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第2章 女神様の前髪に触れ……た?
第27話 獅子の子落とし
しおりを挟む熱が下がり、体調も回復していつも通りの生活に戻った頃。
領地から父が戻って来た。
そして、ネーベル公爵から提示された条件を見て声を上げた。
「このような好条件で本当にいいのか!?」
先にオリヴァーとも書類の中身を確認したが、こちらにとってかなりいい条件が提示されていた。
高位貴族に保護してもらえるとたくさんのメリットがある。
1つ目は価格の安定。
2つ目は宣伝効果。
3つ目は利権の確定。
まず価格の安定というのは、伯爵家のような中位貴族の場合、自分たちより高位な貴族に価格を下げるようにと言われた場合断れないこともある。そのままなし崩しに価格が下がることもよくある。
だが、今回はこの国の貴族の頂点に君臨する筆頭公爵家のネーベル公爵の保護を受けているので、この国の如何なる貴族も自分だけに価格を下げるように、我が伯爵家に強要することはできないのだ。
そして宣伝効果だが、誰が保護しているのかで品質の保障になる。
つまりネーベル公爵が保護するほど価値のある物という認定を受けたのだ。
さらに今回は王家の資本も入る。
つまりは王家と公爵家が認めた物ということで絶大な宣伝効果があるだろう。
最後に利権だが、これが守られるのはかなり有難い。
つまり数年はこれと同じ物を販売する場合、伯爵家に販売許可と売り上げの一部を納めなければならない。価格も我が伯爵の決めた価格から変えて販売することは出来ないので、数年の利益は確定されたことになるのだ。
これほどまでに好条件な高位貴族の保護だが、保護する代わりに売上の一部を献上しなけらばならない。
通常は売上の5割の献上が普通だ。つまり半分だ。
貴族によっては8割も支払わなくてはならないらしい。
ところだが!!
ネーベル公爵家の提示して来たのは収益の3割譲渡。
さらに王家とネーベル公爵家に優先して仕入れさせること。
そして収益での出資金の返金のみ。利息は付かない!!
今回、花を増やすために土地を新たに購入して、温室を建設する予定だがその資金を王家と公爵家が出資してくれたのだ。
また土地を購入する場合、利権関係で貴族間で揉めることもあるのだが、宰相として常に貴族間の問題を解決しているクラン家が間に入ってくれるので土地購入の際の貴族間の問題も回避される。
出資金を売上から返していくのはごくごく当たり前だ。しかも長期の返済が認められているので、領の経営を圧迫することはないだろう。
つまりネーベル公爵家から提示された条件は、資金・土地・権利全てにおいて優遇された、破格の条件なのだ。
「信じられん……あの花にこれほどの価値があるのか?」
父上は目を丸くしたまま書類をじっと見ていた。
それには確かに同意見だ。
土地を購入して温室を建設して本当に大丈夫なのかという疑問もあるが、最悪温室は寒さに弱い薬草を育てることもできるので、完全には無駄にならないだろうとは思う。
父は上を向いて目を閉じた後。ゆっくりとこちらを見て決意ある目をした。
「……この件は全権をレオナルドに任せる」
「え?」
俺は父上の言葉が信じられなくて大きく目を見開いた。そして、書類の最後に指を置きながら言った。
「ここを見てみろ」
「はい」
こんな品物に関する交渉事の書類は初めて見たので見方がよくわからなかったが、リアム様の名前が書かれていた。
「リアム様のお名前が書かれています……」
「そう言うことだ。つまりネーベル公爵は今回の件を次期公爵のリアム様に全権を任せたのだ。それながら、我がノルン伯爵家も次期伯爵であるレオナルドに全権を任せよう。手助けはする……こんな機会は滅多にない。ネーベル公爵の胸を借りるつもりで……やってみろ、レオナルド」
獅子の子落とし――ネーベル公爵家は今回の事業をリアム様の成長の糧にするつもりなのだろう。実際に自分で全てをやって今後に活かす。もしかしたら今回の書類もリアム様が作成されたものかもしれない。
もしかしたら、俺もネーベル公爵から試されている可能性もある。
「……」
あまりのことに俺は素直に頷けなかった。
俺が事業を? いや、まだ未熟だ――ではいつ、未熟じゃなくなる?
もし失敗したら――この事業が失敗したとしても我が家が傾くわけではない。街道交渉よりもずっと難易度は低い。
今はまだ早い――ではいつならいい? 未来などあっという間にやってくる……
逃げ腰の俺と、前回を知る俺がせめぎ合う。
(……ここで逃げるのか? こんな機会を捨てて……また毒杯をあおるのか?)
以前の生で逃げてばかりいたせいで、全てを失ってしまったことを思い出して俺はぐっと拳を握った。
「わかりました。お引き受け致します」
そうして俺の忙しい日々が始まった。
+++
それから俺はリアム様や、アレク殿下やノア様の助言も貰い、無事に調印を済ませて本格的に事業が動き出した。
花の鮮度の問題もあり、王都内の土地を購入して温室を建設することになった。
しかもその土地はノア様のご親戚の方が王都を離れると言うので安く譲って頂いた。
さらに温室の建設についても、アレク殿下が良心的な職人を紹介して下さった。
しかも、その職人に材料を納入するのは、リアム様の保護されている商会だったので、相場より恐ろしいほど安く温室が出来たのだった。
「……私は、今回のことで幸運を使い果たしてしまったかもしれません」
あまりにもスムーズに行き過ぎて怖くなった俺は思わず学園でアレク殿下たちの前で呟くと、アレク殿下が「ははは」と笑いながら片目をつぶった。
「それはよかったな。使い果たしたのなら、そこの空きが出来たということだ。より大きい幸運が入るかもしれないぞ?」
するとノア様も楽しそうに笑った。
「そうそう。そもそもレオが掴んだ幸運でしょ? 幸運なんて溜め込まないでさ、どんどん使ってどんどん掴めばいいんだよ。その方が新鮮でしょ?」
「……幸運の鮮度……考えたこともなかった」
俺が呟くとリアム様が楽しそうに言った。
「じゃあ……更なる幸運のために動こうか、レオ。花はもう温室に移動したんだよね?」
「はい。我が伯爵家で栽培していた分、全て搬入が終了しました」
俺は答えると、リアム様がさらに言葉を続けた。
「では、庭師の方は?」
「はい。先日、私とノア様と弟とムトと4人で面接した庭師5名をすでに雇い入れました」
「へぇ~~ノアが面接したのか?」
アレク殿下が驚いた顔をした。
「うん。レオが忙しいっていうからさ……1人で政治の授業とか受けてられないでしょ? だから、レオを手伝ってあげたんだ~~」
俺は面接風景を思い出して顔を青くした。
宰相家に生まれ、これまで多くの人を見て来たノア様の質問は非常に的確で厳しく、さらに的を得ていて隣で聞いていた俺もムトも、面接に来た庭師たちもタジタジだったが、そのおかげで大変優秀な庭師を雇うことができた。
実は俺とムトは最後まで決めかねていたが、ノア様とアルの選んだ庭師は同じだったので即決だった。
「ノア様のおかげで、優秀過ぎる庭師を雇うことになりました」
「ノアが面接官……レオと、レオの家の庭師が凍り付いている場面が目に浮かぶな」
アレク殿下がどこか可笑しそうに笑いをこらえながら言った。
「そうですね……ノアは普段はとぼけているのに、仕事になると……悪魔のようですからね」
リアム様が同情しながら言った。
ともあれ、優秀な方々の手も借りて、俺たちは着々と『蜜の花』の事業を進めていったのだった。
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