転生令嬢は最強の侍女!

キノン

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3.転生

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 長い夢を見ていた気がする。



 目を閉じたまま、何度か寝返りを打つが布団がいつものと違って、肌触りが良くふかふかしている事に違和感を感じ、重く閉じていた目蓋をゆっくりと開けると見慣れた自分の部屋とも、病院の病室とも違う見慣れない天井があった。
 あの管理人の言っている事は、半信半疑だった。
 自分が死んだのかも、私が本当に異世界に転生するのかも、管理人が出した異世界へと通じる扉から落ちる時も、やっと長い夢から醒めるなぁーーぐらいにしか思っていなかったんだけど。

「私、本当に転生しちゃった」
 自ら発した自分の声とは違う幼ずぎる声に驚きを隠せない。
 自分の声に動揺しているのも束の間、突如私の頭中に、の記憶と、前世の記憶を思い出すまでのの記憶が一気に流れ込んで来た。
 それで分かった事は、私の新しい名前がはリディア・ローレンス。伯爵位を持つ令嬢で、両親と双子の兄がいる。5歳の誕生日の日に、はしゃぎ過ぎて真冬の池に落ちて、高熱で倒れて、今に至るという事だった。まだ一日も経っていない。

「5歳って」
 前世の記憶が戻ったのはいいけど、まさか5歳児とは、一応中身は17歳なんだけど。とりあえず、今はこの状況を受け入れるしか他はない。今更どう足掻こうと、私は転生してしまったのだから。
 幸い、前世の知識の記憶は残っていた。恐ろしいくらい鮮明に。今まで私が読んで来た数々の本の内容などもちゃんと残っている。
 これも、管理人が言っていたオプションの一つかな。有難くこの世界で使わせてもらう。私が生きて行くために。
 私は改めて、ここで生きて行く事を堅く決意し、まだ少し怠さが残っている身体を起こして、大きなベッドから降り、鏡に自分の姿を映した。

「うわぁ」
 腰の長さまでストレートに伸びた星の様に輝く銀色の髪に、少しつり上がった翡翠色のぱっちり大きな猫目の美少女が映っていた。前世で、先生がハマっていた乙女ゲームの話を思い出した。凄くハマっていて、毎回聞かされていたっけ?世界観と言い、この世界と良く似た話だったような気もする。
 確か、王子の花嫁候補筆頭者の名前はーーー

「リディーーーー!!」
 ノックもせず、勢いよく扉を開けて部屋に入って来たのは、従姉妹のレティシア・ヴィンセントだった。
 彼女はヴィンセント侯爵家の令嬢で、彼女の父上は国王陛下の元で働く敏腕財務官長を務めている。超の付くお嬢様なのだけど、私の母とレティシアの母は仲の良い姉妹で、幼い頃から必然的に一緒にいる事が多かった。
 私とレティシアは本当の姉妹のように仲が良い。レティシアも私の誕生会にも来ていた。
 寒い冬の日に少し外へ散歩に行こうとレティシアが誘い、レティシアが大切にしていたぬいぐるみを誤って池に落としたのを取ろうとして私が池に落ちちゃったんだ。

「りでぃ、ごめんなさい。わたしがお外へ行こうなんて、誘わなかったらぁーーごめんなさーい。うぇーーん。しんじゃったかと思ったよぉ」
「レティ!!落ち着いて、私は大丈夫だから。もう、可愛いお顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃよ?」
 私はレティシアに勢いよく抱きつかれ、レティシアが私に覆い被さるように、その場に尻餅を着いてしまった。
 それでも、御構い無しにレティシアは泣きながら私に謝り続けた。
 意外と重たいから、そろそろ降りて欲しいんだけど、レティシアを起こして、その場に座り込んだままレティシアの涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を私の服の袖で拭いてあげた。

「ぐすん…あなたの服が汚れてしまうわ」
「良いのよ。洗えば落ちるもの。気にならないわ」
「りでぃ…」
 レティシアの空色の大きな目に溜まった涙を拭うと、私はニッコリと微笑んで答えた。レティシアも私につられて微笑む。
 レティシアは、プラチナブロンドの少し癖のついた髪に空色の大きな垂れ目で、強気な印象の私と違って、天使のような容姿と優しい性格の美少女で、私と同い年なのだけど、姉の様に慕ってくれている。
 私にとってレティシアは天使の様な、とても大切な存在のようだ。レティシアを見ていると、自分の心が落ち着いているのがわかった。私が池に落ちた事をとても心配し、自分の責任だと感じているようだった。

「ああ、眠り姫がやっとお目覚めたみたいだね」
「レティ、まだリディは病み上がりだからね。無理させてはいけないよ」
 扉をノックする音が聞こえると同時に扉の方から声が聞こえてきた。
 扉の方へ目をやると、レティシアが部屋に入って来てから、扉は開けっぱなしになっていたみたいで、顔が瓜二つの少年達が扉からこちらを覗いていた。

「「リディ、部屋に入っても構わないかい?」」
「ええ、どうぞ。アル兄、ルド兄」
 ピッタリと息の合った声で、私に話しかける二人は、一卵性双生児の私の5歳年上の兄達で、私より暗めの銀髪に菫色の猫目をした兄のアルヴァス・ローレンスと弟のルドウェル・ローレンスが立っていた。

「リディ。元気なのは良い事だけど、今回は少しお転婆が過ぎたんじゃない?」
「リディ。君が池に落ちたと聞いて、僕等は生きた心地がしなかったよ」
 兄上達は、床に座り込む私とレティシアを起こし、私達のスカートを整えると、私をベッドにレティシアをベッドの側にあった椅子へと座らせて、私の髪を優しく撫でながら話し始めた。

「ごめんなさい」
「待って、リディ!あなたは悪くないのよ。アル兄様、ルド兄様!!わたしが悪いのです。わたしがぬいぐるみを池に落としてしまって、それをリディが拾おうとして池にーーーわたしが悪いのです。リディを咎めるなら、わたしを罰して下さいませ」
 素直に私が兄上達に謝罪すると、既に泣き止んでいたレティシアは、椅子から降りて、私の元へ寄ると私の手を取り、また目に涙を溜めながらも泣くのを我慢して、両手で強く手を握り貴女は悪くないと言って、兄上達の方へ振り返り、罰を受けると言って深々と頭を下げた。
 本当にレティシアは心の優しい良い子だな。

「いや、レティ!私が大人も呼ばすに勝手な判断で池に落ちてしまったのだから、私がーー」
「いいえ!リディ、わたしが悪いの!」
「私の方が!!」
「わたしよ!!」
 優しく大人しいレティシアだが、こういう時だけ、凄く頑固になる事を思い出した。前世の記憶が戻る前からそうだったと、私の記憶が教えてくれる。

「もう!こういう時だけ頑固なんだから!」
「まあ!リディに言われたくないわ!」
「「くっ…はははーーー」」
「兄上達?!」
「お兄様達?!」
 謝罪からの言い合い、ただの口喧嘩みたいになって来た私達を何も言わず見ていた兄上達は、先程から笑いを堪えていたみたいで、二人揃ってお腹を抑えて大爆笑していた。

「ははっ、ごめんごめん!」
「ふっ、いや二人が余りにも必死だから」
 笑い過ぎて出てきた涙を拭いながら、私達に謝るものの、彼らの笑いは今だに止まらないみたいだった。
 これ以上、私達に悪いと思いながら、笑うのを我慢しているのか、まだ兄上達の肩は小刻みに震えていた。その様子を見て、私とレティシアは馬鹿馬鹿しくなって来て、お互いに顔を見合わせると、笑い合う。

「リディ、レティシア。誰も君達を咎めたりしないよ。罰もない。皆、君達の事を心配しているんだ」
「僕らの大切な天使達に怪我などしてほしくないからね。だから、お転婆も程々に、ね?」
 優しく困った様に微笑みながら兄上達は、そう言って私とレティシアをギュっと優しく抱きしめてくれる。
 あっ、こうやって誰かに抱きしめられるのはいつ振りだろう。
 もう、ずっと誰かに抱きし決められた事なんてない。暖かいなぁ。私の事を本当に心配してくれているんだ。
 胸から込み上げてくる思いに、人の優しさに自然と涙が私の頬を伝う。
 転生して来て良かったのかもしれない。やっぱり、人の温もりは暖かい。私はこれを失いたくない。この温もりが壊れないように、壊さないように、私はこの世界で頑張って生きていく。
 決意を胸に、兄上達とレティシアを抱きしめる力が自然と強くなる。何も言わず、兄上達とレティシアはしばらくそのまま抱きしめていてくれた。



 その後、私の部屋が騒がしい事に不審に思った侍女長と執事が何事かと入って来たが、私達の仲睦まじい光景に心癒されていた事は知らない。
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