7年目の本気

NADIA 川上

文字の大きさ
7 / 124

夢と現実の狭間で

しおりを挟む
 姉・千早ちはやは結婚後右京区へ移り住み。
 
 北西に桂川・嵐山烏ヶ岳、
 北東に金閣寺、
 東に二条城を望む、
 昔ながらの庶民的な商店街で大衆食堂を営んでいる。



「いらっしゃいませ ―― って、何だ和巴なの」


 店内へ入ると、利沙と公子が来ていた。


「お邪魔してまぁす」


 私ら3人のテーブルに、お冷を運んで来た
 銀色のトレーが私の後頭部を直撃した。


「っっ ―― ったいなぁ!! 何すんのよー」

「お帰り、和巴……」


 口角を上げたまま半眼でニュウと顔を突き出した
 千早姉に睨まれ、私は不貞腐れながらも返事を返す。


「……ただいま」


 フフン――と、私を一瞥してカウンターに戻る
 千早姉を見送って、公子がクックッと含み笑う。


「相変わらずだね、千早さん」

「ったく……子供が生まれて余計に強くなったみたい」

「これぞ ”母は強し” よ」

「彼女は、成瀬家で最強だもん」


 私とは10才違いの姉・千早は、
 その昔レディースに入りバイクをブッ放して
 傍若無人の限りを尽くし、
 散々両親を泣かせていたが、その両親も相次いで
 他界した後は、私と双子の弟の面倒を見てくれた
 母親代わりだ。


 7年前に家族ぐるみで付き合いのあった成瀬 皓なるせ あきらさんと結婚。
 2人はいつか自分の店を持つのが夢で、
 このお店を始めたのは6年前の事だ。

 そして3年前、
 養父母の**回忌を機に個人経営の店から
 法人成りした。

 元々、京阪地区の割烹や下町食堂で料理の修行をしていた
 皓さんのオリジナルレシピは関西人の舌にも合い。
 安くて旨いと評判で地域住人はもとより、
 学生達にも人気が高かい。

 家族だけで切り盛りする同族会社。




 
 その日も、いつも通り夜の7時40分過ぎから
 閉店準備を始め。
 午後8時きっかりに店の表のライトを消した。
  
  
「ふぅ~~っ、疲れたぁ……」


 それから店の戸締まりを確認して奥の茶の間に
 下がろうとした時。
  
 それまでレジの会計作業をしていた義兄に
 呼び止められた。
  
  
「和巴 ―― ちょっと、こっちに来て座れ」


 姉の旦那様と言っても、
 ”おしめを替えて貰った事がある”ほど
 小さい頃からの付き合いなので、
 本当の兄弟同然で。
 姉と同じく頭が上がらない存在。
  

 そう言えば義兄とは今日は学校から帰って
 ひと言も話してなかったなぁ……だって、
 何か朝からチョー機嫌悪かったしぃ……
 私、何かした?
  
 ううん、何もしてないよ……多分。
  
  
「……昨夜、国枝社長とお会いした」


 利沙のお母さんだ。
 うちの5軒お隣に住んでいる。
  
  
「お前、学部の主席だってな」


 その言葉でお茶の間にいる家族から一斉に
 大注目された。
  
 主席っつったって今回が初めてだしぃー、
 取れたのははっきり言って偶然の産物だ。

 それまでずっと主席と次席を維持していた
 上位2人が質の悪いインフルエンザでダウンした
 から。
  
  
「凄いじゃない! 和ちゃん。末は博士か? 大臣?」


 なんて大袈裟なパートの西田さん。
  
  
「ホント、鳶が鷹を生むって事はあるんだねぇ」


 と、しみじみ喜ぶ喜久子婆ちゃん。
  
                    
「さすが和ちゃん。うちの妹にも見習って欲しい
 もんだわ」


 間もなく第1子を出産予定、パートの祥子さん。   
  

「―― で、この不景気の中、新卒採用の内定を
 下さった企業を蹴ったんだって? 何故だ」
  
「なんでって、んな事分かってるでしょ。私は卒業
 したらあさひ食堂で働くの。それで会社を大きく――」
 
「お前を雇うなんて、何時・誰が言った?」


 そんな言葉が返ってくるとは思ってもなくて、
 狼狽える私の目を義兄が見据えた。
  
  
「そりゃあお前の気持ちは凄く嬉しい。俺だって
 この店を今よりもっと大きくしたいって気持ちは
 ある」
 
「私だって皓さんや姉さん達の助けになりたいから
 今まで頑張って勉強してきたんだよ? お金貯めて
 そのうちMBAも取ろうと思ってるし」
 
「だったら尚更、ちゃんとした企業に就職しろ。
 うちの会社に勤めるのはそれからでも遅くはない。
 とにかく、卒業してもこの会社で働かせない」
 
 
 と、立ち上がった。
  
  
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

「わざわざ短期留学までして、海外で一体何を学んで
 きたんだ? もっと広い視野で仕事という
 モノを覚えろ。就職浪人になんかなったら家(うち)
 から叩き出す」
 
「皓さんっ、私は ――」


 言いかける私を完全に無視して義兄は茶の間奥の
 勝手口から外へ出て行った。
  
  
「―― あんたを家業に縛り付けたくないのよ」


 うなだれる私に声をかけてくれる千早姉。
  
  
「うちは大丈夫だから、
 内定頂いた会社に就職なさい」

「……ちょっと、風にあたってくる……」


 手早く外出の身支度をして、外へ出て。
 この日、家へは帰らなかった。
  
  
  
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...