被造物のくせに生意気だ

湯坂青葉

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勧善懲悪

おぼれた赤ん坊を助ける前に、その親の資産額を見よ。

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 「あやつ、中々面白い策を出すではないか……。」

 若き大臣三山公が提出した案に、皇帝は満足してすぐに準備にとりかかるように密命を下した。

☆☆

 朝議がいったん解散した後、三山公は皇帝に付き従い、人払いされた部屋へと入った。

 「で、三山公よ、妙案とやらを申してみよ。」

 「陛下の妹君を使者として后様を送り出すのです。このようにすれば夜子様に礼を尽くしたことになり、災いを以て福となすことができます。」

 「だが、それでは朕の后が夜子に殺されてしまうだろう?」

 「いえ、夜子様は生贄として『若い女』を求めていると聞きます。そして、差し出す女の条件は『後宮にて最も若く美しく陛下が寵愛されている女』ということでしたから、何も后様である必要はありません。」

 「では適当な妾でも送るか?それでは夜子の怒りに触れることにはならないか?」

 「いえ、後宮で暮らされているのは何も陛下の奥様方だけではありません。かの妹君もです。妹君は若く美しいという面では条件を満たしますし、陛下も妹君に対しては『骨肉の情』からの寵愛を向けていらっしゃるではありませんか。」

 「……、くどいな、直接的に話せ。」

 「……、それは臣下としていたしかねます。」

 三山公は揉み手で皇帝の反応を待った。おそらくこの提案の意図を皇帝は正しく理解していると期待して。女好きで欲望に忠実なバカ皇帝だが、この手の姦計を考えるときには天から与えられた才能をいかんなく発揮することを期待して。

 「つまり、あの朕と同じ腹から生まれたことすら疎ましい馬鹿女を夜子サマに引き裂いていただいて、我が国は夜子サマの歓心を買い、我々はあの忌々しい妹のちゃちゃ入れを気にせずに優雅に暮らすことができるという算段か。たしかにあの愚妹は外見だけで見れば我が最愛の后よりも若く美しいかもしれないな、本当に、あれが妹でなければ無理やりにでも妾にして遊んでやったかもしれん。それに、あそこまで朕の方針にケチをつけておきながら、朕が愚妹をまだ殺していないというのは、朕がアレを寵愛しているあかしだ。」

 皇帝の脳裏に、今まで妹に受けた邪魔や干渉のことが浮かんでくる。皇帝の妹、真昼姫は政務に熱心ではない皇帝のもとへたまたま乗り込んでは、民のことを考えろだの、歴史書を読んで過去の名君に学べだのおかしなことをよく言ってくるものだ。挙句の果てには最近は宰相どもと内通して党派を作る始末。噂によると真昼宰相党は民の支持を得るために財産をばら撒くような工作を行っているらしい。
 皇帝が今でも鮮烈に覚えているのは、ある朝いつもの様に妹が皇帝の私室に乗り込んできて、后とお楽しみ中だった皇帝に向かって、いつもの如く民のことを考えてだの責任がどうのといった説教をしてきた時のことだ。その時、虫の居所の悪かった皇帝は、民のことを考えるならお前の今着ているその服だって民の血税で賄われたものなのだから今すぐ返してこいと言って、妹の衣服をすべて剥ぎ取り、街中の古着屋に売り払った。当然それ以降妹の説教は頻度が増え時間も長くなったが、このころには皇帝はいつかこいつを肉の塊にして広場の肉屋で売ってやろうと思っていた。

 「夜子、いや、この計画が成功したら夜子様と呼ばせていただこう、そして宮中でお祀り申し上げよう。」

 夏の夜に部屋中を飛び回る蚊を一匹残らず処分しおおせてさあねるぞという時の笑顔を浮かべながら、皇帝は妹と后に対する命令書と、夜子にあてる書簡の作成に取り掛かった。

☆☆

 「妹よ、このたびの任務、引き受けてもらえるな?」

 旅装に身を包んだ真昼姫に、皇帝は最後の確認をした。

 「はい、兄上が断腸の思いで最愛の后様を送り出されるのです、私も全力を尽くして使者の任に当たります。」

 数日前、何やら普段とは全く違う深刻そうな面持ちで相談を持ち掛けてきた皇帝。姫も夜子の騒動のことは聞いてはいたが、まさかあの兄が自ら最愛の后を送り出すという判断をするとは思わなかった。さらに驚いたことに、皇帝は姫にたいして、これまでの放蕩の数々を謝罪し、これからは真面目に国政に取り組むとまで約束したのだ。そして姫に与えられた任務は、后を夜子の元に送る使者。このような任務に皇帝の妹が就くのは異例のことであるが、今回は相手のことを考えてということで、姫もそれをすぐに了承した。
 不良が更生したからといってすぐに信用するなどなんと愚かな女だろう。
 真昼姫は、夜子の呪符により厳封された夜子あての手紙と、差し出すべき后、それに森の入り口まで付き添う護衛団を伴い、都を出発した。

☆☆

 森の中で、夜子は一人散歩しながら、木々の間から見える星空を眺めている。
 無限にも思える時間の中で夜子が思考と実験によってたどり着いた結論、その結論が正しいか間違っているかを確かめることができる日がもうすぐ来る。
 飽きるほど長く生きてきて、それでもなおわからなかったことがわかる日が来る。
 この世界という本を書いたモノに出会える日が、もうすぐ来る。

 「見ているのだろう?唯一神カミナ、天使アサ、天使ショウゴ。未来と過去において天使となるこのヨルコのことを。」

 返事はなかった。しかし、空に浮かぶ月が一瞬細い三日月になり、それがカミナの哂いなのだと、ヨルコにはわかった。
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