最弱ステータスからの英雄譚 〜死に戻りスキルで世界を救う〜

蒼月

文字の大きさ
7 / 7

しおりを挟む
春の風が、窓から吹き込んでくる。緩やかな陽射しに、教室のカーテンがふわりと揺れた。

そこは、元の世界——日本。制服姿の生徒たちが、何事もなかったかのように授業を受けている。

異世界も、魔王も、戦争もない。“召喚”など、最初から存在しなかったかのように、世界は穏やかに日常を刻んでいた。

そして——その一角に、ぼんやりと窓の外を眺めている少年の姿があった。一ノ瀬ユウト。

かつて死に戻りを繰り返し、魔王を討ち、世界を救った青年。しかし今は、ただの高校二年生。痩せた体に制服がやや大きく見える。

「……静かだな」

彼はそう呟いた。誰にも届かないほど小さな声で。

教室の空気は柔らかく、どこまでも平和だった。だがその平和の中で、ユウトだけが違う時間を生きていた。

——世界は巻き戻った。

《死王》としての最後の力、《他者の死を巻き戻す》という禁断の権能。その行使によって、アカリの死を無かったことにし、彼自身も力をすべて失った。

それはつまり、自分だけが“全ての記憶を持ったまま”この世界に残されたということ。

もう、《死還》も《死王》もない。だが、あの戦いの記憶だけが、鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。

——499回死んだ感触。
——魔王を倒した剣の重み。
——生き返った仲間たちの笑顔。

そのどれもが、今のこの日常とは交わらない。

「一ノ瀬~。答えられるか?」

教壇からの声に、彼は少し驚いたように振り向いた。

「……すみません。ちょっと、考え事を……」

教室に、くすくすと笑いが起こる。だが、その笑いはどこまでも穏やかだった。

誰も彼を蔑まない。誰も見下さない。ただ、そこには“日常”がある。

その事実に、ユウトはかすかな安堵を覚えた。異世界の戦場で剥き出しだった憎悪や恐怖は、もうどこにもなかった。

——自分は帰ってきたのだ、本当に。

昼休み。屋上。

紙パックのミルクコーヒーを片手に、ユウトは柵にもたれかかっていた。

春の空気が心地よい。桜の匂い、風の音、遠くから聞こえる野球部の掛け声。

全てが懐かしく、けれど、どこか遠い。

「やっぱりここにいた」

その声に、振り向く。

制服のスカートを押さえながら、咲坂アカリがこちらへやってきた。

「あんた、またサボってない?」

「休憩だよ、休憩。今日は……ちょっと疲れただけ」

アカリは彼の隣に腰を下ろし、風に揺れる髪を手で押さえた。

しばし、二人の間に会話はなかった。だが、それは気まずさではなく、穏やかな静寂だった。

「最近、夢を見るの」

ふと、アカリが呟いた。

「夢?」

「うん……よくわからない場所で、誰かと一緒に戦ってる夢。すごく怖いのに、変なの。ぜんぜん苦しくないの」

ユウトは黙って耳を傾けていた。

「その夢の中で、私、誰かに守られてるの。顔は見えないのに、すごく安心できるの。不思議でしょ?」

「……ああ、すごく不思議だ」

アカリは笑う。

「変な話しちゃった。ごめんね」

「……いや、嬉しかった」

ユウトは、小さく呟いた。

「君が生きていてくれて、良かったって、心から思ってる」

アカリは少しだけ首を傾げて、微笑んだ。

「そっか。ありがと」

放課後。夕焼けの校舎を、ユウトは一人で歩いていた。

夕陽が長く伸びた影を作り、床にかつての記憶を映し出す。

死んだ仲間たちの顔。戦場で泣き叫ぶ声。自分の身体が崩れていく感触。

そして——最期の一撃で魔王を打ち倒した瞬間の、あの強烈な光。

あれらは、もう誰の記憶にも残っていない。だがユウトの中だけには、消えずに残っている。

「……全部、俺が背負っていけばいい」

それが彼の選んだ運命。

誰かを救う代わりに、たった一人で記憶を抱えて生きるという決断だった。

——その重さを知っているのは、世界で彼だけだ。

夜。帰り道。

川沿いの桜並木を歩く。街灯が花びらを照らし、川面に柔らかな模様を描いていた。

川の向こうから、小さな子供の笑い声が聞こえる。親子が一緒に歩いている。

命の音。誰かの日常。それらすべてが、今ここにある。

ユウトは、携帯の画面を見た。

——通知はない。

それでも、胸の奥があたたかかった。

「……俺は、もう“特別”じゃない」

それが、どれほど幸福なことか。彼はようやく理解していた。

何度死に戻っても得られなかった“平凡な今日”が、今、確かにここにある。

ユウトは、そっと歩き出す。風が髪を揺らす。

過去は、消えない。

だが、未来は——いくらでも変えられる。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~

風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

処理中です...