
眞優の恋人は病院に入院している。
付き合い始めたのは眞優が事故で入院していた時。
と、客が入ってきた。
見ると常連の男性客。
大体が常連客で、新規は常連客と一緒に来るぐらい。
だから店内で仲良くなる場合が多い。
眞優は立ち上がるとカウンター席につくその客の焼酎を出して作る。
「最近暑いね」
頷く眞優は客に出した。
「眞優は?」
じゃぁ、とビールを持ってくると客と乾杯した。
「今日はアクションな気分?」
顔だけテレビを向け見ると眞優を見た。
別にそういう訳じゃない。
たまたま、昼に見ていた情報番組に好きな外国人の俳優が出ていた為にそう言えばと思って流してるだけで。
苦笑いした眞優に客は察してグラスに口をつけた。
「次、何にするか決まってる?」
聞いてきた客に眞優は並んである中の一本のDVDを取り出し見せる。
「コメディか…なら、それ見たら帰ろうかな」
微笑む客に眞優は頭を下げた。
大体映画一本二時間で二本目が見終わるときは丁度深夜一二時をまわる。
気分に寄るが、営業時間は映画の本数で決まる。
声が出ない、そして閉店時間は不明。
だから眞優は飲み屋系の地元誌には出していない。
こっそりやっていきたいのだ。
知ってる顔が居て、声が出ない自分をわかってくれる客だけ来てくれればいい。


一本目の映画が終わる頃、一番に来ていた客は帰る。
ポツポツと他に客が来たのもあって。
入口で客を眞優は手を振って見送る。
中に入ると眞優はDVDを入れ替えた。
来てる客に酒を出して落ち着いた頃、携帯が光ってるのに気がついた。
一件のメールを開くとそれは恋人からで。
【 眞優、お疲れ様
今日、来てくれて嬉しかった。
あれから検査で疲れて寝てしまったから返事遅くなってごめんな。
色々話があるんだけど…やっぱり疲れ取れないみたいだからもう寝る。
余り…飲みすぎるなよ 】
それでもメールをくれただけで幸せな眞優は自然に顔が緩んでしまう。

秋谷光琉あきやみつる
眞優が入院していた病院に光琉も入院していた。
気分転換に売店に来ていた眞優は雑誌を手に並んで。
その後ろに光琉が居た。
何か背後で物音したと振り返ったら光琉がミネラルウォーターを落としていた。
拾い上げた眞優は足にギブスして車椅子に座っている光琉に差し出した。
「ありがとな」
頭を横に振る眞優。
光琉は喉に包帯巻いてる眞優をわかってか微笑む。
それから時々売店で会い、その内携帯のメールを交換して…告白したのは光琉の方からだった。
初めて男に告白されてどうしたらいいのかわからなかったが、光琉と一緒に居て楽しい、嬉しい…その気持ちに眞優はうんと頷いた。
光琉もかっこいいとか可愛いとかではなく、ごく普通の顔をしている。
少し短めの栗色した髪で、体格は眞優より少し大きい。
仕事で怪我をしたとは言っていたが、なかなか退院のメドがつかないらしいと。
その内眞優の方が先に退院した――

眞優は光琉のメールにおやすみと送る。
「彼?」
後から来た客に言われ眞優は幸せそうな顔を見せて頷いた。
それも眞優は隠してない。
何名かは本気で眞優の事を狙っていたが、隠さない眞優にすんなり諦めるしかなかった。
「眞優が幸せなら俺はいいんだよ」
「そ、俺も眞優の幸せな顔見てるだけで嬉しくなるし」
「声が出ない分、沢山幸せになりな」
カウンター席で並びの客がそれぞれ言うと眞優は頭を下げる。
そう言ってくれる客が居るからこの店をやって来て本当に良かったと思う。
もちろん、今まで順調だった訳じゃない。
声が出ないお陰で酒の注文やら店の物、来た客に対応するのに大変だった。
時に話が合わず喧嘩寸前だったり、嫌がらせされた時も。
それでも頑張れたのは光琉の存在で。
そんな事してるうちに二本目の映画が終わった。
誰も何を見たいとか言ってこない。
今日は三本目の映画まで考えてなかった。
眞優はテレビを変え、コンポの方にするとCDを入れ洋楽をかけた。
洗い物したり、時に客相手に頷いたり。
徐々に帰っていく客にもう閉めようかと思い、最後の客に指を見せた。
「二時?わかった」
「もう、そんな時間か」
時間は一時半になろうとしている。
テーブル席のグラスや食器を片付けるが客は勝手に話し、時間までゆっくりしている。
それが逆にありがたい。
時間になり、眞優は会計をして客を見送ると看板を消した。
店の入口の鍵をかけ、片付ける。
終わると店内の灯りを消し、そのまま奥のドアを開け家へ入った。
狭い玄関からまっすぐの廊下。
左手に入るとリビングにキッチンに、洗面所に風呂場にトイレと続いてる。
一階の廊下の止まりまで行くと二階に上がる階段がある。
そこもまた廊下がまっすぐで、右手には区切ってある個室が二つ半がある。
今日も疲れたと、今日の売上金を金庫にしまい、風呂に入り着替えするとそのまま二階へ行き寝室に向かい早々に寝た。
元々、バーは空き店舗だった。
以前の仕事の営業周りで通る時にいつも気になっていた。
それ程悪くない外見に、不動産のサイトを探してみると思ったより安く、いつか…といつも考えて居た眞優。
そして、念願叶った時についで改装し家も新しく増築した。


朝…携帯の着信音で眞優は手探りで携帯を掴む。
まだ眠そうな目で携帯を見ると、毎朝の光琉からの電話だった。
眞優はうつ伏せで枕に顔をうずめながら電話に出た。
『…眞優、おはよう』
だからって眞優が声が出る訳でもない。
なのに毎朝光琉は眞優に電話をかけてくる。
それは眞優の願い。
自分は声が出ない。
メールしか会話が出来ない…
それでもいいと言ってくれた光琉に眞優は一つのわがままを言った。
【 オレは声が出ないから、どんなに話したいと思っても光琉とメールだとやっぱり時間がかかってしまう…でも、どうせなら光琉の声が聞きたい…会話出来ないけど… 】
眞優は仕事してる、光琉はまだ入院している。
光琉は常に眞優に会いたい、傍に居たい。
そして、眞優は光琉の声がいつも聞きたい。
お互いに思っている事を全部さらけ出した。
『今日は何も入ってないから…眞優が来れるならゆっくり話せる』
少し低音の色気がある声が眞優の耳に入って来る。
それが心地良くて再び寝そうになってしまう。
『眞優?…』
大丈夫と枕から顔を上げて体を起こした。
その布の擦れた音を聞いて光琉は小さく笑う。
『わかった、ゆっくりしな…後はメールでな』
うんと言いたいのに言えず、光琉は電話を切った。
一つあくびして一階へ。
リビングのテレビから聞こえる音に耳を傾けながらキッチンで軽い朝食を作る。
と言っても毎朝はサラダだけ。
食べ終わると、片付け出掛ける準備をする。
その間光琉から来るメールに返事しながら。
【 髭剃りの替刃? 光琉がいつも使ってるやつのでいいんだよね】
【 そう、頼む 】
【 光琉、髭あっても似合うよ 】
【 見たっけ? 】
【 見たよ、オレがまだ入院してた時 】
【 あー……眞優、顔の傷まだ治ってない時か 】
【 そう、その時…オレ、光琉の事かっこいいと思ってた 】
【 そっか……でもな、俺的に髭はなんか嫌だからな… 】
似合うのに…と思いながら眞優は財布に鍵と携帯を持つと玄関に鍵をかけた。
玄関にもう一つのドアがあり、店内を通らずに外に出れる。
そこから外に出ると鍵をかけるとショルダーバックにしまった。
今日も天気は晴れ。
近くのドラッグストアに寄り頼まれた物を買う。
そのついでに眞優はおにぎりを一つ買って。
ドラッグストアから出ると病院にバスで向かう。
車を一時買おうかとも思った。
だが、あの時の恐怖が今だ残って自ら運転出来ない。
バスで二本目の停留所で降り、すぐ見える病院に入っていく。
三階の西病棟。
少し歩いた所に光琉が居る病室がある。
大部屋じゃなく一人部屋にいる光琉は何故かそこから出れない。
空いてる大部屋もあるのだが。
病室のドアが開いていてそのまま入ると光琉は横になってテレビを見ていた。
「おはよう、眞優」
うんと頭をを振り、買ってきた物を見せると光琉は体を起こす。
そして眞優の腕を掴み引き寄せ抱きしめた。
「眞優」
光琉の名前を呼びたい。
唇動かすも出ない声に眞優は肩に顔を埋め光琉にしがみついた。
ポンポンと軽く頭を叩かれ離れる。
「で?買ってきた?」
笑顔で買ってきた物を眞優見せ、それぞれの場所にしまう。
レシートを見せてお金を貰うと、眞優はソファーに座ると買ってきたおにぎりを食べ始める。
一気に食べる事をしない眞優はちょっとを分けて。
それは退院してからの癖。
初めは怖くて固形物が食べれなかった。
退院してもドリンクやらヨーグルトやおかゆで。
その為に今体が痩せてる体型になってる。
その間、光琉はベッドから降りて車椅子で洗面所に向かった。
「眞優…こんな天気いいと一緒にどこか行きたいよな」
食べ終え、ミネラルウォーターを飲んでる眞優は光琉を見た。
外に散歩は何度も行ってる。
それとはまた違う、外に。
かと言って自分は運転出来ない。
光琉は足が駄目だ。
どっちにしても院内の散歩ぐらいしか出来ない。
俯く眞優は携帯出すと光琉にメールした。
【 オレだって行きたいよ… 】
洗面台にあった光琉の携帯が震える。
髭剃りの途中だった光琉はメールを見た。
「もう少し待ってくれないか?必ず眞優を助手席に乗せてドライブに連れてってやる」
その声に眞優は顔を上げた。
【 うん!楽しみにしてる 】
「リハビリ、そろそろやろうって先生に言われたからな、退院も近い」
サッパリした顔をした光琉はベッドじゃなく眞優の前に来た。
【 やっぱり髭ある光琉が好き 】
携帯を見た光琉は苦笑いする。
「その内な」
光琉の手は眞優の頭に置くと引き寄せた。
「…キス」
囁くように言った光琉に眞優はドキドキしながらも、少し顔を傾け光琉の唇に触れた。
離れた眞優は恥ずかしそうに俯く。
すると光琉は眞優の額に優しいキスを落とした。


病院の昼食が終わると眞優は帰る。
家につくと一旦昼寝して。
起きたら店に行き、掃除してると酒屋が発注していた酒を持ってくる。
「お疲れ様です」
眞優は顔を上げ頭を下げた。
確認し終わると酒屋は出て行く。
そして、いつでも開店出来るように準備し終わると眞優は家に戻る。
遅い昼食を取るとスーパーへ。
店に出す物を買うと戻って少し休む。
夕方のニュースを見ながら時々くる光琉のメールに返事して。
軽い夕食を取ると二階へ行き仕事着の白いシャツに黒いズボンに腰巻エプロンに着替える。
店内の灯りを付け、CDを入れると曲を流す。
家のテレビを消すと灯りも消し、玄関から出て鍵をかけた。
店内から看板に灯りを付けると……今日も仕事が始まる。

テレビには恋愛映画が流れている。
開店してから二時間たつが今日はまだ誰も来ていない。
一人、ビール飲みながら映画鑑賞しているようだ。
と、一件のメールが携帯に入ってきた。
見ると客からで。
【 眞優、今日店やってる?一人なんだけど 】
【 やってる、まだ誰も来てないから 】
今から行くと言う客に眞優は準備し始める。
カウンターの一席に準備して、今日買ってきたお菓子を出して。
すると、先程連絡した客とは違う客が来る。
「久しぶり、眞優」
出張の度寄ってくれるこの客は紳士的に見える。
久しぶりの出会いに眞優も嬉しそうに頷いた。
これ?と来る度飲むウイスキーを棚から出した。
「そう、ロックでね」
ロックグラスに、ロックアイスを入れグラスを冷やしウイスキーを入れる。
「何回も来てたんだけどね、日帰りでなかなか寄れなかった」
大丈夫と頭を横に振るとウイスキーを出した。
「久しぶりに乾杯しよう、眞優」
笑みを見せた客に空きそうになっていたビールを飲み干すとサーバーから出し眞優は乾杯した。
他愛ない話をして居ると、連絡していた客が来た。
待ってたと、眞優は準備していた席を軽く叩く。
「ごめんっ、中々アイツ、離してくれなくて」
アイツとは彼女の事だろう。
若い客は一度だけ可愛い彼女を連れてきた。
だが、彼女の方は酒が駄目で。
しかも若いせいかハッキリ言う。
その時、眞優が声が出ない事をボロクソに言ってから彼は彼女を連れて来なくなった。
「もう、アイツは連れてこないから」
苦笑いした眞優は頷く。
仕事とはいえ流石にキズついた。

――喋れないなら何にも出来ないじゃん、アタシなら無理…

あの後、彼は彼女に説教したらしい。
わかってはくれた見たいだと言っても、やっぱり眞優は彼女が苦手だ。
それから何人かの客が来たが今日は映画一本半で店を閉めた。
看板を消して、光琉に終わったと連絡する。
片付けて店内の灯りを消した。
家に入ってエプロンを外すとリビングのソファに座り込んだ。
今日は何故か疲れた。
やっぱり彼女の言葉が忘れたつもりでも覚えていたんだろ。
鳴る携帯に見ると光琉からのメール。
【 おつかれ、眞優 】
【 …うん…明日店休みにする… 】
営業時間が不定なら休みも不定だ。
【 そっか……何かあったのか? 】
聞いてきた光琉に眞優はメールを打った。
すると光琉は電話しようか?と。
聞いてきた聞きたいと言った眞優に暫くの後電話が鳴った。
『眞優』
返事したい…
だが彼女の言葉通りに何も出来ない。
『無理しなくていいから』
膝抱えて俯きながら携帯を耳に当てる。
『眞優は頑張ってる…現に店出して客も来てるだろ?』
でもそれはわかってくれる人ばかりで。
理解出来ない人はやはり二回目は来ない。
『余り、気にするな…』
眞優と優しい声が耳に入って来る。
会いたい…抱きしめて欲しい…
「……」
声にならないが唇が動く。
『…ったく、可愛い彼氏だな、抱きしめたいよ』
思わず携帯を離して顔を赤くし見た。
『抱きしめて…キスして……エロい事したい』
そんな言葉を聞いて眞優は思わず携帯を叩いた。
『ははっ、そう怒るな…まだだよ、俺が退院して…ちゃんと眞優を迎えに行ったら…いいだろ?』
甘い声で言われて眞優はうんと頷く。
『そうだ眞優、その携帯、電話しながらもメール出来るか?今日考えていたんだが……今、やってみ、慌てなくていいから、まってる』
携帯画面を見て眞優はスピーカーにする。
画面の中にある下から端にあるマークを押した。
すると今日使っていたメールのアイコンやらあった。
多少不安にアイコンを押すとメール画面が出たのに嬉しくなった。
これで光琉と会話が出来る。
喜んだと同時に電話が切れたんじゃないかと不安になった。
耳をすますとスピーカーからは布地の音が聞こえた事に安心し、光琉宛にメールを送ってみた。
【 届いた? 】
と少しの間の後
『お、来たな…これで眞優とちゃんと会話が出来るな』
【 うん、嬉しい 】


流石にまだ眠いのか光琉からの連絡はない。
眞優もまだ夢の中。
今日は本当に店を開けない。
病院に行って、光琉の側に居る。
もそもそと掛布団が動き手が伸びる。
外していたメガネを見つけると引っ込めかけるとゆっくり体を起こした。
あくびをして携帯を掴み時間を見ると、九時になる所だった。
ベッドから出ると私服に着替える。
寝室から出て、階段を降りる。
顔を洗い歯を磨くと眞優は病院へと向かった。

バス停から病院に向かい院内に入ると、担当医師だった涼(りょう)と会う。
「久しぶり、眞優」
頭を下げる眞優に涼は近寄ると眞優の顔に手を添えた。
「うん…大丈夫そうだね」
笑顔見せた眞優に涼は笑みを浮かべる。
「痛くなる時とかない?」
頭を横に振る眞優に頷く。
「そっか…食事ちゃんとしてる?少し痩せすぎ…食べれない?」
質問に頭をを振ったり笑顔見せたりする眞優。
「まぁ、僕の担当は皮膚だからね、そこまで関与出来ないか…退院したしね、そう言えば外科の先生とかも大丈夫って言ってた?」
何かあったらいつでも来てと言われていたが、今は食が細いだけで特にないから通院なんてしていない。
わかった、と言うと涼は眞優に手を振り去っていく。
思い出したように眞優は売店に行き小さなおにぎりを一つミネラルウォーターを一本買うと光琉の病室に向かう。
閉めてあった病室のドアを開け、中に入っていく。
光琉はベッドで横になって目を閉じていた。
朝食も終わり、回診まで寝てるのか。
眞優は近寄り荷物をソファに置くと光琉の側に。
寝てる光琉の顔に近づく。
ホスト的なかっこよさでは無く、どっちかと言えば体育系なかっこよさだ。
…光琉
そっと手を差し出し顔を撫でると口元が緩む。
ゆっくりと瞼が開くと眞優を見る。
「おはよう、眞優」
おはようと唇動かす眞優に光琉は顔を撫でる。
「今日はずっと居るか?」
頭を縦に振ると笑みを浮かべた。
体を横にする光琉に眞優はソファに座り、遅い朝食。
そんな眞優を眺める光琉。
「…親には言ってある」
突然の言葉に眞優は動けなく。
「俺が退院したら、結婚しよう」
何を言われてるのか分からなかった眞優は段々と理解したのか、顔が赤くなると携帯を取り出した。
【 結婚って……! 】
「俺は本気…眞優は?」
……オレは……
「結婚式ぐらいは、出来る所を探せばある…指輪だって買ってやる…一生眞優を幸せにしてやる」
真面目な顔してプロポーズしてくる光琉に眞優はどう仕様もないくらい泣きたくなった。
会話もまともに出来ない自分に……
そんな自分を好きと結婚しようと言ってくれる人が目の前に側に居てくれる。
「眞優は……俺とじゃ嫌か?」
すぐさま眞優は頭を横に振った。
「なら、結婚しよう、眞優」
再び同じ事を言う光琉に、眞優の涙が止まらない。
「……」
食べかけのおにぎりも置いて眞優は涙を拭う。
「現実問題、それなりに色々あるが…絶対に眞優に辛い思いさせないからな」

回診の放送が聞こえてきた。
そんなのも聞こえてないかのように、お互い甘いキスが止まらなかった。


それから…半年後。
お互いの親には一応報告の為に連絡を取ったが、やはり拒まれた。
ただ…眞優の親は仕方ないと。
それは結局、眞優の声の事もあって。
光琉は営業の仕事に戻り、住む場所はアパートから眞優の家に移った。

寝室のベッドの上で眞優はシーツを掴む。
時折、麻痺した痺れに体が浮く。
聞こえてくる水音に今でも慣れない。
恥ずかしすぎて。
何度も光琉に抱かれてきたのに。
だが、脚は広げて。
開く口元から涎が流れる。
ヤダと眞優は光琉の髪を掴むと、光琉は眞優のそれから離した。
「嫌か?」
少し意地悪な言い方に泣きそうに目尻に涙が。
「悪かったな」
苦笑いして覆い被さる光琉は涙を下で舐めった。
が、片手はそれに手を添え眞優の窄みに擦る。
既に光琉の涎で解された窄みはすぐ入りそうで。
眞優はそれがじれったくてしがみついた。
「入れんぞ」
頷いた眞優に腰を埋めていく。
「……!」
一番辛い場所が通り過ぎると眞優は口を開き息を吸う。
思ったより大きく太い光琉自身に体が張り裂けそうで、眞優は光琉の体からシーツを掴み出す。
一方光琉も慣らしたと言っても狭い眞優の中。
強く抱きしめたら折れそうな眞優の体に良く入ったと。
だがそれが、眞優にダイレクトに光琉の存在わかってくる。
「眞優……っ」
意識朦朧としてる眞優に光琉は手を添え握った。
「大丈夫か…」
優しい声に眞優は手を握り返し幸せな顔を見せる。
……光琉
唇動かす眞優に光琉は顔を近づける。
聞こえないとしても、光琉は唇の動きで。
…光琉……好き……大好き
口元緩め光琉は言った。
「眞優の声が聞こえた」
どうあがいても聞こえる筈のない眞優の声。
眞優は泣き出し光琉に抱きついた。
…光琉…
限界までになった光琉のそれに眞優の体はビクッとする。
そして、眞優は愛を溢れる程体の隅々まで光琉から貰った。


車で六時間。
着いたのは結婚式場。
ネットなどで探した結果、県境を越えた所に同性でも結婚式を挙げれる場所を見つけた。
駐車場から降り建物の前。
一応前もって連絡をして話はしていたが。
ドキドキと止まらない心臓に眞優は不安になる。
大丈夫だと光琉は手を繋ぐ。
見上げた眞優は安心したように笑顔を見せた。
中に入り受付に話すと、個室に案内される。
するとウェディングプランナーの男性が来ると一通り挨拶する。
「眞優は声が出ない、なので携帯での話でも構わないだろうか」
「えぇ、構いませんよ、逆にこちら側がありがたいです」
優しい感じのスタッフに眞優は、初め光琉のシャツを掴んでいたが慣れてくると携帯打つ文字も普通になってきた。
「…それでは、ゲストはご友人様だけと」
「そうなります…」
「でしたら、パーティ式になされるとかどうですか?」
「…どうする?眞優」
【 もし……当日親が来てくれたら 】
「それでも大丈夫です、良くあるご式とは違うので」
【 なら、光琉…こっちにしようよ…やっぱりお父さんとお母さんに来て欲しい、オレ、声は出なくなったけど、入院とか色々…世話になったし、心配かけたし 】
光琉の顔を見る眞優。
相手が光琉だから。
本当に大好きな光琉だから、ちゃんと……ケジメはつけたい。
「そうだな…すみません、ならこっちに」
「わかりました」
眞優は俯き唇噛み締めて光琉のシャツを掴んだ。


「結婚式?」
「それ、本当にやんのか?」
照れくさそうに眞優は頷く。
「…そっかぁ、眞優さん結婚するんだ」
「結婚じゃなくて式な」
店内でカウンター席に居る客がそれぞれ言う。
すると、家に通ずるドアの方が開いた。
「眞優」
振り返る眞優は光琉の姿に近寄った。
「いらっしゃい」
来てる客に頭を下げる光琉に客は愛想よくする。
なに?と眞優は小首傾げる。
「ちょっと……行ってくる、実家に、ちゃんと話して来る」
不安そうにシャツを掴む眞優に頭を撫でた。
「大丈夫、今度はガキみたいな真似しないから…昔から俺がそういうのってのは言ってたんだけどな…本気にしてなかったんだろうな」
眞優の親から先日電話が来て、話た事は式をやるなら出席すると。
それを聞いて光琉は考えたんだろ。
本当に眞優を愛してる。
気まぐれなんかじゃない。
迷いのない愛。
だからこそわかって欲しい。
微笑んだ光琉に眞優は頷いた。
「そりゃ、普通にタキシードだろ」
「でもさー、意外にドレスとか似合いそうじゃない?」
「線が細いから入りそうだよなぁ」
「いやいや、お前…胸のトコどうすんだよ」
いつの間にか衣装の話まで盛りあがっていた。
出ていく光琉に眞優はカウンターに戻り。
なんの話してたの?と客を見た。
「本当に俺ら行っていいのか?」
「嬉しいけど…浮かないか?」
すると携帯を手にする。
【 友達に言ったら来てくれる人は居るんだけど…場所が県外だからそんな数多くないし、だったら今こうして近くに居てくれる皆の方がいいかなと思って 】
「…ここの店の雰囲気もそうだし眞優も好きだから来てんだよ」
「そ、俺なんかずっと行ってた店よりここに来てんだからな」
「せっかくだから新しいスーツ買って来よう!」
そう言ってくれる客に眞優は頭を下げた。

客も帰った夜十一時。
家の方に聞こえる音に眞優は向かった。
気がついた光琉は苦笑いする。
誰も居ないよと店に引っ張る眞優は光琉を店内のカウンターに。
そして看板を消して店のドアに鍵をかけた。
カウンターに入ると、光琉にビールを出した。
「とりあえず…わかってくれた」
不安だった眞優の顔は安心した顔を。
光琉は折角だしたビールに口をつける。
「…ま、結局ケンカしたのは事実だしな」
それで光琉は苦笑いしたのかと。
眞優は少しためらって光琉の手を握った。
それに光琉は顔をあげた。
…大丈夫、オレも一緒だから
そう唇動かす眞優に手を握り返し。
「幸せにするって約束したしな…くよくよしても意味が無い」
眞優は笑顔を見せ頷いた。

結婚式前々日…
荷物をまとめる眞優と光琉。
男だからそう荷物が多い訳でもないが、眞優の食事。
行き先々で寄って買えばいいが、腹が減るタイミングが難しい。
普通に三食とはいかない。
スーツケースには着替えなど、それとは別に小さめのリュックにペットボトルとゼリードリンクを多めに詰め込んだ。
「眞優、終ったか?」
風呂上り光琉はタオルで髪を乾かしながらリビングに居る眞優の側に寄ると座った。
頷く眞優は顔を上げる。
それと同時に光琉に横から抱き寄せられる。
そのまま軽いキスをされた。
離れる光琉は眞優を顔を撫で口元緩めた。
「当日、楽しもうな」
笑顔で頷く眞優に光琉は愛しそうに抱き締めた。

天気は二人を祝うように快晴になった。
少し暑いくらいの気温に眞優はリュックからペットボトルを出して口をつけた。
痩せすぎて少し余裕があるタキシード。
かけていたメガネを外してみる。
やはり見えない。
目にも事故の支障がきてる。
光琉には、本当に寝る時ぐらいメガネを外した顔しか見せてない。
しかも、眞優の仕事が遅い為先に光琉が寝てる時もある。
今、ここに来て外したいと思うのは。
光琉と同じ景色を裸眼で見てみたいと。
喋れないならせめて…
だが、どうしても見えない。
俯きながらメガネをかけ直すと、突然背後から抱きしめられた。
「どうした?」
なんでもないと頭を横に振ると見上げる。
見つめる眞優に光琉は口元緩め。
「大丈夫だ…どんな眞優でも好きだからな」


ドアの前で眞優は緊張する。
教えてもらった事を覚えてるか不安で。
光琉は組まれた腕から眞優の手に添えた。
「俺も緊張してきた」
冗談か本気か、眞優に笑顔を見せる。
そんな光琉に眞優は思わず笑った。
すると大丈夫だと光琉は眞優の手を軽く叩いた。
「そろそろ…」
お互い一緒に頷くと、ゆっくり教会の扉が開いた。
バージンロードを合わせて歩く。
理解ある親友に同級生、そして店に来てくれる客…の中に二人の親の姿。
その顔は嫌そうでもなく、意外で。
目が合った光琉に母親はこれから頑張るのよと唇を動かした。
指輪交換に落としそうになり、誓いのキスは眞優が恥ずかしさで真っ赤になり。
なんとか無事に終った挙式は別の会場へ。
パーティ式の披露宴。
少し広い室内、ガラス張りの壁からは中庭の風景が綺麗に見える。
吹き抜けの高い天井に、各テーブルの上には既に料理が並んでいた。
「それでは、今日の主役…ご本人達に出てきて貰いましょう!」
マイク越しに言う彼は、光琉が高校からの付き合いの透。
「鏡眞優さん、秋谷光琉さん…どうぞ!」
中から微かに今日の聞こえてきた声に光琉は眞優の手を繋いで入ると拍手が。
「ハイハイ、では…只今から眞優さんと光琉さんの披露宴を開始します……で、皆様はもうご自由にしてくださいね」
「眞優、何か取るか?ちゃんと言ってある筈だから大丈夫だと思うが」
目の前に並んである料理はやはり皆とは違って。
タキシードに入れておいた携帯を眞優は出した。
【 ゆっくり取るよ、オレの事気にしないで光琉は食べなよ 】
画面を見せる眞優。
「わかった」
「それでは…司会進行の私、水嶌透(みずしま とおる)です、よろしくお願い致します…で、私は光琉さん…光琉とは高校時代からの親友でして、地元の男子高校だったんですが、そりゃカッコ良くて、あ!今もですけど………」
光琉に小言言われながら透の話は終わり、眞優の話に移った。
「眞優くんとは同じく高校時代の親友で、まぁ普通の進学校だったんですが、三年間同じクラスで部活も同じでした………」
わいわいしながら、時に写真をと来る度に眞優は手を繋ぐ。
本当に嬉しい、素直に嬉しい。
それを光琉に共有したいと。
「眞優さん、おめでとう」
笑顔で頷く眞優に店の客は口元緩めた。
同級生が来ては久しぶりの再会に思わず抱きしめられる。

「いい感じに盛り上がってますが…そろそろ、お二人さんを泣かしたいと思います」
「なんだよ、それ」
「今日は光琉を泣かす!」
笑いが来た後、透は眞優の母親にマイクを渡した。
皆の前で深く頭を下げた眞優の母親。
「眞優の母です…今日は眞優と光琉さんの為に本当にありがとうございます…眞優はこの通り事故により声を失いました、それでも眞優は店を出して頑張っております…その中での話に正直反対でした、私達が古いのかわかりませんが…」
俯く眞優に光琉は手をしっかり握った。
「ですが…声を失い話も出来ない眞優の事を、好いて居てくれる人が居る、それだけでも…と、思うと光琉さんには本当に感謝しております」
母親は光琉の方を見た。
「この子と一緒に居るのは大変かもしれないけど…どうかよろしくお願いします」
頭を下げた母親に光琉は手を添える。
「……こちらこそ……」
すみません………――
謝りの言葉が光琉の口から小さく出て来た。
どういう意味なのかは本人しかしらなく。
頭を上げると母親は眞優を見る。
「眞優…」
それ以上の言葉もないまま母親は眞優の顔を撫でると手を離した。
うっすらと出ていた涙は溢れて。
……お母さん……ごめん
眞優もまた、母親にそう唇を動かした。
結局光琉の親からはないまま…
「…それでは、最後になりますがご本人から」
マイクスタンドを持ってきた透はさり際光琉を軽く叩いた。
「…頑張れ、皆…認めてるから来てくれてんだ…じゃなかったら、俺もここに居ねぇよ」
ニカッと笑う透に光琉は意識を決めたように目つきが変わる。
「今日は…本当に感謝します…改めて何を話そうかとも考えたんですが……感謝の言葉しか、出て来ないです…」
光琉は眞優の手を繋いで、見上げた眞優に頷いた。
マイクスタンドを横に移動させると二人とも頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございます!幸せになります!」
頭を下げたままの二人に拍手が鳴り響く。
そして顔を上げた二人は笑顔に。
終わらない拍手に光琉は眞優を横から抱き抱えた。
光琉の肩に腕をまわすと会場内から声が聞こえる。
「チューしろ!」
「やっちゃえ!光琉」
明らかに光琉側の同級生から聞こえてきた声に光琉は唇近くに眞優に囁いた。
「愛してる、眞優」
…オレも、光琉の事愛してる
そう唇動かした眞優に光琉はキスした……―





まだ眠たそうに眞優はベッドの中でもそもそと。
一階から駆け上がるその足音は寝室のドアを開けるとベッドに近づき座った。
「眞優、行くからな仕事」
動かない眞優に体を倒し掛け布団ごと眞優を抱きしめる。
「眞優」
囁きにも似た声にほんの少しだけ顔を出した。
スーツにネクタイ、髪も整えて。
「おはよう、眞優」
まだ寝ぼけてる顔の眞優に光琉は頬にキスを落とした。
「行ってくる」
うんと頷く眞優に頭を撫でたその左手には新しいリングが。
離れた光琉に眞優は手を伸ばした。
スーツを掴んだ眞優の左手にも同じリング。
…いってらっしゃい、光琉
そう唇動かすと光琉の頬に眞優の方からキスを返した。


これから二人で生きて行く。
時に会話が通じあわなくてケンカする時もあるが結局いつの間にか元にもどってる。

一応と場所をと、とっておいた玄関から反対側にある駐車場には光琉の車。
実家から持ってきた荷物。
光琉が仕事から帰って来たら一緒に夕食取る事にした眞優。
それから眞優は店を開ける。
時々、光琉は店に来て客と一緒に話しながら飲んだり。
「営業?え、どこの会社?」
気が合ったのか光琉と隣の客は話している。
少し離れたカウンター隅では眞優が別の客と話して。
ちょうど終った映画に眞優は別なDVDを入れ替える。
流れて来た映画に眞優は丸椅子に座る。
そこから光琉がまだ楽しそうに話して居るのが見え。
今日もぼちぼちの客入り。
すると店のドアのベルが鳴り客が入ってきた。
「眞優、三人なんだけど大丈夫?」
立ち上がり、空いてるテーブル席に案内した。
「あと出来るのは俺らでやるから」
そう言ってくれる客に眞優は注文を聞くと、準備し頭を下げカウンターに戻る。
「マスター、声出ないのか?」
「そう、でも悪い感じしないだろ?」
「……そう言われれば」
「だから、俺はここに来る……んじゃ、乾杯しよう」


お疲れ様と話始めると止まらない客。
映画を見る客。
時々意気投合して話続ける客。

それぞれの客がいるが…結局皆眞優が好きで来る。
たとえ、声が出なく喋れなくても……―




End

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