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第1章 2度目の人生の始まり
第6話 見方を変えたら味方になった
しおりを挟むその後、『字を教えてほしい』という弟アルフィーの現状を心配し、仕方なく字を教えることにした。
俺たちは食事や着替えを済ませると、俺の部屋で字の勉強をすることになった。
大きな文字で書いてある幼児用の絵本を教材にして字を教えた。
数回絵本を読み聞かせ、何度か1つの文字ずつ声に出して指を差し、その後、教えた文字を指差しながら尋ねた。
「これは覚えているか?」
「『べ』です」
アルフィーは大きな声で答えた。
「そうだ! ではこれは?」
「それは『エ』です」
「正解だ! 凄いな!!」
結論から言うと、弟のアルフィーはとても真面目で優秀な生徒だった。
しかも、その日のうちに『です、ます』などの基本的な丁寧な言葉遣いは覚えた。
学園では身分の上の人もいるので、子供と言えども丁寧な言葉は絶対に必要だ。
真剣に俺の話を聞きながら凄まじいスピードで言語を習得していくアルフィーを見て鳥肌が立った。
(アルフィーはこれほど優秀だったのか……)
ずっと弟は『勉強ができない』思っていた。
これは勉強に限らず、なんでもそうだが、一度『できない』というレッテルを張られてしまうと周囲の意識や自分の意識を変えるのも難しい。
彼は基本的なことが出来なかっただけで、決して頭が悪いわけではなかったのだ。
とうとう弟は簡単な幼児向けの絵本をたどたどしくだが、読めるほどにまでになった。
(今日1日でこの成果か……)
俺はアルフィーの能力の高さに驚愕したのだった。
+++
月が高くなってきた頃、アルフィーは字を覚えながらウトウトと船を漕ぎ出した。
「部屋に戻れるか?」
「う……う~~ん」
一応、尋ねてみたが彼にはすでに自分の部屋に戻れる気力は残っていなかった。
それほど全身全霊で文字を覚えたのだ。
「困ったな……」
俺はアルフィーの肩と膝の裏に手を入れて抱えようとした。
(うっ……重い……)
今まで全く身体を鍛えていなかった10歳の少年に二つしか年の変わらない8歳弟を部屋まで抱えて行くことは出来ない。
仕方なくよろよろと、アルフィーを背負うと自分のベットに寝かせた。
幸いベットは大きいので彼が一緒に寝ても問題はない。
(今日は仕方ないか……)
「……おやすみ」
俺はそう呟いてアルフィーが落ちないように壁側に押しやり、自分もベットに入ると目を閉じた。
――う……苦しい……
俺の飲んだ毒は確実に身体を蝕んだ。呼吸が出来ない苦しさと怖さは、人を絶望と孤独に突き落とした。
――やっぱり、俺は死ぬのか?
毒を飲んだのは自分だ。
――死にたくない!!
『もう命を終わらせよう』と、そう決めて実行したのは自分。
それなのに……毒をあおった途端、『生きたい』と生に執着していた。
――苦しい。
――怖い。誰か助けて。
――1人は嫌だ!!
胸を掻きむしりながら空気を求めるようにもがいた。だが無常にも毒は俺から呼吸を奪っていく。
「……ルドさ……ま……レオ……さ……ま」
苦しい果てしない絶望の闇の中で誰かの声が聞こえた。
――誰だ?
「レオナルド様!! レオナルド様!!」
薄目を開け声の主を見た。
――ああ、この子は……。
「アル……?」
「アル?! ……レオナルド様!!」
目を開けると泣きながら必死な様子のアルフィーが俺の顔を覗き込んでいた。
(なぜ泣いて……ああ、そうか俺はまた夢を見ていたのか)
毎日のように夢で毒をあおった時に感じた苦しみと絶望を味わっていた。
いつもは闇に引きずり込まれて息が出来なくて目が覚めるが、今日は闇に引きずり込まれる前に目が覚めた。
アルフィーが俺に泣きながらすがりついてきた。
「レオナルド様!! よかった!! ずっと苦しそうで。つらそうで……どんどんお顔の色も悪くなって……」
何度も繰り返し見る毒を飲んだ時の夢。
――いつも眠るのが怖かった。
一度絶望を経験するとその絶望が何度も襲ってきた。だが今日は絶望に飲まれる前に目が覚めた。
(アルフィーが助けてくれたのか……)
俺は思わず彼の頭を撫でた。
「ありがとう」
弟の髪は柔らかくて撫でると気持ちがよかった。するとアルフィーが俺の手を握った。
「手を繋いで寝てもいいですか?」
「え?」
優秀な弟は先程覚えたばかりの丁寧な言葉をもう使いこなしていた。
それを聞いて思わず小さく笑い、自分を心配してくれる健気な弟、アルフィーの温かな体温にすがっている自分がいた。
「すまないな。ありがとう、アルフィー」
すると弟が恥ずかしそうに笑った。
「あの、レオナルド様。先程のようにアルと呼んでもらえませんか? 家族になれたようで嬉しくて」
意外すぎる言葉だった。
「家族? ……俺と家族になどなって嬉しいのか?」
――俺のことを憎いとは思わないのか? 自分の父が他の女性に産ませた子だろ?
俺から見たらアルフィーは、父が自分の母以外の女性と、不貞を働いて出来た憎むべき相手だったが、彼は違うのだろうか?
それともそのような事実を認識できないほど幼いのだろうか?
今は、時間が戻り26歳の精神力を持っているが、10歳の頃の俺は父とアルフィーの母親が汚らわしくて、本当に許せなかった。
それなのに……
(たった2歳違うだけでこれほどに差が出るのか?)
俺が信じられない思いでアルフィーを見ると、アルフィーが幸せそうに言った。
「はい!! 嬉しいです!! 家ではいつも……一人だったので……こんな風に誰かが僕のことを側に置いてくれたのは初めてです」
アルフィーが母親と距離があることは気付いていた。
彼女は、この屋敷に来てからもアルフィーとは必要最低限の言葉も交わさない。
(アルフィーは、これまでずっと一人だったのか……)
話をしてみなければ知らなかった。
以前の俺は、アルフィー個人を見たことはなかった。
――憎き母の敵……
そんな風に見ていた。
だが、もし母が生きていたらきっとアルフィーにつらく当たることなどなかっただろう。
俺は繋いでいない方の手でアルの頭を優しく撫でた。
なんとなくこの手を離したくないと思ってしまった。
(気持ちがいいな……)
「そうか……では『アル』と呼ぼう」
俺は考えるより先に口が動いていた。何よりも今、繋いでいるこの温かい手を離したくないと思ってしまったのだ。
「あの……」
するとアルが喜んだ後、恥ずかしそうに俺を見ながら言った。
「なんだ?」
「兄さんとお呼びしてもいいですか?」
――兄さん。
不思議な気分だった、以前はあれほど憎かった弟アルフィーに今は全く負の感情は沸いてこない。むしろこの子も被害者なのだと思うと親近感を覚えた。
「……ああ」
「ありがとうございます!!」
アルは嬉しそうに笑うと俺にぴったりとくっついて、そのまま規則的な寝息をたてはじめた。
――トクトク
規則的な心臓の音が聞こえた。
――ああ、温かいな。
今までに感じたこともない温かさを感じた。その全てがまるで絶望に沈む俺の心を溶かすようだった。
――人とは温かいのだな。
以前の自分は結婚を約束していた女性に裏切られ、女性不審になっていたので、結婚もしていなかったため子供もいなかった。
女性とは肌を合わせたこともなければ、幼い頃に母に寄り添ってもらった以外で、誰かと寄り添って寝たことなど一度もなかった。
さらに子供であるアルの体温は高くて鼓動も少し早くて、近くにいるとこちらまで眠気がやってきた。
「ふぁ~~」
(急に眠気が……)
その日。
久しぶりに朝までゆっくりと眠ることが出来た。
こんなことは、時間が戻る前も、戻ってから本当に久しぶりだった。
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