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第二章
彼女のお願い
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「外の世界? 」
私が聞き返すと、リラは力強く頷いた。
「私はとある理由で、この家の周辺までしか出歩けないのです」
「出歩けないって……」
「あ、あの監禁とか、そういうものではないだ。なんというか、体質的な問題で……、ともかく、私は外へ出る機会がありません」
それって病気とか、そういう類だろうか。そう聞こうとしたが、リラはいたって健康に見えたからやめた。もしなにかを患っていたのなら、今日や昨日のこと、リラは笑って許してくれていたが、本当はかなり迷惑だったかもしれない。……いや、体調うんぬん以前に迷惑行為だけど。
「私は頼れる人も少なく、年に何回か訪れるこの家の管理人……いえ、親戚にいつも外の世界について教えてもらっているのですが、それだけでは外で何が起こっているのか把握しきれないのです」
リラは私に向きなおった。
「だから、教えていただけないでしょうか。今の世界について」
……と、いわれてもなあ。
熱心な彼女には悪いが、私は政治や経済なんて詳しくないし、世の動きに敏感な方でもない。暇なときに新聞を読んだり、学校で習ったりはしたが、私の頭は興味を持ったもの以外残ってくれないから、ほとんど覚えていない。
断るべきなんだろう。……けど、リラの真剣な目をみると、それも拒まれる。
頼れる人がいないと言っていたから、私が頼みの綱なのはわかっている。できるなら、私もそれに応えたい。
今になって、もっと勉強しておけばよかったと後悔した。親切な人なのに、役に立つことができないなんて……。
「……あ、あの、急に変なお願いしてしまってごめんね。無理ならいいんだ」
「いっ、いや! そうじゃなくて」
謝られた拍子で、つい断るタイミングを失ってしまった。私はしかたなく、恥を忍んで、自分が彼女の期待に応えられるほどの知識を持ちあわせていないことを話した。
「……というわけで、あたしは、リラのお願いを叶えることができそうにないっていうか……」
ごめん、と頭を下げると、リラが勢いよく首を振った。
「いや! こちらこそ、ややこしいお願いの仕方をしてしまって申し訳ない。別に経済とか、そういうものだけを知りたい、というわけではないんだ」
「え? じゃあ、どういったものを知りたいの? 」
顔を上げると、リラは腕を組んでいた。私を傷つけないために、知りたいものをひねり出しているのか、知りたいことが多すぎて絞っているのか、どちらともとれる姿に、申し訳なさと期待が混じった複雑な気持ちになった。
「そうだな……エレアノーラが言っていた世の中の動き、といったものも知りたいけれど、もっと身近な物事も知りたいね。例えば、最近の流行や面白い人の話、とか」
流行や人の話。いつも私がしているような、身近な話題だ。それならリラに教えることはできる。でも、そんな話でいいのだろうか。もっと学問的な、堅い内容のほうが、彼女は好きなのではないのだろうか。
「あ、あと」
リラがクッキーを頬張りながら、
「エレアノーラのこと、とか」
と、つけ加えた。
「え、えっあたし!? 」
冗談かと思って彼女を見るが、穏やかな表情でお茶をすすっているだけだった。
私の話なんて聞いて、何がいいのだろう。それこそ本当に役に立たないし、意味もない気がする。
なんでリラがそんなことを言ったのか、さっぱりわからない。外の世界を知りたいのに、なんで私個人のことなんだろう。
「リラ、確かにあたしはリラからしたら、外から来た、外の世界の人だよ。でも、だからといって私のこと知ったって、外の世界のことなんてこれっぽっちもわからないよ? 」
リラはにっこりと笑った。
「それでいいんだ。私が知りたい外の世界というのは、客観的で無機質なものじゃないからね」
「え、でも……」
本当は無理をしていて、私にわざわざ合わせてくれているのではないのだろうか。そう尋ねようとしたら、リラがなにかひらめいたように両手をポン、と叩いたので遮られた。
「じゃあ、こうしよう」
リラはまた、咳払いをすると、ティーカップを置き立ち上がった。
「貴女のことについて、教えていただけないでしょうか」
私はその言葉を聞いて、決めた。
例え役に立たないような、私にとってくだらない毎日の話をリラが知りたいというのなら。それが、私のためについた嘘だったとしても。
私は、彼女の期待に応えたい。
私は立ち上がると、少し高い場所にある、水色の瞳を見つめた。
そして、大きく頷いてみせた。
私が聞き返すと、リラは力強く頷いた。
「私はとある理由で、この家の周辺までしか出歩けないのです」
「出歩けないって……」
「あ、あの監禁とか、そういうものではないだ。なんというか、体質的な問題で……、ともかく、私は外へ出る機会がありません」
それって病気とか、そういう類だろうか。そう聞こうとしたが、リラはいたって健康に見えたからやめた。もしなにかを患っていたのなら、今日や昨日のこと、リラは笑って許してくれていたが、本当はかなり迷惑だったかもしれない。……いや、体調うんぬん以前に迷惑行為だけど。
「私は頼れる人も少なく、年に何回か訪れるこの家の管理人……いえ、親戚にいつも外の世界について教えてもらっているのですが、それだけでは外で何が起こっているのか把握しきれないのです」
リラは私に向きなおった。
「だから、教えていただけないでしょうか。今の世界について」
……と、いわれてもなあ。
熱心な彼女には悪いが、私は政治や経済なんて詳しくないし、世の動きに敏感な方でもない。暇なときに新聞を読んだり、学校で習ったりはしたが、私の頭は興味を持ったもの以外残ってくれないから、ほとんど覚えていない。
断るべきなんだろう。……けど、リラの真剣な目をみると、それも拒まれる。
頼れる人がいないと言っていたから、私が頼みの綱なのはわかっている。できるなら、私もそれに応えたい。
今になって、もっと勉強しておけばよかったと後悔した。親切な人なのに、役に立つことができないなんて……。
「……あ、あの、急に変なお願いしてしまってごめんね。無理ならいいんだ」
「いっ、いや! そうじゃなくて」
謝られた拍子で、つい断るタイミングを失ってしまった。私はしかたなく、恥を忍んで、自分が彼女の期待に応えられるほどの知識を持ちあわせていないことを話した。
「……というわけで、あたしは、リラのお願いを叶えることができそうにないっていうか……」
ごめん、と頭を下げると、リラが勢いよく首を振った。
「いや! こちらこそ、ややこしいお願いの仕方をしてしまって申し訳ない。別に経済とか、そういうものだけを知りたい、というわけではないんだ」
「え? じゃあ、どういったものを知りたいの? 」
顔を上げると、リラは腕を組んでいた。私を傷つけないために、知りたいものをひねり出しているのか、知りたいことが多すぎて絞っているのか、どちらともとれる姿に、申し訳なさと期待が混じった複雑な気持ちになった。
「そうだな……エレアノーラが言っていた世の中の動き、といったものも知りたいけれど、もっと身近な物事も知りたいね。例えば、最近の流行や面白い人の話、とか」
流行や人の話。いつも私がしているような、身近な話題だ。それならリラに教えることはできる。でも、そんな話でいいのだろうか。もっと学問的な、堅い内容のほうが、彼女は好きなのではないのだろうか。
「あ、あと」
リラがクッキーを頬張りながら、
「エレアノーラのこと、とか」
と、つけ加えた。
「え、えっあたし!? 」
冗談かと思って彼女を見るが、穏やかな表情でお茶をすすっているだけだった。
私の話なんて聞いて、何がいいのだろう。それこそ本当に役に立たないし、意味もない気がする。
なんでリラがそんなことを言ったのか、さっぱりわからない。外の世界を知りたいのに、なんで私個人のことなんだろう。
「リラ、確かにあたしはリラからしたら、外から来た、外の世界の人だよ。でも、だからといって私のこと知ったって、外の世界のことなんてこれっぽっちもわからないよ? 」
リラはにっこりと笑った。
「それでいいんだ。私が知りたい外の世界というのは、客観的で無機質なものじゃないからね」
「え、でも……」
本当は無理をしていて、私にわざわざ合わせてくれているのではないのだろうか。そう尋ねようとしたら、リラがなにかひらめいたように両手をポン、と叩いたので遮られた。
「じゃあ、こうしよう」
リラはまた、咳払いをすると、ティーカップを置き立ち上がった。
「貴女のことについて、教えていただけないでしょうか」
私はその言葉を聞いて、決めた。
例え役に立たないような、私にとってくだらない毎日の話をリラが知りたいというのなら。それが、私のためについた嘘だったとしても。
私は、彼女の期待に応えたい。
私は立ち上がると、少し高い場所にある、水色の瞳を見つめた。
そして、大きく頷いてみせた。
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