被造物のくせに生意気だ

湯坂青葉

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第一章:最高の絆

血統至上主義

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 イチイとカズミは結婚していた。イチイは大して美人でもなく、性格も最悪なカズミに対して魅力を感じていたわけではない。カズミも大して稼ぎもなく、性格も最悪なイチイに対して魅力を感じていたわけではない。ただ単に、二人とも周りの同年代が次々に結婚していくのを見て、何となく結婚しただけだ。結婚しないと老後が心配、結婚しないと周囲の目が痛い。二人でいるときはお互いの本性をさらけ出すイチイとカズミだったが、社会の中ではその本性を隠し、真っ当な社会人として振舞っているのだ。
 子供も作った。もちろん自分たちの老後の生活のために。イチイもカズミも、お互いに趣味の合う友人としてはともかく、はたから見たら噴飯物の、「生命の神秘」と称されるあの行為を行う対象としては、相手を見ることができなかったが、電気を消したうえで二人そろって目隠しと耳栓をして、「目の前にいるのはイチイ・カズミじゃない、絶世の美男・美女だ」と自己暗示をかけながら、何とか噴飯ものの行為をやりおおせた。

 「ほら、見てごらんなさいな、アサさん。劣った血同士を混ぜ合わせると、単純な足し算の結果以上に劣った者が出来上がるのですよ。」


 高校生までに成長していたイチイとカズミの娘、ハジメを指さして、ヨルコが鼻をつまみながら鼻声で言う。
 失敗した福笑いのような顔、いや、福笑いはパーツ自体の形は整っているから、パーツ自体もイチイとカズミの悪いところだけを引き継ぎいびつなハジメのほうがよほどおかしい。小太りの体型、体重がもっと突き抜けて重ければ、大食いのデブキャラとして少しはクラスでの立ち位置が得られたかもしれないのに、中途半端というものは常に最悪だ。クラスでのあだ名は「納豆菌」、もはや体形や容姿を表す言葉ですらない。直球の「ブス」や「豚」ならまだよかっただろうが、豚ほどの愛嬌もなく、「ブス」であることは見ればわかるからわざわざいう必要もないということだろう。そもそもブスというのは美人と逆の女性の属性であり、クラスの男たちに性別不明の物体として扱われているハジメにはそぐわない言葉だった。ちなみに、この「納豆菌」というあだ名の命名者は、クラスメイトからも先生方からも優等生と認識されている、チサという根暗眼鏡女だ。

 「ハジメ、この間の模試の結果を見せなさい。あんたまたどこかに隠してるんでしょう?」

 ノックもせずにハジメの部屋に入るなり、仁王立ちしてカズミは高圧的に要求する。外見が醜いだけならともかく、勉強もできないなんて、全くとんだ失敗作をひりだしてしまったわね。交通事故とかで死んでくれれば「慰謝料」に化けてくれるんだけど、引きこもり気味でその可能性も低いとか、どうしようもないわね。カズミは口にこそ出さないが、いつもそう思っている。

 「黙ってないでとっとと出しなさい!」

 ハジメがそれでも何も反応しないので、カズミはハジメを無視してゴミ箱をひっくり返した。そこにはくしゃくしゃに丸められた模試の結果があった。この娘には外のゴミ箱に捨ててくる勇気すらないのかとあきれながら、カズミは模試の結果に目を通す。
 学校独自の模試。ハジメの通う底辺高校である水無瀬きぼう高校の教師陣が底辺の学力に合わせて作った小学生レベルの試験である。数学の一問目は、「はちかけるいちはろくよりおおきいですか、ちいさいですか」だ。

 「『字が汚くて読めません。』」

 百点満点中十五点という国語のテストの評語には、お前が言うなと言いたくなるほどの汚い字でそう書き殴られていた。

 「あんた、汚いのは顔くらいにしておきなさいよ。あ~あ、あんた、この調子じゃ大学なんて無理ね。せめて高校は卒業して、ブラック企業でもなんでもいいから何とか就職しなさい。もう勉強なんてしないでもいいわ。無駄よ無駄。あんたがイチイの頭の十分の一でも受け継いでいてくれたらよかったのに。私は今から仕事で二三匹絞めてストレス解消してくるから、あんたは適当にカップ麺でも食べて学校に行きなさい。」

 カズミは模試の結果をまた丸めてハジメに投げつけると、乱暴に扉を閉めて出て行った。ハジメは学校に行きたくないなあと思ったが、今日はイチイが休みで家にいることを思い出し、またイチイにごくつぶしだの汚物だのとブツブツ言われるくらいならば学校に行ってトイレにでもこもっていたほうがましだと考えなおして、毛虫が舗装道をはい回るような足取りで学校に向かった。

 「私の呪符は効果を発揮したみたいですね。」

 ハジメが視界から消えたのを確認して、ヨルコはようやく鼻から指をはなした。

 「ヨルコさんの呪符って、あの女が醜く生まれてくるようにという効果のものだったのですか?」

 「いえ、私のあの呪符は『運命の赤い糸』ですよ。本来なら一生独身のイチイとカズミを、呪符の効果で結婚させ子を作らせたのです。子供が醜く愚かなのは、私のせいではなく、あの二人の遺伝子のせいですよ。」

 ヨルコは裾から呪符を二枚取り出し、アサに示して見せる。二枚の呪符の間には、うっすらと赤い糸が見えた。

 「今日これからあの醜い生物に起こることも、呪符の効果ではなく、この世界がそのようであるからそのようになるのですよ。私がアサさんにお見せしたいのはここからです。」

 ヨルコは「臭い消しの呪符」を取り出し、一枚を自分に、もう一枚をアサに貼り付けてから、再びアサの手を引き、ハジメの後を追って水無瀬きぼう高校へと向かった。
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